竹内薫のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
19世紀末の英国で書かれた奇想小説。2次元の平面世界であるフラットランドの数学者である主人公の正方形が前半はフラットランドのその奇妙な世界を解説、後半は3次元世界からやってきた球と遭遇するという話。次元の解説は判りやすく、フラットランドの描写も興味深い。ただ風刺小説としての傾向が強く、フラットランドの世界は持つ辺の数による厳格な階級社会であり、中でも女性は辺を一つしか持たない最下級の存在である直線とされ差別されているという、スィフトを思わせるディストピアとして描かれている。作中、女性はかなり酷い扱いだが翻訳は原作の差別的表現を削除した改訂版とのことなので、オリジナルがどれほどのものなのか気になってしまう。
-
Posted by ブクログ
ネタバレ<目次>
まえがき 思考実験って何なの?
第1日 もしもあなたが猫だったら?
第2日 もしも重力がちょっぴりだけ強かったら
第3日 もしもプラトンが正しかったら
第4日 もしもテレポーテーションされてしまったら
第5日 もしも仮面をつけることができたら
第6日 もしも小悪魔がいたならば
第7日 もしもアインシュタインがただしかったらならば
あとがき リアルな世界の脆弱さ
<内容>
科学哲学の本。「もしも…」で物理学の理論を証明していこうというもの。日本では脆弱な科学読み物として成り立っている。最近こういう本が増えてきた。リベラルアーツの再考がされてきたからかもしれない(ただしこの本は2007年刊。ちょっと早すぎたかもしれない) -
Posted by ブクログ
教養ある人とは知識と知識を繋げてストーリーとして分かりやすく説明できる人とのことだが、これがなかなかできない。ものを読んだり聞いたりしたときの一つ一つの事実の記憶が甘くて、ぼんやりとしか掴めていないので、曖昧な言葉にしかならず、うまく他人に説明できない…意識的に訓練していくしかないのかな…
人間の脳は後で教えてもらえると分かっているものは覚えないというくだりにドキッとした。わからないままで放置するよりましかと思い、ここのところ度々ネット検索のお世話になっているのだが、また調べられると油断して知識として定着しにくいのだとしたらほどほどにしなければ。 -
Posted by ブクログ
ネタバレこれからの時代を生きるあなたへ。
文系・理系という分け方はもう通用しない、かもしれない。でも、大学入試がまだ変わっていない今は、文系・理系という分け方もまだ残る。けれど、変わっていく未来を見て、自分はさてどうするか。
文系・理系という分け方は、明治時代にプロイセン式の一括教育システムを導入した名残。今は幕末のような時代の転換期だから、明治維新の時の英語のように、これからのポイントになるスキルがある。それが英語に加えて、「数学+プログラミング」と著者はいう。
AIに仕事を奪われる、ということに不安を感じている人は、これからは「AIを使いこなす側にまわる」か「AIにできないことをする」という言葉に希望を感じてほしい。数学とプログラミングを頑張ってもいいし、コミュニケーションを磨いてもいい。未知のものに居場所を奪い取られるのではない、新たなパートナーと共生する時代になるのだ。
とにかく好きなもの、追い求めたいものを見つけて、取り組むこと。大学入試の変革はここに書かれた道からちょっとずれていくかもしれないが、進路を選択するのに迷っていたり燻っていたりする人にはぜひ読んでほしい。 -
Posted by ブクログ
『科学道100冊』の1冊。
原著の発刊は古く、1884年、ヴィクトリア朝時代である。
ちょっと変わったお話で、主人公は二次元世界に住む正方形である。
「えっと、二次元世界ってなんだ?」というところから話を始めなければならないが、タイトルにもなっている通り、フラットランド、つまり、すべてのものが平面上に存在するのが二次元世界。縦と横の世界である。
我々が普段暮らしているのはこれに高さが加わった三次元の世界、スペースランド(空間世界)である。
一方、次元を下げていくと一次元の世界となり、つまりは線の世界、ラインランド。さらに次元を下げてゼロ次元の世界となると、点だけの世界、ポイントランドとなる。
もしも三次元でない世界にヒト(いやヒトなのかはよくわからないが)が住んでいたとしたら、どんなふうに暮らしているのかという、ある種、ファンタジックというかSFというか、そんなテイストのお話である。
訳者はまえがきで、昨今流行りの哲学や数学や科学を物語仕立てで読ませる作品群のさきがけと言っているが、なるほどそんな風にも捉えられそうである。
物語の前半は、二次元世界の正方形が自分の暮らしを語る体裁である。
この世界では多角形になればなるほど身分が高く、最高位の聖職者は円である。鋭角を持つものやいびつなものは蔑まれていて、人々はなるべく多角形に近づけるように、結婚相手を考えたりするなど(?)で、子孫の角を増やそうとしている。正方形氏の息子も首尾よく五角形となっている。
皆が皆、平面世界に暮らしていたら、誰が何角形なのか、なかなかわからなそうなものだが、声の高さで知ったり、触って確かめたり、視覚的に判断したりする。
