中島らものレビュー一覧
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Posted by ブクログ
”この本はたとえば歴史書みたいなものと比べて見た場合、九牛の一毛にも足りない「アリの一生」みたいな本かもしれない。もしこの本に何か意味があるとすれば、ここには今ではもう嗅ぐ事のできない「時代のフレイバー」があるかもしれない、ということだろう。”
著者のあとがきより。
60年代後半から70年代の時代の空気ってそのあとの時代に生まれた身からすればこういうエッセイや小説、映画から感じるしかないんだよね。
それにしてもこの人の本、初めて読んだがものすごい面白い。
伊丹十三のエッセイも全体に倦怠感溢れてる感じだけど、それをもっと濃くした感じがする。
倦怠感というかたぶん絶望感とかの方が近いんだろうな。
それでいて明るさというかユーモラスというかで文章が作られている。
学校とか職場とか身近にいても(いないだろうけど)あんま仲良くなれなかったタイプな気がするけど、
でもたぶん遠巻きにあいつけっこう気が合いそうだ、とかそんなだろな、などと考えさせてくれました。
この人の書く、「~なんである。」という言い方が好きだ。
”小さなコーヒーハウスのごくごく常連になる。そこのマスターが渋い男で、もの静かで、いかにも昔ないかわけのあったような人なんである。”(P101)
とかね。いいよね。
他の作品も読んでみようと思います。 -
Posted by ブクログ
好き嫌いの別れる作品だとは思うけれど、
時折、心をつかまれて切なくて苦しくなる・・・。
そこには、らもさんの、照れて隠している知性や優しさ、
そして、生きる苦しさを経験してきたエキスが見事な筆力で
描かれているからだろうな・・・。
「その日の天使」というエッセイには、
一人の人間の一日には、必ず「その日の天使」がついている。
・・・中略・・・
心・技・体ともに絶好調のときには、これらの天使は、人には見えないもののようだ。
こんなことがないだろうか。
暗い気持ちになって、冗談にでも“今、自殺したら”なんて考えているときに、
とんでもない知人から電話がかかってくる
・・・中略・・・
それは、その日の天使なのである。
あぁ・・・こういう出会いあるなぁ。
あれが、あの日の天使だったのか。
と、天使たちに感謝したくなる。
偶然に見えて、実は必然で現れた天使たち・・・。
この本には、もうひとつ、大好きなエッセイがあります。
「恋づかれ」という一編。
大人の恋のせつなさが、読みながら苦しくなるほど美しく描かれています。
もし誰をも愛していないとしたら、結局僕は「いない」のだ。
闇の中で、「想い」だけが僕の照らしてくれるような気がする。
それ以外のときは僕は一個の闇であり、一個の不在でしかない。
こんなふうに、恋をして苦しむ、らもさんこそ、天使だなぁと思うのでした。 -
Posted by ブクログ
序盤でへらず口における寝技、投げ技、関節技などを解説して、その後へらず口界における猛者たちとの対談ならぬ対戦をするという構成なのだが、序盤の解説が意外とよく書けている。
ほんの40ページくらいの小品なのだが、レトリックの解説として機能しているだけではなく、文章としてもおもしろいという、なかなかの出来。
それ故、後半に期待してしまうと残念なことに。後半は、まあ、普通の対談。ファン向け。どうでもいい話だけど、高橋源一郎に触れていることにちょっと驚く。二人とも灘高ってのは知ってたけど2年しか離れてなくて、しかも、顔を覚えてるとは思わなかった。
しかし、「面白かったね。さようならギャングたち」って言葉がなんだかとても意外だった。