隈研吾のレビュー一覧

  • 小さな建築

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    聡明さ+真面目さ=創造性。という事を教えてくれる隈研吾の新書。彼は非常にモラリスティックで、そうした真面目さが凄く魅力的。建築の面白さを分かりやすく語ってくれた本です。

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    2013年02月07日
  • 日本人はどう住まうべきか?

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    原発事業、植林の山崩れも戦後のつけ。戦後は続いている。
    「家がプライベートな空間だと思ったときから、いろいろな間違いが始まったのではないかと僕は思っています。プライベートという思いがさらに進むと『私有』になる。自分の一生の財産であり、人生の目標だと思い込むと、ペンキのヒビ一本も許さなくなるでしょう。そうして、ヒビの入らないビニールクロス張りのマンションができあがり、サブプライム・ローンの破綻に行き着く。」
    「人工圧力設計」とエネルギー問題。
    「自分が快適に思える街ではなく、サラリーマンとしての自分の地位が保たれる街が、日本全国どこにでもできてしまっている。」
    「だましだましをやるには現場が必要」
    「サラリーマンは別名、現場のない人です。現場のない人のメンタリティで、震災復興プロジェクトもやられてしまう、というのは、危険なことです。」
    「参勤交代」
    「サラリーマンがみんなサバティカル(長期休暇)を持てばいいんです。」
    「人は寒いから暖かくして、暑いから冷やすんだと考えるわけ。これは機能論と言われますが、でも、本当はそうじゃないんです。ひとが冷暖房を使う理由をよくよく詰めて考えると、気温一定という秩序を意識が要求しているからなんですよ。」
    「国の診療制度だと今は出来高払いになっているから、あきらめた方がいい医者でも仕事を続けるし、あきらめた方がいい対象でも医療行為が続いてしまう。・・死ぬまで我慢の一生。」
    「『だましだまし』という方法論が排除されているんですよね。」

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    2012年07月10日
  • 新・ムラ論TOKYO

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    隈研吾と清野由美のまち歩きシリーズ第2弾。
    今回もこの2人の掛け合いを楽しませていただきました。
    本文中で「ムラ」という単語を「村」と区別して使っていたのは、「ムラが出る」のムラからとったものなのかな、と推測してみたり。過去の時代に村が都市化した後、各々の住民の生活に呼応するように町並みが変化していき、いい具合にムラが出てきたと隈研吾が感じた場所を選んだのだとしたら、この人の言葉の使い方には本当に敬服してしまいます。
    秋葉原編の隈さんは一見の価値あり!

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    2012年01月15日
  • 新・ムラ論TOKYO

