佐藤健太郎(サイエンスライター)のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
わかりやすくて面白かった!
・ヨーロッパの宮廷でかつらが流行ったのは梅毒による脱毛を隠すため
・フレミングが長旅に出るために放置した培養シャーレに、珍しい種類のアオカビが飛び込んで繁殖した。ペニシリンの発見はいくつもの奇跡がかさなったおかげ。
・アスピリンの発見は人々を痛みから救う一方で、製薬会社同士の泥沼の特許闘争につながった。
・エイズの治療薬を発見したのは日本の満屋裕明博。イギリスの製薬会社バローズ・ウェルカム社は満屋博士の発見を断りもなく特許を取得して治療薬に高値をつけた。怒った満屋博士はよりよい新薬を適切な価格で世に送り出した。
ノーベル賞受賞レベルの功績だと思うが、ヨーロッパ学会はバローズ社の悪行が世に知れ渡るのを恐れているのだろうか。 -
Posted by ブクログ
佐藤 健太郎
(さとう けんたろう、1970年〈昭和45年〉5月8日 - )は、化学を専門分野とする日本のフリーランスサイエンスライター。国道愛好家としても知られる。2012年(平成24年)4月まで、東京大学大学院理学系研究科広報担当特任助教。兵庫県生まれ。茨城県立日立第一高等学校を経て、東京理科大学理学部応用化学科を卒業後、東京工業大学大学院理工学研究科修士課程に進み有機合成化学を学ぶ(修士)。1995年(平成7年)より、茨城県つくば市内の製薬会社において研究職として勤める傍ら、有機化学について広く世間に興味を持ってもらいたいとの思いから、1998年(平成10年)にウェブサイト『有機化学美術館』を開設。CGによる分子の画像を交え、有機化学に関連する様々な記事の執筆・公開を始めた。記事の総数は150本を超え(2008年4月現在)、書籍化もされた。2008年(平成20年)7月には英語版もスタートした。
同サイトでは、DDT(毒物ドリンク探検隊)という世界各地の珍味飲料を筆者自身がテイスティングし評論するコーナーがある。
2007年(平成19年)末、ライターとしての活動に専念するため、勤めていた企業を退職しフリーランスとなる。現在、化学雑誌への連載やメールマガジン『メルマガ有機化学』の配信等の執筆活動の他、講演等も積極的に行っている。
2009年(平成21年)4月より、東京大学大学院理学系研究科広報担当特任助教の職に就く。任期満了により2012年(平成24年)4月に退職、再びフリーランスに。
折り紙について造詣が深く、講演の際には分子を模した折り紙細工を用いることもある。囲碁にも造詣が深く、また、国道マニアでもあり、数本を残して殆どを走破したその距離は32万 kmを越え[1]、関連書籍も上梓している。
ウィキペディアンであることを公言しており、ウィキペディアにおける化学関連の記事の充実化のために、編集への協力をたびたび呼びかけている。
「 筆者は会社員時代、組合の役員を務めたことがあります。その時気づいたのは、「人は 30年後の年金の話は大して真面目に聞こうとしないのに、来月から 1000円給料が下がるという話には目の色を変えて嚙みつく」という事実でした。 年金の話は、理性で考えていろいろと計算し、比較してみなければわからないリスクです。 しかし、来月から給料が 1000円下がる話は、すぐにそれだけ食い扶持が減るということですから、「本能」が動き出すべき直接的なリスクなのです。 既得権益を死守する心がなぜああも強力なのかといえば、それが本能に根ざした行動だからなのでしょう。」
—『「ゼロリスク社会」の罠~「怖い」が判断を狂わせる~ (光文社新書)』佐藤 健太郎著
「 日本はこんにゃくを食べる文化を持つ世界唯一の国であるため、こんにゃく含有食品のリスクに対して比較的寛大なのでしょう。これがどこか外国産の聞いたことのない植物から作ったゼリーであったら、日本もあっさりと流通を禁止していたかもしれません。」
—『「ゼロリスク社会」の罠~「怖い」が判断を狂わせる~ (光文社新書)』佐藤 健太郎著
