あらすじ
〈ベストセラー『虐殺器官』の著者による“最後”のオリジナル作品〉これは、“人類”の最終局面に立ち会ったふたりの女性の物語――急逝した著者がユートピアの臨界点を活写した日本SF大賞受賞作。※本文中にHTMLタグのような表記がありますが、これは本書の仕様です。
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Posted by ブクログ
虐殺器官に続けて読んだけど、世界観がリンク(時系列的に繋がっている)していて面白かった。どうオチをつけるかと思ったけど、個人的には納得のいくオチだった。
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人生で一番好きな本。しばらく揺らがないと思う。
世界情勢が変化したときや自分の中ですごく嫌な出来事があったときに自然とこの本のことを思い出して、もしハーモニーの世界が現実になったら…ということを考えて何度も読み返している。
個人の意志や感情は自分自身のものであり管理されるべきじゃないと思っているけれど、本当にそうなのかまだ自信を持って言えない。
でも、バズる曲のコード進行が同じだったり整形して目指す顔が似てたり昔よりも思考や趣味嗜好は均一化されていってると思う。
オーウェルの一九八四年を読んで再読(2026/6/30)
Posted by ブクログ
4.5 -
ディストピア小説と聞いていたので勝手に1984のような世界観を想定していたが、全然違った。
平和・幸福を追求しようとした先の世界として生命至上主義(一人一人が社会や共同体の共有リソースとして重要であるという価値観のもと、人の健康・安全・生が社会にとっての至上命題とする考え方。そのためにそれぞれの人々の健康をモニターする分子を体内に入れ、健康に良いものだけを取捨選択するように勧め、また人々が可能な限り互いに情報を可視化して信頼関係を作るという社会)が勃興→その中で人々はより幸福・健康的な生活を送っているはずなのに、その社会での閉塞感を感じ始め、それに違和感を持つ主人公達が社会に反旗を翻すというものだった。
面白かったのは最後は死生観に繋がり、科学が発展し、自然をコントロールしてきた人類は、感情や意識という人の自然までコントロールすべきか、人の尊厳として意識・感情を残しておくべきかという問いまで昇華した点。そして最後は…
最初からプログラミング言語のような特徴的な文体が目についたが、まさかそれすら伏線になっているとは思わず、読後に気づき、はっとさせられた。
対となる虐殺器官という小説も読んでみようと思った。
Posted by ブクログ
虐殺器官のその後の話。哲学とか好きな人にも刺さりそう。最後まで読んで最初の描写が腹落ちするスッキリさ。もっとこの人の小説、映画を消費したかった。
Posted by ブクログ
ものすごく、「幸福とは?」ということについて考えさせられる話だった。
私は常に主人公に感情移入して読む癖があるので、当然のごとく、トァンの感情とリンクさせながら話を追っていた。
トァンの立場からいくと、ミァハがあのころカリスマ的にまぶしくみえる存在であったことも、でも完全に同じ“人間”にはなれなかったからこそ、今も生きて「ミァハだったらこうするんじゃないか」という人生を生きているのもなんだか分かる。
そして、もう1人の友達・キアンが自死してからの彼女の焦り・不安・恐さ、そしてそれでも自分の意志で、自分が確かめたい、という強さ。
この本ではまさに「意志」「意識」つまり、「わたし自身」について考えていくのだが、私だったら、トァンのように「自分」を貫けるだろうか。自分が大切に思い続けていた人に、引き金を引けるだろうか。
友情であり、一種の宗教でもあり、それを振り払ってでも受け止めた愛情の物語であったと思う。
Posted by ブクログ
「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」そんなことを考える必要はあるのだろうか。読み終わってよぎったのはゴーギャンの絵の題目だった。