他人に触る場合には礼儀があって、どうやって触ってもよいというものではない。うかつに角で刺してしまったりすれば、相手が傷ついたり死んだりしてしまう。
視覚の場合は、繊細かつ複雑な判断が必要になる。例えば六角形を真横から見た場合、中央に均一に見える部分があり、両側は比較的短く暗めに見えるといった具合。
兵士はもちろん尖っており、二等辺三角形で身分が低い(同じ三角形でも正三角形の方が身分が高い)。
女性は線であり、身分も低いが、まぁこのあたりは時代だろうか。
その他、家の構造や気候などが語られる。
この正方形氏があるとき、一次元世界や三次元世界と出会う。
さて、彼にはどのように見えるのか、というのが後半である。
物語的に非常におもしろいかと言われると、そうではないのだが(身分や階級の話が多くてげんなりするし)、この時代に「次元」について深く考えていることの先見性には驚かされる。
この本に触発されて物理や数学の道に進んだ人も多いのだそうで、そういう意味ではランドマーク的な作品なのだろう。
発刊当初はさして評価はされなかったのだが、アインシュタインの相対性理論が発表されて、四次元の可能性について多くの人が考察するようになってから脚光を浴びるようになったという。
それもそのはず、物語の終盤で、正方形氏はなんと、自らの世界を俯瞰するかのような三次元世界を知った際、その三次元世界をも俯瞰するさらなる次元(ソートランド(思考世界))もぼんやりとだが思い浮かべているのだ。もっともその代償は大きくて、これに関する論文を書き上げた正方形氏は、誰にも理解されないばかりか、「危険思想」を持つものとして投獄されてしまう(!)のだが。
著者のアボットは、神学者の家に生まれ、26歳で学校長を務めるほどの秀才だった。数学や古典にも精通していた人物だったとのこと。
巻末には本作に想起されたという写真家による、次元を超えた世界をイメージする作品群である。表紙もその1枚。 -
Posted by ブクログ
プログラミング、数学、コミュニケーション力、英語、探究。そしてホームスクーリング。
*****
数学のなかで、しっかりやっておいたほうがいいと私が思うのは、確率・統計です。これからの時代は、あらゆる分野で大量かつ多様な集積であるビッグデータの活用が進みます。その意味で、社会に出てからもっとも重要で役に立つのが確率・統計だといえます。(p.84)
より自分にあった学びを求めるなら、家庭で学習を行う「ホームスクーリング」という選択肢もあります。ホームスクーリングには、親が先生役となって勉強を教えるものや、親のサポートを受けながらインターネットで在宅講座を受講するものなど、さまざまなスタイルがあります。
ただこれには、親が子供の教育に学校まかせにせず、全面的に引き受ける覚悟が必要であり、親の時間的、労力的負担が多大であるという難しさがあります。でも、本格的に行うことができれば、ホームスクーリングは圧倒的に高い教育効果が見込めます。
音楽家やスポーツ選手が、自分の子供にその専門技能を教えるのも、一種のホームスクーリングです。同様に、数学の得意な親が、子供に高度な数学教育をみっちり行うといったパターンもあります。
自分の能力にあったきめ細かい学びによって、向いていることや得意なことをとことんとがらせることができるのも、ホームスクーリングのメリットです。学校外の場所でも質の高い学びが可能だということは、知っておくといいかもしれません。(pp.118-119) -
Posted by ブクログ
少し前に読み終わっていたのだけど、何を感想に書けばよいか、ちょっと悩んでいた。
文章としては平易に書かれているが、恐らく私はおおよそ分かってない(笑)
けれど、虚数は回転を表すという所は面白かった。
点、線、平面、立体、そこに時間が加わるような次元の展開の中で、数字や計算式としての虚数を、グラフィック化(という言い方をするのが適切か分からないが)してみると、こういうものにも虚数は使えるんじゃないかなど、色々と想像が膨らんだからだ。
そうならなければ説明がつかない、という言葉は、私にはすんなり理解が出来にくいのだけど、人間を基準とした見えるもの=実数と乱暴に置いてもいいなら、マイナスになる世界や虚数を使わなければ示せない現象があること自体は理解できる。
数と付く単語は色々あるけれど、一つ一つをイメージ出来たら、もっと楽しいんだろうなあ。 -
Posted by ブクログ
湯川秀樹氏から本庶佑氏まで、日本人で科学分野のノーベル賞を受賞した21人を取り上げ、出生から受賞の契機になる発見・研究をたどりながら、各人の思いから発せられた言葉を紹介している。
必ずしも順風満帆ではないが、コツコツと努力を積み重ねた行く末に、苦労が華開く成功ストーリーは、意外ではあるが、運命的な必然なんだろう。特に印象的だったのは大隅良典氏の言'人が寄ってたかってやっていることをやるよりも、人がやっていないことをやる'。未踏領域の発掘、基礎研究の真髄を言い当てた言葉に感じる。国の研究開発に対する予算の考えが、基礎から応用へと軸足を移した結果が、今後大きなツケとならないか懸念が残る。