スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチのレビュー一覧
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1970年代末から80年代末にかけて行われたアフガニスタン侵攻の関係者たちによる証言集。奇妙なタイトルは戦死者たちが亜鉛で密封された棺に入れられて帰ってきたのにちなんでいる(密封されているから遺族は遺体と対面できなかった)。この戦争は当初政府が宣伝していたような国際友好では全然なく侵略戦争だった。犠牲者たちは各々にとっての真実を語る。戦闘中の悲惨な体験、息子や娘を亡くした悲しみ、帰国後の偏見への怒り、徒労感、虚無感。ある者はアフガニスタンを忘れたいと言い、ある者は戻りたいという。多種多様な声、声、声。読みながら何度も戦慄し、何度も同情の涙が出た。この部分だけでも優れたドキュメントだが、補足資料の裁判記録が文学者への政治的圧力、昔も今も権力者によって搾取される弱者、作家の社会的意義などを問う内容で、ドキュメンタリー文学の枠を超えた多義的な作品になっている。ロシアによるウクライナ侵攻が続く今、この証言者たちの声はどこに消えてしまったのだろう。
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アフガニスタンから帰還した者たちが語る、現地で遭遇した女性たちのエピソードがいずれも衝撃的なので記しておく。
バグラム近郊で……集落によって、なにか食べさせてほしいと頼んだ。現地では、もしお腹を空かせた人が家に来たら、温かいナンをごちそうしなきゃいけないっていう風習がある。女たちは食卓に案内し、食べ物を出してくれた。でも俺たちが家を去ると、その女たちは子供もろとも村人たちに石や棒を投げつけられ、殺されてしまった。殺されるのをわかっていたのに、俺たちを追い払わなかったんだ。それなのに俺たちは自分たちの習慣を押し通して……帽子も取らずにモスクに入ったりしてた……。(p.67)
初めての手術の患者はアフガン人のおばあさんで、鎖骨下の動脈の負傷でした。でも医療用鉗子が見当たらない。足りてないんです。仕方ないから指でつまみました。それから縫合材を探して……絹糸を一巻き、二巻きと手にとったけど、どちらもぼろぼろに崩れてしまって。どうやら昔の、一九四一年の戦争のときからずっと倉庫にあったものだったみたい。
それでもその手術は成功したんです。夕方、外科医と一緒に病室を見にいきました。具合がどうなっているか知りたくて。おばあさんは目を開けたまま横になっていて、私たちを見ると……唇を動かして……きっと、なにか言いたいのだと思いました。お礼を言いたいのだろうと。でもそうじゃなく、私たちに唾を吐きかけようとしていたんです……。そのときはまだ、彼女に私たちを憎む道理があるなんて知らなくで。なぜだか愛されるはずだと思っていました。だから唖然として立ち尽くして──助けてあげたのに、この人はいったい、って……。
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考えてみれば……自分に訊きたいんだけど……どうして私は恐ろしいことばかり思い出すのかしら。友情も信頼もあったし、勇敢な行為もあったはずなのに。もしかして、あのアフガンのおばあさんが気になるせい? わからなくなるの。治療をしてあげた私たちに、唾を吐きかけようとした。あとになって知ったんだけど……あのおばあさんはソ連の特殊部隊(スペツナズ)に襲撃された集落から連れてこられたんです……。おばあさん以外は全員亡くなった。集落全体でたった一人の生き残りだった。でもその前に、その集落からの攻撃を受けてソ連のヘリが二機、撃墜されていて。焼け焦げた操縦士たちは熊手(フォーク)で刺されて……。だけどそれよりももっと前、最初の最初には……。でも私たちは、そんなに深くは考えなかった。どちらが先で、どちらが後かなんて。ただ味方を憐れむだけでした……。(p.244, 246)
「待て! みんな動くな!」少尉はそう呼びかけて、川辺にある小汚い包みを指さした。「地雷か?!」
先に立って進んでいた工兵が「地雷」の疑いのある包みを持ちあげようとすると、包みが泣き声をあげた。赤ん坊だったんだ。アフガンめ、恨んでやる!