欲しいものランキングのトップにくる「健康」。その健康が保証されている世界のなかで私たちは果たして正常に生きていけるのか。そもそも生きるとは何をもって生きるというのか。
私の体が私の支配下にあることか、将来を自由に選ぶことができることか、私という自己意識が存在していることか。
自然、死、生、精神、これらの意味を根本から問うている作品だと思う。
設定は難解だが読み進めて行く分にはそこまで苦ではない。決して分かりやすくはないが、重要な部分はかなり丁寧に説明されているように思う。
最後の怒涛の作者からの問いを味わうために私はきっとまたこの本を読むだろう。
Posted by ブクログ
めちゃくちゃ好きでした。
前作の虐殺器官よりも好みです。
ユートピアとディストピアは表裏一体
すばらしい新世界も作品の中で触れられていたりすることもあり好きな人には刺さると思います。
今の世界とも交差する部分もあり怖さすら感じました
Posted by ブクログ
面白かった。
世界観を飲み込むのに時間がかかるが、100ページ辺りから急速に物語が進むので、そこからはサクサクいける。
誰もが健康で"あるべき"世界なんて、理想郷だと思っていたけれど、そうでもないのかもしれないと気付かされる。
自分の身体を外側からコントロールされることに違和感をもつ少女たち。学生時代はやっぱりルールというものを疎ましく思う人はどこでもそれなりにいて、そんなルールから脱しようとする子を世間では不良とよんでいる。ミァハたちもこの世界ではその立ち位置なのだろう。
自由という言葉を前にすると途端に固まってしまう私からしたら、ルールはそれこそよく言うレールのようなものであり守ってこそなんだけれど、自分の身体を縛る鎖のように感じる人にとっては、作中のWatch meを埋め込まれた身体は苦痛でしかないのだろう。
意識のない世界とはなんだろう。
何も選択する必要がない、と著者は言っているが、生活を続ける上で選択をしない場面なんてない。
朝起きる時間も、朝食も、服装も、乗る電車も、常に人間は選択をしている。それがなくなるとは、生活の動線全てにパターンが用意されていなければならず、そのパターンの詳細を選択する人間がいなければならず……。
意識のない人間の具体的な想像は難しくて、なかなか私には掴めないところではあった。
でも、意識というものがあらゆる争いなどの火種であることは共感できる。互いの正義がぶつかるときに争いは起こる。大元を無くそうと考えることは誰でもあると思う。「そうなった世界って、人間の存在する意味はあるのか?」と一瞬思ったけれど、そもそも動物に存在する意味はない。ただ産み落とされただけ。それなのに、意識を失うと考えたら、その生は意味あるのか、と考えてしまう。
Posted by ブクログ
虐殺器官とハーモニーどちらも読むことが良い。とても良かった。
精神(質的)と肉体(物質的)について。
何となく自分がさも当然のように精神が肉体より、大切な概念であると思っていたことに気づかされた。そもそもその前提自体、私が勝手に思っていたことだったなぁ、と。
解析されてしまっていろんなことが分かってしまった。
私たちは「ただの生物」なのに。
そこにあるものは何も意味がなくって、意味とはそもそもあるものではないのに。意味は主観でつくるもの。
だから、そのままでいいのだけれど、なかなかそうもいかないエゴとか欲とかそういうものが、なんだかねぇ、と。
正解もないしそういう風に考えるものでもないんだけど、考えてしまう人間という生き物がいて、それで本当にOKであることを凪のように理解したとき、うーん。なんといったらいいかしら。
それでも私は生きていくので、ずっとずっとまどうのですかね。
Posted by ブクログ
何とかハーモニーをオーディオブックで聴き終えた。
HTML構文みたいな文章が頻出するので、すごく聞き辛かった。
感想
序盤で仮想現実の話かなと予測したけれど、
もっとグロテスクな話だった。
意識が不要なものとして、人類が捨て去ってしまった世界に残された文章だったとは。
しかも意識を理解する為だけに残された記録。
この記録を読んでいるのは誰か?
