高野和明さんの本はご多分に漏れず私も「ジェノサイド」と「13階段」は読んでいます。どちらも奥の深い内容で、読んでいた当初は物語に没頭して読みふけった覚えがあります。
そんな高野さんのこちらの本もなかなかいいよ、と教えてもらって読んでみることにしました。
まずは、え、高野さんってこんな軽妙な文章を書く人だったんだ、とびっくりです。内容がうつ病・自殺とヘビーながらも、全体に軽妙でユーモアもあり希望が持てる内容であることが私の評価が高い点です。
主人公の4人組の組み合わせもいい。現代の受験に失敗した浪人生のおにいちゃんに、ちょっと線が細い若くてイケてる風のきれいなおねえさん、家族もちの実直なサラリーマン中年男性、そして昭和の戦争にも赴いた任侠ヤクザ…と、時代も性別もバラバラの4人というのがそれぞれの時代背景なども忍ばされ、物語に奥行きが出ていると思います。
救った対象者のなかでは、将来ぜったいに大物指揮者になってほしい彼の話がいちばん記憶に残りました。
最後の希望がある終わり方も秀逸です。
人生、無責任すぎるくらいでちょうどいい。
====データベース====
浮かばれない4人の霊に、49日以内に自殺しようとする100人を救えとの神の命令が下る。
笑いあり涙あり、怒涛の救助大作戦始動
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◆覚書◆
P112
もう一度、男の中に入ってみた。責任問題。養育費の負担。慰謝料をめぐっての離婚訴訟。ところがそれだけではなかった。男は考えていた。最悪の場合、裸一貫から出直せばいい。失敗の責任は周りにも押し付けられるし、慰謝料や養育費は待ってもらえば済む話だ。
「どうなってます?」と市川が訊いた。
「心の奥底はすごく頑丈、というか、しなやかです。それに少し無責任ですね。この人は多分、苦しさに耐えるだけの柔軟な心の持ち主なんです」
「ほう」と八木が感嘆の声を上げて、会社員を眺めた。
「耐震建築のビルですね」続いてモニターに入った市川が言った。「グラグラ揺れるけど、決して崩れない」
祐一は思った。この世を生き抜くには、多少の狡さも必要だ。
P198
おそらく、西田と同じ窮地に立たされている勤め人は、どこの会社にもいるのだろう。そして、すでに多数の犠牲者を出していることだろう。
祐一は、さっき助けたばかりの女性部長、田原頼子を思い出した。彼女はうつ病だとわかった途端、いそいそと病院を目指した。手にあまる部長職の重責を、放りだせるのが嬉しかったのだろう。あの無責任さ、いや気軽さが重要なのではないか。要は、その加減だ。
P234
うつ病の人を応援するには、考え方を一八〇度変えなければならない。実直、勤勉、生真面目といった、古くから尊重されてきたこの国の価値観を逆転させなければならないのだ。
「がんばるな!」とエールを送るのが第一だ。「何事にも耐えるな! 仕事なんかどうでもいい! 休め! 巌の意志で、ぐうたらに徹するのだ!」
その上で家族や職番理解を求め、医療機関に誘う。
P341
この子は将来、気高く周囲を寄せ付けない、孤高の芸術家になるのだろうか。現在の環境がもっと明に優しかったなら、将来の人間像はどう変わっていたのだろう。しかし、考えても仕方のないことだ。この子はたった一つの人生しか歩めない。
(中略)
明が教室を出て、職員室に向かって歩き始めた。彼の真価を知らぬ大人に叱られるために。本物の暴力にさらされるために。
頑張れ、と祐一は夢を追う少年に語り掛けた。周りが何を言おうと、環境がどう変わろうと、君は立派な人間だ。心に残るその傷は、君が頑張り抜いた証なんだよ。君の人生は、これからもずっと、強くてやさしい音楽を奏で続けるよ。
明の小さな背中が、廊下の向こうへと消えていった。祐一が最後に見た少年の後ろ姿は、自尊心に溢れていた。
P453
凛とした老女の立ち姿に、救助隊員たちは皆、気圧されていた。節子の全身からは、生をやり遂げたものの誇りが、気品が、そしてやさしさがにじみ出ていた。神々しかった。天国に行く人は、みんなこんな笑顔を浮かべるのだろう。死は忌むべきものではなく、祝福されるべきものだと祐一は感じた。
(中略)
4人は言葉もなかった。しばらくしてから八木が、「格の違いを見せつけられたな」と感想を述べた。「俺たちも天国に行くときはあんなふうになれるんだろうな」
「ええ、きっと」と答える市川の声にも力がこもっていた。
P515
「生きている間には、どうしたって打ち勝つことのできない困難が何度も来るんです。そんな時は、逃げるのがいちばんの強さです。
P542
子供の頃、江戸時代生まれのじっちゃまによく言われたよ。何事も途中で投げだしてはいかん、結果はどうでもいい、最後までやり遂げろ、とね。今にして思うと、あれは人生そのものについていっていたような気がするんだ。わしらは最期まで生きるために生まれてきたんじゃないのかな。いつ往生するかは、神様が決めてくれる。そこまでわしらが責任を負う必要はないんだ。難しいことなんか考えず、ただ、この世に居ればいいんじゃないのかな。
P595
この子は、これからどんな人生を歩むんだろう。ちょっと線の細そうな女の子。頭は良さそうだ。運動は苦手かな。家庭と仕事の両立に悩む日も来るかもしれない。でも大丈夫。この子ならきっと乗り越えていける。
部屋に残された赤ちゃんは、しかし一人ではなかった。同じ日に生まれた三人の男の子たちが並んで寝ていた。
誕生して間もないのに、ふてぶてしい顔つきの赤ん坊がいた。
気弱そうな子もいた。
思いつめた感じの真面目そうな赤ちゃんもいた。
彼らがこの世に生を享けたのは、何かのご褒美なのかもしれなかった。
四人とも、苦労知らずのあどけない顔で、無垢の眠りについている。
これからの世界を支える四つの命は、戦いに出る前の、つかの間の安息の中にいた。