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    都市化が進み村は衰退したが、しかしその都市の中に新しい形で「ムラ」が形成されていた、というのは面白い。やはり人間には村的なものが欠かせない、あるいは人間の性として形成せずにはいられないものなのだろう。街並みを見る際の建築家の独特の視点が面白い。 ・社会と建築の関係に変化。建築の「動機」に変化。 ・1つは持ち家願望。アメリカ型解決法single-family house。社会主義的解決法、集合住宅。村的な粘っこいつながりは排除された。 ・「空間の商品化」というフィクションが村を破壊した。がそのまやかしも自壊を始めた。サブプライム。 ・311で我々は破壊され尽くした空間になお残る何かを感じた。それこそがけっして商品化され得ない空間の持つ力だ。その磁場がムラを形成する。 ・下北沢ムラ。近代化から偶然取り残された結果、「醗酵」が進み熟成した。 ・日本の都市計画に「運動神経(センス)」はない。過去に唯一後藤新平だけが関東大震災後の復興でやろうとしたが、周囲に潰された。日本では無理。 ・下北沢を脅かす、ゾンビのようによみがえった戦後の都市計画。道路特定財源制度という劇薬。ゼネコンや地権者を肥やし、空虚な街を増やしてきた。 ・市民が下北沢を守ろうと動き出した。様々な著名人、文化人も加わり洗練された街づくり計画を市民側から提案。下北沢フォーラム。 ・21世紀はモータリゼーションへのアンチテーゼ。まず道路を敵とする発想が必要。ファミレスやコンビニが増えるような街づくりは失敗だ、と言っていい。 ・都市計画は「闘い」の場である。様々な利害関係者、住民の中にも反対賛成があり、住民でなくてもそこに愛着を持つものなど、入り乱れての戦場。 ・下北沢は意に沿わぬ結婚などしなくていい。世間に流されず好きなように生きてきた老いたお嬢様がシモキタ。老いてもモラトリアムを貫く精神的タフネスが必要。 ・すべての創造はモラトリアムから生まれる。現代の「ムラ」はそんなモラトリアム人間に居場所を提供する、空間的仕組みの別名。 ・利害対立の両側を理解できること。セルフ・デプリシエーション(自己否定)やユーモアがないと都市計画なんてやっちゃだめ。 ・フランスの都市計画には諧謔性がある。インテリジェンスとウィット、エスプリが必ずついになっている。彼らと付き合うのはしんどいが、非常に面白い。 ・都市計画はおばちゃんを笑わせられるようなユーモアが必要だ。 ・高円寺ムラ。軍隊、陸軍の規律がもたらす陰が濃い。規律への反動としての、サブカルチャー、カウンターカルチャーな雰囲気がここにある。下流階層を優しく受け入れるムラ。中野のメガストラクチャーが実に軍隊的。 ・20世紀にゾーニングという発想が生まれて街を区分けしてしまった。本来はもっと混在していないと都市の抱擁的存在を再生できない。見直すべき時期に来ている。 ・「素人の乱」なんでも人工的に整えて金に換えていく風潮にNOと言いたい。 ・町の成り立ちそのものが男権的。21世紀のまちづくりには女性的な要素が絶対必要。 ・秋葉原ムラ。擦れ違いと演劇空間。 ・ムラは人を救う装置。村には地縁と血縁があってその”しがらみ”が人々を救ってきた。地縁・血縁は現代では”ネットワーク”と言える。現代では地縁はインターネットでのつながりに、血縁はアニメやゲームなどバーチャルな存在との関係に変貌を遂げているとみることもできる。それでもなお「肉を持つ人」として実際の場所との関係を求める。その場所としての役割を秋葉原が担っている。人とすれ違うだけでも、他人との対比の中で「自分」という存在を確認・実感できる。そういう空間。 ・ムラとは演劇的空間であった。人々はその空間で「演劇的救済」により互いを救済してきた。しかしやがて役割が固定化し演技の自由度が失われていく。これがムラ(村)の閉塞感につながっていき、やがてムラは「ハコ」と化す。近代の村の否定はこの「ハコ」の否定だったのだが、同時に演劇的救済まで否定してしまったことが悲劇の始まり。 ・アキバムラのヘンタイ性こそが日本の未来を拓く。人間の本性の半分は「ヘンタイ」でできてるのに、皆それを無視したがる。これを組み込まずして本当の「ムラ論」とはなりえない。20世紀のコミュニケーション論もコミュニティ論もキレイすぎる。 ・昔の村は食欲や性欲を垂れ流せる「土」があった。都市はコンクリートで覆われ、欲望は地下へと潜った。しかし秋葉原はコンクリートの上にヘンタイ性にまみれた欲望が成立している稀有な空間。 ・世界的にみても、ここまでヘンタイ性が洗練された形で都市に組み込まれている場所はほかにはない。日本にはそういう形でヘンタイ性と都市的なものを調停させる文化的伝統があったとも言える。 ・(メイド喫茶にて)内装が学校の文化祭レベルの安っぽさだからこそ、芝居が成り立つ。メイドカフェは、客も店もある虚構の中で演技をするという点で、銀座の高級クラブに通じるものがある。銀座は年寄りのヘンタイを受け持ち、アキバは若いヘンタイを受け持っている。 ・日本文化の世界に誇る核心は「ヘンタイ性」にある。谷崎潤一郎、川端康成しかり。 そのヘンタイ史に併走してきたのが日本の女性。ヘンタイ男を演劇的にうまく取り扱うことに長けてきた。メイドカフェにはその「日本的婦女子育成」が綿々と継承されている。 ・空間の快楽性。日本では貧相な空間ほど快楽性が高い。だから内装はチープでいい。 ・麻生太郎の成り下がりっぷりこそ、21世紀の、成熟し衰退する日本がモデルにすべきかも。