「マスコミにとって情報は商品であり、多数の人に買ってもらえるものでなければ商売が成り立ちません。したがって、マスコミがリスクを実際より大きく報じ、感情に訴えて危機を煽ろうとするのは、いわば本能にも似たものです。 これは何も筆者の偏見ではありません。他ならぬマスコミの第一線で活躍する、毎日新聞記者の小島正美氏は『こうしてニュースは造られる』『誤解だらけの「危ない話」』(いずれもエネルギーフォーラム)などの著書で、繰り返しこの問題を指摘しています。 たとえば小島氏は、「私の経験からいって、遺伝子組み換え作物の記事を書いた場合、そのプラス面(農薬の削減など)を強調して書いても、読者の反応は批判的なものが多い」とします。そして遺伝子組み換え作物の危険性を強調する記事こそが、読者のニーズに応える良い記事だと述べています。 もちろんこの「良い」というのは、新聞にとって売上につながるから良いということで、社会や読者にとって良いということではありません。遺伝子組み換え作物に関しては、市民の思っていることをマスコミが追い、それを読んだ市民がその正しさを確信し、それがまた報道され……というサイクルによって恐怖だけが増大しています。 今後、増大する世界人口、資源やエネルギー問題を考えると、遺伝子組み換え作物の可能性を何らかの形で検討しないわけにはいかないと筆者は見ていますが、今の「空気」はその是非を論ずることさえ許さない状況です。」
—『「ゼロリスク社会」の罠~「怖い」が判断を狂わせる~ (光文社新書)』佐藤 健太郎著
「国立社会保障・人口問題研究所の発表しているデータ( 1995年)によれば、男性の 40歳時未婚者の平均余命が 30・ 42年であるのに対し、有配偶者のそれは 39・ 06年となっています。また女性では、それぞれ 37・ 18年と 45・ 28年ですから、未婚であると男女とも 8年以上早死にする計算になります(次の図では未婚者の死亡率の高さが示されています)。 その原因について、あるテレビ番組では次の3つが挙げられていました。 1.食生活が不規則になりがち 2.家に帰って愚痴をこぼす相手もいないことから、ストレスが溜まりやすい 3.守るべき家族がいないことから、精神の張りがなく、生物として弱くなる」
—『「ゼロリスク社会」の罠~「怖い」が判断を狂わせる~ (光文社新書)』佐藤 健太郎著
「 人間は、因果関係を見出すようにできている生き物です。この性質のおかげで、我々は様々な発見をし、知恵を蓄積してきました。 しかし、時にこの性質は、あらぬもの同士にまで因果関係を見つけ出してしまいます。 星の配置、手のひらのしわ、血液型、顔つき、名前の画数、家具の配置、果ては印鑑のデザインに至るまで、我々は多くのものを自分自身の運命と関連づけてきました。 もちろんこれらには統計的根拠はありませんし、みなそのことは理屈の上でわかっているはずです。 しかし、占いがいくら外れても廃れることはありません。これと同じで、一度心の中で関連づけたものを剝がし取るのは、大変難しいことのようです。 統計は、ふたつの物事の関連をあぶり出す強力な手法ですが、下手をすれば間違ったもの同士を関連づけ、誤った方向に物事を導く危険をはらんでいます。「ウソには3つの種類がある。ウソと真っ赤なウソ、そして統計だ」という言葉があるそうですが、実際、統計によるウソは後を絶ちません。これらを見抜く目、データを疑う精神を持っていなければ、手もなく騙されてしまうことでしょう。」
—『「ゼロリスク社会」の罠~「怖い」が判断を狂わせる~ (光文社新書)』佐藤 健太郎著
「植物も動物も当然、自分自身の子孫を残すことだけを目的に生きており、人間のために生まれたものなど自然界には何一つありません。 筆者の手元にある有毒生物図鑑は大変に分厚いものですが、おそらくこのページ数の何倍かの人々がこれらの毒に苦しみ、うち何割かは命を落としてきたのでしょう。今も、毒キノコなどによる中毒死は後を絶ちません。 これらの生物の持つ毒は、人間に優しいどころか、自然選択によって危険なものばかりが選び抜かれ、進化してきた結果です。」
—『「ゼロリスク社会」の罠~「怖い」が判断を狂わせる~ (光文社新書)』佐藤 健太郎著
