鈴木大介のレビュー一覧
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2年半前に亡くなった親父さんの思いを綿密に検証する息子.一度は中国や韓国に思い入れたものの、最終的には反韓・中国になった.小生も似たところがあり中国語を学んだことがあり、ハングルも読めるが、この親父さんの思いも同意できる部分が多い.姉や姪からの情報が的確で、息子と親父の接触が少なかった事実も判明.ただ、ここまで息子が親父の思いを検証してくれるのは素晴らしいと感じた.姉の言葉「苦しい作業を通して大介は、この世に既にいない父親と、等身大の父親と邂逅した.それが父の死後であろうと、決して手遅れなんてことはない.たとえ死後であってもそれを許してくれる、その気持ちに応えてくれるのが、親だと思う.」 その通りだ.
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Posted by ブクログ
後編のレビュー忘れてた、、、もうあまり覚えてないけど、確かヤクザの情婦になってけどそのヤクザが自死して(ちなみにヤクザは生き死にが日常なので自分の命にも無頓着になるのか、自死がとても多いとのこと、意外過ぎる情報)、最後は誰の子かわからないけど子供産んでヤクザの子みたいなもんだ前向きに育てる!といって地元に帰るとかそんな感じのなかなかな展開だったか記憶がある。里奈がめっちゃ賢くていわゆる地頭良い系なので何とかHappy End?と言えなくもない終わり方だったけど、小説だしこれはかなり特殊な例でもっとにっちもさっちもいかない子が大半なんだろうな、と思いました。
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Posted by ブクログ
ネタバレ陰謀論を信じる中高年が増えているという話を聞くから、てっきりこの本もそれに関する本だと思った。
ネット右翼になった父を変節させる話なのかな?と思ったけれどさにあらず。
著者が冷静に父の言説を分析し、なぜ父がそのような言説をとるようになったかを解き明かす。
冷静に、冷静に。
その途中で昭和の家族の一つの姿を明らかにしていく。
それも冷静に冷静に。
姉と自分、そして母。「父」という同じ人間をめぐって3人の思いは違っていることもあきらかになっていく。それも冷静に著者は記していく。
終わってみれば昭和の「家族」「父と息子」の物語だった。
父の方でなく、自分の方に認知バイアスがかかっていたのではないかという結論にも達する。
さて、選挙も終わり一方でどんどん分断が進んでいるように思う今の日本。
自分を振り返ることにもなった1冊だった。
「相手と自分との共通点の検証を」
いつも「違う」「この人の言ってること、ないわ~~」と思っていたけどだからこそ
話したり、知ることで共通点を見つけることは更に大切になるのではないかと思った。 -
Posted by ブクログ
健常者だった方が事故で後天的に高次脳機能障害になりどのように生活が変わったのか、何が不自由で何が出来なくなったのかまたどのようの支援が必要か等当事者目線で分かりやすく書いてありました。
傾眠や感情のコントロールなどの症状、特に右凝視(左空間無視)の症状のことを知らなかったので勉強になりました。
荷物を持つ、本を読むために本を持つだけでも脳が指示して機能するためなのか集中力が低下したり疲弊してしまったりとあり驚きました。
もともと高次脳機能障害についての知識はほとんどなく高次脳機能障害の症状や困り事が自閉症に近いと聞いてその参考にと思って読み始めたのですが
ゼロ知識でしたが少し理解が進んだ気がします。
ご本人も元々ルポライターで言語化が得意な方なのもありパニックの状態を当事者からどのような状態なのかとてもわかりやすく興味深く感じました。
この方の他の闘病の本も読んでみたいです。 -
Posted by ブクログ
筆者が、亡くなった父親との関係の分断について考察。キッカケは生前の父親が会話の中でネット右翼しか使わないであろう差別的なNGワードを使っていたこと。さらに死後、部屋にあったそれ系の書籍や、パソコンの中にあったそれ系の閲覧履歴を見つけ、分断は深まる。結果は、父親の行動はそれほど偏ったものではなかった。無自覚的に言葉を使ったりコンテンツを閲覧したりしていたものと判断。逆に筆者側は先入観や嫌悪感からくる認知バイアスがかかっていたと判断。ここでは親と子の分断について書かれているが、社会の分断も、かなりの部分、これと同じメカニズムなのだと思う。
私の中で曖昧な定義しかできていない思想に関する用語が、どんな意味を持っているのか明確になってよかった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ「されど愛しきお妻様」他最近著作を続けて読む機会があり興味を持ち手に取り。
様々な困難のために社会の中で生き難い人たちを取材し本にしてきた著者が、まさに当事者となって体験したことで新たに得た視点が出色。
「そういうことだったのか」を苦心して言語化して何とか周囲に、読者に理解してもらおうとする姿勢に頭が下がります。
はっとさせられることばも散見されました。
「病名をつけなければ身動きがとれない。ゆえに最も見過ごされがちなボーダーラインの障害者には一層支援の手が届きそうにない(趣旨の要約です)」
「大きすぎる感情は言語化できない」「頼れる相手や頼るべき相手と頼りたい相手とは別物」
「一番身近な人が一番頼りたい相手かというとそうでもない」
「してほしいことある?と聞かずに一方的にやってくれることが、ようやく助けての声を絞り出すためのプロセスになる」
言われてみれば確かにと思うことだらけでした。そういうことを言いたかったけどどう表現し誰に伝えていいのかということに迷って結局誰にも何も言えなかったということがあったなと昔を思い出しました。
自分にも障害者の身内がいますが、もしかすると言葉に出来ない様々な思いによって大きく屈託してしまったために行動がうまく出来なくなって一般社会で生き難くなってしまったのかもしれないと思い当たる出来事も多々ありました。
当時はただ「面倒かけやがって」的な怒りしかなかったけれども(自分も若かったし自分の人生だけで精一杯と言い訳かもですが)、辛かったり苦しかったりの経験をし人生をある程度生きてきた今から観ると「あの人は自分の想像を超えた言語化できない程の辛さや苦しさをあの時持っていたのかもしれない」と思い至ることが出来るようになりました。遅きに失しているかもしれませんが、本書は今から寄り添えることはないか考えるきっかけになりました。よくぞ言語化してくれました。
著者にしてみると色々と必死だった(生活を立て直したり、収入を得なくてはということも含め)ということなのかもしれませんが。
それにしても著者のお妻様への愛がハンパない。お妻様も夫様を大切に思っているのがきちんと伝わります。
言葉は荒々しい?時もあるけど気持ちは伝わるんだなぁと、至らないからこそ愛おしいということもあるのかなぁなどと思いました。割れ鍋に綴じ蓋、という言葉を思い浮かべながらお二人のやりとりのパートは読みましたが、お互いがお互いの割れ鍋に綴じ蓋になってるカップルだと思いました。(最高に褒めてます)