森達也のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
座談会を書き起こしたテキストとしては面白かった。出来ればポッドキャストで聴いてみたいけど。映画評論を専門知識も無いバカがやっている・映画評論家が作品を批判しなくなった・SNSに映画評論家気取りのモノ言う観客が増えた・世間で高く評価されてる作品がどう考えても凡作としか思えないといった参加者が掲げる問題意識を、本来それぞれ全然別の話なところ特に切り分けや言葉の定義説明も無くごちゃ混ぜにして話されるので、何か日本映画の未来に繋がる建設的な結論を期待して読むとイライラするかもしれない。まぁ自分も本書が言うところの「SNS映画評論家」の1人なわけだが。
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Posted by ブクログ
今話題になっている、愛知県主催の「トリエンナーレ」のシンポジウムに森氏の名前を発見して、どんな立場で討論していたのかが気になりました。
本書は、宗教団体という名をかりた殺戮集団、オウムには何をしても許されるという社会的風潮が蔓延する中、ほとんど孤軍奮闘ともいえるジャーナリスト魂を発揮して真相に迫ろうとした力作です。
文庫本上下巻にわたる内容は、月刊プレイボーイに2004年から毎月連載された内容を加筆修正したものですが、物語は2004年2月に麻原に死刑判決がでた裁判を傍聴した時の麻原の当事者能力の有無への疑問から始まります。
今読み返してみても、ナンパな雑誌、月刊プレイボーイがよくぞこれを連載させていたなあという驚きと敬意です。
そして当然、毎月のリポートであるが故の臨場感と当時の雰囲気が伝わってきて、読みごたえがあります。
オウムが殺人集団に至る教義として、チベット密教にあるタントラヴァジラヤーナ(煩悩からの完全な解放)をわざと変質させたのが真相だというのが世間の解釈ですが、確かに信者の事故死を隠蔽するために不法な処理を行い、その不法な処理を隠蔽するために新たな殺人を犯し、その殺人を正当化するために教義を利用したという話の流れは理解しやすい。
その上で、作者はこう指摘する。
浄土真宗本願派の戦時中の布告、キリスト教の十字軍遠征や異端審問、イスラム過激派の自爆テロなど、宗教全般に死への不安や恐怖を軽減する機能が属性として存在しているが、それを実践するかしないかという違いは大きい。世俗化の過程は、この危険性を薄衣で幾重にも覆うことである。ただし、消えてはいない、保持はしている。だからこそすべての宗教は、戦争や虐殺と親和性が強い。(下巻P67)
麻原を含む教団関係者7名の死刑執行は2018年7月6日に行われ、指導者の口から事件の真相を聞き出すことは不可能となりました。
一読した私の大雑把な感想は、麻原は俗物であったが宗教者としては優秀であった(でなければ、これだけの信者を集めるのは不可能)、問題は宗教団体として上位階級にあがろうとする一部の側近が勝手に教義を曲解し暴走をし始めたが、ハルマゲドンと世界制覇を夢見ていた麻原はそれを止めずに追認したというのが真相ではなかろうか。
もう1つの疑問は、なぜ麻原の当事者責任能力が疑われる状況で死刑宣告を早めたのかという点だが、これは推測の域をでないものの、警察はサリン事件の発生を事前に知りながら止められなかったという事実の隠蔽のために審議を尽くさない方が得策だと早めの事件収束にこだわったからという説もあるようだ。
今回の犯罪は、サリン事件とその他の殺人にかかわった連中の処分だけであったが、マスコミで「ああいえば上祐」といわれた教団のスポークスマンは、3年の懲役後、アーレフから今はひかりの輪代表として活動しています。
まだ、オウムの遺伝子は存在しています・・まあ、こういう言い方をすると犯罪を犯していない人物への中傷だ、人権侵害だといわれそうですが、サリン事件を起こした中心にいた人物たちが当然背負うべき十字架だと思います。
