俵万智のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
俵万智さんの短歌の指南書ですね。
季刊書「考える人」2004年夏号から2009年冬号連載の「考える短歌」のアンソロジーです。
添削をされてもいいと云う条件で投稿された短歌を、俵万智さんが十六の講目で、短歌の指南をされています。
「短歌を美味しく作るには?」というコンセプトでスッキリと美味しい短歌の作り方を三十二のレシピで、解りやすく端的に綴られています。
第一講 味覚に訴えてみよう
擬音を生かそう
第二講 時には荒療治を試してみよう
「あの」って、どう? と言われないようにしよう
第三講 比喩の出し方に心をくだこう
だめ押しの一歩手前で止めよう
第四講 枕詞をつかってみよう
同じ言葉、どうしゃの言い回しは避けよう
第五講 序詞をつかってみよう
メールを使って恋をしよう
第六講 リフレーンをつかってみよう
時には表現を薄めることも
第七講 A➕Bの効果を狙おう
倒置法を活用してみよう
第八講 理屈は引っ込めよう
意味の重なりに気をつけよう
第九講 読者を信頼しよう
ものづくしという手法
第十講 あと半歩のさじ加減をかんがえよう
時にはドラマチックに
第十一講 格言的なフレーズを生かすには
「ような」をとって暗喩で勝負してみよう
第十二講 動詞にひと工夫してみよう
「は」と「が」で変わること
第十三講 リズムをとるか助詞をとるか
動詞をさらに工夫してみよう
第十四講 主役は一人にしよう
語順をよく確認して仕上げよう
第十五講 「できごと➕思い」という構造
旅の歌を詠んでみよう
第十六講 季節の変わり目をとらえよう
歌の並び方を考えよう
俵万智さんによると、短歌をたくさん読んでたくさん詠み続けるのがシンプルだけれども、短歌を上手に作るコツだそうです。
ぼちぼちながら、少しずつ短歌を生活に取り込めるようになればと、読んだ一冊でした。価値は有りますね。
-
Posted by ブクログ
▼若山牧水と言えば、
白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけり
くらいしか知りませんでした。この歌は素敵だなあと憶えていました。
それ以外どんな人か全く知らず。たまたまBOOKOFFで見つけてなんとなく購入。
▼歌人の俵万智さんが書いています。評伝です。時折、「同じ短歌詠みとしての、俵万智」の視点からの考察や、自作の短歌との比較なんかも出てきます。「自作との比較」がこの本の魅力になっているのかなと言われると、個人的にはそれは無くても十分楽しめたかなあとは思いますが。
▼若山牧水という人の人生の評伝、というわけではなく、まあなんとなく若山牧水を全く知らぬ読者も牧水の全貌は分かるんですが、基本的には若い若い頃の牧水のとある「恋」の顛末を追う話です。(とはいえ、43才で没しているのですが)
▼牧水さんは1885-1928。つまり日清戦争時9歳くらい、日露戦争時19歳くらい。裕福そうな医師の家の長男だったらしいので従軍してません。明治~大正~昭和3年没、くらいかと。その牧水さんの、恐らく二十歳くらいから数年間の恋。これが確かに、オモシロイ。
▼早稲田大学の文学青年、宮崎県の医師の長男。大富豪とは言いませんがボンボンのエリートの文学青年なんです。まだ、「世間に名の知れた文学者」ぢゃ、無いんです。そうなろうと足掻いている。短歌の道と決めている。同人誌活動とかしている。これが「一歳上の、小枝子さん」と知り合うんです。兵庫あたりの人だったかと。美人だったらしく、頭でっかちで超ウブウブな牧水さんが恋に落ちる。これが、見事なまでの恋愛ジェットコースターの見本市のような。
▼小枝子さんは、この当時で言うとそれなりに行動力のある、一風変わった人だったようです。恋文をやりとりしているうちに、「従兄弟が東京にいるから」と、上京してきます。そして牧水と恋愛します。なかなかいわゆる肉体関係にはならなかったようで(このあたりを手紙などから探偵していく感じです)。
▼この頃から、肉体関係になってラブラブな時期まで、見事なまでに「前向き、青春の汗キラキラ、そしてラブラブまっしぐら」な短歌を量産しています。
幾山河越えさり行かば寂しさの終てなむ国ぞ今日も旅ゆく
