中島敦のレビュー一覧
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昔教科書で読んだ山月記を久しぶりに読みたいなと思ってた時にタイミングよくプレミアムカバーで購入。山月記はもちろんのこと李陵が素晴らしく良かった。三人の人物の生き様が描かれるが三人それぞれに「自分が思い描いていた人生からは意図せず外れた状況」の中での葛藤や生き方の違いが描かれる。三者三様に身につまされる。太平洋戦争中に書かれた作品であることや、夭折してしまった著者の遺作であることも含めて色々と考えさせる力を持った作品。夭折の作家にはもれなく思うことだけど長生きして戦後の社会を生きていたらどんな作品を描いていたんだろうなと残念でなりません。
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半自伝的作品
少年時代の一時期を朝鮮の京城(ソウル)で過ごした作者中島敦の半自伝的作品である。作品に明確な主義主張や意図があるわけではなく、少年時代に感じたこと考えたこと行動したことを飾りなく書いているので、かえって感銘を受ける。そして場面を東京に移しての終幕が非常に印象的である。
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国語の教科書の常連だが
この作品は、国語の教科書の題材として最も取り上げられている物だそうだ。なぜこの物語が常連となったのか、そちらの方から考えてみるのも面白い と考えてしまった。だいそれたのぞみを持たず 分相応に暮らしなさい ということなのかな。
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愛すべき稚気
数多い孔子の弟子の中でも群を抜いて目立ち独特の地位を占めていた「子路」の話である。そしてこの弟子 子路を描くことを通じて孔子自身の姿をくっきりと描き出している。作者 中島敦がこの作品を書いたのは80年も前であるが、キビキビとした切れ味の良い語り口は今読んでみても非常に心地よい。作者の力量を感じることができる。
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購入済み
師匠との殺し合い
この作品の感想に多い「最後の境地は?」というテーマにはさほど興味を惹かれなかった。名人の境地の極まったもの と感じることも 老耄に至ってしまった と考えることもできる。それよりも、師匠に対して矢を射かけ師匠も反撃する の節にずいぶんと感銘を受けてしまった。
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購入済み
先が気になるね
李陵という前漢の武人を題にした小説、であり
李陵のみならず武帝、蘇武、司馬遷らの人生の顛末についても描かれている
李陵は敗れ降る事になる、武帝は病没する、司馬遷は腐刑(宮刑)に処される、
誰もが苦境に陥る事になる
しかし中原(この場合は「ちゅうげん」であり「なかはら」にあらず)から
辺境へと戦いに赴く、若き日の李陵と
その意気を評価した武帝らが活写されており
胸躍る部分もある
武帝を、秦始帝や隋煬帝と並べているが
隋はずっと後の時代だ
ここだけでも小説だと分かるね
史書じゃないよ -
Posted by ブクログ
ぐわわわ〜〜〜ん
いやぁ分かる
たぶん分かる(たぶんかよ!)
はい『山月記』でございますよ!
うん、これね中学生の頃読んだ記憶がうっすらとあるんですよね
で、「わがんね」ってぽいした記憶がうっすらとあるんですよ
中学生の頃、いっとき「文学青年」に憧れたという黒歴史がありまして、いわゆる「純文学」の触りを一通りさらった時期がありまして、その時この「山月記」も手にしてるんですよね
まぁ、分からんかった
「純文学」分からんかった
そんときはまぁ中学生だからまだ少年だなと、カテゴリー的に少年だったなと思って「文学青年」はあきらめたんですが
今分かるよ
主人公李徴の悲哀が分かるよ、慟哭が分かるよ
それが自分が人生経験重ねたからなのか、ねこ助さんの素敵なイラストのナイスアシストによるものなのかと言えば後者な気がそこはかとなくしますが
いいでしょう
そこは突き詰めなくていいでしょう
そこを突き詰めないことが虎化の第一歩の気もしますが
人間が虎になるなんてことはありえないのでいいでしょう
分かってるわ!
虎は別に虎そのものじゃなくて人として思いやりとか親切心みたいなんを失くした恥知らずな状態の象徴だってことぐらい分かってるわ!
だってワタクシ「文学青年」改め「文学乙女」ですからね!(最終的にキモい) -
Posted by ブクログ
ネタバレいい(´∀`)♪
唐代の中国を舞台に、詩人になる夢を果たせずに虎になってしまった李徴という男が、かつての友人である袁傪に自分の運命を語るという物語です。
李徴は若くして科挙に合格しましたが、自尊心の高さから役人の職を辞めて詩人として名声を得ようとしました。しかし、詩作に没頭するあまり家族も顧みず、文名も得られず、貧困に苦しみました。再び役人として働くことになりましたが、出世した知り合いや後輩の命令に耐えられず、発狂して山へ消えてしまいました。そして、いつの間にか虎の姿に変わってしまいました。
袁傪は監察御史となって旅をしているとき、李徴が虎になったことを知ります。李徴は茂みから出てこないまま、自分が虎になった理由や苦悩を告白します。李徴は自分の「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」、「怠惰な詩業」が原因だと気づきます。李徴は袁傪に自分の詩と妻子への計らいを託し、姿を消します。
以上が山月記のあらすじです。この作品からは、人間として生きることの難しさや美しさを学ぶことができます。
偶因狂疾成殊類 災患相仍不可逃
今日爪牙誰敢敵 当時声跡共相高
我為異物蓬茅下 君已乗軺気勢豪
此夕溪山対明月 不成長嘯但成噑
偶然にも狂気で異なる生き物になってしまった 災難が次々とやって来て逃れられなかった 今日、私の爪と牙に敵う者は誰だろうか? あの頃は名声と尊敬を得ていたのに 私は今や雑草の下の異物 あなたはすでに高い地位に上り詰めて力を持った 今夜、私は山と川の明るい月を見つめる 長い詩を歌うこともできず、ただ吠えるだけ
(ChatGPTにて)
人生、友情、苦悩...
