中島敦のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ネタバレ乙女の本棚シリーズから、中島敦さんとねこ助さんのコラボ作品「山月記」です。ねこ助さんの奇麗な虎と女性のイラストが表紙!ねこ助さんってスゴイなぁ…前の「赤とんぼ」もだけれど、本当に奇麗で繊細なイラストですよねぇ…。でもね、読むぞと思って…ページを開くと異次元(^-^;)。参った…やってしまったも…、難しくって読みきれないかも、と不安を抱えながらも読んでみました。
物語の舞台は中国…李徴は詩人としての成功を夢見ていたがうまくいかず、妻子にも苦労をさせるほどその生活は逼迫したものに…李徴は夢をあきらめ一官吏として地方に赴任したが、やがて発狂し姿を消してしまう…。そんな李徴の存在に旧友の袁傪が気付き、「その声は、わが友、李徴子ではないか?」と声をかけ、虎の姿に変わり果てた李徴の心の内を聞くことになる…。未発表の詩を書き留めてもらい、また残してきた妻子のことを袁傪に頼む李徴…。李徴曰く、常に人との接点を持たず閉じこもってきた結果でであって、「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」の成れの果てが、この虎の姿だと話す…。ラストが切ないなぁ…李徴の気持ちを思うとね…。
人間だった時の記憶が徐々になくなり、獣に自分がなっていく恐怖心は推し量れそうもありません…。でも、自分の力を過分に評価せず、人とのつながりを大事にしていくことが必要なんだと思えました。 -
Posted by ブクログ
李徴(りちょう)。男。傲慢。他人を見下す。気難しい。官職を辞めて詩人になろうとするが挫折。詩によって名を成そうと思いながら、進んで師に就いたり、求めて誌友と交わって切磋琢磨に努めなかった。己の珠(たま)ではないことをおそれるが故に、あえて刻苦して磨こうともせず、己の内なる臆病な自尊心を飼い太らせる結果になった。この尊大な羞恥心が猛獣(虎)だった。人生は何事をもなさぬには余りに長いが、何事かをなすためには余りに短いと口先では言うものの、実際は才能の不足を暴露するかもしれないとの卑怯な危惧と刻苦を厭う怠惰。これが自分のすべてだった。中島敦(あつし)『山月記』1942★
〇袁傪(えんさん)。李徴の旧友。温和。虎になった李徴に遭遇。
彼は殆ど本能的に「自分は自分が思っている程、自分ではないこと」を知っていた。中島敦『光と風と夢』1942
夜、床に就いてからじっと眼を閉じて、人類が無くなったあとの・無意義な・真黒な・無限の時の流れを想像して、恐ろしさに堪えられず、アッと大きな声を出して跳上った。中島敦『狼疾記(ろうしつき)』1942
*一部分を気にして全体を失う。小を養いて、もって大を失う。 -
Posted by ブクログ
「その声は、我が友、李徴子ではないか?」
高校の現代文の授業で読んで以来。言い回しや表現が小難しかったけど、書かれていることにハッとさせられたのを覚えているし、今でも折に触れて戒めのように思い出すことがある。
そして当時あやふやだった部分も、時を経て人生観が熟し(言い換えれば"老い"かもしれない)、さらに深く読むことができた気がする。
「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」。己の才能を誇りながらも誰より傷つくことを恐れ、ただ驕り高ぶって刻苦を厭い、努力を放棄してきた李徴の無念と後悔。
李徴を虎の姿に変えてしまったものの正体が手に取るように分かるから、刺されるような鋭い痛みを覚える。
旧友の袁傪に、慟哭の咆哮を聞かせる最後の場面が、物悲しくも力強くて沁み入る。私も虎になって月に向かって咆えたいよ。
文机いっぱいに寝そべる豪然たる虎のイラストがとっても素敵で、ページをめくる手が止まりしばらく陶然とした。 -
Posted by ブクログ