「我々が食べる農作物もまた、優しい大自然が用意してくれたものではありません。 アンデスの原産地に生える野生のトマトは、 1 cmほどの大きさしかなく、堅くてまずく、毒まで含んでいて、我々が見慣れたものとは似ても似つかない代物です。現在の、甘く大粒でみずみずしいトマトは、人類が数百年をかけて品種改良を続けた結果に他なりません。 他のあらゆる作物も、実は自然が作り出したものではなく、長きにわたる農家の努力の結果なのです。 ようするに、「自然の恵み」なるものは、我々の祖先が身を挺して有害な物を判別し、役立つものだけを選び抜き、改良してきた、歴史と知恵の結晶というべきものなのです。自然が人間だけのために、栄養のある食品や体に優しい材料を作ってくれているなどというのは、ある意味で大変な思い上がりなのではないでしょうか。 しかし、人々の「自然 =安全・安心」という信仰は、極めて根強い、というより、もはや疑う余地さえない「教義」にまでなっている感があります。」
—『「ゼロリスク社会」の罠~「怖い」が判断を狂わせる~ (光文社新書)』佐藤 健太郎著
「一説によれば、ジャガイモがもし、今発見された植物だとしたら、絶対に食品として認可されることはないそうです。ご存知の通り、ジャガイモの芽のまわりには、ソラニンと呼ばれる毒があり、取らずに食べると腹痛などを起こす可能性があるためです。 寒冷地でも育ち、栄養価も高いジャガイモは、歴史上、世界各地で人類を飢えから救ってきましたが、発見されたのが今でなくて本当によかったとしかいいようがありません。 現在の安全基準は、そのくらい厳しくなっているのです。」
—『「ゼロリスク社会」の罠~「怖い」が判断を狂わせる~ (光文社新書)』佐藤 健太郎著
「冗談のような話ですが、ブラジャーを一日 12時間以上着けている女性は、まったく着用しない女性に比べて 21倍も乳がんにかかる率が上がるという研究もあります(発がん物質リストにはまだ載っていませんが)。 サイズの合わないブラジャーで締めつけられることによってリンパの流れが悪くなり、がんになりやすくなるという理屈だそうです。ここまで来るとどこまでが本当かはわかりませんが、なかなか油断ができません。」
—『「ゼロリスク社会」の罠~「怖い」が判断を狂わせる~ (光文社新書)』佐藤 健太郎著
「医療のリスクというものも、我々を囲む重大なリスクのひとつです。 もちろんこれは、それだけで本が何冊も書ける、重大なテーマですが、ここでは「ホメオパシー」という治療法を取り上げましょう。これがリスクを考えるにあたり、好適なテーマと思うからです。「ホメオパシー」という聞き慣れない治療法の名がマスコミを賑わせたのは、 2010年夏のことでした。きっかけとなったのは、この年5月に山口県で起きた、ビタミン 不投与による乳児死亡事件です。 ビタミン Kは血が固まる際に働く因子ですが、新生児でまれに欠乏状態に陥ることがあり、頭蓋内出血などによって約 4000人に 1人の割合で死に至ることが知られています。 このため、今ではすべての新生児に、ビタミン Kを含んだシロップを与える予防法が確立しており、これによって頭蓋内出血による新生児の死亡はほとんど防ぐことができるようになりました。 ところがこの一件では、ホメオパシー療法に傾倒していた助産師が、「ビタミン Kと同じ効果がある」と称する「レメディ」(ホメオパシーにおける治療薬)を、新生児に投与していました。しかも助産師はそのことを母親に伝えておらず、母子手帳には「ビタミン K投与」と虚偽の記載をしていたのです。 しかし後述の通り、レメディにはビタミン Kのような効果はなく、投与された新生児は出血を起こして死亡に至りました。」
—『「ゼロリスク社会」の罠~「怖い」が判断を狂わせる~ (光文社新書)』佐藤 健太郎著
「 先に、へたにリスクを削減しようとすると、別種のリスクが発生してしまう「トレードオフ」が起こると述べました。これは、現代が低リスク社会だからこそ起こる現象です。 リスク削減の作業は、大理石を削って彫刻を作ることにも似ています。最初は大胆に削っても問題ありませんが、完成に近づいたら慎重に彫っていかないと、理想の姿からは逆に遠ざかってしまいます。我々の社会は、そういう段階にまで達しているのです。 目先のリスクに惑わされてゼロリスクの幻を追うのではなく、ある程度のリスクを受け入れること。本能的判断も重要ではあるけれど、リスクを定量的に捉えて広い視野で判断してゆくことも同じように重要――。」
—『「ゼロリスク社会」の罠~「怖い」が判断を狂わせる~ (光文社新書)』佐藤 健太郎著
