マイケル・サンデルのレビュー一覧

  • 実力も運のうち 能力主義は正義か?

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    行き過ぎた学歴主義・能力主義がもたらす弊害を広く概観し、能力≒報酬を受けるに値するという発想に根拠がないことを論じ尽くす。日本の社会学者立岩真也にも近いものがあるよね。

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    2025年05月05日
  • ハーバード白熱教室講義録+東大特別授業(下)

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    講義の中で様々な意見を指揮者のようにコントロールし結論へとまとめていく教授が、珍しく慌てる一場面が合ってw。
    東大での講義は日本でもよく取り上げられる問題。歴史は継続しているとはいえ、ではいつまでその問題が続くのかは疑問。今後も秀吉を理由に問題が持ち上げられないとはいえないのではないか。
    過去の古い記録を根拠に日本海を東海と改めようとしているのだから、いつでも過去の歴史が突然頸を持たけ噛み付いてくる可能性はあるような気がする。
    中華思想や北と南の建国神話が根づいている以上、問題が解決する道は遠そう。

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    2025年05月02日
  • 平等について、いま話したいこと

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     不平等の3つの側面=経済的側面、政治的側面、そして社会関係-尊厳、身分、尊重に関する側面、について語り合う。
     
     トランプやル・ペンを生み出したものは左派がそれらについて置き去りにしてきたからだ、という。そしてそれらを解決していくためには、経済の脱商品化、累進課税の強化、大学入試や議員をくじ引きで・・と、幾つもの提案がなされる。二人の考えは、微妙に異なるが、大筋では合意されながら議論は進んでいく。

     読者の覚悟が求められています。平等であるべきだ、とすれば3つの側面で大胆な改革を進める必要があることを明白で、それを現実の政治に引き付けて考えれば、各政党の今の主張、施策は平等を拡大するものか、不平等を拡大していくものなのかを見極めていく必要があり、それについて行動することが求められるということです。

     ピケティ「公共サービスや基本財に投入する国民所得の割合を増やしていかなければならないという考えを、われわれはどこかの時点で受け入れなくてはなりません。では、どこまで増やせばよいのでしょうか? ヨーロッパ諸国を見ると、第一次世界大戦前までは税収が国民所得の10%未満でした。それがいまでは50%です。これを60%、70%、80%にあげなくてはならないのでしょうか? それは分かりません。ですが、あげる必要はあるのです。」

     「アメリカでは20世紀、何十年にもわたって所得税の最高税率が80%や90%だったのです。1930年から1980年までのあいだ、所得税の最高税率は平均した82%でした。それでもアメリカの資本主義が崩壊したようには見えません。むしろこの時期のアメリカ経済は、労働時間あたりの国民所得で見た生産性は世界最高で、ほかの国々を大きく引き離していました。」

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    2025年04月29日
  • 実力も運のうち 能力主義は正義か?

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    我々の幸福の大前提である「人間の尊厳」そして誰もが従う「正義」に照らして「能力主義」は人間の尊厳を踏み躙る平等主義の間違った理想であり、正義ではない、という話。

    能力ですべてを決める。能力はその人の努力の賜物である。そうすると、努力しても社会が認める能力を持てない人には自信の喪失、屈辱と敗北感、そして貧困が待っている。すべての子供に教育の機会を与えるというACジャパンのCMや、高校の授業料無料といった施策が善とされる。しかし、お金や機会の問題ではなく勉強ができない人は逃げ場がなくなる。成功した者は「機会の平等」を与えれば解決すると思い込んでるが、それは平等ではなく能力を基準とした不平等の再配分でしかないということです。

    サンデル教授は、アメリカで民主党が貧しい人や有色人種たちにリベラルな立場として「機会の平等」ばかり与えてきたが、成功できなかった人たちを蔑ろにして不評を買った。本来白人や既得権益を守る共和党だがトランプは逆にアメリカを再び偉大にすると呼びかけ、成功できなかった人にも夢を与えた。そしてインテリたちは有色人種やLGBTの人権は声高に叫ぶが、成功できなかった人たちは怠け者の落伍者として無視する。この恐ろしさ。

    子供の頃は「職業に貴賎はない」と親からも学校でも習ったけれど、進学や就職が近づくにつれて、子供の夢や志望を全否定することを散々言われたことを思い出す。当時は大人は汚いと思ったけれど、世界中が能力主義に向かう過渡期だったのですね。究極の幸福は金持ちになることという考え方が全人類を不幸にしてるのです。そして「やればできる」とか「あなたには無限の可能性がある」とかいう言葉も同様に間違ってるのです。

