野地秩嘉のレビュー一覧
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⭐︎4.7
まさかアイサイトの原点が、戦闘機だったとは。
というのが、最初の感想である。我が相棒の原点を知ることができて本当に楽しめました。
太田で勤めていたこともあるので、近代史の教本としても楽しめましたし、なんか縁のある土地に縁のある車を手に入れて乗ることができている幸せ。
しかし、中島飛行機・富士重工・SUBARUの会社の歴史は、良いことも悪きこともあり、日本が過ごしてきた昭和の悲劇と勃興。
日本を見るのではなくアメリカを見ての経営に舵取りをした現在まで、知ることができました。
影響されやすい私は、ガンプラ以来何十年かぶりにプラモデルを買ってしまった。トミカでてんとう虫が売ってたのにも驚いたですが。
今のプラモも、一回煮た方がいいのかなぁ。
誰か教えて・・。
子供の頃はよく母に叱られながら鍋にガンプラ入れて煮てましたけど。 -
Posted by ブクログ
企画書は1行
著:野地 秩嘉
光文社新書 257
企画書にはさまざま形がある
長文の企画書もあれば、メモ用紙1枚もある
現実に結びつく企画書をみると、どれもひとつの共通点をもっている
それは、企画の意図が相手に一行で伝わる言葉があることだ
どうその一行を書くかを言う点からは、どうもちょっとピントがあまいようにおもえましたが、
いくつか興味深い点がありました。
気になったのは、以下です
・いくらいい企画であっても、相手に伝わらなければ、ゴミとおなじ
・一行で表現できない映画はヒットしない
・新商品を考えるときには、常に理想形、最上級を負わないと、商品を宣伝するときに困ってしまう
・自信のある商品でなければ、お客様を幸せにできない
・つねにメモを持ち歩き、素材を集めることこそ、表現したい一行を生む源泉になっている
・いい企画とは、特殊さ、複雑さとは、無縁である
・プロのすごいところは、相手がだれであろうと手を抜かないところだ、常に全力投入する
・大切なことは、未来に向かっての目標をもつこと
そして、それを手帳に書いて常に携帯すること、それだけです
・一般の企画書のポイントは1つだけ、それは、「結論が先」です
・生物は絶滅に瀕すると、種のなかから内在していた能力や形質が現れてくる
絶滅に瀕することが進化の源なんです
人間も同じです。窮すればこそ、いろいろなアイデアを生むことができる
・すぐれた広告とはなにか
それは、ひとこと説明しただけで、相手が、ああ、それはおもしろいなと分かってくれるもの
・大切なのは、枝葉ではなく、本質だ。本質が分かりやすくなければ大勢の人々に伝播していくはずはない
目次
はじめに
第1章 現場から生まれた一行
第2章 ヒット商品の一行
第3章 組織を動かす一行
第4章 人生を書いた一行
第5章 ブランドを創る一行
終章 映像が浮かぶ一行
おわりに
ISBN:9784334033576
出版社:光文社
判型:新書
ページ数:232ページ
定価:700円(本体)
2006年06月20日初版1刷発行
2006年08月15日5刷 -
Posted by ブクログ
食べログってどういう風に生まれたのだろうと思って読んでみたのですが、穐田誉輝さんの自伝で思っていた内容と異なっていたのですが、とても学びになりました。
タイトルにもあるとおり、ユーザーファーストで物事を考える姿勢を貫いてることが伝わってきます。
それは社員の方に対しても同じようなことが起こっており、トップダウン式であれやれこれやれではなく、上手く壁打ち役になってくれる人、それでいて修正の気付きを与えてくれる人です。
自分で全てをやりたがるのではなく、まずは相手が何をしたいのかを見極めることが姿勢として貫かれています。
私自身、最近そのようなミスをしたので心に刺さるほんでした。 -
Posted by ブクログ
コロナウィルスという危機に対し、トヨタはこれまでの知見を活かしてどう乗り越えたのかについて書かれているだけでなく、平常時においても危機に対してどういったことをしているかについても書かれている。
特に、生産技術や調達技術の卓越性が印象に残った。
例えば、
・天災時にサプライヤーの復興支援を行った際、復旧だけでなく、ラインのカイゼンや住民への支援活動など行っていたこと
・保全マンは、勤務時間に機械故障などの保全対応がないときには、ラインを回ったり自主勉強をしたりして、次の保全に備えていること
・仕掛部品をできるだけ持たないように、調達先は複数用意しておくこと
といったことである。 -
Posted by ブクログ