-
Posted by ブクログ
前に読んだ佐藤氏の著書が面白かったこともあり、手に取ってみました。
想定していた以上に面白い内容でした。
「素材」に着目したことが、この本の秀逸な点であり、佐藤氏の経歴や知識を存分に発揮できる内容につながったと思います。
金、陶磁器、コラーゲン、鉄、紙(セルロース)、炭酸カルシウム、絹(フィブロイン)、ゴム(ポリイソプレン)、磁石、アルミニウム、プラスチック、シリコンの12種類の素材が取り上げられています。
「12種」がそもそも絶妙だと思いますし、素材ごとのドラマも面白いですし、関連する物質(素材)や人(発見者や開発者)に関する説明も勘所を押さえていて、内容的には文句のつけどころがない本だと思います。
昔読んで面白かった『「理科」で歴史を読みなおす』にも通ずるところが多く、どんどん次が読みたくなる本でした。
ただ、1点気になったところがあります。
それはタイトル。
個人的には、『世界史を変えた新素材』ではなく、『世界史を動かした新素材』とした方がしっくり内容でした。
おそらく、著者ではなく、編集側が考えたもので、あえての違和感を狙ったのだと思いますが、自分には「タイトルの付け方が雑」という印象が残り、唯一そこだけが残念でなりません。 -
Posted by ブクログ
筆者の本職はサイエンスライター。本書は筆者の趣味を一冊の本にしてしまった。鉄道マニアは数多くあれど、国道マニアというのは珍しい。同じマニア達の協力も得ながら書かれたタモリ倶楽部的な本。
国道は高速道路と違い、道路法で定義が定められていながらもキッチリした規定はなく、そのため欠番があったり、標識の規格がいろいろだったり、「階段国道」や民家の間の人ひとりがようやく通れるような幅の国道、車が通れない山道など、マニアが「酷道」と呼んで親しんでいる変わった物が多数存在する。逆にフェリーの海上航路も「国道」認定されていたりと、距離も環境も様々。県道に至ってはその距離わずか7メートルというにわかに信じがたい場所もあるらしい。
ウチのすぐ近所にも国道のレアな場所が載っていてなんだか嬉しくなった。世の中いろんなマニアがいて、掘り下げていくと結構楽しめることがわかる、面白い本だった。 -
Posted by ブクログ
文句なく面白かった。内容はタイトルどおり、世界の歴史に影響を与えるほどのインパクトのある薬物についてである。「世界史」と「薬」という微妙に遠い二つのものの間をつなぐ物語を紡ぐには、それぞれについての正確で豊富な知識が必要であり、読む人にこじつけと誤解させないための明瞭な語り口も駆使しなければならない。筆者にはこれらが備わっており、平易な文章で次々と繰り出される話題に、読んでいて贅沢な気持ちになってくるほどである。
新書は本当に玉石混交で、手持ちのトピックが少ないために読んでいて苦痛なほど内容を薄めて回り道させられることが(残念なことに)よくあるのだが、本書はその真逆である。全11章のうち最初の1章を除き各章で一つの薬について紹介していくのだが、それぞれが本当にエピソード満載なのである。あ、この話はもっと引き伸ばせそうなのにこんなに簡潔に切り上げて次の話に行っちゃうんだ、くうう勿体ないけど贅沢!みたいなこともよくある。有名な薬も多くとりあげられているので、聞いたことのあるような話もあちこちで出てくるが、そのたびに「ああ、あの話ってそういうことだったのか!」と目から鱗のようなおまけがついていたりもする。脳内に散らばっていた知識が結びついた瞬間であり、気持ち良いことこの上ない。
科学的な読み物が好きな人にはもちろんだが、化学的な要素はときどき出てくる分子模型の絵くらいなので、ガチ文系という歴史好きな方にも普通に読み物として楽しめるだろう。そして何より、薬学や化学に興味があるかも?と思い始めた中学生高校生にもやさしく読める新書としてうってつけである。物質科学は生活ととても密接に結びついているものなのだということも再認識できる良書。 -
Posted by ブクログ
簡単過ぎず、難し過ぎず。
前著『炭素文明論』は「世界史×科学」の分野があることを指し示してくれた。日常に潜むSTEMに嫌気がさした時、自分が『炭素文明論』を読んだという事実を思い出すと幾分か心が落ち着く。
本書も例外ではなく、大当たり!