    こういう話は社会の常識を打ち破る話なので簡単なことではない。サンデル教授は一人ひとりが神か偶然か運命がなかったら自分もああなっていた、と考える謙虚さが社会の絆を生み、怨みや憎しみのない社会をつくる、と締めくくります。映画「知らないカノジョ」で中島健人が思い知らされるのと似たような謙虚さですね。あれを2人の間だけでなく全人類に対して抱く必要があるんですね。

    とはいえ、どういう仕組みを作っても平等にはならないでしょう。平等かどうかではなく、一人でも多くの人が総じて言えば幸せと感じる社会になってほしいものです。

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    2025年04月21日
  • 平等について、いま話したいこと

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    ネタバレ

    本当に、こうして本に収めたい対談ですね、感謝。

    ピケティの頭の中ーそれを世界に、伝える体力と精神力。
    サンデル教授も、自分の言いたいところちゃんとついてくる+まとめるのうますぎる。

    何を今話しているか、きっと常に宇宙から衛星で眺めているんだろうね。

    サンデル教授が問いを重ねて、ピケティの持論が展開されていく、

    という問答スタイルに一見感じる部分も多いのだけれど、

    最後にはサンデル教授の論、

    つまり、これまでの著作で主に論点として議論されてきた、

    グローバリゼーション、リベラリズム、

    金融化、商品化、

    能力主義、学歴偏重主義、

    について、

    ピケティもそれに合わせて話しているところはあるのだけれど、

    思いっきり全面的に話してまとめられている気がしてくる。

    ソクラテス強し。

    二人の専門や注目するところが違いながらも、

    違うからこそ、

    使ってる言葉の意味を確かめ合ったり、

    大事だと思っていることを共有し合って、

    読者の理解も助ける。(わかっているつもりになっている部分もある。)

    ‥

    本書対談では、言葉遣いとして、「格差」ではなく、「不平等」について議論する。

    格差(Disparity)は、上下的な関係のあるような違い、優劣と言った意味も含むということで、

    不平等(Inequality)は、本来平等であるべきものが、不均等にある状態。

    人間はみな平等だ、という認識が基盤となっている現代社会だから、議論する必要があるテーマだということでもある。

    で、なんで不平等がよくないのか。

    現在の所得と富の規模は、社会的距離を伴う、という。

    対等な話し合いができる環境が金銭的不平等で脅かされている。

    よく考えてみればそういう側面がある。

    そもそも同じ人間とは思えない生活をしている人がいて、

    でもそれは王様とか貴族ではない同じ一般民の話だから、問題になる。

    サンデルの、民主主義にとって、政治の運営にとってそのメンバーの間の一定の平等が欠かせない、という話に加え、

    ピケティの、人類の繁栄にとって、歴史的にも、包摂性と平等、特に教育分野の平等な利用機会が不可欠だった、という視点。

    ‥


    平等について、いま私も話したい。

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    2025年04月03日
  • それをお金で買いますか 市場主義の限界

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    行き過ぎた資本主義は、全ての物をお金で取引できる市場主義へと変えてしまった。お金の為に人身売買や臓器売買までもが需要と供給によって成り立ってしまう場合だって有るのだ。そこには道徳やモラルが歯止めになる事もあるが、当事者同士が双方利益を享受出来るとしたら、そして市場として成り立ってしまったら、そう考えると恐ろしい世界になってしまうだろう。イスラエルの幼稚園では、時間になっても子供を迎えに来ない親を如何に減らすか、対策として罰金を設ける事にした。結果はどうだろう?意に反して子供を迎えに来ない親が増えてしまった。親たちは、罰金を料金と受け止めてしまったのだ。
    などなど、色んな考えさせられる事例がこの本には挙げられている。「これから正義の話しをしよう」の著者マイケル・サンディルの行き過ぎた市場主義に疑問を投げかける素晴らしい本だ。

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    2025年03月31日
  • 実力も運のうち 能力主義は正義か?

