川内有緒のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
単行本の時も 五つ★だったはず
その本が 文庫で再販されると
ついつい 手に入れてしまう
そして また読み始める
すっかり忘れていたところもあり
ぼんやり そうだった
と思い起こすところもあり
それでも やはり
川内有緒さんの紡ぎ出す
ノンフィクションの海に
心地良く漕ぎいだしてしまう
どきどき するところも
はらはら するところも
ふーむ なるほどの ところも
確実に 増えている
バウルの魅力も さることながら
川内さんの存在そのものが
バウルと同化してくるようだ
きっとまた手に取ってしまう
一冊が増えました
文庫の解説が
高野秀行さんであるのも
いかにも 似つかわしい -
Posted by ブクログ
ネタバレなんかのラジオで題名聞いて、なんかおもしろそうだなあっと思っていたら、すっぴんでゲストにでられてたので、
あ、この人が書いた本かあっと、思って手に取る。
表紙がとても幻想的で美しい。
題名とあいまって、ちょっとファンタジーっぽいけど、ドキュメンタリーである。
2人のとんでもなくエネルギッシュで温かく魅力的な人物の関わりから紡がれるたくさんの物語。
いやあ、面白かった。
志賀さん、なにもの?
ライオンがガーガー言ってるみたい、とゆーのに笑った。
ハンググライダーの件はすっごくなるほどっとおもった。
人の期待に左右された決断はだめだ。
これ、肝に銘じるべし。
北京オリンピックの巨人足花火、さすが大 -
Posted by ブクログ
元国連職員でパリの国際機関に勤めていた川内有緒氏の著書。自分が今まで読んだいわゆる「面白い本」には一つの法則があって、それはプロローグからすでに面白いという事なのだが、この作品も例外にもれず面白い作品となった。
著者の川内氏は国連職員時代の出張先バングラデシュで、「バウルの歌」の噂を聞くことになる。バウルとはバングラデシュや、インドの西ベンガル地方に住む吟遊詩人の事なのだが、地元の人でも詳しいことはよくわからないらしい。この訪問から数カ月後に国連を退職した川内氏は、知り合いのカメラマンと現地ガイドの3人で、バウルを探す約2週間の旅に出るのである。
実はこのレビューに、バウルについてもう少し -
Posted by ブクログ
題名と表紙に惹かれて読んだ。
5人の方の生と死。
その家族や友人の故人を見送るエピソード。
涙したり「ふふふ」と笑ったりしながら一気に読めた。
以前に読んだ何かの小説で、夫が「墓はいらない。葬式も年忌もやらなくていい」というのに対して妻が「お墓は故人の為でなく、残された者のため。お墓がなくてはあなたに会いに行けないし、年忌がなければばらばらな土地に嫁いだ娘たちが全員揃う機会がない」と答える会話があったことを思い出した。
弔うというのは、故人のためではなく故人の周りの人間たちのためなのかなぁ、と。
この本に登場する故人たちは、旅が大好きだったり、世界の山に登ったりといった自由に生きていた方々 -
Posted by ブクログ
6月目前の東京、梅雨の気配を孕んだ風を頬に受けながら、思考は熱気と土埃と人いきれのバングラデシュに飛んでいく。
ほんとうに素晴らしい本に出会った。
「自分を探す旅」と言うと酷く陳腐だけど、著者は意図せずして自分を見つけに行ったのだ。
バウルの歌に引き寄せられて旅をしながら、思考は過去(国連での仕事、学生時代の経験、そして父親のこと…)と現実の間を行き来する。
まるで鳥籠の中と外を気紛れに飛び交う「見知らぬ鳥」のように。
バウルに出会うには2週間では短すぎると言われた旅で、信じられないくらい多くの邂逅があった。
彼女が引き寄せたのか、バウルが引き寄せたのか、いずれにせよ出会うべくして出会っ -
Posted by ブクログ
ネタバレ2年前にタイトルに惹かれて借りたけど、忙しさもありなかなか読み切れず3回くらい借りた。今回は改めて最初から読み直す。
いかにアートを正確に伝えるかではなく、白鳥さんは各自いろいろな受けとめ方をしているその場の様子を一緒にいて楽しんでいる、ということだった。
作中の白鳥さんの言葉がいくつかささった。
・「差別や優生思想はダメだ」っていうのではなく、「少なからず自分の中にもある」と気づくこと。この2つは切り離して考えないといけない。どんな人にも優生思想はあるのでは。
・「できる」という能力ばかりに人間の価値を置いて来たことが、人間社会にひずみをもたらしている。が、「できる」人も「できない人」も -
Posted by ブクログ
「大事なのはチョコじゃなくて、分かち合う人たちよ」について、理解する部分もあるけれど一人旅を愛する私にとって一人で食事をすることは割と当たり前で、一人で食事をしていて孤独を感じることってあんまりなかったよなぁ?と思いながら読み進めると、「町は家族」であるとのフレーズに出会い腑に落ちた。私は愛するリスボン、リヨン、松陰神社前(正確には、これらの町に存在する愛する店のシェフや店員さん)といった”家族”と食事をしていたので寂しくなかったのかもしれない。生きることと食べることは同義で、震災や戦争といった起こってしまった悲劇を前にそれでも食べていく人たちの強さに勇気づけられるだけでなく、気丈に振る舞う彼
-
Posted by ブクログ
内なるものを表現するカタチはいろいろ。
そして、それを受け止め、感じる方法もいろいろ。
美術などのカタチある作品を鑑賞するには、視覚が主に必要だが、盲人の白鳥さんの鑑賞は、付き添いの人の感想で鑑賞する。
私も今回、オーディブルで聴く読書したが、本書の奈良の仏像鑑賞の部分を聴きながら、意外と見えなくても楽しめるものなんだな、と思った。
足りない、ない、できないことが、人にはそれぞれあるが、できることで補って、また、できる人にサポートされて、お互い生きていく、誰もがそうなんだと改めて感じた。
白鳥さんのように前向きに、生きるって素敵だな、と思ったし、著者や白鳥さんの周りは明るくポジティブ人 -
Posted by ブクログ
初エッセイということで、本書を通して川内さんの大切な思い出やお人柄に触れられて嬉しい。
著書「目の見えない白鳥さんとアートを見に行く」のエピソードについても、いくつかの側面から綴られていました。ライター生活の始まりといったご自身のこと、アートのこと、ご家族のこと、意外な人との繋がりなど……さまざまな場所でたくさんの人と紡いだ特別な思い出をシェア。
読みながら自身のさまざまな記憶も呼び起こされ、懐かしい気持ちになることもありました。
表題作の思い出は想像のちょっと斜め上。でも、そこからの話はスケールが大きくて夢があって良かった!
『コネがなくても、お金がなくても、自由なスピリットとやりたい