関根光宏のレビュー一覧
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トルーマンからアイゼンハワー、ケネディ、ジョンソン、ニクソンまでの大統領によるアメリカの歴史が核の問題を中心に語られる。どのように冷戦が始まったか、ソ連との関係、軍産複合体の陰、アメリカの中南米、ベトナムへの介入などアメリカの帝国主義的、負の側面が暴かれる。ケネディとフルシチョフによるキューバ危機は本当に核戦争一歩手前だったし、その後も危険な状態はいくらもあったことが明かされると、改めて運の良かったことに驚かされる。アメリカにとっては、中南米、アジアは征服されるべきアメリカの権益範囲だとしか考えていないと感じる。その一方でベトナム反戦運動が起こり、サイゴンは陥落し、最終的にはニクソンが辞任に追い込まれるのはアメリカ民主主義がまだ健全であったことを示すのだろうか。アメリカにはウォレスに代表される健全な民主主義者が残っていることを期待したい。
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本書のテーマとなっている宇宙エレベーターについては、SFの世界で長らく定番ネタとして扱われてきたものである。宇宙から地球に向かってケーブルを垂らし、そのケーブルを伝ってゴンドラのような乗り物が、摩擦を利用して昇っていく。ケーブルの全長は約10万km。仮に1フロアの高さを3mと仮定すると、地上33,333,333階建ての高層ビルに匹敵するスケールを持っている。まさに雲をつかむ、どころか星をつかむような話だ。
これを本書では、2020年代から2030年代の間に実現可能と予測する。背景には、1990年代におけるカーボンナノチューブの発見という出来事があった。現時点では実験室レベルに留まっているものの、鋼鉄の約400倍の強度を持ち、信じられないほどの柔軟性持つ新たな素材が見つかっているのだ。
著者の一人は、このカーボンナノチューブ性のケーブルを使えば、宇宙エレベーターが自重や、貨物の重さに耐えうることを証明した人物である。だが、本書がアメリカで刊行されたのは2006年のこと。その後もカーボンナノチューブ実用化の動きが聞こえてこないところをみると、もう少し先の話になるのかもしれない。
宇宙エレベーター構想の歴史は、1960年代に遡る。旧ソ連やアメリカの科学者からの提案によって始まったのだが、エポックとなったのは、ある科学者が宇宙エレベーターに関する情報を、アーサー・C・クラークに提供したということだ。
1979年、クラークはその情報をもとに『楽園の泉』を出版すると、宇宙エレベーターはたちまち広く世に知られるところとなる。その後も、キム・スタンリー・ロビンスンの『レッド・マーズ』、クラークとスティーヴン・バクスターが共同執筆した『太陽の盾』など、宇宙エレベーターをテーマとした作品が相次いだ。
SF作家が作品というアウトプットを通してその一端を担ってきたのと同じように、科学者たちは思考実験というツールを通して実現へ向け歩んできた。その模様は、本書でも存分に描かれている。
たとえば宇宙からのケーブルが地球と接触する部分に設置されるアース・ポート。この建設場所を考えるには、緯度、熱帯低気圧、軍事面、国際空港からのアクセスなど、様々な観点から考慮される必要がある。現時点で適した場所と言えるのは、ハワイ南方の太平洋上と、オーストラリア・パース西方のインド洋上の2箇所のみであるという。
面白いのは、科学的事実に基づく科学者と架空を描くSF作家の役割が、次第に入れ替わっているようにも感じられるということだ。思考実験はファクトという制約の中でイマジネーションを志向し、SFは虚構という世界の中でリアリティを追求する。科学者たちは、現時点では急を要しないと思われるような細かいところまで分け入って、シナリオライターさながらに考え抜いていくのだ。そのいくつかを紹介したい。
◆ロケット産業からの抵抗について
”おそらく、ロケット産業界は宇宙エレベーター建造計画に抵抗するにちがいない。それを回避するためにはなんらかの措置を講じる必要がある。しかし、宇宙エレベーターの運航によって、エレベーターの末端部分から月などの天体に向けた宇宙ロケットの打ち上げ市場が新たに誕生する。”
