竹内薫のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ記憶はウソをつく、ブラックホールに吸い込まれたら?人食いバクテリアの恐怖、人類滅亡の可能性…。知ってはいけない!?科学の“こわーい”世界。
巨大隕石衝突の可能性は? もし、ブラックホールに吸い込まれたら?
ギロチンによって首が切断された後、人間の意識はどれくらい保てるのか
著者は最後に科学が絶対に正しいとの考えも怖いと述べ
ロボトミー手術の例なども挙げながら科学至上主義への警笛も鳴らしている。
「病にまつわる怖い話」:
インフルエンザやポリオ生ワクチン、優生学。
「宇宙にまつわる怖い科学」:
ブラックホール。
「地球にまつわる怖い科学」:
磁極の反転と生物の大量絶滅。 -
Posted by ブクログ
ジョークにこういうのがある。
物理学者曰く、
「数学者の言うことは抽象的すぎてよくわからん。もっと具体的に説明してくれ」
数学者曰く、
「物理学者の言うことは具体的すぎてよくわからん。もっと抽象的に説明してくれ」
或いは工学者と理学者だったかもしれない。
数学用語を日常生活の中でフィーリングで捉えてみようというコンセプト。
具体的すぎてわかりにくいと感じる箇所があったのは私だけではないでしょう。
一般論を学んでいるからこそ本書で日常へ向けての解釈を楽しめるのであって、強弁のフィーリングだけぽんと与えても果たしてどうなのだろう。図や絵は乏しい。勉強を教えつつ先生がこういう話をすればよいだろうなあ。
理系的な難しい説明は回避し縦書きで読みやすいのはいいですね。歴史的な裏話も豊富で読み物として面白い。
あくまで感じ方の一つの提案です、としっかり予防線を張っているあたり、筆者も手探りで書き進めたもののよう。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ19歳の時に出会った「存在と時間」があまりに理解できなくて、初めて自分の理解域に限界を感じて、ものすごく自分自身にガッカリしたことを思い出しました。
だけど、今でもやっぱり分からない。哲学って難しい。
入門書なので、原書に比べれば平易に書かれている筈なのに、やっぱり「成る程!」ってなれないモヤモヤが残る。
これは!なエッセンスを感じることは出来たから、とりあえず良しとしたいなあ。
今作の中では、大森哲学が分かりやすいし、ロマンチックで良かったな〜。ちょっと作品探してみたいな。
以下、間違った理解かもしれないのでご注意ください〜汗
メモメモ( ^ω^ )φ
◉ウィトゲンシュタイン◉
【言語ゲーム(言語なしには有り得ない世界)】
ある言葉の意味を考える時、絶対的な本当の意味を指すことは不可能!相手が対象物を知らない時、写真や絵もない場合、どうやって意味を説明しうる?=意味に対応するモノは存在しない!
【私の言語の限界は、私の世界の限界を意味する】
【世界の意義は、世界の外になくてはならない】
【人は、語り得ぬものについては、沈黙しなければならない】
◉サルトル◉
【百万人の飢えた子供達にとって文学は何の意味があるか?】
人間は存在することに、そもそも選択の余地がない。強制的にこの世に生み出され、人生を生きる中で人間を形成して行く。人間は、自身という存在を将来に投企し、あらゆる行動を自ら選択・履行(≒engage)しながら生活している。=【自由の刑に処せられている】
【君は自由だ。選びたまえ。つまり創りたまえ】
第三者に助言を請う時、私たちは意識的にせよ無意識的にせよ、助言者が何を言うのか既に分かっているはず。つまり、誰かに相談するという行為は、他人の助言を求める体裁を取ってはいるが、自分自身で答えを選んでいることになる。
青い鳥症候群/私にはできたはずだ。周囲が、状況が、友人達が、恋人が、私の中に本来あるはずの可能性を見出してくれないだけなのだ。
◉ニーチェ◉
【神は死んだ】ーー現代日本人には理解し難い感覚。価値観が転倒する体験。
【永劫回帰】ーー同じことが永遠に繰り返す=来世の否定、新たな可能性の欠如。
=精神崩壊。
◉フッサール◉
私達は世界を一転集中的にのみにしか認識し得ない(志向性)=情報を無意識に取捨選択する能力を持っている。
我思う=現象学の出発点。この世界がマトリックスの世界で無いと、どうして確信できる?しかし、VRが発達してなお、それを認識している「私」の存在は否定し得ない。だからこそ、「我思う、ゆえに我あり」は成立する。
◉ハイデガー◉
存在物が「ある」ことへの懐疑ではなく、そもそもの「存在物」への懐疑。
◉大森荘蔵◉
幽霊は見えるが触れ得ぬものとして存在している。
客観的事実のみが存在していると断ずる科学信仰は、それまで人々の中にあった豊かな自然像をタブーとして圧殺してしまった。
この世界が「現実」であると認識する私達は、それを証明できない。嘘か真かを判断するのではなく、目の前の「現実」に対する一つの態度を決めるしか無い。
ウィトゲンシュタインのように、目の前の「意味」を「表象(人によって見え方の異なる写し)」として捉えてしまうと、「表象の意味」「表象の表象の意味…」という無限ループに陥ってしまう。→大森哲学は、この問題を「表象なんてない!私達はその風景を直に見ている!」と断じることで解決。
過去の思い出も、過去のシーンを表象として見ているのではなく、過去の出来事を「直に」見ている。直に近くすることはできない亡き人を、直に思い出す、つまり、思い出の中にその人がいるのである。