2025/7/28
第1章 「社会構成」というドラマ
社会構成主義の基礎的な考えはとてもシンプルなようでいて、非常に奥深くもあります。私たちが「現実だ」と思っていることはすべて「社会的に構成されたもの」です。もっとドラマチックに表現するとしたら、そこにいる人たちが、「そうだ」と 「合意」して初めて、それは「リアルになる」のです。
さらに広く言えば、「名前をつける」のと同じように、私たちが使っている言葉は、 お互いに関係を「続ける」ために使われています。それらは、世界を映し出した写直ではなく、世界における「具体的な行動」なのです。
もちろん、このような多元的な視点を抽象的に支持することは簡単ですが、人生という現実の慌ただしさの中ではなかなかそうもいきません。
現代社会において、私たちは偏見、迫害、不正、残忍行為を前に無言でいることなどできません。しかし構成主義者にとって、自分が嫌悪するものを蹴散らすのは、間違った行為です。それは「唯一無二の真実」が稼働していることになります。
構成主義者は、新しい現実や新しい価値観が現れてくるような対話の仕方を支持します。課題は、「唯一のベストな方法」を突き止めることではなく、お互いに「コラボレーション(連携)」して私たちの未来を創造していけるような関係性を築くことなのです。
第1章のまとめ
社会構成主義は、現実、合理性、真実、善といった、実際に人生において重要なあらゆる知識の源について「継続的に続けられる対話」と捉えてもよいでしょう。
構成主義を、意味や行動といったあらゆる伝統がその中に入ることができる傘と考えればわかりやすいかもしれません。
構成主義の傘によって、私たちは、さまざまな伝統を超えて動き回ったり、それらを理解したり、 推しはかったり、吸収したり、合併させたり、再創造したりすることが可能になります。
と同時に、構成主義の考え方そのものも、その傘の下に入らなければなりません。社会構成主義もまた、自らを「すべてを超越した真実」であるかのように主張することは防がなければならないのです。
私たち著者も、この本を書きながら読者のみなさんと共に意味を創造しようとしているのです。
重要な問いは、「私たちの言葉が真実か否か?」ではありません。重要なのは、「そのような理解の仕方に加わることによって、私たちの人生に何が起こるのか?」という問いです。
私たちの前途には、たくさんの新しく輝かしい道があることを示すことが、私たちの望みなのです。
第2章 「批判」から「再・構成」へ
第2章のまとめ
この章では「関係」のプロセスについての考察と価値について触れました。「関係」の中からこそ、私たちが「本物だ、理に適っている、価値がある」とするあらゆるものが生まれます。「関係」 に重点を置く意義はとても大きいのです。そうすることによって、私たちは根深い個人主義の伝統をぐらつかせるだけでなく、制度の多くを見直すことを促します。人間関係における親密さの表現から、教育、政治、法律の専門的行為まで。
「関係」の視点は、他者「と共にある」人生への深い理解を呼び起こします。他者「から切り離された」でもなければ、他者「に対抗した」でもないのです。
私たちは「関係」の生み出す力と「調和した行動」の流れ(フロー)に集中するようになります。 自分自身とだけでなく他者との「パフォーマンス」を通じて、理に適った、感情的な現実をつくり出します。かつては「精神的なプロセス」と呼ばれていたものが、「関係的なブロセス」 に「再創造される」のです。
「関係的な自己」は他者との関係を通して生まれてきます。次の2つの章では、「関係」の概念がどのように組織、学校、治療、研究に実践されているのかについて詳しく探っていきます。
第3章 社会構成主義と専門行為
第3章のまとめ
心理療法、組織改革、教育、コミュニティ内の対立解消における実践では、すべて社会構成主義の概念が刺激となっています。
心理療法の実践では、ナラティブ・セラピー、ソリューション・フォーカスト・ブリーフ・セラピー、ポストモダンセラピーを取り上げました。
組織変革の実践では、リレーショナル・リーダーシップ(関係性のリーダーシップ)とアプリシアティブ・インクワイアリーに注目しました。
教育の実践では、批判的教育学と協働学習のアプローチをクローズアップしました。
対立を解消する方法としては、対話および、特にパブリック・カンバセーション・プロジェクトを取り上げました。
カウンセリング、社会福祉、宗教など他分野における新たな実践については、また別の機会に書きたいと思います。
読者が私たちの議論に刺激を受けて、社会構成主義的概念の導入がイノベーションにつながるような他分野を発見することを願ってやみません。私たちの未来は関係性の中で形づくられるのです。
第4章 社会構成主義の実践としてのリサーチ
私たちは、現実をつくり出す方法の力について、先に述べたような見方をしてはいますが、伝統的なリサーチ方法を放棄するように提案しているのではありません。
すべての真実は「伝統の中で」真実なのであり、それぞれの伝統が特定の価値観を維持しているのだということを思い出してください。したがって、伝統的なリサーチ方法は、特定の目的に対して価値ある効果を上げられるのです。
私たちが身体の健康や病気という観点から世界を構成し、病気を避けたいと思うのならば、医学研究方法は貴重です。しかし、このことは、医学を「真実」とするものではありません。また、医学のリサーチ法はすべてにおいて優れているとするものでもありません。