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    能力は、神の恩寵でなく努力の賜物である。だから能力が重視されるのである。そのためには能力を評価するための平等な仕組みは必要であり、社会は (学歴や労働の面で) 平等と思われる仕組み作りに奔走してきた。能力があるものが社会やコミュニティへの貢献度が高い。だから富や権力を得るのは当然であり、それが社会を発展に導く。

    と、皆思っている (思わされている) がそうではない、が著者の主張。

    能力 (とりわけ知的な) は努力だけでは測れない要因 (広く言えば諸々の環境) が多々ある上、厳密に平等を実現するのは困難である。平等を突き詰めれば、より明確な勝者と (言い訳のできない) 敗者が生まれ、敗者はその烙印に耐えられず社会は疲弊していく。大事なのは (一生の間だけでなく世代間含めた) 流動性であり、適度なランダム性や1次元の評価軸でない多様な価値観 (共通善への貢献尺度) が必要 (具体は6章、7章) 。強者は自身の能力に奢らず (もちろんサーカスばりの努力もある) 、自信の立場があるのはコミュニティからの恩恵/他者からの貢献を授かった上で成り立っていることを謙虚に受け止め恩返し、熟議すべしと。

    哲学者らしい道徳的な視点から歴史的な経緯、昨今の事情 (特にアメリカの) を交えて滾々と訴えている。アメリカンドリームを標榜する米が実際には先進他国と比べても流動性が低いのは意外であり象徴的。現在の暴力的な格差を是正するのは並大抵ではないが、土台が揺らげば社会が傾き何かしらフィードバックは掛かるのかな。

    「これから「正義」の話をしよう」含め、著者の本は考えさせられることが多く楽しい。ただ、この本はちょっと冗長な感じでくどい感じはする。

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    2025年03月22日
  • 平等について、いま話したいこと

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    個人的には期待以上の本であった。確かに掘り下げた議論になっておらず、噛み合っていなかったり上手くかわしているだけのところも多いのだが、対談録と言うことで、具体的なデータや筋を追ったわかりやすい議論、ましてや一定の結論を示すというのはそぐわないであろう。むしろ、議論の中から浮かび上がる「平等」と言うテーマに対するスタンス、アプローチの違いこそが重要で、それを把握した上で、自身なりの考察をするに当たって、大変良い本と思う。中でも解説が大変分かりやすく、思考の整理に役立った。
    個人的には、サンデルは平等を社会が追求すべき「善なるもの」の定義に関わる前提条件の一つとして捉えている様に思われる。社会が共通善を達成するために必要な器であるとして(アリストテレス的な)、それを達成するためには平等と正義が共通認識として成員の間に共有化されている必要がある、と考えているのではないか。
    対してピケティは、平等と言うものは社会が機能する上で備えるべき条件の一つとして認識している様に読める。だからこそ、租税法や富の再分配を通じて、システムとしての平等をいかに整備すべきかに力点をおいているのではないか。解説にある通り、現実政治での実行を優先する立ち位置なのだろう。
    まず人々の心の中にある平等や正義、尊厳といった善に関する共通認識が整えられた上で、それを実現する社会システムが整えられるべきなのか。それとも、国家/国家群として再分配のシステムを整備し、富の偏在は正義にもとると言うメッセージを明確にした上で、その中で善に関する共通認識を培うべきなのか。
    個人的な見解としては、政治とは何処から税金を取って何処に分配するかを決定する、つきつめればその為だけに存在する技術(アート)だと思っている。その取り方、分配の仕方にその国家が追求する善が示される、という事である(不幸にして、本邦のように何も追求していない様に見える政治もあるが)。その意味では、上記のどちらのアプローチのみでは上手くいかず、両方の組み合わせが必要なのは当然だが、個人的にはサンデル寄りである。何を善とするかの合意なくして徴税システムのみ整備しても、仏作って魂入れずで、人間は抜け道を考え出すだけではないか。
    また、何故リベラル勢力が近年、説得力を失ってきたかに関する分析が興味深い。人々の不満が何処にあるのか。十分な賃金が支払われず、富が偏在していること。それを一つの理由として、富裕層から人間として尊重されていないと感じる事。おそらくは両方が理由で、両輪で解決すべきなのだろう。ここでも個人的にはサンデル寄りで、リベラルがいつの間にか富裕層の傲慢を中和する道具(国際協調の御旗の元に)として利用されるようになった、その視点を正さなければ、彼らから税を毟り取ってもまた別の差別を生み出すだけに思える。文中で指摘される通り、これ程便利で、人道色の化粧も着いた思考停止の道具は無いだろうから。もちろん、選択の自由を持てるだけの経済力をすべての人に約束する、下世話に言えばまず腹を満たす、事は必要なのだが。
    教育の脱商品化については、両者とも比較的似た結論だが、ピケティが教育の脱商品化により熱心なのは面白い。教育に関わる人達が生活の心配をする事なく、その人達の内在的な動機を腐敗させない為に、脱商品化を徹底的に進めるのは一つの意見であろう。それによって起こる質の低下があり得るかは、議論の範囲を超えるだろうが、少し聞いて見たかった。我が国の議論では、税負担主体や所得格差、公立学校の存続性、私立の過当競争に力点が置かれがちだが、教育と言うものをどう捉え、社会としてどうサポートするかの議論が少し足りないようなのは気の所為だろうか。
    それにしても、給付金や税の多寡のみが議論され、社会善や政治哲学の議論を寡聞にして聞かない国に居る人間としては、このような議論がされて、本になるという時点で既に羨ましいと感じる。少し僻みすぎで、私がそういう本を知らないだけかも知れないが。