どうしたらいいかって話になった。置いていくか、連れていくか。誰に言われたわけでもなく、少尉が自ら送る役を買ってでた──
「置いていくわけにはいかないな。飢え死にしてしまう。私が集落に連れていこう、近いし」
俺たちは一時間その場で待っていたが、集落へは車で二十分ほどで行って帰ってこれるはずだった。
少尉と運転手は……砂の上に倒れていた。集落の中で……。女たちに鍬で殺されたんだと……。(p.278)
幸運にも五体満足の状態で帰還した三人の証言者たちは、一様に現在の日常生活への適応不全を訴えている。
別の証言者の中には、機会があれば再度アフガニスタンへの派遣を望んでいる者さえある。行きたいから行くのではない。薄皮のように淡い約束事の重なりからなる日常に、一度戦場を経験した精神が堪え得なくなっていて、一刻も早くそこから逃れたがっているようなのだ。
考えてみれば、現地で人を殺すこともなく、一人の戦死者も出すことのなかったイラクに派遣された自衛隊員たちの何人かが、本国に戻ってから自殺したことが思い起こされる。その率は、異様な高さである。
日米同盟を盾にして派遣を決めた為政者は、国会での追及に窮して、自衛隊の行くところが安全地帯だと言い募った。
後にジャーナリストの布施祐仁による情報公開請求によって一部明らかになった当時の日報によれば、彼らの宿営地近くにも着弾があった、文字通りの「戦闘地域」だった。
証言者や、ほかならぬ本書の訳者のように、「ふざけるな!」といいたくなるのは私だけだろうか。「『安全地帯』というなら、お前のバカ息子をこの『セクシー』な場所に行かせて、一日体験させてはいかがか」と。
著者アレクシエーヴィチは、本書初版の出版により、証言者の何人かから精神的な損害賠償を求められ、あるいは名誉毀損で訴えられる。
本書のどこをどう読んでも、著者が帰還者たちを殺人者として非難したり、遺族たちを、身内を戦場に送り出した共犯者とみなしたりしている個所はない。
著者が直接言及しているわけではないが、年端もいかぬ彼らを戦場に送ったブレジネフからゴルバチョフに至る為政者たちへの、静かな怒りが嫌でも伝わってくる。
二代目の訳者奈倉有里の解説も、短いながら胸を打つ。 -
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当時のソ連にとって、第二次世界大戦は「大祖国戦争」であり母国防衛戦だった。それでも、このような悲惨な話が山のようにある。もちろん、原作でも言及され本書にもあるように、語り部の主観を「あえて」そのまま記録されたもの。それゆえに事実と異なる部分も多いだろうが、個人にかかる心理的圧迫感はより如実に伝わる。
ロシアによるウクライナ侵攻が始まってしまった昨今。今度は祖国防衛戦ではない(がプロバガンダでさもそのように国民には伝えられているらしい)。取材された女性たちのほとんどは恐らく鬼籍に入っているだろうが、このことを知ったらどんな顔をするのだろうか。 -
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ネタバレ共産主義下で生きてきた人びとへのソ連崩壊直後から20年以上にわたるインタビュー集。著者のライフワーク「ユートピアの声」完結作。
この2月からロシア発信の報道にまるでWWⅡ当時の過去に生きているような違和感を感じ、手に取りました。
WWⅡの「大祖国戦争」、彼らにとってWWⅡはファシストに打ち勝った偉大な国としての勝利、それを支えに生きてきたのに、結局は資本主義になにもかも奪われた、というのがペレストロイカ。
第1部は1991~2001年、第2部は2002年~2012年の2部構成。話し手やその親族の実体験が多く語られていて辛い内容も多いです。特に第1部のWWⅡから戻った人々の経験は凄惨です。例えば、
・捕虜交換で戻れても裏切り者と見なされ収容所に6年行かされ、家族の元に戻ってきたときには全身凍傷。
戦争中、ドイツ人が村にやってきてユダヤ人はみな殺し。戦後、占領下にいた人間は要注意人物とみなされた。
第2部はナゴルノ・カラバフや2004年地下鉄テロ、チェチェン、2010年ベラルーシ大統領選挙のデモなど、近年の雰囲気を感じることができます。
ソ連、ロシアでは、「偉大(な国)」や「英雄」がキーワードなのか本書では複数回出てきますが、私が思い浮かべる「偉大」や「英雄」のイメージとはまったく違いました。
読んで思うことは「知ることはできた。」です。理解や共感することはとても難しい。私の「幸せ」と彼らの「幸せ」はたぶん定義が違うのでは?というのが感想です。
2015年に『死に魅入られた人びと―ソ連崩壊と自殺者の記録』(ロシアでは1994年発行)を読み、内容が一部重複している本書もいつか読もうと思っていました。1994年から約20年経った2013年、ロシアで本書が発行され、冒頭部分「社会にソ連邦の需要が生まれた。」(P11)などから1994年と2013年、ロシアの空気が変わったことが感じられます。
