鈴木大介のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
きっと途中で諦めるだろうと思いつつ手に取った本だが、読み終えることができた。
家族や大好きな友人が、自分にとって耐え難い言葉を吐く思想に染まったとしたら、ショックで当然距離を置いてしまうだろう。 君子危うきに近寄らずだし
でもそこで終わらず、筆者が検証を始め、一定の結論を出して家族として受け入れることができた過程に大変驚いた。
インターネットやSNSで溢れる情報の受け手はおそろしいほどの危険に晒されている。いつ自分の頭が制御不能な方向に流されてもおかしくないと思っている。 そして周りの人間を不快にさせるかもしれない。 怖い
ネットの危険性を再認識するとともに、筆者の検証の過程の論理性と家族を理解したいというエネルギーを感じた。 -
Posted by ブクログ
著者自身、貧困をテーマとしたベストセラーを執筆する文筆家であったが、突然の脳障害を経て精神的、知的にダメージを負った状態に陥り、以前とは違った立場から貧困や障害に向き合う話であり、非常に説得力があった。各種の障害は100か0ではなくグラデーションがあるため、自分もある面では生きづらさを感じることがあるが、正面から努力して克服してきたため、行動しないまま人生が詰んでしまう人のことが理解できずにいた。健常者と障害者、両方の立場から見る本書は、なぜ行動できないのかを体験的かつ理路整然と描いており、行動できない理由を理解することができた。自分は、特定の価値観のみで生きるのではなく、異なる立場の価値観を理解することを読書の目的の一つとしているため、特に善悪二元論に偏りがちな本テーマを考える上で、非常に参考になる良書であった。
-
Posted by ブクログ
タイトルそのものに興味を持ち読み始めたが、読後の感想は少しずれてしまった。
1つは、亡き父をここまで丹念に掘り起こし、思い返し、誤解していた、悔やまれると謝罪する息子を持って、お父さんは幸せな父親だったと思ったこと。
2つめは一番印象に残った言葉が、叔父さんの「難しい文章がどんどん読みにくくなる。新しい考えがなかなか頭に入ってこなくなる。世の中はどんどん変わっていく。老いるということは、新しい情報を得て理解して取り入れる機能そのものが低下すること。それが70代なんだ」。世代とは別の「年代」という問題であり、その二つは切り分けて問題を精査してほしいと叔父さんがおっしゃったところ。 -
Posted by ブクログ
脳の障害は見えないので、仕事や日常生活をうまくできない人に対する世間の見方は自己責任論になりがちです。それを当事者の視点からなぜそうなるのかを体験談的に理解させてくれる稀有な本です。
それはもしかしたら自分にも訪れるかもしれないというリアリティを持っています。意識が散って物を探せない、会話の速さにていけない、不安で何も考えられなくなる。それって自分にも大なり小なりあるもので、その症状がものすごく強かったら、という想像はまさにゾッとするものです。
事態に対処しない人が、不安からメンタルを守るためにあえて対処しないというのは目から鱗でした。不安が思考のリソースをいかに奪うか。著者が、隣に妻がいるだけでいろんな作業の効率が爆上がりするというエピソードが印象的です。
アウトサイダーが支援との斥力を持っている理由にすごく腑に落ちました。文化的に親和性のある裏社会の居心地が良すぎて、社会の支援がそれにまったく対抗できていないという事実。それは決して自己責任ではなく、生育環境の影響が大きいというのは重要です。 -
Posted by ブクログ
「不自由な脳」と聞いてどんな想像をするだろうか。
大変に失礼な発言ではあるが、電車内で様子の違う人、職場でPC画面を睨んでフリーズしてしまう人、複雑な話しをするとキレてしまう人。こういった人を見て「変人」と切り捨てていないだろうか。
困った人、仕事をサボる人、子供っぽい人と評価するかも知れない。
対して「目の不自由な人」と言えば、困っていれば誰しも助けるだろう。他の人と同様のアウトプットができなくても「怠けている」とは誰も思わないだろう。
しかし、その人が善人であるとは限らないはずだ。
筆者は「最貧困女子」を執筆後、脳機能障害を患い、思考の困難さや認知機能の低下を体験している。見た目にはなんの障害もない。普通に喋ることもできるが、感情表現やスケジュール管理、一時は買い物でお金を払うことさえ難しくなったそう。
売店のレジでお金を数える際、液晶の数字を見て、財布に目を移した途端に金額を忘れる。後ろでは人が待っている。舌打ちをされたかも知れない。そうしてパニック発作を起こしたそうだ。