◆アース・ポート設置に伴う地元住民からの反対について
”この点に関しては朗報がある。つまり、アース・ポートの理想的な建設場所は海上であり、陸地から遠く離れた場所だということである。したがって、皆さんの自宅がある場所の資産価値が下がることはなく、皆が安心できるというわけである。”
◆宇宙空間の軍事利用について
”実用性という観点から言うと、宇宙からのミサイル攻撃は、地上のミサイル・システムに比べて効率が悪い。目標に到達するまでに数時間を要するのである。また、容易に追尾が可能だという欠点もある。”
たしかに、宇宙エレベーターが及ぼす影響は、科学に閉じた領域ばかりではない。それによって得られる政治的権力、軍事力、エネルギー資源、国家の威信、投資収益、新種の不動産など、一つ一つ潰そうとするディテールへのこだわりからも、著者たちの本気感が伝わってくる。
16世紀以降、当時の主要国が、新大陸への進出を競ったときと同じように、宇宙開発を行う国が、月や火星など太陽系の宇宙空間への進出を互いに競うようになる時代が、すぐそこまで来ている。だが当時と大きく状況を異なるものにしているのが、宇宙エレベーターの持つ、費用効率の高さである。ロケットの打ち上げに頼っている国に比べて95%の費用優位性を持っているのだ。このまさに「早いものが一人勝ち」という構図が、競争をより一層熾烈なものにする可能性は高いだろう。
新たなフロンティアの出現にともなう期待感。そしていざその状況に直面した時、人類は内なる多様性だけでなく、外なる統一性を兼ね備えることが出来るのだろうか?宇宙エレベーターという構想が提示しているのは、そんな外側からの新たな視点だと思う。
版元であるオーム社が出版する宇宙エレベーター関連の書籍は、『宇宙エレベーター―宇宙旅行を可能にする新技術―』『宇宙エレベーターの物理学』に続いて3冊目。宇宙エレベーター協会という団体が、「オーム社は宇宙エレベーター関連書籍における世界最多の発行元」と賛辞の言葉を送っているのを見つけた時には、思わず「知らんがな!」の言葉が脳裏を埋め尽くしたが、これについては胸のうちにしまっておきたい。 -
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ネタバレ幸せとは何か?という、有史以来の問いに対して幸せ指数(のようなもの)が高い国に行ってみたらわかるんじゃない?という冗談のようなテーマの本。著者のワイナー氏は海外特派員としていわゆる不幸な国の取材を重ねてきた結果、幸福な国を訪ねてみようと思ったのだとか。
本人は自称不幸な人間らしいのだが、わりと楽観的だったり西洋人らしい無頓着な(ある種、傲慢な)ところもありで、そんなに不幸ではないんでないの?と思える(そもそも、アメリカに生まれている時点で類稀なる幸運の持ち主なわけで)。
訪問した10か国の文化や風俗をルポしながら幸福に関するインタビューをしていく流れで、ちょっと旅行記の様な感じもあり、それだけでも読んでいて楽しい。
それぞれの国に色々な感想を抱いているが、どちらかというとブータン、タイ、インドあたりに対するまなざしに肯定的なものを感じる。やっぱりアジアは人気があるのだなと。
「足るを知る」という概念は、いまだかつて達成されたことがない(そして、おそらく今後も)にもかかわらず、自分たちが足りていると心のどこかで気づいているにもかかわらず足りないと感じ続ける、先進国の人を引き付けて止まないらしい。
「足るを知る」を羨ましく思うこと自体、既に物質的にはほぼ満たされている側の特権なのだが(本当に足るを知りたいなら、今すぐできるのだから)。このあたり、アメリカ生まれならではの感じ方というか、隣の芝生は青いということだろうか。
一方、カタールあたりを冷淡に取り扱っているように見えるのは、文中にある通り文化や生活感のなさを嫌っているのか、それとも成り上がり国への無意識的な軽侮か。
興味深かったのはアイスランドとモルドバ。
前者は、自然というか地球の荒々しい側面と隣り合わせでありながら(あるいは、だからこそ)自国を愛し、文化を愛し、失敗を許容し、中庸を重んじ、だけどアルコールを浴びるほど飲みながらつながりの強い社会で生き抜いている。つながりが苦手な(だけどサービスだけは欲しい)人にとっては生きづらいかもしれないが、自分には好ましい生き方と思えた。幸せを毒する最大は嫉妬、というのがブータンなどのセンスに通ずるところもあり、いつか訪れてみたいと思わされる。