人は、伝統やその価値観に合意しなければなりません。また、これらの価値観を疑問視する機会はほとんどありません。たとえば、知能テストをするための最適な方法について議論することはよくあるでしょう。しかし、「知能」という観念を受け入れるかどうかについての論点にはほとんど注意が払われないのです。
「知能」という概念は、事実上、比較的高く評価されています。つまり、ある特定の集団を犠牲にすることで、 することで、それ以外の人々の価値を高めるものです。しかし、私たちは社会を構成するメンバーを「知能」のような尺度で配置し、そのメンバーのおよそ半数が平均以下だと宣告する際、自分たちがどのような社会をつくり出しているのかについて疑問に思わないのです。
第4章のまとめ
社会構成主義の考えが研究(リサーチ)のコミュニティに入り込むと、人は内省し、熱意が湧直そして革新しようとします。
社会科学は現在大きな変革を遂げており、その未来は定まっていません。社会構成主義の考え複数性を好みます。つまり、複数の声や方法、価値などがこれに含まれるのです。
この章で述べた研究形式には、ナラティブ研究、ディスコース・アナリシス、エスノグラフィそしてアクションリサーチがあります。それぞれの研究形式は社会構成主義のアプローチを強調るものであり、それは社会の現実を幅広く理解することや、関わりのあるコミュニティ内での布が起こることを促すものです。
しかし、このように複数性の潮流があることで、創造的な結びつきや衝突が起こるきっかけ止くられています。うまくいけば、変革は続くでしょう。
第5章 「批判」から「コラボレーション(連携)」へ
「共に創造的に取り組む」ための3つの主要な選択肢
①「現実づくり」に加わる
②限界を共に探索する
③新しいビジョンを一緒につくり出す
問題は人の道徳的価値観の欠如にあるのではないことがわかります。私たちはみな、 ある特定の行動に価値を置き、それ以外の行動は非難するという伝統の中に組み込まれているのです。
一番の問題は、あふれるほどの道徳的「善」と私たちがそれに固執していることにあります。ここで、構成主義の考えが大きな貢献をし始めます。
もし、すべての道徳的「善」が「関係」の伝統の中で生まれるのだとするならば、 私たちはまず「違い」の実質的な必然性を認識しなくてはなりません。それは、伝統の中に埋め込まれているだけではなく、日々新たに開発されているのです。
さらに、道徳的価値観は文化的な「構成」なので、私たちはどれが優れているとか、 最高の制度なのかと争う必要はありません。より優れた道徳規範を求めるというのは、音楽や料理の優れたジャンルを見つけて、その他すべてを排除するのとたいして違いません。
構成主義者にとっての課題は主として実用的なものです。もし自らの「善」のビジョンを他者に強いたり、対立が大虐殺に終わったりするのを見たくないのであれば、 私たちは新たな問いに一緒に着手しなければなりません。
一緒に、価値観の対立に対処する実用的な手段を考えなくてはならないのです。 「違い」の角を和らげ、境界線を越えて、新たな「関係」を形成するような効果的な実践を見つけ出すか、つくり出すかしなくてはなりません。
ここで再び、構成主義は重要な貢献をすることができます。これまでの章で見てきたように、構成主義の考えは人と人との間の「調和」を強め、多種多様な人たちに共通の目的を与え、敵対する人同士の「違い」を減らすために、さまざまな実践を促します。
そうしたすべての実践によって、人はたった一つの道徳に傾倒することを超えて、 「多元性(multiplicity)」と共に生きることができるようになります。最良の場合、それらが多元的な世界をただ容認するだけでなく、その良さがわかるようになるところまで私たちを連れて行ってくれるでしょう。
これは不活発な相対主義を意味するわけではありません。むしろ、深い相互関係によって私たちみなに変化が起こり、その変化が一緒に生きることをより容易にする生き方をもたらすのです。
今のところ、私たちは実践に必要な形を開発し始めたばかりです。未来は、今や私たちの手の中にあります。
第5章のまとめ
この章では、ニヒリズム、現実主義、道徳的相対主義の批判を取り上げ、それぞれに答えることを試みました。
もし社会構成に対する多くの批判に、一つ包括的な問題があるとすれば、それは唯一無二の「真実」という時代遅れの見解にとどまっていることです。
構成主義の考え方に対する批判は概して、まるでこれが「普遍の真実」の候補であるかのように扱います。構成主義の批判者たちは、構成主義を「真実」として受け入れるならば、それ以外の他のすべての知識の主張 (典型的には彼ら自身の)は欠陥のある誤ったものでなければならないと信じているのです。
けれども、私たちがここで示してきたように、構成主義の考えは一つの「超越した真実」が存在するという思い込みに異議を唱えるものなのです。構成主義者にとって、「言語とは、人が一緒に何かをするために使うもの」です。会話が豊かであればあるほど、人が人と「調和」する能力はさらに高まります。
これは、構成主義の考え方が「真実」だと言っているのではありません。むしろ、構成主義は理解と行動の新たな方法を促すのです。重要なのは、それが私たちの未来にとって何を意味するかです。
それは、私たちにとっては、「多元性」と「イノベーション」へと誘ってくれる他に類のない素晴らしく有効な「会話(ディスコース)」なのです。すべての人と人との間で、対話が次々と展開され、生き方が継続的に統合されたり発明されたりして、「破滅的な対立」が「生きる力を与えるコミュニケーション」に置き換わる希望をもたらします。
この本を通して、読者のみなさんもこうした可能性を味わえるようになることを望んでやみません。