もしかして、意識を持った人類が勝ち残り この記録を発見したということかもしれない。
生成AIがまるで意識があるかのように振る舞う現代で、
意識とは何かを問う作品だった。
Posted by ブクログ
私はラストの展開について、人間の意思を取り除くことによって生命主義システムの存続のためにを人類が行動するようになった世界、人間が何をすべきかというのはシステムが自ずと示してくれるため、人間が迷わなくなった、悩まなくなった世界になったという解釈をしています。
この本の中では大部分を実存主義的なものの見方で人間の自我というものを定義している気がしています。作中にもあった「このからだも、このおっぱいも、このおしりも、この子宮も、わたしのもの」というところにも現れていた気がします。
一方で、構造主義的な見方によると、人間の自我というのは、その人の中にあるのではなく、その人が発する言葉の中、人間関係の中にあるというような考え方です。(だとわたしは解釈してますが、違ってたらすみません。)
そして、構造主義的な見方でこの本に描かれたラストの世界観をみると、わたしはシステム= 世界であり、システム=世界はわたしだというように思えるようになったという見方ができます。この考え方自体は仏教の中には近い思想のものがありますし、個人的には好きな考え方です。
しかし、このシステムの一番の問題点も浮かび上がってきました。
それは失われてしまった意思の中に、現実を解釈するという機能も入っていて、それさえも失われてしまっている、つまり「システム・世界=わたし」という解釈さえも思えなくなってしまい、ただの部品になってしまっている可能性が高いという点です。(そういう記述もあったし。)
「私は世界で、世界は私である」と解釈できる力が残されていれば、人はこのシステムに従いながらでも、より良いものにしていけると思うのです。なぜならそれは自分自身なんですから。そして、ここに自我が残ると思います。
しかし、もしその力が完全に無くなっていれば、ただの物体になってしまったということですので、現状のシステムを維持する方向にしか動けないでしょう。これは完全に自我が消滅した状態だと思います。
停滞は衰退です。きっとこのシステムは将来的に何らかしらの変化に耐えられず消滅する気がします。例えば、敵が現れてこのシステム内の人間を殺戮しようとしてきたら。Watchmeをつけていない人類はこの人たちを殺さずに生かしておこうとするでしょうか。
Posted by ブクログ
虐殺器官の直後に読みました。空っぽに吹き抜けている中を涙を流しながらただ歩いているような。その時々にできる最善の選択をし続けた結果が人類の進化であるなら、人間は動物と何が違い、何が我々を人間たらしめるのか。
こうして感想を書いていて、ああ、あそこのあのフレーズはそういうことか…と走馬灯のように文字が浮かんでくるのが、伊藤計劃さんの文章と表現の素敵なところですね。ちりばめられている。
文庫版巻末の佐々木敦さんの解説もぜひ読んでいただきたいです。
以下、早々に17ページ目で心ごと引きずり込まれた好きなやり取りを。ネタバレではありませんが、すべて自分の目で読みたい方はご注意ください。
「誰かが孤独になりたいとしたら、デッドメディアに頼るのがいちばんなの。メディアと、わたしと、ふたりっきり」
とミァハは答えた。あの冷たくなめらかで、ヒトを眠りに誘うような声でさらに続ける。
「映画とか、絵画とか。でも、持久力という点では本が一番頑丈よ」
「持久力、って何の」
「孤独の持久力」
Posted by ブクログ
場面設定の理解に苦戦しつつも読み始めればやはりSFというものは面白く奥深いと心底思います。
ハーモニーは近未来で、だれも病気やケガでは死ななくなった世界、でも若年層の自殺だけは増えているという状況が舞台である。福祉社会に完璧に近づき優しさで包み込まれるようなはずなのになぜか虚しい、寂しい、辛いのである。優しさというものがここまで鋭い刃になることをこの作品で改めて突き付けられた気がする。
誰も死なないこと、だれも体調を崩さないこと、健康的な毎日を送れることというのはこの上ないことだと思っていた。だが、「死」ということを老衰、事故、または自殺でしか達成できないとなった場合、我々はこのような結末をたどってしまうのだろうか。