白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ
このあたりもその時期のものらしいです。すごい短歌ですね。脱帽。
▼ところが。
この小枝子さん、なんと既婚だったんです。地元で。そして子供まで居た。それを隠していた。明治大正ですから。姦通罪とかある時代です。どエライことです。
▼どこかでこれを牧水は知らされる。一気に出口のない泥沼に墜ちる。どうやら地方の「婚家」と直接間接交渉もしたようです。はかばかしくない。その上、小枝子さんはお金も裕福ではない。金も渡さねばならない。いったいどうなるのかしらん。結婚するつもりで所帯持つつもりで一軒家まで借りたのに。それも手放します。結局ずーっと「従兄弟と同居している小枝子さん」と「仲間とルームシェアしている貧乏書生」の恋愛です。その上、小枝子さんが妊娠発覚。どズブです。
▼このあたりから、思うように会えなくなっていく。子供は生まれる。「仕方ないから従兄弟と相談して千葉の方に養子に出した」。この前後に金も無心されます。牧水は、「キラキラ&ハッピーなウブウブエリート青年」だったのが、「怒涛の虚無と自己嫌悪にまみれた貧乏学生」に墜ち、自殺的な深酒と、どうやら売春窟にハマる暮らしに。その上深刻な性病に侵されて闘病生活に。画にかいたようなサイテー路線。
▼そして、小枝子さんとはオンボロ船が静かに沈没していくように、完全に別れます。相前後して、恐らくほとんど抱いてもいない我が子が幼くして病死したという連絡も来ます。どうやら葬儀には出たようで。
▼度肝を抜かれるのが、小枝子さんは後日無事に離婚して、この「東京の従兄弟」と結婚したんだそうです。そしてそれなりに平和に老いてなくなったよう。そしてつまり・・・
「これ、初めからずーっと、牧水と従兄弟と、二股だったのでは?子供って・・・どっちの子供だったんだ???」
牧水さんはその後、持ち直して?結婚して歌人文学者として活躍して若死にされるんですが、自殺的な深酒は終生治らず、それが引き金で亡くなっています。
▼…というようなもろもろを、牧水の弟子だった男性が、牧水の死後の昭和時代に、コツコツと探偵のごとく、調査したんです。初老の小枝子さんとも、なんと面会して話を聞いています。これがすごい。そして関係者(牧水さんの妻とか)が亡くなったのちに、文学誌か何かに発表しているんだそうで。(発表時期をちゃんと遅らせたことは、人として偉いなあと思います)
▼つまりこの本は、ネタとしては新しいものでは無くて、全てこの「弟子さんがけっこう昔に発表した内容」でしかない。それは解説でも明言されています。ただ、俵万智さんが歌詠みのメンタルを推察しながら、その折々の牧水の短歌を深読みしながら解説物語っていく。これは、正直に言って大変に面白かった。結局はその時々の「真相」とか「心理」は、当然分からない訳ですが、それらが「弟子の発表したルポ」「そのときどきの手紙たち」そして何より「牧水の短歌」から紐解かれていく趣向です。実にミットモナイ、完璧にミットモナイ、だからこそ愛おしい若き日のプライスレスな七転八倒。暴露週刊誌を読むような下世話な興味が、ピュアな”みそひともじ”とないまぜで語られる。素敵な読書でした。 -
Posted by ブクログ
純粋にセイシャルワーカー=男娼の大衆化されたもの、とまでは言えないがその周辺。あるい副次的産業。
コロナ自粛で昼職は途絶えても風俗嬢は来店するらしい(射精産業に協力金は出ない)/歌舞伎町という表のシモの銀座に相当するエリアで女子昼職の社会的地位収入の向上に応じてホストも中卒普通から「早稲田慶応ザラ」に移行/プレバトの俳句は俺が唯一、配偶者と同時視聴する番組で、評価不定のうちにツベコベあげつらう楽しさ(歌の前では平等)は、平安時代からの大和心。17音とちがって31音は因果関係、時代変遷を描写できる/「褒めてもらいたい欲求」男性客はゲイバーにないものを求める/作者写真を見ると顎が弱そうで失望。村上宗隆愛す -
Posted by ブクログ
コロナ禍でいろいろな記事を読んでいる時に、とても興味深いインタビューを読んだ。
作家・辻 仁成さんと、歌舞伎町ホストの手塚マキさん。