「オタク」とは麻生、鳩山といった上流階層から、一般人、外国人までひっくるめて通用する、社会に対する新しいスタンスの別名。全員で平等に成り下がって、その成り下がり具合に快楽を見出す。その舞台としてもアキバの持つ意味は大きい。 ・「マニア」と異なり、「オタク」という言葉には「非モテ」が付きまとう。「負ける男性」という階層が21世紀になって台頭してきた。無理に強くなろうとせず、弱いことを逆手にとって無駄な争いを避けて生き延びる。衰退する日本が諸外国と渡りあう新しいモデルとなるかも知れない。 ・弱きものをまとめて受け入れるムラとしての秋葉原の発展は必然であり、その装置の一つがメイドカフェともいえる。 ・ガチャポン会館の不思議な空間。フレーミングと縮小による、どろどろとした人間的なものを「文化」にする常套手段。秋葉原ではこのフレーミングと縮小を使って、人間のリビドーを「文化」に高めている。 ・秋葉原クロスフィールドの浮きまくりっぷり。秋葉原の魅力は今も昔も場末のバラックと祝祭性にあり、その主役はドロドロとしたムラ人達。そこに浄化された建築と住人を入れても混ざるわけがない。 ・戦後の日本に、アメリカ式のピューリタン(清教徒)的な潔癖さが入ってきた。日本人が馬鹿みたいにそれに憧れてしまったのがそもそもの間違い。日本人はそもそもそんな潔癖さに耐えられない、勤勉ではあるが、わりかしユルい民族。 ・欲望は人間の生きる原動力。欲望が無かったら生きていけない。ただ、この欲望をどうやって取り扱うか、というのはローマ帝国の時代から都市計画のテーマだった。都市計画は欲望の処理系の一つ。その最たるものが「広場」。秋葉原は街全体に「人間の性欲がすれ違うための21世紀の演劇的空間」がちりばめられている。 ・秋葉原にヘンタイの様式美が興りつつある。メイドカフェの演技もあと100年も経ったら歌舞伎。 ・小布施ムラ。 ・ムラの再発見。村の消滅→国家が地位を高める。五月革命、レヴィ=ストロース。本物の社会と偽物の社会。 500人くらいの互いに顔見知りの人々からなる社会を本物。属性によって社会を構成するわけではない。性別や収入や趣味と言った属性によって成立する社会は偽物である。本物はある時間の継続の結果として属性を超えて出現する。 属性によって形成される「共同体」と「ムラ」を峻別した。「野生の思考」 ・ムラには「経済」と「美学」の両立という難しい問題がある。ムラは「固有の場所であり、多様な生き方と選択肢のよりどころであり、人が存在する価値を「エコノミー」から「ライフ」へと振り戻す地域」のこと。難しいのは、一度都会的なものを経験しなければ、多様性の受容にはなかなか至らないこと。村がそのままムラになるのは厳しい。 ・湯布院と小布施がその候補となり得る。 ・「セーラが街にやってきた」 ・街並み修景事業。80年代に、今のグローバリズムの惨状に通じる私有と新築を旨とする再開発を否定した先見性。補助金に頼らず「官・民・個人の対等な利害調整」をルールとした。実に時代を先取りしたやり方。 ・大きな駐車場を3つの施設で共有。それぞれに呼び方が違う。公共スペースというのは利害の対立する複数の癖のある連中が集まって初めて成立する。こういうオトナな妥協が存在しないと公共スペースなんて永遠に作れない。 ・オープンガーデンの思想が根付いている。民家の庭を観光客が横切っていく。 ・市村さん。鹿島の石油コンビナートの再開発で荒廃していく農村の風景を見た。また、市民の「被害者」として補償金をふんだくる姿にも辟易した。「加害者」も「被害者」も作らない、そういう街づくりをしようと考えた。 ・あとはゾーニングへの憎悪。20世紀のアメリカで生まれた特殊なルールで普遍性なんてなにもないのに、世界中が真似をしてしまった。商店も町工場も住宅も、有機的に配置されて初めて活発な人の動きにつながる。「たすきがけの湯布院」が愛読書だった。私は孤独な変わり者。 ・市村さんは非常に「目」の良いシティボーイ。「最先端の完成とネットワークの集まる磁場」がムラだとして、ここは小布施堂・桝一「界隈」がコアとなっている。これを作り上げた「目」、商売とは違う所を見ている。遊び心のセンス。 ・セーラ・マリ・カミングスさんが小布施に乱入。既成の枠をぶっ壊して可能性を広げた。宮本さんのナショナル・ロマンチシズム建築から、モーフォードの「グローカル・オリエンタリズム」へ。 ・ナショナル色を排するため、さらに小さなローカルを取出し脱色し、アク抜きをしてグローバルに通じるほど洗練させる。これがグローカル。オリエンタリズムはそのアク抜き加工に西洋人を使う所。アメリカ人はきれいにしすぎる。ムラにはもう少し汚さを残してほしい。農村と町場の断絶をより深めてしまった感がある。 ・街づくりはやがて地元のセンスで閉じてしまう。セーラさんの乱入は、異国人である、女性である、という非常に稀有な第三者視点が導入された。そして、彼女は日本の伝統の職人芸に新しさを見出した点が、20世紀的価値観に慣れた日本人には難しい発想だった。 ・思想闘争は孤独な変わり者でないとできない。自分を被害者だと思っている人は思想家にはなれない。人は誰しも加害者であり被害者でもある。そんな平衡感に立脚してこそ思想が力を持ち、人々を巻き込んでいく。シティボーイと思想という一見矛盾するものを合わせもった人が街づくりのカギを握る。 家父長→疲れた男→少女の癒し→母性・抑圧的な母→反抗する少年→強権的な父性→ 二項対立の否定、小さなムラの乱立を是