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    2025年03月15日
  • これからの「正義」の話をしよう ──いまを生き延びるための哲学

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    再読。
    ベンサムやミル、カント、ロールズ、アリストテレス等を参照にしつつ正義とは何かについてアプローチしていく。
    難解なところもあるが、普段私たちが何となく正しいと思っていることを言語化してくれていたり、当たり前に見えたものに違う視点を提示してくれる点があって改めて知的好奇心を刺激させられるような内容だった。

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    2025年01月22日
  • 実力も運のうち 能力主義は正義か?

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    能力主義とは、一般に、家柄などのような本人の意思では変えることのできない属性により生涯が決まってしまう貴族制よりも、公正な制度だと一般に考えられている。 しかし現実には、高額な教育費を支払える富裕層の子は名門私立大学に進学するうえで明らかに有利になっている。現代社会で能力を推し量る最大の目安となる学歴が、親の資産である程度決まってしまうのである。
    そのような現実にも関わらず、高学歴のエリートたちは、努力さえすれば誰でも能力の許す限り高い地位を得ることができるという建前を主張する。能力主義を主張することは、エリートたちにとっては自らの現在の地位が己の努力によってのみ獲得したものとみなせる反面、非エリートたちにとっては現在の恵まれない現状は己の努力不足、自己責任である、とみなされてしまう。能力主義社会の敗者たちに救いはない。やりようのない怒りが、学歴エリートへの反発を産み、トランプを大統領へと押し上げたと言える。

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    2025年01月05日
  • 実力も運のうち 能力主義は正義か?

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    ハーバード白熱教室で有名なサンデル教授の本。彼自身はハーバードの政治哲学者であり、コミュニタリアニズムの代表者でもある。得てして我々は、努力をしたものが報われるのは当然である、能力がある人が高い収入を得るべきだというメリトクラシー(能力主義)的な考え方を当然だと思っている。しかし、それは本当なのか、能力に応じた機会の平等を訴えていたリベラル政党が弱まりポピュリズム政党が力を増しているのはなぜなのか。考え直すべき時期かもしれない。米国の能力主義が宗教的価値観が源泉だったというのも非常に興味深かった。

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    2024年11月17日
  • 実力も運のうち 能力主義は正義か?

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    やはりサンデルは良い。たとえ全編そうでなくとも、自分では辿り着けないいくつもの見解に出会うことができる。

    例えば、第2章の「能力の道徳の歴史」は、Dトランプ的自力志向や、日本の無宗教性ゆえの自己救済などに思いを寄せることができる「宗教的教養」を提示している。

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    2024年10月10日
  • 実力も運のうち 能力主義は正義か?

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    気づきを与えてくれる1冊。才能を伸ばす、努力する、成果を上げる、報酬を貰う、他人から讃えられる。現代の能力主義の日本で生きていたら当たり前ことを根本から考え直せます。個人的にはトップの成功者ほど、「実力も運のうち」な事に自然と気づけている気がします。その証拠に超富裕層はフィランソロピー(社会貢献活動)に関心が強い人が多い(お金を使い切れないというのもあるが)。SNS等で成功者ぶった人を見ても、この本を読んだ後だと幼稚に見えて、精神が乱されず、本質を見抜くことに繋がります。

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    2024年09月29日
  • それをお金で買いますか 市場主義の限界