悩み、苦しみ、もがき、常に不安が付きまとうことが生への実感ということなのだろうか。生死というものが神の采配のように不条理に感じる今の世界だからこそ味わう苦痛なのであって、それがなくなっても結局は苦しいままなんじゃないか。人生自分次第なんて何百回も言われてきている。ハーモニーのように意思のない世界にちょっとでもあこがれてしまう自分はもう終わってしまったのだろうか。
Posted by ブクログ
去年、「虐殺器官」を読んでハマったから読んだけど、期待を軽々超えて来た。もちろん本編も最高に面白かったし、解説もとても面白かった。二作続けて「次元が違う」面白さを感じたからこそ、もう彼の新作を待てないことがとても残念、、
きっとここ15年くらいの社会についても、面白い小説書いたんだろうな。
Posted by ブクログ
1.最適化
合理性を求めていった結果、規則や、空気に縛られて、最終的に人類の意識はなくなってしまう。そのきっかけが医療の高度化によって引き起こされるのは面白かった。「脳もまた肉体の一部である以上、それを制御してはならない根拠など、どこにあるだろうか。」脳を制御し始めた場合、自分の意志はどこに存在するのだろうか。正しい報酬設定のために生きることに意味はあるのだろうか。
2.美
トァンの最後の意志としてミァハを撃った。そして意識は消滅した。その表現がとても綺麗に感じた。文中のタグ表現で無機質に見えるような場面も多かったが、後半になるにつれて、そして一番最後の場面は「感情のテクスチャを生起」させられた。
3.虐殺器官
『虐殺器官』と比較すると、どちらも非常に面白かったが、個人的には『ハーモニー』のほうが強い現実味を感じた。『虐殺器官』が「悪意」や「暴力」を言語として操作する物語だとすれば、『ハーモニー』は「善意」や「健康」を突き詰めた先の物語だ。悪意のない健康への最適化の結果として、人類の意識が消滅していくという展開は、突飛に見えて、むしろ現代社会の延長線上にあるように思える。
Posted by ブクログ
読み終わった後に本文冒頭を見てハッとした。
幸福とはなんだろう。誰もが幸せな世界は実現不可能なのだろうか。
いつかこんな未来がくるんじゃないかと思わせる説得力がある。
とてもおもしろかった。作中の仕掛けに驚いたし、登場人物たちも魅力的な人ばかり。「姉御(クイーン)」って呼ばれてるのかっこよくて好き。
世界観を理解するのにも時間は掛からず、ぐいぐい読み進められた。
大好きな一冊になりました。「虐殺器官」も読みます。
Posted by ブクログ
文体が綺麗で、残酷。
「調和」と「意識」という哲学的なテーマで、こんなにも惹かれるとは思わなかった。「意識の消失は死なのか」という命題に、真っ向から勝負している。
病気が根絶され、「福祉」という公共的な優しさで満たされた息苦しい社会。
苦痛や自殺を悪と見なし、「セラピー」という論理的な優しさで抑えつける社会。
まるで予言書のようで恐ろしかった。
結末がハッピーエンドかバッドエンドか、どちらとも解釈できるのが魅力的だった。
電子書籍でこそ読んでほしい
データとして記述されたトァンの人生を参照しているという設定が面白い。
感情の動きなどもわかり親切設計だなと思ったが、エピローグを見てそれが必要な理由に納得した。
ストーリーも面白い。
『虐殺器官』から半世紀。
監視の目がついに身体の中にまで行き届いた生命主義社会。
そんな世界に抗う組織が出てくる。
でも実は世界よりも別のものが間違っているという答えに辿り着くのは、さすが伊藤計劃と言わざるを得ない。
これは小説を先に読むことをおすすめする。
小説の細かい描写を読むことでアニメ作品とは印象が変わってくる。
特に変化したのがキアン。
昔話で語られるキアンの思いを聞いたトァンの心情を垣間見ることで、キアンという人間の凄さに気付かされた。
世界に溢れたリソース意識としての思いやりの中で、キアンだけが本当の意味で思いやる心を持っていたんだと感じた。
面白かった。
伊藤計劃さんの描く世界観はとても好きだ。
虐殺器官との関連性もあって読んでで彼の世界を体感できた。
Posted by ブクログ
全国8000万人のディストピアファンのみなさん、お待たせしました。
ハーモニーです。和製ディストピアです。核戦争タイプです、ポストアポカリプスです。
いちディストピアファンとして、涎が止まりません。
いやー管理されたいですよね?みなさん?