時代設定が唐代の為、「乙女の本棚」シリーズとはいえ、少し読みにくい文体でしたが、それを補って余りあるねこ助さんのイラスト。
この世界観、いい♪
人気シリーズ「乙女の本棚」第15弾は中島敦×イラストレーター・ねこ助のコラボレーション!
小説としても画集としても楽しめる、魅惑の1冊。全イラスト描き下ろし。
「その声は、我が友、李徴子ではないか」?
袁傪は旅の途中、旧友の李徴と再会した。だが美少年だった李徴は、変わり果てた姿になっていた。
中島敦の『山月記』が、書籍の装画、ゲーム、CDジャケットなどで美麗な人や獣を描き本シリーズでは新美南吉『赤とんぼ』を担当する大人気イラストレーター・ねこ助によって、鮮やかに描かれる。
名作文学と現代の美麗なイラストが融合した、珠玉のコラボレーション・シリーズ。
自分の本棚に飾っておきたい。大切なあの人にプレゼントしたい。そんな気持ちになる「乙女の本棚」シリーズの1冊。
内容(「BOOK」データベースより)
中島敦の『山月記』が、書籍の装画、ゲーム、CDジャケットなどで美麗な人や獣を描き本シリーズでは新美南吉『赤とんぼ』を担当する大人気イラストレーターねこ助によって、鮮やかに現代リミックス。人気シリーズ「乙女の本棚」の第15弾が登場。小説としても画集としても楽しめる魅惑の1冊。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
中島/敦
明治42年(1909年)東京生まれ。東京帝国大学卒業後、教員生活を経てパラオ南洋庁への勤務をしながら執筆活動を行う。喘息のため33歳で病没
ねこ助
鳥取県出身のイラストレーター。書籍の装画、ゲーム、CDジャケットなどのイラストを手がける(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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Posted by ブクログ
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*理由も分らずに押付けられたものを大人しく受取って、理由も分らずに生きて行くのが、我々生きもののさだめだ。
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*一体、獣でも人間でも、もとは何か他のものだったんだろう。初めはそれを憶えているが、次第に忘れて了い、初めから今の形のものだったと思い込んでいるのではないか?
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*人生は何事をも為さぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短いなどと口先ばかりの警句を弄しながら、事実は、才能の不足を暴露するかも知れないとの卑怯な危惧と、刻苦を厭う怠惰とが己の凡てだったのだ。
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*時に、残月、光冷やかに、白露は地に滋く、樹間を渡る冷風は既に暁の近きを告げていた。
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Posted by ブクログ
短編でこれほどの完成度とは、本当に畏れ入る。
芥川龍之介とはまた違った秀作ばかり。
そんな文筆の才を持った中島敦でも、「言葉で記憶していると、よくこんな間違をする(「虎狩」より)」と考えることがあったのだろうか。
なんとなく、「文字禍」から小説に対する彼の思いが伝わってくる気がする。
◼「狐憑」作家は必要な存在なのか。
◼「木乃伊」エジプトに攻め込んだギリシャ人将軍の記憶。
◼「文字禍」単なる線の集まりが何故音と意味を持つのか、文字に囚われた老博士の話。
◼「牛人」魯の大夫と昔一夜を共にした女との子・豎牛の話。
◼「斗南先生」中島が親族の中で最も強く影響を受けた伯父の晩年を、似通う気質を持つ甥の視点から活写した私記的作品。
◼「虎狩」「半島人」の友人との思い出。 -
Posted by ブクログ
又吉さんのYouTubeで紹介されていた本
人生は何事もなさぬにはあまりにも長いが、 何事かをなすにはあまりにも短い。
という言葉で有名だが、今の私には李徴が虎になり、人間の部分をしだいに失いかけてはじめて気づく、自身がかつて持っていた過剰な自己意識、根拠のないプライド、虚栄心を悔やむ部分が、我が身に照らしこの歳になって胸が痛む。
かつての私は李徴そのものではなかったか。虎になりかけていないか。
短いが、全てに無駄がなく、そして誰もが持っている人間の目を背けたくなる本性が表現されているからこそ、人生の座標軸を確かめるために、繰り返し読まねばならない名著だと思う。
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購入済み
BLを取り扱う作品で「山月記はBL」と言われたりもしていますが、男同士の感情を取り扱った作品だなとは思います。
学校で習って読み解いた作品ではありますが、改めて読んでみようと思う作品です。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ教科書に載っていた山月記が印象的で中島敦は他のも読みたいなーーっと漠然と思ってはいたんだが、機会がなく、
文豪ストレイドッグスが始まった時点でまた、ああ、中島敦だーーーっと。
角フェスコーナーで目にして山月記以外だったのでこれは読むべし、と購入。
思った以上に暗い?終わり方が多くびっくり。
死ぬとか殺される、とか。
狐憑、は作家の原初の形、を描いてて面白いなーーっと思っていたらまさかのラストに驚愕。
コロナ禍で勃発したエンターテイメントは生きることに必要か否か、の問いが既にこんなところで発せられていたとは…
文字禍で文字が線と点になりなにかちがうものになるような感覚、とか、ああ、なんかわかるーーーっという感覚から、ことばが人を縛っていくそれを禍と表すとこに、なんというかなにか突き詰めたことから生まれた話、というか、
これが作家というものか、と。
牛人はシンシンと怖い。
ひえーーーーっという感じ。
世界史的な知識の豊富さがなければかけない作品なんだろーなーっと。
この世界で冗談に云ったことも別の世界では決して冗談ではなくなるのだ
自身の私小説的な短編の中の一文が非常に印象的。