世界史上に見られる新素材12種を順番に追い、解説にも簡単と難解の落差が見られない。(つまり全編通して分かりやすい) メモ代わりにしたいところだが、ここに全12種は収まりきらんのでいつもながら数点ピックアップ…
金:貨幣から今やスマホにまで搭載されており、その輝きは「太陽の色に似ている」とは…思わず溜息が漏れた。
相対的に白金(プラチナ)が歴史上持て囃されなかった理由も明らかになる。(20世紀になってようやくカルティエが、貴金属として白金をジュエリーに採用したんだとか)
鉄:世界史の授業でもお馴染みのキングオブ金属。(ヒッタイト…取り敢えず懐かしい笑) 地球上に沢山存在するゆえに民衆も簡単に手にすることが出来たという鉄。それを更に強化した鋼や錆びなくしたステンレスに変えた叡智に改めて感服する。それで人類が繁栄すると早くに分かっていたら、何百年も錬金術に勤しむ必要なんてなかったろうに。(浅い見解…)
炭酸カルシウム:「千両役者」とは、これいかに⁉︎ なるほど、チョークにセメント…、果ては真珠まで⁉︎ セメントと同じ素材を使ったらそりゃ丈夫な貝殻が出来るよね…中身の真珠もそれとは、本当に何にでも化ける。。鮮やかに飛び六方を踏む役者を見送った後みたいに、章が終わっても呆然としていた。
シリコン:別名「ケイ素」。炭素とは兄弟元素…周期表の並びもテキトーではなかったか笑(思えば常識) 炭素と違って生物とは結びつけない分、材料として役に立ってくれている。シリコンバレー誕生秘話も何だか熱量を感じて面白かった。
メタマテリアル(超越物質):初耳…上手く活用できれば「透明マント」の開発も夢ではないらしい。
当時の段階では作り出せない未来の材料・製品を夢見た過去の人達みたいに、自分達も「メタマテリアル」の先にある透明マントを羨望しているのかも。
佐藤氏による「世界史×科学」は、今日もこうして一読者の中に夢ある反応を生み出したのでした。(つづく。つづける!) -
Posted by ブクログ
電話番号、マイナンバーカード、自動車の
ナンバープレートなど、世の中には番号が
溢れています。
唯一無二である証でもあるし、地下鉄のア
ルファベットと番号の組み合わせにより、
外国人も理解することができます。
また高校野球の背番号は主に守備位置と連
動しており、番号に「意味」を持たせてい
ます。
特に自動車免許証の免許番号には大きな
意味が隠されているのはご存知でしょうか。
最初の2桁は免許証を発行した都道府県を
表しています。東京で免許を取った人は
「30」大阪なら「62」。そして3、4桁
目は免許を取得した西暦年の下2桁。最後
の桁は紛失や盗難によって再発行された回
数なのです。
このように意味を持った番号や、付番され
た歴史など、普段何気なく使っている番号
の謎を解き明かした一冊です。
特に郵便番号にはドラマが秘められていま
す。
トリビア的な知識を得たい人には最高の
一冊です。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ今などは、
新型コロナウイルスが生活上のリスクでもっとも目立つものですが、
ちょっと前までは原発事故による放射線のリスクについていろいろな意見や記事が
生みだされたのは記憶に新しいところです。
本書はそんないろいろなリスクに対して、
どういった姿勢をとって生きていくのがベターなのかを、
様々な例を解きほぐして説明しながら、
示してくれる内容になっています。
まず、
こないだ読んだ『ソクラテスはネットの「無料」に抗議する』につづいて
認知バイアスがでてきました。
本書は2012年、『ソクラテス』は2013年に出版されています。
認知バイアスは、この時期、
気にかけられるべきとされたトピックのひとつだったのでしょう。
それはまさに、東日本大震災と福島第一原発事故の直後でしたから。
認知バイアスは、いわば偏見のような、脳のクセです。
たとえば以前、「こんにゃくゼリー」がのどに詰まる事件があり、
消費者たち(一般人たち)やマスコミなどによってメーカーが叩かれましたが、
おなじく、というか、「こんにゃくゼリー」以上にのどに詰まる被害者のでる
「餅」についてはこの問題の俎上に乗りませんでした。
ここには、同様のリスクをもっていたとしても、