実はこの体験は、過去に取材をした貧困に喘ぐ女性を取材した際に、全く同じことが起きたそう。彼女は小銭をひっくり返し、商品を置いて店を飛び出し、しゃがみ込んで泣いてしまったそう。
要因は違えど、「不自由な脳」において生じるトラブルは近いものがあるそうだ。
「不自由な脳」について、この本に書いてあることと、実体験を交えて書いてみようと思う。
本書で著者が取材した多重債務者の方の話。
彼女はインテリアデザイナーとして一線で働いていたがひとたび鬱になり、働けなくなった。
最終的に統合失調症を患ったそうだ。
この方を取材した際に生活保護申請に付き添った時のこと。彼女は記入する申請書を前に一文字も書けない。「枠が多すぎてどこに何を書けばいいかわからない」「記入するところを指差して、何を書くか教えて欲しい」と話したとのこと。
この人は現役時代は顧客も持ち、打ち合わせをしてそれに応える仕事をしていたのに。
実際私も仕事を休んでしまった時期があったが、その時は自分でも何故上手くいかないのかわからず、「何に困っているか報告しろ」と言われてもどうすることもできなかった。
休職を切り出した際、大丈夫か?と聞いてくれる人もおらず、家族にも白い目で見られ、自宅でもちゃんと布団で休むことが困難だった。
強い疲労やストレス、PTSDがある時、脳はワーキングメモリが著しく低下する。防衛状態になり、身体を緊張させ、身を守ることにリソースを全振りするのだ。
不安や恐怖の事象を繰り返し反芻し、そのことが頭から離れなくなる。
そうなると認知機能が著しく低下し、判断ができなくなる。
感情のコントロールも困難になり、自分が向き合わなければならない課題(憂鬱を伴う)に目を向けると、思考がシャットダウンしてしまう。脳が危険と判断して、回避してしまう。
同じ作業をするにも異常に疲労してしまう。
その状態になると自分の状況や、なぜ困っているのかの説明も困難になる。
その状態を裁判では「供述弱者」と呼ぶそうだ。
筆者が買い物中に雑踏の音や目に飛び込む情報の量にパニックになってしまったときに、ただ手を引いて背中を撫でてもらうだけで思考がクリアになったとのこと。
「今辛くて動けない」を素直に受け止めてただ人がいてくれるだけで楽になる。
不安を一つでも取り除いてもらえるだけで、前を向くことができる。
本当に辛いときに頼れる人がいるということがどんなに救いになるか。
困った人を見たとき、それは困っている人かも知れない。
会社や家庭でも、そんな状態にある人を理解しようとし、必要な支援を差し伸べることができるよう、筆者は願っていた。
そして、この人が伝えたいことは、やはり家族、社会から排斥され、福祉が届かず、身を寄せ合って暴力的で悲惨でもあるが、なんとか作り上げたコミュニティで生きていこうともがく子供達の事だ。
彼らは殴る親から逃げて同じ境遇の仲間とゲームセンターで凍死を凌いでいるところを、警察や福祉に“保護”され、殴る親元に戻される。
名門学校の教師に猥褻を受けた少女は、親にそれを信じてもらえず、レイプされたくないから家を出た。同じことをするなら、お金がもらえる買春のほうがいいし、まだ理解してもらえる。
飢えを凌ぐために、おにぎりを盗んで補導されて、また食べ物のない家に戻される。
そんな彼らが行政を、大人を信じることができるだろうか。
本当に生活保護を必要としているのが彼らなのに、行政はアウトローの彼らを受け入れるだろうか。
その溝に気づき、守ってやれる大人がいない限り、彼らにとって理解ある大人は同じ境遇で育った人間だけなのだ。
他者の苦しさを理解するのは難しいし、他者に理解してもらうことはもっと難しい。
その仕組みをなんとかするなんてことはたぶん、人類には無理だと思う。
一人ひとりが、生きていくために自分のできることをやるしかない。
自分で少しでも生きやすくなる方法を選ばなきゃならない。
できないことを否定しないで、できることを知って、増やしていって、少しでも生きててよかった。今のままでもいいんだ。と思っていきたい。 -
Posted by ブクログ
脳性疲労→軽度の脳梗塞の後も同じような症状
母が軽いラクナ梗塞から無気力、運動機能低下、認知機能低下、急に理解困難になったり、スマホの操作を何度教えても理解できなかったり、健常者が分かりやすいと思っているものも理解しにくいので、当人が「何を困っていて、何が分かんないのか」が分からずただ怠けているだけのように思え、お互い苦しかった。この本で当てはまることも多く、そういうことか!と当てはめながら読み進んだ。
探すことの困難(物がたくさんあると互いが溶け合ってしまい、特定のものを見つけるのが難しい)
探している間に時間が溶ける(注意障害・気を失ってる?)