伊藤忠の社史のような1冊。
「近江商人」というルーツから、繊維商社、アイデアによる「発明ではなく発見」のイノベーション、トレーディングから事業投資へのシフトチェンジなどなど、伊藤忠が大きくなっていった歴史について書かれた本でした。
財閥商社と違って資本力が決定的に足りていない分、仕入れやアイデアなどで発展を遂げた伊藤忠は、本当にビジネス力のある企業だと思う。
元社長の丹羽宇一郎氏の書籍は何冊か読んだが、バイタリティ溢れる企業のイメージが強い。
「か・け・ふ」の理論については、伊藤忠に限らずどの企業においても大切にすべきマインドだなと読んでて思いました。
冒頭に書いたように、伊藤忠の社史というかどのように発展してきたかについて書かれた1冊なので、自身に応用できるような参考になる箇所は少ないように感じたが、1企業がどのように発展してきたかという読み物としては非常に面白かったです。
【抜粋】
1.ルーツは「近江から来た商人たち」
近江商人とは、近江に本宅を置き、他国へ行生して歩いた商人の総称で、大阪商人、伊勢商人とならぶ日本3大商人の1つ。
ただ、忠兵衛は小売ではなく、持ち下り(卸売り出張販売)で起業した。
そうすることで、広い世界を見ることができる。
2.商社の役割とは、時代を肌で感じて、伸びていく分野を見つけ、そこで商売を考えることだ。
工場を作ったり、新製品を開発するような金がかかる事はメーカーに任せて、仕入れを手伝ったり、情報集めたり、資金の手当てをする。必要とあれば少しは投資もする。
主体的にではなく、影のように寄り添って、一緒に成長していくことが商社のビジネススタイルだ。
3.商社の発展の原動力はマーケットインとイニシアチブ
承認はマーケットインが大切だ。要はご用聞きでなくてはいかん。プロダクトアウトの思想じゃダメ、自分の持っている商品を売るだけの商社は大きくならない。
もう一つ大切なのが、イニシアチブを取ること。
メーカーの販売代理店ではいけない。メーカーの言いなりではいけない。とにかく商流のイニシアチブを取る。
要するに、商社が主導権を握ること。企画でも強力な製品でも良い。それを考えるのが商社の人間である。
4.「か、け、ふ」について
「稼ぐ」は営業して儲けること。
「削る」は無駄を省くこと。経費削減だけでなく、時間と仕事の無駄をへらす。
「防ぐ」は不測の事態になっても大丈夫なように日頃から仕事をチェックすること。
細かく見ることで、事態が急変した時のダメージを減らす前準備を行い、常に最悪のケースを予想しながら準備を整えて毎日働く。
伊藤忠は削ることより防ぐことに力を入れている。
【引用】
伊藤忠 財閥系を超えた最強商人
業界における伊藤忠の評価
「関西発の繊維商社」
「万年業界4位」
「元気のいいトップが出てくる会社だが、今ひとつ品がない
p9
・「か・け・ふ」
「利益を稼ぐ、無駄を削る、損を防ぐ」の頭文字を掲げている。
彼が信奉する近江商人の商いの原則。
p15
資源を扱っていれば大きな金額の商売ができる。それに比べると、繊維・食料等で出る利益は、手間がかかる割には少ない。
そのため財閥系商社は非資源に軸足を移さなくてはならないと思っていても、現実にはなかなか体が動かないのである。
伊藤忠は非資源分野にいて小さな利益集めるための知恵を磨いてきた。それが環境の変化でトップに躍り出たのである。
p17
・残業禁止とフレックスタイムの撤廃
会社と言うのは人間の力を結集すること。
モチベーションを上げるためにも残業を禁止し、会議の書類の煩雑さをなくし、フレックスタイムをなくした。
フレックスタイムを続けると、出社と退勤が遅くなり、自宅に戻るのが夜遅くなるので、家庭不和のもとになるため。また健康にも良くない。
p26
・プロダクトアウトではなくマーケットインで考えろ
「持ち下だり」とは客の要望に答えなくてはならないマーケット意味の業態で、しかも時代の急変にも対応することが可能なそれだ。
逆に、時代の変化を察知して、自ら変わることができなければ存続できない業態とも言える。
p35
・近江から来た商人たち
近江商人とは、近江に本宅を置き、他国へ行生して歩いた商人の総称で、大阪商人、伊勢商人とならぶ日本3大商人の1つ。
ただ、忠兵衛は小売ではなく、持ち下り(卸売り出張販売)で起業した。
そうすることで、広い世界を見ることができる。
p71
大戦景気は長くは続かなかった。
戦争が終わり、ヨーロッパ諸国の生産力が回復してくると、日本の輸出は後退し、貿易収支は輸入超過に転じていく。
忠兵衛は、「大正9年以降の苦しみは言語に絶する」と社史で述べている。その後も恐慌が続く。
