森達也のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
本書は、物・事の見方を変える方法論だったり、思考方法だったりを期待して
読み始めると、ちょっと期待はずれになる場合があります。内容は、そうなんですが
科学的、学術的な感じではなく、筆者自身の経験を元に、さらに、短編集のような
感じなので、エッセイを読んでいる感じに似ています。その中で、視点をずらす方法
仕方を学び取るって感じですね。
内容は、上記にも記載しましたが短編集の形態をとっていますので、一貫性を
述べる事は難しいと感じていますが、それでも、ベースとなっているのは、
オウム真理教問題を発端にした、メディア批判でしょう。つまり、視点をずらす
という事の最初の階段は、メディアを信用しない事。これに尽きます。
そして、本書で学んだポイントは、
1.メディアは前提として、フィクションである事
2.メディアは多面的な世界や現象への一つの視点に過ぎない事
3.わからない事の大切さ
の三点ですね。これは至極当然事なので、学んだと言うよりも、再度学んだという言い方が
合っている気がします。なにが真実で、なにが現実なのか。なかなか、それさえも
探し出すは難しいですからね。
また、本書を通じて、「自分の弱い部分を再認識させられる」のが、結構苦痛であり、
新鮮さを感じました。視点をずらすという事は、筆者の言葉を借りれば、「AKY」
つまり、あえて空気を読まない事。まぁ、それが論理的に考えれば普通な事という状況が
多いですが、なかなか実行するのは難しい・・・・そう考えてしまう自分の弱さ。
自分を省みるちょっとした良い時間になりました。本書において、
正しい事を正しくできない非力さを再認識した事が、一番学んだ事かもしれません。 -
Posted by ブクログ
偶然にも今話題のピーター・バラカンによるBABYMETAL批判の話題から始まる。随分前から引っ張ってる話なんですね。
それはそうと、この冒頭対談のテーマとも言える「個が確立し民主主義の根付いた欧米」と「集団主義的な疑似民主主義の日本」という手垢のついた(だからこそ疑う人の少なかった)対比が本書全体を貫くテーマとも言える。それがわずか5年でここまで反転する状況を誰が想像し得ただろうか?個が主張すればするほど民主主義が活性化するのはその通りかもしれないが、それは同時に分断のリスクを孕む。反体制とも言える話者にとって国家という共同体が余りに自明な存在であったことの証左だろう。
繰り返し指摘される日本社会の無責任さや同調圧力の強さ、そうした社会に馴化した国民にも森の批判の目は向けられるのだが、なぜか北朝鮮社会に馴化したよど号ハイジャック犯にはどこか同情的だ。
長野智子との対談では朝日新聞の謝罪を念頭に「メディアは簡単に謝るべきではない」とする。メディアがマスゴミならその社会もゴミだとも。オールドメディア批判が喧しい昨今、これが言えたら痛快だとも思えるが、森の持論として事実自体も見る角度で変わるのなら、メディアが事実認定権を独占している状況自体も根本から揺らぐことになる。多様な考え、多様な事実認識をベースに社会の統合を維持していくことは可能なのかとの疑問がよぎる。
解説では武田砂鉄が問題を俯瞰することが賢い態度であるとの認識が蔓延していると嘆く。おそらく「アメリカは大丈夫」と太鼓判を押した彼の国の現状と当時の認識を振り返って「俯瞰する」こともないのだろう。
一つの立場から定点観測することでしか見えない物はある。しかしそこでみえる景色は時に認識を揺さぶるものかも知れないが、過去にしがみつき、目をそらすべきではないだろうとか、そんな事を考えた。 -
Posted by ブクログ
好きなライターなので、どんな新しい解釈を提示してくれるのかと期待しながら読み始めた。次々と著作も発表されているためか、1冊1冊の構成の吟味や内容の整理が十分行われないままに発表されているような気がした。「相模原に現れた世界の憂鬱な断面」を、独特の視点で深掘りしてくれることを期待していたのに、実際は日本の裁判の問題点と、被告の責任能力有無の判断にかかわる問題点に、紙面の大半が割かれていた。裁判員制度の開始に伴い、裁判資料が大幅に削減され、裁判が極めて短期に終了することが求められるようになった。その結果、裁判自体が動機や背景に関わる真実の追求の場ではなく、単なるセレモニー化している。こういった問題は確かに重要で、認識しておく必要があると思うが、「相模原に現れた」植松聖の差別的信念がいかに形成されて、何が極端な行動に走らせたのかの森の解釈を読みたかった。
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Posted by ブクログ
数年ごとに起きるオカルト、スピリチュアルブーム。繰り返される真偽論争。TVドキュメンタリー『職業欄はエスパー』を製作し、単行本を出した森達也氏による『続編』といったものであると僕は解釈をしております。
これは筆者の制作したドキュメンタリー『職業欄はエスパー』の書籍化されたものの続編で、単行本化される際に、大幅な変更が加えられた後に出版されたのだそうです。
僕はかつて『職業欄はエスパー』の映像版も書籍版も両方に目を通していたのですが、内容をあまり思い出せずに、彼がここでたどった軌跡を追っておりました。
ここで描かれているのは数年ごとに起きるオカルト、スピリチュアルブーム。繰り返される真偽論争。何年経っても一歩も進まないように 見える世界。
そういう『オカルト』の世界を筆者と担当編集者の コンビが取材したものをまとめたものになっております。
僕個人に限っていうと、幼少期にオカルト関係の本を 少し読んだり、テレビで『スプーン曲げ』の人間が送った念波を 受信したのかどうか知りませんが、大の大人が力を入れないと曲がらない大き目のスプーンが、何の苦もなく曲がったりなど。
そんなことがあったなと思い出しましたが、現在はオカルトというものをあまり信じておりません。
ですので、ここに出てくるイタコの話ですとか、ダウジングの話に関しては正直のところ、「ほんまかいな?」と半ば半信半疑で読んでおりました。
それよりもむしろ、ここに出てくる『超能力者』たちの人間くさい部分のほうが、僕にはなんと言うのか…。とても印象に残っておりました。
これに関してはお時間がある方にのみ、お勧めをいたしたいと思っております。
※追記
本書は2016年6月18日、KADOKAWA/角川書店より『オカルト 現れるモノ、隠れるモノ、見たいモノ (角川文庫)』として文庫化されました。