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    十数年前にサンデル教授の「正義論」を学び、

    議論し続けることの大事さを訴える実践的な講義に感銘を受けました。

    今回この著書をあらためて読み、

    政治哲学を経済学との関係で考え議論することが不可欠であることを再度学びました。

    すべてが売り物になる懸念として挙げられていた2点は、

    1、公正の議論:お金のあるなしがあらゆる違いを生み出す

    2、腐敗の議論:あらゆる領域の価値観を侵食する

    不平等、格差、公平についての倫理基準の考え方は、経済と政治を議論するうえで主要なトピックであるように思いますが、

    本書では、とくに2点目の腐敗の議論に焦点を当てられています。

    商品なると腐敗、堕落したりするものがある。これについて考えます。

    商品とは、金銭的に取引ができるもの。

    実際には、売買できるものとしてあらゆる物の価値が適切に測られるわけではない、はず。

    でも現代社会は、どんどんあらゆるものやことを財務情報化したり、商品化していっている。

    それにより何が失われているか、失われているものがあるかさえ、考える間もないままに。

    「市場経済」が「市場社会」になるとき、私たちが被る代償は。

    ___この30年のあいだに起こった決定的な変化は、強欲の高まりではなかった。そうではなく、市場と市場価値が、それらがなじまない生活領域へと拡大したことだったのだ。こうした状況に対処するには、強欲さをののしるだけではすまない。この社会において市場が演じる役割を考え直す必要がある。市場をあるべき場所にとどめておくことの意味について、公に議論する必要がある。この議論のために、市場の道徳的限界を考え抜く必要がある。お金で買うべきではないものが存在するかどうかを問う必要がある。(本文より)

    …

    - 腐敗の議論

    英語だと、”corrupt”。

    サンデル教授が強調する市民としての「美徳」との関係で考えると、

    道徳的な価値を低減させるー”diminish their value”ことを意味しています。

    ___われわれは、腐敗というと不正利得を思い浮かべることが多い。だが、腐敗とは賄賂や不正な支払い以上のものを指している、ある財(善)や社会的慣行を腐敗させるとは、それを侮辱すること、それを評価するのにふさわしい方法よりも低級な方法で扱うことなのだ。公聴会の入場料を取るのは、この意味における腐敗の一種である。(本文より)

    経済学は、道徳的議論を含まない市場原理を理論立ててきた。

    この領域は、公的生活を扱うものではなかったはずが、

    今やこの経済理論が公的生活を支配するようになっている、道徳理論を書いた領域に公的生活をゆだねる状況になっていることを懸念しています。

    あらゆる物事に効率を求める傾向にある社会状況を考えると、印章論としてもとても説得力があります。

    近年はやっている行動経済学も、前提として、人間が選択肢のコストと利益を比較検討する、あらゆるものに経済的価格があると考えること。

    経済学的アプローチはあらゆる人間行動に当てはまる包括的なものだという議論は、

    ゲイリー・ベッカーの『人的資本』 (1976出版 )に代表される、シカゴ派経済学にたどることができ、

    その合理的な人間観が、今もなお、強固なものとして現在にも浸透しているのですね。

    理論の力すごい、と改めて思う。

    人間の合理的判断は例外、と疑い始めてもいい状況にあるように思いますが、

    金融危機など経ても、そこまでパラダイムはシフトしていないということなのですね。

    - インセンティブを疑う

    「インセンティブ」がますます使われるのは現代社会の特徴でもあったのですね。

    もともとそうではなかったのか。

    インセンティブをつけることで、

    私たちが持っている本来の動機が書き換えられてしまう。

    保育園のお迎えお迎え時間を有料化(追加料金を払って遅くに迎えに来る親が増えた)する事例はよく取り上げられていますが、

    経済理論に則った制度設計が人の動機を動かす、重大な責任ある行為であることをあまり自覚できていないのが現状。

    罰金かインセンティブか、その選択にも道義的責任を伴う。

    だから、その制度設計によって、どのような姿勢が強化されるかをきちんと考慮する必要がある。

    たとえば価値観に裏打ちされた制度設計がなされているフィンランドの事例が紹介されていました。

    「共通善への貢献を含む道徳的配慮によって、ときとして価格効果が打ち消される」、それを象徴するスイスの核廃棄物処理施設の住民投票(補助金を払うとなると市民の反対が高まった)の事例。