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    2013年03月16日
  • 新・都市論TOKYO

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    六本木ヒルズ、ミッドタウン、シオサイト、表参道ヒルズ、町田。

    建築家家の視点で観たTOKYO案内。

    とても面白い。

    10/01/01-01

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    2010年05月02日
  • 新・都市論TOKYO

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    金融手法の発達・外部経済環境の変化と街のデザインとの関係が興味深かった

    面白かったくだり
    ・証券化の発達により、創造性のある芸術家ではなく、リスクの少ないブランドとしてエスタブリッシュされた建築家が求められる
    →世界の大プロジェクトは少数のブランド建築家が独占、プロジェクトが大きくなるほどデザインの陳腐化が進む
    →とりわけ地価が高い東京の再開発プロジェクトで一番大事なのはリスク分散。創造性よりもリスク分散が建築家には求められる

    ・歴史的な建物が残されると、その対価として街が超高層化する(容積率緩和のテクニック)ex.丸の内
    ・代官山(経済的に閉じて空間的に開かれている)と六本木ヒルズ(経済的に開き空間的に閉じている)の対比
    ・森稔社長の、肥大化した金融資本と実態をつなごうとする挑戦
    ・汐留:バブル崩壊後という不況下→大区画を一括して開発するリスクを負える企業がいない→11街区に分割されて分譲→悲劇
    ・隈さんの北京開発プロジェクト

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    2009年10月04日
  • 新・都市論TOKYO

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    また東京ですけど。
    建築家隈研吾氏とジャーナリスト清野由美氏の街歩き中の対談を掲載した本。

    現在の東京の再開発地区(汐留、丸の内、六本木)を中心に代官山、町田、北京と飛んで話は展開されます。再開発に関する論考は、現在の経済事情、不動産と金融の関係、どうしてもテーマパーク化していく開発を、社会学的な話も含めてわっかりやすく切ってくれていると思います。

    個人的には「ブランド化する建築家」という単語にグッと来た、あー、そう言えば良かったのねと。

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    2009年10月04日
  • 建築家になりたい君へ

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    隈研吾の本。師匠の丹下健三。ファッションのこだわり。原研究室からアフリカへ。石の美術館。環境設計って知らなかった。そんなことも知らないのかと言われても、とにかく知らないことは純粋に聞きまくる。神は細部に宿る。住空間という「箱」の概念。

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    2026年09月12日
  • 大宮エリーの東大ふたり同窓会

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    各々の分量はそれほどでもなく、対談のテーマもかっちり固定されているわけでもないがその手探り感がいいテイストになっている。

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    2026年08月01日
  • 大宮エリーの東大ふたり同窓会