「狐憑」…最後に2つの意味でギョッとした。想像力と創作とそれを発表する事が許される自由な時代に生まれて良かった。(私は読む側だけど)
「木乃伊」…今なら実際に行くことができたり、ネットで写真や動画で知る事ができる外国を舞台に、どんな風に思い描きながら書いたんだろう。
「文字禍」…かなり好き。長年海外に住んでいると、ネット以外では日本語を目にする事が殆どないので、たまに手書きで文章を書いてると、手が勝手に動くくらい書き慣れた漢字なのに間違ってるように思えて、長く見つめれば見つめるほど見覚えのないような、変なモノに見えてきたりする事がある(ゲシュタルト崩壊)ので、それが作中に出てきた時にはちょっと嬉しかった。共感する部分もたくさんあるんだけど、やっぱり私は文字・文章が好き。特に日本語。
歴史とは?の問いもいい。
歴史は勝者によって書かれたもの。それが真実とは限らないって事を最近しみじみ感じます。
「牛人」…ホラー。 怖い。
「斗南先生」…中島敦が伯父の事を書いたもの。なかなか興味深かった。最後の方は叔父にとって彼がどれだけ大切な存在だったのかが伝わってきてグッときました。
「虎狩」…これも面白かった。併合後の朝鮮半島が舞台。実際、中島敦も父親の仕事の都合で11歳からの5年間を朝鮮で過ごしているので、題材はその時の経験から?かはわからないけど、当時の生活を想像しながら読むのも楽しかった。
初・中島敦 文豪ストレイドッグスに感謝 -
Posted by ブクログ
ネタバレ高校の時、現代文か何かで読んで衝撃的だった話。今読んでも秀逸なのがわかる。文語体の一言一句が、心に共鳴する。
虎になったのは、自分の所為だと語る李徴の物悲しさよ…そして虎になっても、詩作に耽る李徴の傲慢さよ…人生を捧げるほどのことがそこにはあったのだろう。自分はどうだ?全てを打ち捨ててでも、やり遂げたいことがあるか?ああ、あるとも!やってやろうではないか!
人生、何も成し遂げないには長すぎるが、何かを成し遂げるには短すぎる。結局はやれることをやるしかない。そして、横で比べて卑下しないことだな。いや、それができれば苦労はないけど。
華麗な挿絵に関しては、特にコメントはない。まぁ今時の子どもに手に取らせるためには必要なのかもしれない。絵としてはとても美しいが、文学にとっては蛇足でもある。 -
購入済み
何度も読み返したい
高校の現代文の教科書にも出てくる小説。自戒の為何度も読み返したくなる一冊です。名文が散りばめられています。スマートホンで無料にかつ気軽に読めるのが嬉しい。
-
Posted by ブクログ
狐憑き
現在の詩人、小説家にあたるシャクが物語を思い描けなくなるやいな村人に食べられてしまう話。生活に必要不可欠でない行動は表面上受け入れられていても、心の底では軽蔑されており、つまらなくなれば笑いは怒りに変わり、排斥されてしまう。
牛人
恋人に不義理を働いた主人公が、産まれた子供にジリジリジリと追い詰められ、最終的に怒る気力もなく、その悪意への畏怖の中餓死していく話。不義理が産んだ子はこの世の悪意そのものであり、自然への畏怖に匹敵するほど透明な恐ろさをもつ。
文字禍
文字の不思議。なんで線の集合体が意味や音を持ち得るのだろう。この問いを深く考えてはいけない。文字の精霊に食い殺されてしまう。というより、世界に押しつぶされてしまう。文字によって食い荒らされたスカスカの認識力に対して、世界は重すぎるのである。我々は文字という杖に頼りすぎてしまった。字を追うごとに目は悪くなり、腰が曲がり、手足の筋肉が衰えていき、脳は記号で埋め尽くされていく。もはや文字なしで世界を見ることはできない。文字の傀儡である。精霊達がせせら笑う声が聞こえる。あな恐ろしや。命だけはどうかお助けを。
2023.3.15追記
なんで線の集合体が意味や音を持ち得るのだろう
→
線の集合体という無意味・無音な記号に、人が意味や音を与えたから。って思ったけど、そんな単純なことじゃなくて、もっと複雑なことを問うていたような気がする。シンプルな考え方をするようになってしまったことが寂しい。