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自己責任ではない!
その貧困は「働けない脳」のせいなのだ。
ベストセラー『最貧困女子』ではあえて書かなかった貧困当事者の真の姿
約束を破る、遅刻する、だらしない――著者が長年取材してきた貧困の当事者には、共通する特徴があった。世間はそれを「サボり」「甘え」と非難する。だが著者は、病気で「高次脳機能障害」になり、どんなに頑張ってもやるべきことが思うようにできないという「生き地獄」を味わう。そして初めて気がついた。彼らもそんな「働けない脳」に苦しみ、貧困に陥っていたのではないかと――。「働けない脳=不自由な脳」の存在に斬り込み、当事者の自責・自罰からの解放と、周囲による支援を訴える。今こそ自己責任論に終止符を!
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Posted by ブクログ
ビジュアルシンカーの話題が少し盛り上がった時にも感じたことではあるけれど、現代はとにかく文字情報として、強い伝達力を持った思考、思想が広く知れ渡る。
言葉にならない、伝わる手段を持たない思考は、ないものと等しい。
そういう意味で、不幸な出来事の上に成り立っているとはいえ、ほんとうに稀有な著者が生まれたことに感謝したい。
情報として、たとえばトム・クルーズにディスレクシア(失読症)があることは知っていても、逆に彼の活躍をその副作用かのように思いこんだりしていなかったか。
身体表現の方法を持てず苦しんだ方の声を拾うこと。
特に行政機関のあり方は、現在とはまったく違う方法を用いて支援先を選別する必要があると考えるには十分な説得力を持っていたと思う。
考えさせられた。
考えさせられました。自堕落に見える彼ら、彼女らの背景にそんなことがあるんだと、それはまたとてつもなく理不尽で悲しいことなのだと。今、50歳後半になってちょっとだけ世の中が分かってきた気がしていましたが、まだまだ至らないことに気が付きました。
Posted by ブクログ
少し前に、「風呂キャンセル界隈」という言葉が話題になった。「あぁ、面倒くさくて入れないとき、あるよね」。そう笑いを持って受け止めた人も多いだろう。しかし、それを笑えない人たちがいる。本気で風呂に入れないのだ。入りたくないわけではない。入らないといけないこともわかっている。でも入れない。どういうことか。
うつ病を始めとする精神疾患の兆候としてよく挙げられるのが、入浴の困難である。健常者でも夜遅くにクタクタになって帰宅し、「もういいや、風呂は明日の朝入ろう」と考えて、そのまま寝てしまう経験はあるだろう。うつ病になると、朝起きた瞬間その状態からスタートする。謎の疲労と倦怠感。十分に寝ているはずなのに疲れが取れず、体が鉛のように重い。歯を磨く、服を着替える、髭を剃る……日常生活にさまざまな支障が出始めるが、いちばん顕著に現れるのが風呂である。
これは医学的には「易疲労性」と呼ばれるが、本書では「脳性疲労」という言い方をしている。脳が疲れた状態、脳の処理能力が低下している状態、つまり体じゃなくて脳が不自由な状態。この「不自由な脳」がいかに貧困と結びつきやすいか。それが本書のテーマである。
「不自由な脳」は、なかなか一般には理解されにくい。著者はもともと貧困層や生活困窮者を取材してきたルポライターである。その中で、彼らには共通した特徴があることに気づいていた。時間を守らない、計画性がない、約束を破る、危機的状況なのに何もしない。なぜこんなにもだらしがないのか。でも著者はあえてそれを書かなかった。書けば「こんな人間は貧困になって当然だ」と自己責任論の燃料になり、貧困者に対する攻撃を助長してしまう。そういう危惧があったからだ。だが同時に、著者自身もその「なぜ」を深掘りせず、「結局そういう人たちなのだ」と考えることしかできなかったという。
それが一変したのは、著者が脳梗塞で高次脳機能障害を負ってからである。この後遺症よって彼は「書類一枚が永遠に読み終わらない」「確実に間に合う時間に家を出たのに約束に遅れる」「買い物でレジの表示金額を見ても財布からいくら出せばいいかわからない」といった、かつての取材対象者たちと同じ状態に陥ったのである。そこではじめて、「やらない」のではなく「できない」という状態が存在することに気づく。
でも、そういうのは病気の人でしょ。病気と怠けてる人を一緒にしないでほしい。そう思うかもしれない。しかし、著者は過去の貧困の取材を振り返って、その対象者たちに高い頻度で発達障害や精神疾患による精神科通院歴があったことを思い出す。彼らは自分と同じだ。
つまり、取材を通して密に接してきた著者でさえ、自分が経験するまでは「不自由な脳」を理解できなかったのだ。冒頭の例を思い出してほしい。誰かが「風呂に入れない」と言っても、健常者は「そういうことは誰にだってあるよ」と、自分の経験の延長上でしか理解しようとしない。「できない」のではなく「やらない」だけ。つまり努力が足りないとしか思ってもらえない。この断絶感。
著者は、脳の問題を「精神的な問題」として片付けたくないのである。たしかに精神は脳の働きに違いないが、「精神的な問題」という言い方をすると、どこか「自分で何とかできる」ようなニュアンスが漂う。だからこうした人たちは社会生活から脱落しても(そして彼らは容易に脱落する!)、なかなか手を差し伸べてもらえない。それどころか、「俺たちは同じ環境や条件で頑張っているのに、たったそれしきのことで!」と非難の矢を向けられてしまう。
このような自己責任論に終止符を打ちたい。当事者としてのそのような使命感が、本書には滲み出ている。脳も体の一部であり、不自由を抱えたまま介助も支援もなく生活していくのは無理ゲーに等しいのだ。それを当たり前の認識にしたいという強い思い伝わってくる。
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