伊藤計劃のレビュー一覧
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アニメ映画が公開されたとき、友人に誘われて観に行ったのが『屍者の帝国』との出会いだった。出演声優のファンであった友人も、もちろん私も、作者も作品も詳しく知らないまま鑑賞。にもかかわらず、舞台設定とそのストーリー運びに一気に夢中になった。
これは原作にあたらねばならぬーーと原作を入手。2時間でまとめられた映画とはやはり違う部分があるが、この世界観はやはりゾクゾクする。改めて読んでもその印象は変わらない。
屍者技術の発展と19世紀末の歴史的な出来事がさも当然のように織りこまれ、「屍者がすぐそこにいる」リアリティに現実と虚構の境目が曖昧にさせられる。視点者としてのワトソンというキャラクターも滋味深い。振り回されつつも世界を一周したにも関わらず、その華々しい経験さえも事件の受け止めによって霞む。結果ひたすらに運命に流され続けるだけで結末へと辿り着くのだが、それも「ワトソン」という物語装置の為せる業なのだろうか。キャラクター名から筋道がたっていたとおりに、エピローグでホームズの世界へとつながっていくのは気持ちが良かった。
差し挟まれる引用に、不勉強なのが不甲斐ない気持ち。解像度を上げて再読するとまた見え方が違ってくる気がする。
ザ・ワンの語る意識の姿、ワトソンと同じように混乱しつつも圧倒されて読み込んだ。意識と魂の存在に思考を巡らせながら進んだ先に、ずっと記録していただけのフライデーの独白が待ち構える。「ありがとう」で締め括られるところは、後書きで語られる伊藤計劃氏の姿と重なってとても印象に残るのだった。 -
Posted by ブクログ
伊藤計劃は中二病だ。優しい中二病だ。それをこじらせたまま逝ってしまった。優しさに溢れた中二病的文章をできればもっと読みたかった。
オリジナルの作品よりは残酷、グロテスク描写は少なかった。文章のそこかしこにメタルギア・サーガへの溢れんばかりの愛情を感じた。
人は死なない。生物学的に死んでも、その人の遺した物語が誰かに伝わる限りはその人は生き続ける。それがこの作品のテーマでありおそらく原作ゲームのテーマでもある。そしてこの作品自体が、作者である伊藤計劃の死後発表されたこと、彼の存在感を世に強く刻み付けたことにより、メタ的にこのテーマを踏襲しているようにも思える。
メタルギアシリーズめっちゃやりたくなった。
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購入済み
単なるノベライズではない
作家・伊藤計劃、そしてMGSのファンとしてこの作品は、その両方の真髄が見える作品でした。
私は伊藤計劃作品の一つとして、この作品を読みだしたため、その作風や描写、構成に至るまで、伊藤計劃らしさが、どこかぼやけて、違和感を感じました。ただ、「本体」であるMGS4ともどのか違う、何か別のものという感じが、第一印象でしょうか。
ただ、読み進めていくうちに、その両方の世界が緩やかに融合していくような、そして昇華していくような、心地よい読書体験へ変わっていきました。
ゲームでは「読めない」MGSがあり、伊藤計劃作品では「読めない」文体がここにあります。
ゲームノベライズとなると、あまりいい印象を持たなかった私ですが、この作品と出会い改めて、創作というものの素晴らしさ、小島秀夫、伊藤計劃両氏の、創作に対する熱意を感じられます。
一言に、壮絶な作品です。 -
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メタルギア・ソリッドというゲームのノベライゼーション。
幸か不幸か僕はこのゲーム未体験。
ゲームを知っていればもっと面白かったかもしれない。
ゲームを知っていればしらけてしまったかもしれない。
ノベライゼーションなのでどこまでが伊藤氏の創作が含まれているのか判らないが(もしかしたら全くないのかもしれない)文句なしに面白く読めた。
読者を先に先にと導く物語への吸引力に満ち溢れており、魅力的なキャラクターが多く登場するし、伏線もきちんと張られており、おもわず「ハッ!」とするような伏線の回収の仕方も見事だったと思う。
ここはどうかなぁ? と思わせる箇所がないわけではない。
例えば、物語の世界感の説明が若干くどく、説明も長いような気もする。
また、物語は「オタコン」の語り、いわゆる一人称で進んでいくのだが、時に主人公である「スネーク」視線で語られている、あるいは三人称で語られている、と錯覚を起こさせるような場面が所々あった。
視線がふらついてしまう、って感じだろうか。
人によっては、そういった欠点と思われる箇所が気になるかもしれないが、僕はそんなマイナス要素を補って有り余るほどに面白く読めた。
伊藤氏はもうこの世にいない。
本書の主人公である「スネーク」は物語が進む中でどんどんと衰弱していくのだが、そんな姿は癌に犯された伊藤氏自身を投影しているのかもしれない。
ゲームのノベライゼーションであるから、伊藤氏だけでなく、ゲーム・クリエイターである小島秀夫氏も称賛されるべきなのだろう。
いつの日か読み返すだろう作品……本当に面白かった。 -
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ネタバレこの本はステルスアクションゲーム「METAL GEAR SOLID 4」をノベライズ化したものです。
ゲームの方は、敵に見つからないように潜入するスリルと、映画のようなシナリオがとても人気のある作品です。
小説ではゲームをやっていたときにはわからなかった設定や、キャラクターの心情が補完されているので、500ページ以上ありましたが、終始楽しみながら読めました。本当にこの主人公はカッコいいですし、その相棒との友情も素晴らしく、メタルギアソリッドという作品の良さをさらに高めてくれる良い本です。
その反面ゲームをプレイしていない人は・・・どうなんでしょうね。
実はこの小説の作者、伊藤計劃さんは2009年に亡くなられていますが、メタルギアソリッドを作った小島監督が伊藤さんに向けて後書きを書かれました。
その中で
僕はゲームを作るうえで一つの基準を設けている。それはこのゲームは伊藤さんが喜んでくれるか、というものだ。この基準こそが僕にとっての「伊藤計劃の物語」のひとつである。だから、もうすでに僕の作品には伊藤計劃が宿っている。
という部分がとても印象的でした。
自分に置き換えるなら、今の自分を形作っているのは、家族や、友人、映画、ゲーム、本などの様々な物語です。そして、自分の物語を子供たちや周りの人達に伝えることで今度はその人たちの中で私は生き続けるというように考えたのですがいかがでしょうか?