モルドバは逆に、現況に対する不満が充溢していながら誰もそれを改善できず(しようとせず)に諦めきっていて、かつ、他人の幸福が許せずすぐさま引きずりおろそうとする。環境があまりにも悪ければ、そもそもその環境を変えるなどという発想は出てこないし、どだい99.9%の人にはそんなことはできない。まるで現代のどこかの国のようだと思う。
結局のところ、幸せとは何か、というテーマは(予想通り)結論は出ない。ただ、本文中で述べられているいくつかのエッセンスをつなぎ合わせると通底するものは見えてくる。安らげる我が家または故郷があること、ある程度の経済的な豊かさ(個人の資産であれ社会的なサポートであれ)があること、他者や社会との程よい文化的なつながり、失敗しても立ち直れる裕度があること、そして「足るを知る」こと。
陳腐ではあるけども、少なくともこれらが最低限あるうえで、個々の状況に応じた幸せの追及ができる環境にあること、が幸せの必要条件ということだろう。
逆にこれらが満たされない環境では、幸せなど追求しようがない。本文にある通り、トルストイの「幸せな家族はどれもみな同じように見えるが、不幸な家族にはそれぞれの不幸の形がある」は逆なのだ。最低限が満たされないのに幸せになれるわけがない。どんな環境にいても幸せは探せる、というのは満たされている人間の目線でしかない。
10年前の本なので、いまの視点でもし書かれたのならどうなるか、見てみたいと思わされた。 -
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賛否両論ありますが、自分はトランプは嫌いではありません。
確かに誇張した表現や、差別的発言は目に余るものがありますが、良し悪しに関わらず有言実行という意味では、やってきた功績は認めるべきだと思います。
バイデンさんは認知症説がありますが、そっちの方がよっぽど不安です。
奥さんの名前間違えたり、トランプのことをジョージって言ってましたからね。
ボケて核ミサイルのボタン押さないかとか考えてしまいます 笑
とにかくトランプの評判は最初から最後まで悪かったですが、少しは良いところもあるということだけ伝えたいです。
著書も内情も書いてあって面白かったです。 -
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面白く現在のアメリカを知る参考にもなった。
J.D.ヴァンスがまだ無名の弁護士だった2017年に書かれた回想録。
田舎の荒れた地域のやんちゃだった兄ちゃんが、よき人々との出会いとサポートを得て、成長できる環境を自ら獲得し、アメリカンドリームをつかむというよくある物語だけでなく、その背景となっている貧困地域に住む白人労働者たちの日常生活が解像度の高いリアリティを持って語られている。
ひどい環境の中に埋没していると何をやってもダメだと絶望してしまう感覚が、本人の実体験をベースにしているので、とても生々しい。
ただし、諸々の歴史や環境が生む文化資本の差によって、99.9%のヒルビリーはJ.D.ヴァンスのようにはなれないことも、悲しいが現実であることも突きつけられている。 -
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トランプ政権の副大統領J・D・ヴァンスの自叙伝。いわゆる社会から取り残された白人層。グローバル化による格差拡大の最も大きな影響を受けたラストベルトと呼ばれる地域の白人とともに、オハイオ州ミドルタウンおよびケンタッキー州ジャクソンはアパラチアのいわゆる「ヒルビリー」(田舎者)と呼ばれる独特の白人たちの居住地域で、ヴァンスはそこで育った。西海岸や東部の白人たちとは全く価値観の違う社会で、薬物中毒で次々に男を変えて行く母親の元でさまざまなトラウマを抱えながら成長するヴァンス少年。しかし、彼を救い人生の成功者の道へ導く盾になってくれたのは彼の祖父母(特に祖母)や姉(リンジー)である。祖母の保護もおかげで精神的に安定して高校生活を過ごすことができたヴァンスは海兵隊に入隊(当時、アメリカはイラク戦争の最中であったので祖母は大反対であったが)し、そこでの厳しい訓練と生活で鍛え直されることで、今までとは違う人生に対する前向きな価値観を獲得する。