新参の目新しいモノについてのリスクには敏感になり、
昔からあって一般化しているもののリスクは低く見積もるというバイアスが存在していると、
著者は説明します。
そして、そういったバイアスのために、このケースでいえば、
メーカーの経済的損失が大きくなってしまった。
これこそ、リスクを考え損ねた損失なのです。
また、リスクとはトレードオフという考え方を適用するべきもの。
トレードオフとは、一方を取れば一方を失うという道理についての言葉です。
一挙両得だとか、一石二鳥だとか、そういうものもありますが、
多くのケースでリスクを考えたときには、トレードオフの関係になる。
ましてや、ゼロリスクを求めて過剰に対策を行って、
精神的に疲弊したり、
経済的なコストがかかりすぎたり、
時間をとられすぎたりと、
そのために生じるいろいろな交換損失があります。
だから、ちょうどいいところで落とし所を見つけることが大切になるんです。
放射線物質の除染のために、汚染された地域のすべての表土をはぎとる施策をします、
というのがゼロリスクの考え方で、そのためには莫大なコスト(税金)がかかってしまう。
それを、山奥はやらないだとか、生活区域を浮かびあがらせて除染をやるべき場所を絞ると、
リスクはゼロにはなりませんが、それにみあうだけ、コストが浮きます。
本書の要点はこういったところにあります。
こういう話もありました。
食品添加物や残留農薬の基準値の話なんですが、
その基準値の決め方についてです。
まず、マウスに体重1kgあたりその物質を、
10mg、20mg、30mg....と変化がないなら少しずつ増やして与えていきます。
それで、80mgでマウスの毛ヅヤが悪くなっただとか、体重が減り始めただとかになると、
この80mgがその物質の危険な値となります。
そして、基準値を設けるのですが、80mgの半分の40mgとするそうなんです。
これが、マウスが毎日摂取しても大丈夫な基準値です。
で、次に、これを人間に適用するのですが、
マウスと人間では違う生き物ですから、体重1kgあたりで同じ40mgとはしないそうです。
そこで1/100にして、0.4mgとまずします。
さらに、人間にも人種や成熟度、個体差がありますから、
もう一度1/100にして。0.004mgとする。
これが基準値だそうです。
つまり、マウスが毎日摂取しても大丈夫な量の1/10000の量が基準値なんですね。
かなり厳しく決められています。
なので、基準値超えがニュースになったら、
それがどのくらい基準値を超えたのかがポイントで、
10倍や100倍だったら、前述の基準値の決められかたを知る人にとっては、
これは大丈夫だろう、と判断するでしょうし、
実際、大丈夫だと思います。
というところで、話をまたゼロリスクに戻していくと、
交通事故のトピックがわかりやすいところでした。
交通事故に遭う確率は1/6000なんだそうです。
それでもみんな車に乗ります。
じゃないと不便だし生活に支障が出るからです。
こういうところでは、多くの人がリスクとの上手な付き合い方をしているんです。
それで頭に浮かんだのは、
コロナウイルスに対しても、
車に対するのと同じような気構えがよさげなのかもしれないなあ、ということでした。
バランスでありトレードオフの考え方でありですからね。
リスクに対して過剰な敏感さから離れるということは、
大事だと思えました。
まあ、コロナウイルスについてはわかっていないことだって多いですし、
情報もいろいろ反対の方向を向いた同士のものもありますから、
一概に決めつけることはできないところなのですが、
今後もっと統計データが溜まっていくでしょうから、そこから考えつつ、
どこに落とし所をみつけるかじゃないかなあという気持ちになりました。
ゼロリスクではいけない、と。
と、僕の短い感想だけだといろいろ誤解が生じそうなので、
気になる方は本書を手に取ってみてください。
文章は読みやすく、書き手の態度はまじめですし、
論考は慎重に時間をかけておこなった結果なのだろうなあ、
と推察できるような視野の広さと視線の深さでした。
良書に対して僕はたまにこう思うんですけど、
「高校の教科書にしてほしい」
とまたそういう気分になっています。