北方謙三のレビュー一覧

  • 楊令伝 十 坡陀の章

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    童貫将軍が倒れ、宋(北宋)が滅亡して一区切り。
    この巻は、種まきの巻
    梁山泊、青蓮寺、金、岳飛、韓世忠、張俊などが新しい国の成立を目指して動き出す。
    大きな戦闘の場面はなく、人が新しく動き出し、新たな物語を紡ぎだそうとしている。すこしづつ水滸伝の英雄たちは退場してゆき、新しい人たちにバトンタッチしていっている。
    さて、これからどんな風に展開していくのか。

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    2012年04月07日
  • 楊令伝 十 坡陀の章

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    再び物語が動く気配がしています。
    国という話になり、難しい・・・。
    楊令伝話が決着するのかちと心配。

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    2012年03月26日
  • 楊令伝 一 玄旗の章

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    ネタバレ

    梁山泊死せども、替天行道の志は死さず。
    志は次の世代へと引き継がれる。
    散っていった英雄たちの息子らは新たな戦いを引き起こすのか?

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    2012年03月15日
  • 替天行道/北方水滸伝読本

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    北方水滸伝の解説書。
    大の水滸伝マニアである編集者による
    ゲラ送りのFAXによる手紙が面白い。

    この大作が書かれた舞台裏を楽しむ副読本。

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    2012年03月07日
  • 楊令伝 九 遥光の章

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    ついに童貫と決着。
    この後どう展開していくのだろうと思っているが、うーん、ちょっといまいちなニオイがする。

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    2012年02月26日
  • 楊令伝 四 雷霆の章

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    それぞれの思惑と、それぞれが抱える物語のひとつひとつが明らかになり、繋がって行く。
    その中心は、幻王のようでありながら、やはりひとりひとりなのだろうとも思う。

    青蓮寺の今後が気になる。
    そこだけは時が止まったようで、次々と花をつける次世代の波から、取り残されているようだ。

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    2012年02月25日
  • 楊令伝 六 徂征の章

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    北も南も落ち着いて、今回は静かな物語が、次の時代を予感させるような雰囲気で続いた。

    狂気も、絶望もあるのだけれど、戦乱から少し離れたそれらの色合いはだいぶ違う。

    静寂と深さの中に、彼らの重ねた年齢を少し思う。

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    2012年02月25日
  • 楊令伝 八 箭激の章

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    今回は読むのに少し時間がかかってしまった。

    戦いで、というだけではなく、死にまつわる物語が濃密で、時に苦しくなることもある。
    一方で、紡がれていく思いや、成熟していく人たちの葛藤などで胸を熱くしたりもする。
    戦いの収束というよりも、どこか終末に向かっているような雰囲気を強く感じた。

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    2012年02月24日
  • 杖下に死す

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    大塩平八郎の乱を舞台に架空の人物を主人公にして話は進む。北方歴史小説らしい男らしさや爽快感はあるが、大塩の養子の何に魅かれて友情が生まれたのか、いまいちだった。

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    2012年01月21日
  • 林蔵の貎(上)

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    2012年01月 03/03
    間宮林蔵の物語。蝦夷地の山や海の描写にわくわくさせられる。
    解説にある「何事かを成し得なかった男たちの闘い」や「負けが前提でどこまで闘えるか」と断じ切る視点になるほどと思わされた。
    復讐劇となる後半はすこし読んでいてしんどいところもある。

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    2012年01月15日
  • 杖下に死す

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    ネタバレ

    大塩平八郎の乱を作者の分身ではないかと思わせる架空の主人公、光武利之の視点から描いた作品。その思いは北方版『三国志』、『水滸伝』へと繋がって行くと感じさせる。だが、もう一つ胸が弾まないは、光武が傍観者のままであったのではないだろうか。大阪に蠢く深層にも言及されているが、これも生かされているとは感じさせない。

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    2011年12月15日
  • 楊令伝 六 徂征の章

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    いろんな人がいろいろ動きます。大きい戦いの準備のために。
    官能シーンは相変わらず北方謙三さんです。そんな女がきっと好きなのね。とはいえそんなこんなで爽やかな読後感。

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    2011年12月14日
  • 楊令伝 六 徂征の章

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    あまり大きな動きのない巻であった。
    が、ここからはじまる大きな戦いへと続くドラマを予感させるエピソードが多々あり。今後が楽しみ。

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    2011年12月12日
  • 雨は心だけ濡らす

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    意外とあっさりしていた。
    北方さんのハードボイルドな作品は主人公が男か女かで物語の印象や後味も大分変わってくる(気がする)。主観が男性的か女性的かで感情移入にも差異が出る。結構それは重要で、その違いが作品にはっきり表れている(気がする)。