1923年の「震災恐慌」、27年の「金融恐慌」、そして30年の「昭和恐慌」である。
第一次大戦中から終結の年までは景気が良かったが、その後、日本経済は相次ぐ恐慌に疲弊したのであった。
p96
伊藤忠の長い歴史の中で最も功績があるトップは誰かと問われたら、2代目の伊藤忠兵衛だ。
初代は会社を作った。だが、それはまだ個人商店の規模だった。2代目個人商店を会社にして戦前、日本郵政の企業グループにしている。
戦後の経営者たちも会社を伸ばしているけれど、それは高度成長という良き時代に会社を適応させたからこその功績だ。
2代目忠兵衛は、戦前の4つの恐慌を乗り越え、さらに敗戦でも会社をつぶしていない。企業活動が困難だった時代を乗り越えて、しかも呉羽紡績と言うベンチャー企業を作った。
p110
商社の役割とは、時代を肌で感じて、伸びていく分野を見つけ、そこで商売を考えることだ。
工場を作ったり、新製品を開発するような金がかかる事はメーカーに任せて、仕入れを手伝ったり、情報集めたり、資金の手当てをする。必要とあれば少しは投資もする。
主体的にではなく、影のように寄り添って、一緒に成長していくことが商社のビジネススタイルだ。
p115
戦後、軍隊がなくなって、公的機関や民間企業に色を求めた人数は多い。
敗戦時、陸軍と海軍にいた人の数は約7,19万人。こうした人々が国内で職を探して送って行かなくてはならなかった。
戦前であれば、陸軍学校等を出たばかりのエリートが民間企業に入ることなどなかった。元軍人たちが戦後自分たちが学んだ技術やシステムを伸び盛りの民間企業に伝えた。
だが元軍人と言う肩書きが彼らを運命の存在にした。賞賛されることなく、消えていったのだ。
p122
・「不毛地帯」のモデル?瀬島龍三の役目
p141
三菱商事の先見性、営業力、実行力は同業他社よりも格段に抜きんでている。
ある時期から化石燃料の未来図を考えて、LNGに重点を置いた。
この場合のイニシアチブは先見性だ。ライバル商社よりも早く未来の商品を見つけて、それを空きたのである。
イニシアチブを取るとは同業他社が踏み込んでこない領域に陣地を築くことだ。そして、いちど陣地を築いたとしても、商品には寿命がある。
商社の人間はホイールを回し続けて、次の時代に通用するイニシアチブが取れる商品を見つけて来なくてはならない。
p175
不景気なのに物価は上昇するという「スタグフレーション」
p207
帰国した岡藤は次の仕事に着手した。他社が追随してくる事は分かっていた。生地にブランドネームをつければいいだけだから、真似しようと思えばどこの商社もやることができる。
サンローランを当てたからといって、そこで踏みとどまっていてはイニシアチブを取ることができない。他社が参入してこないように障壁を設け、そして先手を打って多くのブランドを糾合した。
次々とアイディアを生み出す発想力と、細かいところまで詰める慎重な性格が相まったからこそ、できたことだった。
p209
・発明ではなく発見によるイノベーション
岡藤が行ったイノベーションとは、新商品の開発ではなかった。
彼は新しい市場を見つけて、他社の追随を許さない圧倒的なシェアを築いたのである。
商人の仕事は何かを、誰に言われるまでもなく、知っていたのだろう。
p209
・商社の発展の原動力はマーケットインとイニシアチブ
承認はマーケットインが大切だ。要はご用聞きでなくてはいかん。プロダクトアウトの思想じゃダメ、自分の持っている商品を売るだけの商社は大きくならない。
もう一つ大切なのが、イニシアチブを取ること。
メーカーの販売代理店ではいけない。メーカーの言いなりではいけない。とにかく商流のイニシアチブを取る。
要するに、商社が主導権を握ること。企画でも強力な製品でも良い。それを考えるのが商社の人間である。
p223
・トレーディングから事業投資に
かつて商社のファンクションは何かと言えば、物品を取り扱って仲介し、収益を上げると言うトレーディング(貿易)の事でした。
ところが90年代の「勝者冬の時代」と言われ「商社不要論「が語られた中で、会社の全部または1部に投資して成長を助ける「事業投資」によって収益を得るようになっていった。
p286
・「か、け、ふ」について
「稼ぐ」は営業して儲けること。
「削る」は無駄を省くこと。経費削減だけでなく、時間と仕事の無駄をへらす。
「防ぐ」は不測の事態になっても大丈夫なように日頃から仕事をチェックすること。
細かく見ることで、事態が急変した時のダメージを減らす前準備を行い、常に最悪のケースを予想しながら準備を整えて毎日働く。
伊藤忠は削ることより防ぐことに力を入れている。