ドストエフスキーのレビュー一覧
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めちゃくちゃ評価が難しい。ただ歴史的名作と言われるのはわかる。
イワンの幻覚悪魔や検事など、冗長な一人語りが多くてきついものがあったけど、弁護士はあまりに素晴らしく、ラストのミーチャにはジーンとさせられた。
一つの事件に対し、ほぼ全員が同等の知識を持っているにもかかわらず、ここまで全員の解釈や主張が異なるのはすごい。どの意見もその人なりに筋が通っているし、その人の話だけを聞いている時は、うんうんそうだよな、と思わせられてしまう。
作者は各人物の考えに引っ張られなかったのだろうか。ごっちゃになってしまいそうなのに、なっていない。事前の設計が緻密なのだろう。
4部まできて完全新キャラ、コーリャ -
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自意識が肥大化し、現実との乖離に苦悩する男の手記。合理主義で結果を残す人物を浅はかと笑い、分析麻痺的に行動できない自分を、"周りより賢いのだからタチが悪い"と評している。
一方でこれが本質的に何も産まないことも理解しており、自己嫌悪のループに陥っている。
メタ認知が優れた手記の男は、同時に自意識が肥大化しており、何もかもうまくいかない。
メタ認知力と自意識過剰は相反する性質だと考えていたが、同時に存在した場合、この主義の男のような状況に陥るのかもしれない。
2章の男は、友人にも女性にも素直になれず、最後に感情が暴発し破滅している。
ここまで行くと流石に感情移入できないが -
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ネタバレ文庫本上巻にして667ページあった。修道者の三男アリョーシャを中心に、頽廃的な父フョードルや長兄ドミートリイ、虚無的な次兄イワンとのやりとりを描く。妖婦グルーシェニカをめぐる父と兄のゴタゴタや、敬愛するゾシマ長老に対する家族の不敬の数々に巻き込まれるアリョーシャが不憫すぎる。イワンとのやりとりは、聖書を深く踏まえた上でのニヒリズムや自由の苦しさについて、深いと思ったけれどもう一度ちゃんと読まないと全部は理解できてない気がする。無垢で無辜の幼い子どもを残虐に殺す大人たちでさえ赦されるというなら、それはいっそ救いではないし、生きるためのパンのために自由を抛つ弱い人間が大多数なのだから、イエスの与え
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以前も1巻だけ読んだことあったけど、その時は序盤があまりにも展開しなさすぎて苦痛だった。
でも今回は「罪と罰」を読んだからか、ドストエフスキー独特の文体そのものが好きになっているせいもあり、最初からずっとおもしろかった。
好色で道化を演じるフョードルは、先妻との間にドミートリーを、後妻との間にイワンとアレクセイをもうける。妻は2人とも亡くなるが、フョードルは誰も育てることなく人に任せる。
大人になった三人が戻ってくるも、ドミートリーはフョードルと、女と金で揉める。
登場人物が多く、さらに愛称まであるから混乱する。アレクセイ(アリョーシャ)、ドミートリー(ミーチャ)など。それを知っていたので -
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Ⅰ 地下室
前置きとしての独白。正直、全然何言ってるか頭に入ってこなかった。呪うことは人間だけ、人間は時として苦しみを猛烈に熱愛することもある、平穏無事な幸福だけを愛するなんて、どこか見苦しい気さえする、等々。たまに面白い言葉があった。
Ⅱ ぼた雪に寄せて
主人公の卑屈で面倒臭い自意識、たまんない。
"俺は、自分の際限のない見栄ゆえに、つまりは自分自身に対する止め処ない要求の高さゆえに、しばしばひどい嫌悪感と言えるほどの猛烈な不満を抱いて、自身を見ていたので、心の中で自分の厳しい眼差しを、他のすべての人間にも当てはめていたのだ。"
強そうなやつへの劣等感を何とかするため -
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ラスコーリニコフ。男。23歳。大学で法律を学んでいたが、学費滞納で除籍処分に。粗末なアパートに住んでいる。貧乏。家賃は滞納。ぼろぼろの服。自分の殻に閉じこもり、世間から孤立。夢うつつで、ぶつぶつ独り言▼ラスコーリニコフは、ある金貸しの婆さんに怒りを覚える。意地悪で狡猾。他人の命を食い物にして。社会に有害。除去しなければならない。そうだ、婆さんを殺して金を奪おう。その金で、人類全体に奉仕する共同事業を始めるんだ。たったひとつのちっぽけな命と引き換えに、何千という命を救えるんだ。婆さんの命なんて社会の秤(はかり)にかけたら、しらみ・ごきぶりの命がいいところだ▼ラスコーリニコフは計画通り、金貸しの婆
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ネタバレ罪と罰
P10
外出のたびに彼は階段に向かってほとんどいつも開け放たれている台所の脇を嫌でも通らなくてはならなかった そしてそこを通るごとに 何か病的とも言える 気後れ に駆られそのことを自分でも恥ずかしく感じてそのために また顔をしかめるのだった 下宿代がたまりにたまってたので女将と顔を合わせるのが怖かったのである
かつて彼はこんな風に臆病で いじけた青年ではなかったいやむしろ それと正反対なぐらいだったところが いつの時点からか心気症にも似た苛立ちやすい 張り詰めた状態に陥っていた あまりに 深く 自分の殻に閉じこもり 世間の人たちからも孤立してしまったため 下宿の女将 どころか相手が -
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ネタバレ1番印象に残ったのは、ラスコリーニコフがソーニャに「ラザロの復活」を読ませるシーン。とても長い描写で、作者の注力度合いを実感させる。
ラザロと、ラスコリーニコフ・ソーニャに共通点があるとすれば、この2人は3巻で、精神的に救われる(復活する)のではないだろうか。
ラスコリーニコフは売春をする罪を犯しているソーニャに対して、仲間意識を抱いているが、全体の認識として、殺人と売春が同等の罪と捉えられていたのかが気になった。
→そうではなく、ラスコリーニコフの誤認。ソーニャの罪は、愛するものを守るための犠牲から。その違いをラスコリーニコフは気づけるのだろうか。
ラスコリーニコフの「選民思想」は、その先 -
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ネタバレラスコーリニコフ、働かないのに、ばあさんを殺して金品を奪うことはできるなんてね。
ばあさんだって、金持ちなのに働いてたぞ。
地道に働く人を見下してるんだろうね。
いや、自分以外の人間を全て見下してるのかな。
「自分は境界を越えられる特別な存在か?」
を試す実験台にされたばあさんと、ついでに巻き込まれたばあさんの妹は不憫でしかたない。
罪を犯したあとからのストーリーでは、犯人だとバレバレの挙動不審者になっていた。
このあと、ラスコーリニコフに幸せな未来は来そうにないな。
難しい小説だと思い込んで、ラスコーリニコフの妄想的思考と現実は乖離しているのではないかと予想しながら読み進めたけれど、 -
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弱者おじさんと孤児少女のラブレター
ドストエフスキーの入門書として手に取ってみたが大正解だった。デビュー作ということもあってか短めで読みやすく、それでいて彼の世界観や巧みな表現力を楽しめる1冊だと思う。
内容の9割が下級役人マカール(47歳)と孤児少女のワーレンカ(推定18歳)の手紙のやり取りを通して展開される。この2人は現代の言葉で平たくいうと若い女性に貢ぎ困窮していく独身弱者おじさんと、両親を失いメンタルが不安定な孤児少女というキャラクターである。貧困故に共依存的なラブレターでお互いを励まし合う姿は時代や国を越えて普遍的な生々しさがある。
特に印象的だったのは、マカールの自分の気持ち