伊藤さんのデビュー作『虐殺器官』が今度映画化されます。伊藤さんの物語はまだまだ終わりません。 -
Posted by ブクログ
こんなに沢山の引用を登録した本は、他にありません。とても鋭く刺激的な文章です。
ざっと、十四、五年前の(前世紀の!)文章ですが、今でも響いてくる。
伊藤さんの小説作品のアイデアの元というか核になる発想や好みが随所に顔を出しているのも面白い。蒸気機関に対する熱い思いから『屍者の帝国』までは、まさに「あと一歩」。
ちなみに、取り上げられている44本は、名前を聞いたことがあるメジャな作品ばかりですが、実際みたことがあるのは、「踊る大捜査線」くらい。しかも、それもテレビで何となくみただけ。映画館に行ってみた作品は皆無。
ひどい青春時代をおくったもんです。 -
購入済み
善悪の大転換
善悪の大転換が起こる作品です。
主人公に共感出来た人は、読了後心地よい納得感を得られるのではないかと思います。
テロ、虐殺、暗殺、事故死、尊厳死、等々「まだ生きられる命を絶つこと」について、さまざまな視点から主人公が思索していきます。
ですのでものすごく暗い内容ですが、上に挙げた様な命に関わる問題について普段からもやもやしたものを感じている人には、この著者が提案する答えを知るという意味で読む価値があると思います。
あと、私がこの本を買った理由になった本の紹介がありまして、それは
『「人間には虐殺をつかさどる器官がある。呼吸をつかさどる肺や、消化をつかさどる胃という器官があるように。」 というのが著者の主張のようだ』という感じでした。(思い出し書きです。)
この主張に同意出来ると思い、ストーリーとしてどのようにそれを主張するのか期待して買った結果、満足出来ました。
同様に上記の主張に同意出来る方は読む価値有りだと思います。
この著者の他の本も読んでみようと思います。 -
ネタバレ 購入済み
これが本当にラストか
これが伊藤計劃のラスト短編集ということで、心して読みました。
まあ、先に『屍者の帝国』を読んでいたんですが。
全体に絶筆らしいというか、未完成、あるいは習作的なもの寄せ集めという印象ではありますが、遺されたテクストに触れるのは感慨深いものがあります。
なかでも短編としてダントツの完成度を感じさせてくれる表題作には驚かされました。対立する部族に生まれて、殺し合いを強いられる子供達の救いのなさと、欺瞞に満ちたかりそめの平和維持。伊藤さんってこんなに暴力的でワイルドな作品を書くんだ、と思ったりして。
あ、『メタルギアソリッド』は読んでいないのでそっちがどういう作品なのかは知りません。
というわけで、その『メタルギア』のスピンオフである『フォックスの葬送』は、あまり馴染めませんでした。
噂の『屍者の帝国』の未完の冒頭部分もやっと読めました。このまま伊藤さんが完成させていたらどんな作品になったんでしょうね?
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Posted by ブクログ
「少しでも気を緩めれば、ぼくはたちまち絶望のうちへ崩れてしまいそうだ。もちろん、どうすればいいかは判っていた。過去に二度も大切な人を失って、慣れることはできなくとも耐える術は学んでいたからだ。単純にも目蓋を閉じて呼吸を整えれば、気持ちはある程度落ち着けることができる。肉体に気持ちがついてくるのだ。それはある意味で残酷な、人間の肉体と精神に備わる身も蓋もなさだった。そんな自分の心身を、束の間ぼくは激しく憎んだ。」
「世界はささやかな物語の集合体なんだ」と終わる世界。この置いていかれる悲しみはどうしたらいいのだろうか。僕らには国家、組織、規範、時代に囲われた『内』なる自由しかない。いや、それすらも充分にはないのかもしれない。闘う必然性も術もないまま、ぬるま湯に浸かって肥え死んでいくだけのこの世界のつまらなさからどうやったら抜け出せるのだろうか…。