奥田英朗のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
1972年~1977年までの、奥田氏中1から高校3年までの洋楽ロック青春記。
同じようなものにイラストレーター牧野良幸氏の「僕の音盤青春記1971-1976」がある。牧野氏は愛知県岡崎市。奥田氏は岐阜県各務原市。牧野氏のも中学から高校にかけてのもので、70年代に、田舎で、中高時代に洋楽に目覚めのめり込んでゆく、という図が描かれている。同じ時期、同じような田舎で、ラジオから、何か今まで聴いてきた日本の音楽とは違う、聴いたことの無い、ワクワクする音とで出会う、このワクワク感、初めて経験する、というこれが青春だろう。
奥田氏は、中一になり小遣いでラジオを買う。最初は南沙織や天地真理などの歌謡曲、そしてフォークに移り、AMラジオにリクエスト葉書を出す。半年もすると外国のポップスに心をとらえ始める。「木枯らしの少女」「愛するハーモニー」「気になる女の子」・・ これら外国の音楽に惹かれた理由を「なぜかしらん、自分でもよくわからん。西洋に対するあこがれがあったのか。」「外国のポップスを聴くと、日本の音楽はどれもみすぼらしく感じ、もう歌謡曲にもフォークにも戻れなくなった」とある。英語に関しては「ボイス、楽器として聴いている」と。ここがまったく同じだ。
日本語の歌が好きな人にはよく、意味もわからないのに、といわれるが洋楽に夢中になるタイプは、英語、歌詞の部分は楽器として聴いているのである。ここのところが、邦楽派か洋楽派かへの分かれ目ではないか。
奥田氏がロック好きなのは小説のはしばしからこぼれていたが、この本でそれが明かされる。当時外タレ(古語ですか)は東京にしかこないものと思っていたが、名古屋にはけっこう行ってたんですね。氏は高校時代にクイーンとかサンタナを名古屋で観ている。 -
Posted by ブクログ
合併で生まれた地方都市・ゆめので、鬱屈を抱えながら暮らす5人の男女ーー人間不信の地方公務員、東京に憧れる女子高生、暴走族あがりのセールスマン、新興宗教にすがる中年女性、もっと大きな仕事がしたい市議会議員ーー。縁もゆかりもなかった5人の人生が、ひょんなことから交錯し、思いもよらない事態を引き起こす。
久しぶりに奥田英朗さんの作品。
らしいな、というのが1番の感想。全部を描写せずに、何かが足りない。何かを描いてないから、その先を想像して、どんどんとページをめくる。帯に一気読み必死!との文字が躍っていたが、まさにそんな感じだった。
下巻も楽しみだ。 -
Posted by ブクログ
自我が確立されゆく思春期にロックにハマり、
親や教師の干渉から逃れロックにのめり込んで行く、
片田舎に住む奥田少年の、輝かしい青春時代が描かれている。
わかる、わかるなぁ。みんな経験するよね。
この時期特有の、過剰な自意識が作り出すこっぱずかしさや、
こまっしゃくれた感じを思い出し、身悶えするほど懐かしいのである。
(音楽に限らず)あの頃心を揺さぶられたものが、
今の自分の根っこを作っているような気がする。
他の作品を読み、作者に対し、ひょうひょうと生きる自由人というイメージを持っていたが、
当らずとも遠からずかな?
そのアイデンティティーの根っこは、こんなふうに形成されたんだなぁ。 -
Posted by ブクログ
ネタバレゆめの市が舞台。ゆめの市の社会福祉事務所に勤める相原友則は生活保護を担当している。生活保護対象者を観察する途中でパチンコ屋の駐車場で不倫する男女を見つけ、興奮する。次第に自分もハマっていく。
佐藤綾香(23)は子ども2人の母親で生活保護を月23万円受給している。その元夫、加藤裕也は向田電気保安センターで詐欺まがいの漏電遮断機を高額で老人宅などに売りつけている。
山本順一(45)はゆめの市の市会議員で父親の地盤を受け継いでおり、県議を目指している。土建業を営み、産廃処分場建設にも絡んでいる。これに反対する市民活動をしているのが、坂上郁子。
高校2年生の久保史恵は予備校に通い東京の大学への進学を目指す。予備校には山本の息子、春樹も通っているが、ある夜予備校帰りにネットオタク?に拉致され、監禁されてしまう。
堀部妙子は私服保安員をしており、宗教団体の沙修会に入信しているが、対立する万心教とトラブルを起こし、保安員をクビになってしまう。
すべての登場人物の身辺が怪しくなってくる。下巻ではおそらくこれら登場人物がつながってくるのだろう。 -
Posted by ブクログ
『最悪』『邪魔』から入って伊良部シリーズに出会ったあたしの最初は「えっ?」しかるのちに「にやり」だったのだけど、『真夜中のマーチ』や『ガール』『家日和』『延長戦に入りました』『ララピポ』(これちなみにいまだにあまり消化しきれてません)『ウランバーナの森』などなどみてくると、もう驚かなくなってきている。ご本人いわく、出会い頭の偶然で賞をとらせていただいたそうだが、どうして本当にこういう人を器用というのだろうなあ。
仕事をしていておもうのは、古今東西、なんらかの法則ってきっとあるんだろうな、ということ。おじさんは宇宙とスポーツが好き、てのは、おばさんが可愛いものと占いが好きってのとおんなじ、ゴールデンルールだ。
もちろん嫌い、という人もいる。でも、どんどん突き詰めて行けば行くほど、公約数的な数字に納得せざるをえなくなる。地域を広げればそれだけ、母集団を多国籍にしたらそれだけ、見事に数量に圧倒される。
というわけで奥田英朗。スポーツを捕まえ料理するのは、好きなら誰でもしたいだろう。でも、誰もが食べるけど美味しいものをコンスタントに作れるわけではないように、奥田英朗シェフの腕の達者さが、決してあたりまえでないことはもう、自明の理。
同じような字数にどうして収まるの、どうして毎度、こんなに面白いことが書けちゃうの?
すこし意地悪だけどつつましく、せこくはないけどいじましくもある。リズムにしたら、たん、たかたん。気張らずきどらず、スポーツわからん誰でも楽しめるそんな、ズボラ読書への、いざない。
【気に入った箇所の引用】
プロ野球は会社組織にそっくりだ。上司と部下(監督と選手)、初々しい新入社員(ルーキー)、外様(トレード)の悲哀。全てサラリーマンの日々と一致するようフォーマットが完成しているのである。用語も然り、登板・降板、リリーフ、組織に派閥、良くも悪くも村社会にジャストフィットなのである。
紅白歌合戦と日本レコード大賞と茶の間の巨人軍は、おとうさんたちが捨てられない昭和の大きな荷物である。それは覇権と中央集権の象徴でもある。かつての栄光を忘れられなくて、あの手この手で盛り上げようとするが、それは延命措置に過ぎず、根本的な治療法はもうない。無理なんですね。だって寿命がきたんだから。
スポーツが文科省主導の学校教育として育った日本と違い、ヨーロッパではコミュニティのクラブとして発展したため、育った社会的階層が違えば嗜む遊戯も違う。アッパーなもはラグビー、クリケット、ゴルフにテニス。ロウワーなものはサッカー。ベッカムの英語を最初に聞いたときその訛りに驚いたが、全身の刺青といいあの女房といい、彼は典型的なワーキングクラス・ヒーローなのである。