    動機がすり替わる場合とそうでない場合は、どのような違いがあるのだろう…

    市民的義務感、教育、規範、などが関係してくるのかな、と思ったりしました。

    プロセスも大事なのかもしれない。一人ではなくて、周りとのかかわりの中で行為を選択したり考えを定めていく部分もありそうだし。

    だから、何が優位かきまっているわけでもないのかもしれないけれど、

    価格が設定されていたら単純に一番明確な判断軸として、デフォルトで採用するのかもしれない。

    たっぷり払うか、全く払わないか、のどちらか、

    という話は、なるほど、そうだな、と思ったり。

    ボランティアでするか、たくさん給料もらってするか、どのどちらかが一番やる気が出る。

    中途半端に安い給与で働くことになったら、もともと持っていたやる気もなくなるような経験、あるなーと。

    - どこまで商品化するかという倫理

    本来すべてに価格をつけているわけではないのに、金銭的インセンティブにより、金銭化する、あらゆる関係性、人間関係も市場関係化する。

    「商品化効果」(ヒルシュ)については、これまでも論じられてきていて、
    それは、内的動機を消す、締め出し効果がある、ということ。

    一方で、 商品化は性質を変えない、逆に寛容や利他、市民的義務は有限である、というような意見もあることも紹介(経済学者ケネス・アロー、デイビッド・ロバートソンなど)。

    実際、商品化の闇は倫理的領域にまで浸透していて、それを人生や死の商品化を取り上げ、リアルに論じられています。

    アメリカでは、従業員保険が1990sから発展し、さらに広まって2000年代頃には政府の規制も出てくるものの、歯止めかからずに突き進んでいった。

    2009年のWSJ紙では、

    「…結局、生命保険が遺族のためのセーフティネットから企業財務の戦略にいかにして変質したかという、ほとんど知られていない物語なのだ」

    という議論がなされています。

    そのほか、テロの先物市場、
    バイアティカル産業、

    ライフセトルメント産業、

    スピンライフ型保険生命保険、とその二次市場死亡債…

    など、

    大手の証券会社(GSなど)もこのビジネスに乗り出しているという事実。

    人の生死を商品化することの倫理はどこまで考えられているのか。

    と疑問を投げかける暇もなく、

    さらにこの領域のビジネスは発展していっているのでしょうね…。

    ビジネス戦略の倫理性を問うような問題は、日常にも広がっている。
    広告プロダクト・プレイスメント、

    命名権や自治体マーケティングにも触れられています。

    - 市場は社会規範にその跡を残す

    失われるものがないかを考える必要がある。

    商品化により何が失われてしまっているのか。

    この問いへの思考停止こそが、今日の資本主義の問題ともいえそうです。

    サンデル教授は言います。

    マネーボール市場の効率性を高めることが美徳ではない。

    責任ある環境倫理にもとめられる自制や犠牲の共有の精神が蝕まれる。

    世界がどう動いているのかを説明する経済学が、世界がどう動くべきか、という道徳的領域に侵食している。

    まずこれを自覚し、

    実際にビジネスに取り組むときには、

    出口戦略としても、線引きをまず意識したらいいのかも、

    そして、フィンランドの教育の例にもあったように、

    金額や金銭的利益が究極の目的や決定的達成指標とならないようにすること。

    それ以外に、もっと大事なものがあることを制度設計側だけではなく、利用者側にも共有されるような設計と運営をすること。

    美徳。

    徳ある人間として一人一人が生きるだけではなく、

    徳ある社会を皆で作っていく一員でありたいと思いました。

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    2024年08月07日
  • ハーバード白熱教室講義録+東大特別授業(上)

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    (一同笑)でちゃんと笑いを感じるのは、流されてるのか、はたまた 実質的にマイケル・サンデーの話し方が好きなのか

    面白かった回
    第1回殺人に正義はあるのか
    第2回の高級な喜びと低級な喜び
    第5回の母性売り出し中
    第6回 道徳性の最高原理

    難しかった回
    第5回 兵士は金で雇えるか
    第6回 道徳性の最高原理

    最後の東大講義は、いままでの復習になったしよかった。日本人の思想の一貫性のなさは感じた。

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    2024年06月01日
  • 実力も運のうち 能力主義は正義か?

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    実力も運のうち。
    運が良い過程の育ったなら、実力も高くなる。
    特に学歴は家庭の所得と大きく関係している。
    機会は均等に与えられているとされているが、実際なスタート地点が違うのだから同じではない。
    高学歴者と低学歴労働者との間の格差が広がり、それがアメリカではトランプの当選につながったと説明されている。
    アメリカの現状がとてもよく分かった。

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    2024年05月21日
  • 実力も運のうち 能力主義は正義か?