    作の主人公はド派手にカーチェイスはするわ、暴力にも屈しないわの男勝りな女。でも味としてはどうしても薄口。北方作品はあっさりより男臭いくらいコッテリとした方が好き。
    主人公が女性だから悪いというわけではないが、なんとなくスッキリしないというか「おぉ!」という高揚感は前回読んだ北方作品に比べれば弱かった。個人的に。

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    2012年01月25日
  • 楊令伝 六 徂征の章

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    物語の継ぎ目となる章です。漢達の移ろう日々をたんねんに描写しています。聞煥章の夢とそのどうしようもないあがきが心に残りました。そして主人公の楊令がかいま見せ始める儚さも。

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    2011年12月04日
  • 楊家将(ようかしょう)(下)

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    中国では、水滸伝、三国志と並ぶといわれる有名なお話。
    確かに中国人に聞いてみたら全員知っていた。
    日本でいえば、口頭で伝わった水戸黄門みたいなものだとのこと。
    勢いだけで駆け抜けるような小説だった。

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    2015年07月14日
  • 楊家将(ようかしょう)(上)

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    読みやすい。
    つるっと読める。
    これがハードボイルド時代小説かと。
    当時の中国の時代背景等全然勉強にできないが(宮城谷の本は大分勉強になる)まさに大衆娯楽小説といった感だ。
    かっこいい男が書きたいんだ!という意思がびんびん伝わってくる。
    なんだか、息抜きにいい気はするので、下巻もつるっと読み進めてみる。

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    2015年07月14日
  • 楊令伝 五 猩紅の章

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    この巻の主役は何といっても趙仁(呉用)。
    前巻からの流れで死亡フラグ立ちまくってたと思ったら無事救出。
    ただ、官軍vs梁山泊の戦いに突入する次巻への期待を込めて評価は低め。

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    2011年11月03日
  • 楊令伝 五 猩紅の章

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    この巻では梁山泊の場面が少なくちょっと物足りなかった。
    信者の楯に使う戦い方は読んでて嫌な気分になる。
    物語の流れの上で重要な場面ではあっただろうけど、早く颯爽とした漢達の闘いを読みたいな。

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    2011年10月28日
  • 杖下に死す

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    異変が伝えられたのは、19日の早朝だった。
    仙蔵は、すでに出かけていた。伝えてきたのは、仙蔵が連れていった板場の若いものである。
    「そうか」
    ほかに言葉はなかった。
    利之は部屋に戻った。お勢が、火鉢に炭を足していた。
    「洗心洞から、隣の屋敷に大砲が撃ち込まれたそうだ。それから外へ出たらしい。門弟数十人。それが、次第に増えているという」
    「どういうことでございます、それは?」
    「つまり洗心洞の叛乱に加わろうと、人が集まり始めているということだ」
    叛乱という言葉に、お勢は息を呑んだ。言った利之も、背筋が寒くなるような心地がした。
    「洗心洞の建物は燃えている」
    「まあ」
    「洗心洞から出た連中は、救民という旗を掲げているそうだ」


    1837年2月19日。大阪で「大塩平八郎の乱」が起きた日である。幕府は当時「大塩騒動」と言った。利之は「叛乱」という言葉を使った。後世の歴史家は「乱」という言葉を使う。「騒乱」と言い、「戦争」と言い、「革命」と言い、「運動」と言う。思うに、評価は世間と時が決める。そのときの行動責任は本人にあるだろう。それはエジプトの「革命」でも同じ。

    「林蔵の貌」に繋がる江戸時代の歴史モノである。ときは天保「大塩の乱」前夜の大阪。幕府お庭番村垣定行の妾腹光武利之は父より大阪探索を命じられる。大阪の町で光武は大塩平八郎の息子格之助と知り合う。剣のみ強くて自分をもてあましていた光武は真面目一遍の格之助と付き合ううちに「友達」というものを知るのである。(わりと重要な役で間宮林蔵も登場する)

    ここで大塩平八郎は中心人物ではない。ただし、常に正義を唱え、知行合一と救民を唱える「正しい人間」として出てくる。彼の理想は、ついには洗心洞塾での陽明学講義だけにとどまることなく、直接行動に向わざるをえない。そして彼の思想はあくまでも体制内変革の急進派であり、幕閣の思惑のなかで潰えざるをえないのである。最後の最後に「乱」が思うように行かなかったときに、平八郎自身はどのような心境にいたり、大塩親子はどのように自害したのかは、ついにこの物語の中では語られなかった。この本の中で語りたかったのは、理想ではなくて、理想を信じて付いて行った「友達」への追悼だったからである。

    光武は作者の分身である。さしずめ、大塩平八郎は核マルとかの自称革命家の幹部、格之助は彼らについていって消えていった作者の友達なのだろう。

    最後は武士を捨てた光武が、大阪の川べりで包丁を研ぎながら料理人修行をしているところで終わる。波乱万丈の光武の半生に比べてあまりにも平凡な終わり方だろうか。決してそうではない、と作者は言いたいのだろう。

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    2011年10月17日