あともう1点は、当時麻原の空中浮遊などを面白おかしく報道して教団の宣伝をしていたマスコミ(特にTBSは放送前のビデオをオウム幹部にみせたため坂本弁護士は殺害された)などは、大した反省もなくいまだにノーテンキな無責任体質ですので、同様の事件が起こってしまう構造はそのままというのも気になります。
1995年のはじめに起こった阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件、自然災害と人災という違いはあれど、今後とも起こりえる事件を記憶の中で風化させないためにも一読をお勧めします。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ見なくちゃいけないのは、その後ろにあるもの。
オウム真理教のドキュメンタリーを作った著者らしく、メディアの報道姿勢や、視聴者の受け取り方をかみ砕いて書いてある。確かに、望まれているものを放送しないと、スポンサーが離れてしまう。だから、極端に言えば、面白おかしく、大勢の好むように番組を作る、記事を書く。それがたとえ戦争に向かって行っても。さらにメディアが発達していき、大手と個人に発信力の差がなくなっていけば、もっとカオスになるだろう。その時、示されているものの後ろにある、切り取られた、隠された情報に思いを馳せることができるように。
こういう本を読むと、メディアを批判的に見ることは大事だと思い、けれどもこういう本を読まない人がメディアを鵜呑みにしていき、また先導していくのではないかと思い。トランプ大統領の支持者と不支持者の学歴とか収入とかそういうのの分析にもあったけど、いやそれ以前にバックボーンが支持政党の差につながるのは当然のことではあるのだけれど。 -
購入済み
すべての人間が抱える自己矛盾
群れることに安心感を得てマイノリティに対して残虐に振る舞うことの出来る「多数派」市民への嫌悪と、それに媚びるメディアへの嫌悪を、リベラル的な態度でに吐露し続けているというのが、私が持ったこの本の全体的な印象。
しかし、そのように群れたがったり選民的意識を抱きたくなったりするのは、リベラルサイドの人間でも同じことである。結局、自分と同じように振る舞えない人間を嫌悪している。この作者も自身でそのようなことを感じつつ、煩悶し続けているという感じ。
やはり大事なのは、そのような人間の理性の限界を意識すること、原罪感を抱き続けることかなと思う。
この本のようなリベラル寄りな作者の文章で私が違和感を強く抱くのは、安倍晋三がナショナリズムによって日本人多数から支持されているという風に言いがちなところ。私にとってはこの言説は、日本が在日朝鮮人に支配されているという話と同等にオモシロオカシイものに感じる。
(ここから下の話はそれ以上に出来の悪い話に見えるかも知れないが、)安倍晋三と自民党の支持率がなかなか落ちない理由は、前例の無い後戻り不可の暴走的金融緩和に手を出させてしまったことではないかと私は思う。
こんな状況で金融政策のドライバーを途中交代させたら、おそらくすぐにハンドリングを過って間違いなく事故る。前例のない深刻な大恐慌か、財政破綻による円のハイパーインフレか、そんなことが起こる予感が聡い国民たちはみな勘付いているのではないか。
なかなか落ちない自民党支持率を見るたびに、最近の私はそんなことばかり考えてしまっている。 -
Posted by ブクログ
(01)
不可思議な現象に出会った人たちを取材し,その不可思議さを文字で再現しようと試みた本書であるが,面白く不可思議なのはその現象そのものではなく,案外,この取材された人たちなのかもしれない.
オカルト現象は,対象に潜むものであったり,対象間の物理的な現象でもないことを本書は苦しみながらも表出しているが,つまりは属人的な現象(*02)であり,もっといえば属人類的な現象であることが読まれる.
(02)
その点で,オカルト現象は,技術といってもよい人間と環境を取り結ぶ何かである.著者が「見え隠れ現象」と指摘しているいわばメタ・オカルト問題,オカルト現象に発生するオカルト現象や,超能力に近いテクニック,タネやシカケ,視覚やコミュニケーションの死角に発生している現象などにも肉薄している.