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    みなさん、シンプルだなぁと思った。もっと、難しいことを考えながら生きているのかと思ったので意外だった(笑)。
    思うに、凡人こそが言い訳やら理由、正しさやら意味をこじつけて、事を複雑にしているのだろう。
    エリーさんには長生きして、「徹子の部屋」を引き継いでほしかった。

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    2026年06月02日
  • 日本の建築

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    隈氏がどのように日本建築を捉えているか、なぜ木造にこだわるのかがよくわかる。
    人や環境との繋がりによって建築は育ち、影響を与えるのだと感じた。

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    2026年05月25日
  • 大宮エリーの東大ふたり同窓会

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    東大は国立大学とあってか、東大を目指した経緯とか、生い立ちとかに幅があっておもしろかった。

    あと、ここに出てきた人特有の共通項なのかもしれないけど、みんな群れない生き方をしている。
    常人が考えてもみない、困難な道を自分1人で切り拓くのが得意な人が東大に集まるのかも?

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    2026年01月27日
  • 建築家になりたい君へ

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    まず、自分は建築士になることを志望しており、「建築家になりたい君へ」というタイトルを見てこの本は、有名な建築家である隈研吾氏がどうやって建築士の資格を取ったのかといった建築士になるまでの過程を解説した本だと思い手に取った。しかし、内容は隈研吾氏の国立競技場までに至った人生の歩みを彼自身が綴った自伝のような本であった。ただ、これはある意味建築士の資格修得などにフォーカスしすぎず、いい建築を作れるように頭でっかちになるなというような彼からのメッセージのように思えた。

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    2026年01月02日
  • 日本の建築

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    坂牛卓『教養としての建築入門』に続いて読んだからか、入門という感じのあちらと比べ、こちらは建築家を中心に人間臭い内容で、昭和の臭いもして、異なるアプローチが楽しめた。ただ、建築家のついてネチりと語る感じで、ちょっとついていけないところもあった。そこを端折れば、建築家は時代をどう見ているのか垣間見ることができるようで、新鮮だった。『日本の建築』という通り、日本論になるところは面白い。

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    2025年10月26日
  • 大宮エリーの東大ふたり同窓会

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    凄い面白かった。どの方も、本当に魅力的だし、大宮エリーさんがその人の魅力を絶妙に表現してくれている。

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    2025年08月11日
  • 大宮エリーの東大ふたり同窓会

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    面白かった。どなたも本当に興味深い方々ばかりで。
    私は勉強が苦手だから、出来る人に憧れがあるんだろうな〜
    私の推しさんも登場してるし、読み応えありました。

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    2025年07月12日
  • けんちくってたのしい! たてものとそざいのぼうけん

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    10歳1ヶ月の娘
    7歳1ヶ月の息子に読み聞かせ

    隈研吾さんの
    建築物をめぐるおはなし。

    建物好きとしては
    興味深い。

    どのデザインも
    ほんと凄いな〜〜〜

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    2025年06月14日
  • 新・建築入門 ──思想と歴史

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    あの有名な『すべては建築である』から始まり、歴史的背景や哲学的なところから建築を見直せる。
    一つ一つの章が短いから読みやすい。
    すべては建築である=すべてを学ぶことが建築家の理想なのかなぁ…って思うと気が遠い笑

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    2025年05月18日
  • 新・建築入門 ──思想と歴史

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    建築家(実作者)の書く文章にありがちですが、強引な論旨展開がやや難点です。
    特に第1章がダメなのですが、後の章では改善されるので、第1章だけ読んで判断するのは早すぎですね。
    コンパクトに西洋建築思想をまとめていて、こういう本は意外とないので貴重だと思います。
    隈研吾氏に興味がない人にもお勧めですよ。
    (隈研吾氏に興味のある人には、「文庫版あとがき」もかなり楽しめます)
    ただし、入門書として読むには少し難しい内容なので、再入門書ぐらいに考えた方が良いかも。

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    2024年10月27日
  • 建築家、走る

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    建築家の書いた文章を初めて読んだ。時代ごとにトレンドがあり、流行りはこういうものなのかと知った。コンクリも好きだけどたしかに主張がすごいよね。朴訥だけどで~んという感じ。木材、石材の建築についてよく見学してみよう。

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    2024年09月01日