脳が疲れると呂律が回らなくなる・手が震える・急に頭が回らなくなる・頭が白くなる・今まで分かっていたのに書いてある文字が読めなくなる・日本語なのはわかる。4単語の意味もわかるが、それが辛なった文章としての「意味」が全く頭に入ってこない。
臨機応変・咄嗟の対応力の喪失
現状の把握力・判断力・自己決定力の喪失
(記憶機能の低下)
論理的コミニケーション力の喪失
駅で駅名の看板が分からない、路線図は字の塊、目を離したら瞬時に今見たばかりのメモの内容を忘れる、
目を離した瞬間に記憶が飛ぶ、タッチパネルの必要なボタンがどこにあるか見つけられない。
とっさに言葉が出ず、せっかく思い浮かんだ言葉がすぐ頭の中から消える。今これだと思った。単語や言い回しも口に出す前に擦った。頭から失われてしまう言葉を探しているうちに、今自分が何を探してるのかがわからなくなることも多い。
【高次脳機能障害】
車の運転中に、一瞬で「自分がどこにいるのかわからなくなる」夜間、雨天の走行などで、じわじわと脳の認知資源(思考のためのエネルギー)が削られている状況で、対抗者のハイビームが目に入った瞬間「自分が今どこを出発して、どの道を通ってきてどこにいるのか」がわからなくなることがある。最悪の場合、自分がどこに何をしに行こうとしていたかすらわからなくなる。毎日のように通り慣れた近所の道にもかかわらずだ。
【どうしたらいいのか?】
2つの自己理解を立ち上げる
1つ目の自己理解は、自分が陥っている意味不明の不自由に対して、それが脳の認知機能が低下しているため、起きていることに気づくこと。
そしてその不自由を軽減させるライフハックもたくさんあると知り実践すること。あくまで症状であり、様々な工夫によって対策がある程度可能だと認識すること。
例えば、記憶そのものを回復するための脳トレ的なアプローチを早々に諦め、忘れてしまう事は全て書き留めながら「読み切る」「最終的に理解する」を優先する。
2つ目は、不自由を元にした不安の心理を除去すること。要は今の状況が原因不明なのでなくて、症状のせいだなと、理解することが不安軽減に役立つ。
「できないこと」よりも「まだできること」を探す。
信頼できる他者に適度に頼る。
不安を軽減することで情報処理リソースが爆上がりする。
あらゆることが困難になってしまっても、当事者が周辺者に理解してもらうための努力を諦める事は、生存の放棄にも等しいと思う。 -
Posted by ブクログ
脳の機能について、健常脳にできないことを述べ、それが理解されず、そしてなぜそれが貧困につながっているのかを具体的事例を含めながら解説している。
個人的にはなんとなくわかっていたことではあるので特に目新しいものはなかったが、昨今の自己責任論や甘えだろみたいな風潮があるので、多くの人が「働けない」ということを理解して優しい世の中になればいいと思う。
ただ一方で、SNSで見える表面だけが厳しいだけで優しい人も多いのかもしれない。
多くの人からはわからない、目に見えない悩みで苦しんでいる人達の解像度を上げるためにも、当該書籍の内容は大事であると考える。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ『貧困と脳』は、子どもや女性、若者の貧困問題を長年取材してきた著者が、自身の脳梗塞によって高次脳機能障害を負った経験をもとに、「脳に障害が起きるとはどういうことか」を当事者の視点から詳細に描いた一冊である。
本書の大きな特徴は、高次脳機能障害がもたらす変化を、抽象論ではなく極めて具体的に説明している点にある。障害によって脳内のワーキングメモリが著しく低下すると、現状を把握する力や判断力、自己決定力が弱まり、簡単な会計ができない、会話のスピードについていけない、自分の状況を言語化して説明できないといった問題が生じる。これは能力や努力の問題ではなく、「脳の機能が物理的に制限されている状態」であることが、実感をもって伝わってくる。
特に印象的なのは、福祉制度との相性の悪さだ。健常者であっても煩雑で分量の多い福祉関連書類を、高次脳機能障害を抱える当事者が把握し、熟読し、記入することはほぼ不可能に近い。その結果、本来最も支援を必要としている人ほど制度にアクセスできず、支援からこぼれ落ちてしまうという構造的な問題が浮き彫りにされる。
では、脳機能障害を抱える人に対して、どのような支援が望ましいのか。本書は、特別な専門知識よりもまず「姿勢」の重要性を示す。当事者は常に強い不安を抱えているため、その不安を増幅させるような言動を避けること。情報量を適切に削減・補完し、理解を助けること。そして、周囲に対して当事者の状態を説明する力を、支援者が補完していくことが求められている。
読み終えて、自分自身がこれまで「脳機能障害のある人に会ったことがない」と思い込んでいたことに気づかされた。しかしそれは、見えていなかっただけで、実際にはすでに出会っていた可能性が高い。もし無意識のうちに、理解のない言動や小さな迫害をしていたのだとしたら、そのことに対して申し訳なさを覚える。本書は、社会の中で当たり前とされている「理解力」や「自己責任」という前提を静かに揺さぶり、今後どのように他者と向き合うべきかを考えさせてくれる一冊だった。