その後、オハイオ州立大学からイェール大学のロースクールに進学することが出来た彼は「ヒルビリー」からの「エリート」の道を進むことに成功した稀有な存在である。しかし、そんな経歴の彼であるから、取り残された白人層の実態や心理を嫌というほど理解できており、また、海兵隊員としてイラクに派遣された際に戦争に巻き込まれた現地の子供達を暖かく見守る思いやりのある人柄であることから、彼が、ポストトランプの次期大統領になる事でアメリカ社会の再建の可能性に期待できる希望が持てた。ウクライナ大統領のゼレンスキーとの口論から、あまり良い印象を持っていなかったが、本書を読むことでヴァンス氏に対する認識が大きく変わることになる。
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アメリカ、ラストベルトの白人労働者の文化を綴った本。民俗学と言ってもよいのかもしれない。
自分の人生なのに、自分ではどうにもならないと考え、なんでも他人のせいにしようとする。p15
「政府は生活保護をもらって何もしない連中に金を払ってる。やつらは、おれたちの社会をバカにしてる。働き者はみんな、あいつら毎日働いてるぜって笑いものにされてるんだ」p238
能力は関係ないと言いたいわけではない。もちろんあるにこしたことはない。ただ、自分を過小評価していたと気づくことと、努力不足と能力不足とを取りちがえていたと気づくこと。それにはとても大きな意味がある。p299
アメリカのヴァンス副大統領が、この世界の文化で育ち、そこから抜け出していくストーリー。
面白い。
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2025年現在のアメリカ副大統領が2016年に発表した半生記。
アメリカのラストベルトに暮らす、貧しい白人労働者階級の生活を描いている。
この本がアメリカでベストセラーになったのは、幼少期における貧困層の生活と、大学以降、特にエリート層が大半を占めるイェール大学での生活を比較し、そこにいる人々の特徴や人生を描いたからだろう。
この本を読んで感じるのは、貧困層から抜け出す難しさやエリート層には一般的な家庭では得られない社会的な資本があるという事。
また、良くも悪くも人生における家族の存在の大きさである。筆者は祖父母に特別な感謝を示しており、本書を書く理由として二人の存在を世界に知って欲しかったからだろう。
社会の最小単位である家族や生活の場である家庭が、その人の人生にどれほど大きな影響があるのか、改めて考えさせられた。
親の子どもへの愛情は、家庭の貧富に関係無く絶対に必要なものであると感じた。もっと言うと、日々の生活圏にいる子どもたちを大切に思う気持ちも大事だろう。社会を良くしていく第一歩は、我々一人ひとりの子どもたちへの思いにかかっている。
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私が知ってるアメリカは自由で危険でいろいろ雑な国。アメリカ人はプレゼンや議論上手で立ち回りが得意だけど、地道な作業は苦手。
そんな自分が知っているアメリカとは全く違う世界を、今まで発信されてこなかった声なきアメリカ人の世界を、この本は示してくれた。
白人労働者階級、貧困層を体験して苦しんで来た著者だからこそ言える気持ちを、コミュニティやそこで住む人々に愛情を持つからこそ言える思いを、この本は示してくれた。
代々続く貧困と諦めの連鎖。離婚や家庭崩壊、ドラッグの連鎖。外を知らないからこそ、抜け出し方も分からない若者や子どもたち。虐待的な環境にいるから自分の感情コントロールも学べない子どもたち。
努力しないからいけない、と切り捨てることでは解決しない重い重い問題がそこにはあることが分かりました。
バンズは副大統領として、意地悪で怒りっぽく高飛車だと、悪い印象しかなかったけど、あの酷い家庭環境のサバイバーであり、白人貧困層の代弁者だと思うと、少し理解できる気がする。
アメリカの白人貧困層はどこへ向かうんだろう。日本も同じ道を辿りつつあるんだろうか。
非常に新しい発見があり、考えさせられる一冊でした。