ドMのワタシは勿論、ハードに管理されたい派です。
脳死バンザイ、僕等はリソース!
もはやナンバーワンどころかオンリーワンも許されません。
無個性バンザイ、僕等はリソース!
しかし、異端はいるもので主人公も例に違わず管理社会に疑問を持ちます。困ったものです。
人間とは、個人とは、
ここまで管理された社会の意味とは、
殺伐とした今の社会よりマシなんでしょうか、
個人を取り戻す物語。
伊藤計劃氏の遺作です、長編2作目?でこの仕上がりとは
いや、オモロい。想像力の暴力ですってば。
今敏といい、才能はすぐ神に呼ばれてしまうのでしょうかね。そりゃ神さまもハーモニー読みたいよな…。
まいったね。
Posted by ブクログ
つまらなくはなかったが、手放しで面白い!と言えるかは微妙なところ。徹底された優しく健康的な世界という設定がどうにも想像しにくく、主人公のように捻くれた人間がもっと大量にいてもおかしくないのでは?という違和感を常に抱えながら読み進めた。あと、途中に挟まれる意識に関する哲学的な議論も難解で、個人的にはあまり共感しきれなかった。ただ最期のミァハとの会話から結末に至る流れは圧巻で、めちゃくちゃ良かった。このラストを読むためだけでも価値があったと思える
Posted by ブクログ
文中にダグを入れるギミックは今まで見たどんなギミックよりも気に入った。後半加速度的に話のスケールが大きくなるのでやや冷めるが、ギミックの件もあって読書体験としてはかなり良い。伊藤計劃の書く文章が好きだということにこの2作目で確信を持った。個人的には殺伐としていた虐殺器官の方が好き
Posted by ブクログ
擬似プログラム言語のような独特の文体に慣れるまで、読み進めるのがなかなか大変でした。しかし、その「読みにくさ」こそが、人間がシステムの一部として管理・記述される不気味さを象徴しているようで、読み終えた今はそれも演出の一部だったと感じます。
痛みや苦しみがなくなり、ただ穏やかに生存し続けるだけの世界。それをユートピアと呼ぶのか、それとも意識の死と呼ぶのか。私は、たとえ苦しむことがあっても、自分自身の意志を持ち続けたい。人間が人間であるための「意識」というバグが消えていくラストには、言葉にできない恐怖を感じました。
Posted by ブクログ
物語としていまいち没頭できなかった。
オチの世界は特筆すべきもので、もっと早く読んでおけばよかったという作品。このオチの世界観によって金字塔、名作となっている。
Posted by ブクログ
日本SF界において、伊藤計劃前・伊藤計劃後と言われるほど伝説的な作家とは聞いていた。「屍者の帝国」は読んで個人的にイマイチでそれから離れていたのだけれど、この「ハーモニー」には「なるほどぉ…」と唸るほどの魅力がある。
「健康」を盾にした息苦しいまでの管理社会という視点において、「一九八四年」や「素晴らしき新世界」に近い世界構造。作者へインタビューの内容を見るまでもなく「二分間憎悪」も出てくる。
その中で、合理的な社会で人間が苦しむのは人間を人間たらしめる意識のせい、そして、意識は神の与えた神秘的な能力ではなく、動物としての生命維持器官であり、進化の過程で切り離してもよいものだとのストーリー。残酷ながら新鮮な視点が論理的で美しい。
だけど、この話の中心人物である御冷ミァハについては、冒頭ではそんな管理社会に対するパブリック・エネミーとしての立場を明確にしているのに、最終的に人間の幸福追求とはいえ、社会に迎合するよう人間を作り直してしまう立場に移行するのがちょっと謎というか、それでいいんか? みたいな感じ。体が社会でなく私のものだと主張するのだ、いう気概に賛同していただけに少し拍子抜け。