記録できないこと,再現できないことであるからこそ,証言者にとっては切実な生の問題であることも,本書を通した取材から感じるとることができる.それはもちろん信仰の問題,そして思想や政治や現代社会の問題に接続している.政界や学会からもオカルトが,訝しさも伴いつつも注目されてきたことには,歴史的な意味もあるだろう. -
Posted by ブクログ
彼の話は割と好きだが、少々くどい。
また、死刑に関する話から始まって、
自分理論を信じ混みすぎてフラット感が薄く感じる。
本来は、様々な意見を聞いて
いろいろな観点があって、それで考えている
ということだから、
多分彼に全面的に賛成するのもある意味ダメだと思う。
そう思って読めば、例えば彼の味覚に関する
考察はかなり稚拙で、せめて火の賜物くらい
読んでほしい。
神経科学をかじった身としてはそんな浅い意見は
やめて!と思った。
ノルウエーの寛容さは納得。
今まで行った中で一番いい国だった。
中国列車事故の報道とか、確かに違和感感じまくりだったのは
被害者より中国サゲメインだった、
あの雰囲気に違和感だったんだと納得。
ただ、検挙率99パーセント超えてる=治安がいいは若干疑問。
犯罪系の本読めば
明らかに他殺っぽいのに自殺扱いされてる事件も多いし
そこから疑わなきゃじゃないかな〜と。 -
Posted by ブクログ
ネタバレルビが前編にあって、子供にも読みやすいです。
ただ、中学生以上には、読み易す過ぎると感じるかもしれません。章にも別れていて、分かりやすいです。
知らないことで思考停止になるなというのが繰り返される、伝えたかったことかなと思います。
終わりの辺りの、穢れや部落差別問題、戦争の話などが、少しいのちの食べかたとはそれてしまったかなと思ってしまいましたが、その部分も面白く、考えさせられる部分が多いです。
映画監督の伊丹万作さんの「戦争責任者の問題」
も視点が興味深かったです。誰がではなく、誰もが責任者だったのだという理論。
中学ぐらいで、ソーセージを作る時に、ソーセージを肉から作る部分の映像をみて作ったことがあるので、血入りのソーセージがドイツにはあって、ポトフとかにそれを入れて食べる。コレがまさにこの本に書かれてることに近いなぁと思い出したり、差別問題は、本編に出てくる狭山事件について議論する場所があったりしたので、忘れてしまった部分を思い出して、また考える機会になったと思います。
原題our daily bread 邦訳いのちの食べかたというドキュメンタリーが、直接関わりあるのかなぁと思っていたのですが、内容は近い部分があるけど、別の監督が作った映像に、内容をみてから同じタイトルのドキュメンタリー映画として、公開されていたようです。こちら見られてないので、この映画も機会があればみてみたいです。 -
Posted by ブクログ
(*01)
もちろん映画と合わせて読む事をおすすめする。映画か本書かは先後は問わずにどちらもそれぞれに楽しめ、あるいは大いに笑える内容になっている。
オウム心理教や荒木氏について、2016年のテロの現在を見れば、90年代のここに書き取られた様々な出来事を違和感もなく消化できるのではないだろうか。
テロリストの側にある誠実さや切実さ(*02)は、常に無理解や曲解や誤解とともにあり続ける事が、本書からも分かる。その点で、カルト宗教とマスコミの間をさまよっている著者の動向は注目できる。
(*02)
テロリストばかりが誠実とは言えないが、彼女ら彼らの誠実はやはりわたしたちよりも切実なものと言える。荒木氏の言動やオウム真理教の内部にあった人々の生活からはそれらがひしひしと伝わってくる。
ちなみに著者あるいはこのカメラマンは、ここにある誠実に、ともすると絆されてしまうのではという期待がこのドキュメントを面白くするのに一役買っている。
撮影するのでなければ、ここにある誠実を笑い飛ばす勇気がなければ、またそれも、マジョリティ/マイノリティそれぞれにある無理解な信心に陥る可能性がある。