「夜の街」と「歌舞伎町」はコロナのエピセンターとして、あちこちから叩かれていた場所。
でも実際のところはどうなんだろうととても気になっていて、
この記事には、現在の歌舞伎町がやっているさまざまな対策や取り組みのことが語られていた。
帯ニュースがどれだけイメージで夜の街を語り、
世間の偏見におもねるような方向で報道しているのかとげんなりする。
その中で、この本の存在を知って、がぜん興味が。
コロナの感染が始まるより前から、手塚氏はホストを集めて歌会をやっていたらしい。
(その前に、掃除ボランティアという活動もあるとか)
長い文章は書けなくても三十一文字程度なら表現できる。
もともと親和性のある和歌と色恋。
詠み手のキャラクターが垣間見える多様な歌が並んでいて面白かった。
ビッグになろう系のちょっと古臭いのがまだいるんだなあー、とか
客商売ながら本気の部分も生まれてしまうだなーとか、
今の時代の具体的な言葉と古来から続く三十一文字があわさる面白さもあり、
抒情的で普遍的な印象を与える、うまい歌を作る人もいる。
私が好きで読んでいる現代短歌の中にはあまり出てこない、
男女の駆け引きの主題がむしろ新鮮。
疑似恋愛的な場で働いて、相手の気持ちを汲み、言葉を選ぶホストならではの歌は
確かに万葉集や平安時代にも直結しているような気がする。
ホストなら歌くらい詠まないと、という世の中になったら本当に素敵だ。
巻末の写真で、この歌を詠んだのはこの人か、とわかるのも面白かった。 -
Posted by ブクログ
俵万智(1962年~)氏は、早大第一文学部卒の歌人。大学卒業後、高校の国語教員として働きながら発表した『野球ゲーム』が1985年の角川短歌賞次席となり、その奔放で斬新な表現で現代口語短歌のホープとして一躍脚光を浴びた。『八月の朝』で1986年の角川短歌賞を受賞。翌年に発行した第一歌集『サラダ記念日』は刊行前から話題を集め、歌集としては異例の大ベストセラーとなり(280万部で1987年度ベストセラーランキング1位)、社会現象を引き起こした。その後も、歌集、エッセイなどを多数執筆。
私は著者とほぼ同世代で、『サラダ』は発表当時に一読したものの、引越しを繰り返すうちにどこかへ行ってしまったのだが、最近短歌を詠む友人に刺激を受けてぽつぽつと歌を詠み始めたことから、本書を手に取った。(『サラダ』も文庫版で入手した)
本書は著者が、短歌を作る上での「言葉の技術」を語ったものであり、季刊誌「考える人」に2002~2004年に連載された「考える短歌」と、『三十一文字のパレット』、『記憶の色 三十一文字のパレット2』(共に中公文庫)からの再録(大幅加筆修正)である。
構成は以下の通りで、そのまま一言アドバイスになっている。
第一講:「も」があったら疑ってみよう
第二講:句切れを入れてみよう/思い切って構造改革をしよう
第三講:動詞が四つ以上あったら考えよう/体言止めは一つだけにしよう
第四講:副詞には頼らないでおこう/数字を効果的に使おう
第五講:比喩に統一感を持たせよう/現在形を活用しよう
第六講:あいまいな「の」に気をつけよう/初句を印象的にしよう
第七講:色彩をとりいれてみよう/固有名詞を活用しよう
第八講:主観的な形容詞は避けよう/会話体を活用しよう
また、著者は技術面に先立って、「はじめに」で以下のように語っているのだが、歌を詠むにあたって心に残る記述である。
「短歌は、心と言葉からできている。まず、ものごとに感じる心がなくては、歌は生まれようがない。心が揺れたとき、その「揺れ」が出発点となって、作歌はスタートする。・・・日頃から、心の筋肉を柔らかくしておくことが、大切だ。・・・私にとっては「短歌を作ること」そのこと自体が、なによりの柔軟体操になっている。もし、自分が短歌を作っていなかったら、慌ただしい毎日のなかで、「あっ」と思うことがあったとしても、思いっぱなしで過ぎてしまうだろう。短歌を作っているからこそ、その「あっ」を見つめる時間が、生まれる。たとえ隙間のような時間であっても、毎日の小さなつみかさねこそが、大切だ。「あっ」を見つめて、立ちどまって、味わいつくすことが、心そのものを揉みほぐしてゆく。」
著者の語る「心」と「言葉(の技術)」を心に留めて、これから地道に歌を詠んでいきたいと思う。
(2021年3月了)