あと、元々意識のない種族の末裔だったはいいとして、性暴力を受けて意識を獲得した、という展開も少し強引に思える(ない状態から何をどうやって獲得したのか? 性暴力に耐えるなら意識がないほうが良くないか?)。
あと思春期までの子供や、watchmeを入れてない国もあるわけで、人類全てがハーモニったわけでもないのかなぁとか。
時折挟まるHTML構文での演出はとても画期的。まるで自分がプログラムを読み解く/書き込まれる機械になったような冷たい感覚と、そこに乗っかる「anger」「laugh」等のエモーショナルなタグと喚起される感情、そして文章自体の意味が、相反した、なおかつ複合した感覚を読み手に伝える。まるで作中に出てくるカプレーゼのような、食べ物同士の組み合わせで複雑な味を表現する料理のよう。
これは発明! 次世代の小説のスタンダードになってほしいかも…と思うけど、html構文の知識とか前提になるし、あと最後にネタばらし的に文体の理由が説明されるから難しいかな。でもSF感が突き抜けててとてもよい…
【追記】
読み返して、冒頭に「この話は敗残者、つまり「わたし(意識)」の物語である」と書かれていることに気付いたのだけれど、これは、「ハーモニー」が、進化の過程で振り落とされた意識を主人公とした物語ということが提示されてたのかも。
そうすると、このレビューの二段落目で書いた疑問が払拭されて、物語として一貫性が見えてきた。
つまり、意識がミァハを操り管理社会の中で生存しようとしたが、元々意識が不要な種族のミァハは、意識という時代遅れの器官を捨てた人間の進化を選んだいうこと。だから「わたし」は敗北者。
伊藤計劃は「屍者の帝国」でも言葉が生き物のように人間に寄生するという視点を提示していたし、実際はもうわからないけれど、もしかしたらそういう話だったのかも。だとすると矛盾点は消え、トァンでなく「わたし」の物語だったという記述トリックもあり、素晴らしく面白い!
Posted by ブクログ
(備忘)虐殺器官に次ぐディストピア小説。高度な福祉社会により個人が統制されすぎてしまう世界、淡々と描写されていく世界観がもはやホラー。クライマックスも戦慄だった。伊藤計劃恐るべし。
Posted by ブクログ
面白いなあ。ユートピアなのかディストピアなのか、いやディストピアに決まってる。こんな未来が来たら怖いよな。強固なロジックと心に訴えかけてくるエモーショナルな要素うまく合わさってグッと引き込まれた。
Posted by ブクログ
「虐殺器官」と同じ世界観の未来の話。
「虐殺器官」のラストは「この先、世界は壊滅的な状況になるんだろうなぁ」エンドだったけど「ハーモニー」は言わば終わりのその先の物語。ジャンルはディストピアSFで、「こんな社会はやっていられないよ」という書き方がされているのだけれど、でもどうしても頭の片隅で「この社会で何も気がつかず一生を終えることができたら一種の幸せかも」という思いが読んでいるとどうしても消しきれない。読み終わったらどっと疲れちゃった。
「虐殺器官」で一度崩壊した世界では新たな社会体制が生まれ高度な医療経済社会となり、その社会体制で生きる人々は「個人」ではなく公共のリソースと見なされるようになった。不健康な行為は社会体制に反する行為となるので酒も煙草も嗜んではだめ。カフェイン摂取だって目くじらを立てられる。人々の体には体内を常時監視する医療分子が仕込まれているため、禁止行為が即時バレてしまうだけではなく、病気も瞬く間に感知・治癒されてしまう。