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    真の平等とは何か?を考えさせられる本だった。オバマ元大統領等、過去の大統領らの発言・境遇を例とした論拠は理解しやすく、能力主義を市場原理と道徳性の観点から分けて説明している点も分かりやすい。
    社会への目の向け方に気づきを与えてくれる一冊。おすすめです。

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    2024年02月04日
  • ハーバード白熱教室講義録+東大特別授業(下)

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    正義を考えるためには善を考えることが必要。

    善を考えるためには「原理と具体例を相互に往復しながら考えていくというアプローチを取るべき」
    by ロールズ(反照的均衡)


    カントの考えでは、人間が自律的に行動していると言えるのは、義務という名の下に何かを追求している時だけで、自分の個人的な利益のためではなく義務のために、何か善い道徳的な行為をしているときだけ。
    その行為は自由から生じている。
    なぜなら強制されたのではなく、道徳法則を受け入れることを自分で選んだから。

    道徳法則は主観的な条件に左右されないので普遍的な法則である。

    純粋理性とはどんな外部条件にも左右されず自分自身に適用されるもの。

    「正義の原理は、仮設的契約から最もうまく導かれる」by ロールズ

    「すべての正義は差別を内包する」byアリストテレス

    アリストテレスの考え方は
    「目的論的道徳理論」という考え方
    目的、目標から論理を組み立てる

    アファーマティブアクションへの反論を「大学教育にふさわしい目的や目標とは何か」という問いに置き換えることは、目的論的道徳理論の考え方

    アリストテレスの政治論
    政治とは、善い人格を形成すること、市民たちの美徳を高めること。つまり、善き生をもたらすもの。

    カントやロールズの政治論
    政治は私たちを善くするものではなく、私たちが善や価値、目的を選択する自由を尊重し、他者にも同様の自由を認めること。

    コミュニタリアニズム
    「自己というものは、ある程度までその人が属するコミュニティや伝統や歴史によって規定され、負荷をかけられている存在である」という考え方。
    負荷ありし自己

    コミュニタリアニズム批判
    「責務が、そのコミュニティの構成員というアイデンティティによって定義されてしまったら、責務どうしが対立したり、重複したり、競合したりするかもしれない。そこに明らかな原則はないから」

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    2023年05月10日
  • ハーバード白熱教室講義録+東大特別授業(上)

    Posted by ブクログ

    哲学というのは人をして距離を置かせ、衰弱させるような活動のため、精神が未熟なうちにしてしまうと社会との距離のバランスがとりづらくなってしまう。

    ①どこから、基本的な権利はきているのか?
    ②公正な手続きはどんな結果も正当化するのか?
    ③同意の道徳的な働きは何か?

    ベンサムの功利主義をジョン・スチュアート・ミルが発展させた

    「満足した豚より、不満足な人間である方がよい。満足した愚者より不満足なソクラテスである方がよい。」by スチュアート・ミル

    「正義とは道徳の最も神聖な部分であり、他とは比べようもないほど拘束力の強い部分である」by ミル

    ノージックは分配の公正さは
    ①「取得の正義」または「最初の保有」
    ②その分配が自由な意思決定によるものかどうか

    リバタリアニズムの課税による考え方
    「個人の所得を取り上げるのは、個人の労働を取り上げることと同じであり、個人の労働を取り上げることは、個人を奴隷にするのと同じことである」

    リバタリアニズムへの反論
    「私たちは本当は自分で自分を所有していないのではないか」

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    2023年05月02日
  • これからの「正義」の話をしよう ──いまを生き延びるための哲学

    Posted by ブクログ

    自分が政治哲学に興味をもつきっかけになった本。
    サンデルの文章は分かりやすくて毎度感動する。現実に起きている問題と政治哲学を結びつけて議論していく内容となっている。例も分かりやすく、これからの世の中を考えるには最適な1冊。ただ、カントの内容は難しい。

    2回目
    やっばりサンデルの考えはいい。だけど、ロールズの話もなんとなく魅力に感じてきた。

    3回目2025.7.11
    ベンサム→結果に注目
    カント→行為の動機に注目
    アリストテレス→ものの性質に注目

    共通善を育むことが今後の政治課題らしいが、サンデルは今のトランプ政権を見てどう思うのか。トランプのナショナリズムも一種のコミュニタリアニズムのような気がするが、間違っているのだろうか

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    2023年11月23日