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人気シリーズ「乙女の本棚」第15弾は中島敦×イラストレーター・ねこ助のコラボレーション!
小説としても画集としても楽しめる、魅惑の1冊。全イラスト描き下ろし。
「その声は、我が友、李徴子ではないか?」
袁傪は旅の途中、旧友の李徴と再会した。だが美少年だった李徴は、変わり果てた姿になっていた。
中島敦の『山月記』が、書籍の装画、ゲーム、CDジャケットなどで美麗な人や獣を描き本シリーズでは新美南吉『赤とんぼ』を担当する大人気イラストレーター・ねこ助によって、鮮やかに描かれる。
名作文学と現代の美麗なイラストが融合した、珠玉のコラボレーション・シリーズ。
自分の本棚に飾っておきたい。大切なあの人にプレゼントしたい。そんな気持ちになる「乙女の本棚」シリーズの1冊。
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Posted by ブクログ
ぐわわわ〜〜〜ん
いやぁ分かる
たぶん分かる(たぶんかよ!)
はい『山月記』でございますよ!
うん、これね中学生の頃読んだ記憶がうっすらとあるんですよね
で、「わがんね」ってぽいした記憶がうっすらとあるんですよ
中学生の頃、いっとき「文学青年」に憧れたという黒歴史がありまして、いわゆる「純文学」の触りを一通りさらった時期がありまして、その時この「山月記」も手にしてるんですよね
まぁ、分からんかった
「純文学」分からんかった
そんときはまぁ中学生だからまだ少年だなと、カテゴリー的に少年だったなと思って「文学青年」はあきらめたんですが
今分かるよ
主人公李徴の悲哀が分かるよ、慟哭が分かるよ
それが自分が人生経験重ねたからなのか、ねこ助さんの素敵なイラストのナイスアシストによるものなのかと言えば後者な気がそこはかとなくしますが
いいでしょう
そこは突き詰めなくていいでしょう
そこを突き詰めないことが虎化の第一歩の気もしますが
人間が虎になるなんてことはありえないのでいいでしょう
分かってるわ!
虎は別に虎そのものじゃなくて人として思いやりとか親切心みたいなんを失くした恥知らずな状態の象徴だってことぐらい分かってるわ!
だってワタクシ「文学青年」改め「文学乙女」ですからね!(最終的にキモい)
Posted by ブクログ
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*理由も分らずに押付けられたものを大人しく受取って、理由も分らずに生きて行くのが、我々生きもののさだめだ。
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*一体、獣でも人間でも、もとは何か他のものだったんだろう。初めはそれを憶えているが、次第に忘れて了い、初めから今の形のものだったと思い込んでいるのではないか?
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*人生は何事をも為さぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短いなどと口先ばかりの警句を弄しながら、事実は、才能の不足を暴露するかも知れないとの卑怯な危惧と、刻苦を厭う怠惰とが己の凡てだったのだ。
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*時に、残月、光冷やかに、白露は地に滋く、樹間を渡る冷風は既に暁の近きを告げていた。
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Posted by ブクログ
〈乙女の本棚シリーズ〉
中島敦+ねこ助
李徴は、かつての自らの行いに焦燥に駆られた時にはすでに遅く、発狂して飛び出した。
後に袁傪が、使いに出たところ猛虎に襲われかけるのだが、人間の呟き声に我が友ではないかと叫ぶ。
叢から出てこないわけを尋ねると今は、異類の身となり、そのあさましい姿を見せるわけにはいかないと。
なぜ虎の姿となったのか…
いや、初めから今の形のものだったと思えば、幸せなのか…
だが、人間だった記憶がなくなることを恐ろしく、哀しく、切なく思っているのかもしれない。
虎になったことで、己れの卑怯さや刻苦を厭う怠惰さに気がついた。
滂沱の涙を流して全てを悔いたとしても、もはやどうにも元には戻れない。
悲しくも深い話。
Posted by ブクログ
添えられたイラストが適切なのかどうかは、私には評価できない。わからないからだ。山月記に登場するのは虎であって、猫は一匹たりとも登場しないが、ここにはたくさんの猫のイラストが描かれる。イラストレーターが「ねこ助」という名前の方であるようなので、たぶん猫がお得意で、だからたくさん猫のイラストを描いているのかもしれないし、出版社もそれを求めて依頼したのかもしれない。しかしそれが適切なのか、よくわからない。李徴でも袁傪でもない、幼児的人物のイラストも、どういうつもりで添えているのか、よくわからない。よくわからないけど、これが現代イラストレーターとのコラボレーションによる新しい文学の提案だと言われれば、納得せざるを得ないのかもしれない。よくわからない。また、これによって、名作文学に触れる読者層が広がるという効果もあるであろうから、一概にイラストの適不適だけで論じられない面もある。
ただイラストそのものが美しいのは確かで、また、イラストとは別に、文章の区切り方(このページにはこの文章だけ)のような編集については、良いと思うし、実際読みやすい。
山月記という文学作品単体で言うなら、これはもう間違いなく名作中の名作である。山月記については迷わず★5つである。あまりにも美しい文章とともに、李徴という人間の心の奥深くまでが、この短編の中に異様なまでの生命感をもって描き出される。たとえば、"木の間を伝って、何処からか、暁角が哀しげに響き始めた。"という一文を抜き出してみても、そのあまりの美しさには絶句する程だ。人物の心象と情景の両者が見事に融け合って響き合い、美しさが限界突破しているほどに思われる。なにより、全体を通して、李徴という人物の、ここに描かれる心理描写が、あまりにも迫るものがあるのです。
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