ハーモニーの社会では健康と幸福であることが義務としてのしかかる。のしかかるが、この社会はその義務に対しての保障が手厚い。社会の基盤にさえ乗っていれば病気になることは無く生活に困ることはなさそうだ。
ハーモニーはこの社会を憎悪する一人の少女がいた、というところから物語が始まる。同時刻に世界中で6,582人の人々が一斉に自殺を図る事件が起こり、WHO螺旋監察事務局の上級監察官の主人公は事件解決のためにこの少女の軌跡を追っていくことになる。彼女は主人公の幼馴染だった――。
物語の冒頭では3人の女学生が「こんな世界嫌よねー」みたいな会話をしている青臭い雰囲気で始まるので「虐殺器官」みたいに軍人が主人公ではないからそんなにダークじゃないのかも!と思っていたら集団自殺のシーンが克明で震え上がってしまった。じっとりした重苦しさがありながら、伊藤計劃の筆致は詩のように耽美。それでいて華美ではなく硬質な文体がやっぱりかっこいい。
もしこの小説のタイトルが明かされていないまま読んだとしても私は「ハーモニー」というタイトルを当てられたんじゃないかな、と思うくらいハマっているタイトルだったのもかっこいいなぁ。
Posted by ブクログ
何とも形容し難い作品ではあった。
21世紀後半、大災禍と呼ばれる世界的な混乱を経て
人類は大規模な福祉厚生社会を築きあげていた。
医療分子の発達で病気がほぼ放逐され、
見せかけの優しさや倫理が横溢するユートピア。
そんな社会に倦んだ三人の少女は餓死することを選択した。
それから13年後。死ねなかった少女・霧慧トァンは、
世界を襲う大混乱の陰にただひとり死んだはずの少女の影を見る。
まず、設定が秀逸だった。
いわゆる病気というものがなくなる、
それはつまり身体に害だと見做された物の排除。
タバコは勿論のこと、アルコールだって、カフェインだって。
おそらくファストフードなどもなくなっているんだろう。
食事も徹底的に管理された身体に良いものしかない。
そんな世界をユートピアとみなす世界。
この辺の設定は色々と読んでいて想像が膨らんで楽しめた。
とは言え、SFあるあると言ったらそうなんだが、
専門的な用語や設定が多く、その全てを理解するのは困難であった。
こういった複雑な設定ゆえに敬遠する人もいるであろう。
ただ、ディストピアなSFではあるのだが、どこか哲学的なものも感じた。
この身体はわたしひとりのもの。
確かにそうだ。何を以てユートピアと言えるのか、非常に考えさせられた。
案外、我々が生きている現在は、クソみたいなことだらけだが、
見ようによっては、まだマシなのかもしれない。
Posted by ブクログ
電子積読になっていた本。最初が読みにくいな、と思い読んでなかったが、読み進めると、想像力があまりに豊かで驚きながら一気に読んだ。個人的に文体が少し気になったけど、この世界観を日本の小説であんまり見ないよな、と思った。新作が読めないのは確かに寂しい。
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大災厄後、「個の欲望・意識こそが暴力の根源」という結論に至った世界は、WatchMeによる生体管理=強制的な群淘汰的秩序を求める。
物語は最終的に意識の消去を通じて、個人の欲望が引き起こす暴力を根絶し、社会全体が強制的なハーモニーを奏でる群淘汰的秩序へと純化されて終わる。
暴力なき世界は、人間なき世界でしか実現しないのか?Audibleで耳読。