※下記は個人的に印象に残った文章です。
なぜこの本には自殺者の話がこんなに多いのだろうか。(中略)国家が彼らの宇宙になり、彼らのあらゆるものの代わりになり、彼ら自身の人生の代わりにさえなった、そういう人びと。彼らは、偉大な歴史から逃れ、それと決別し、別のやり方で幸福になることができなかったのだ。(P2~3)
私はそれまでお金がどんなものか知らず、お金を軽蔑していたんです。(中略)お金はペレストロイカとともにやってきたのです。(P29)
きのう犯罪だったことが、きょうはビジネスなんです。(P32)
「わたしたちにソ連のおとぎ話をしないでください」(P53)
葬っても、葬っても、どうしてもスターリンをうまく葬れない。(P63)
これまでずっと信じて生きてきたんです。わたしたちは世界一しあわせで、みたこともない素晴らしい国に生まれたんだって。(P107)
だれがなんと言おうとわたしは納得できない。なにかを買って別の場所でちょっと高くそれを売る人が英雄だなんて。(P115)
われわれはファシズムとの戦争に勝った、負けなかったのだ。われわれには勝利がある。(P137)
ぼくには偉大なロシアは必要ない。(中略)ロシア人の夢は、スーツケースを手にしてロシアからとっとと失せることだ!(P170)
「これは若き英雄です。この人は手榴弾で自爆して、ファシストをいっぱいやっつけたんですよ。みんなも大きくなったら、彼のような人になるんですよ」。(P197、幼稚園の先生の言葉)
われわれは地上の天国を建設したかった。うつくしいが、かなわぬ夢だ、人はまだその用意ができていない。(P207)
あなたがたには、なにか偉大なものがありますか。なにもない。快適さだけだ。すべてが胃袋のため、十二指腸のため……。(P227)
わたしたちは英雄でしたが、赤貧のうちに死んでいくのです。どうぞお元気で。(P233)
ぼくと……ぼくの息子と……ぼくの母親……僕らは異なる国に住んでいる、どの国もロシアという名前だけどね。しかし、ぼくらはこわいくらいおたがいに結び付けられている。こわいくらい!みんなが、自分はだまされたと感じているんです。(P347)
なにもしないほうがましだ。善も、悪も。今日善だったことが、明日は悪になるんだからね。(P376)
レジ主任がいうの。「私たちは勝ったけど、あなたたちロシア人もえらいわね。わたしたちを助けてくれたんだもの」。彼らは学校でそう教わっているのよ。(P492、アメリカにて)
春。おひさま、こんなにぽかぽかした陽気なのに、人びとは殺しあっている。山中に逃げ出したかった。(P505)
……ロシアは偉大な国なんだよ、バルブつきのガスパイプじゃない(P545) -
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「もう一つの戦争を体験、そしてそれはまだ終わっていない」「失ったのは町じゃない、人生丸ごと」「住民は人間ブラックボックス」「誰も何も理解していなかった。これが一番恐ろしい」……原発事故後、旧ソ連政権下で封殺された、或いは黙して語られることのなかった「チェルノブイリ人」の証言の数々。著者の地道な取材で拾い上げられ 、10 年という時を経て届けられた市井の人々の声なき声、拭い去ることのできない“心の傷跡”が痛過ぎる。特に冒頭の消防士の妻の証言には言葉を失う。ノーベル文学賞も宜なるかな、と思える衝撃の記録文学です。著者はロシアのウクライナ侵攻に際してもいち早く声明を発表。「市民に真実を伝えて」と訴え、ロシア国営メディアの嘘を追及されています。かの国の隠蔽体質、秘密主義は本当に根深い……。
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ネタバレ今、ウクライナで起こっていることは、わずか百年もたたない前に他国によって行われていたことだ。
百年も平和が持たない世界。男も女も銃を取り、大統領は核ボタンを押すことをためらわないと語る。
わずか30年前、世界は一つの節目を迎えたソ連邦の解体、ベルリンの壁の崩壊。そして、偉大な研究と言われたEUができた。
長い歴史の中ではまばたきのような一瞬であることが哀しい。
ここに描かれている彼女たちはどう思うのだろう。
『戦争が終わるまで生き延びられたら、戦争の後の人々はどんなに幸せな人だろう!』
『どんなに素晴らしい生活が始まるんだろう』
『こんなに辛い思いをした人たちはお互いをいたわりあう』
『それはもう違う人間になるんだね』
その言葉は焔の中で今も焼かれている。 -
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読み始めると、辺りが静かになる。
一人一人の物語を、己の少ない脳の記憶容量に刻みつけるように。文字を読むのではなく文字を聴くように読む。じっと。
アレクシエーヴィチの著作を読んだのは「戦争は女の顔をしていない」を含めこれで二冊目(未読だが手元にボタン穴から見た戦争がある)。
戦争は女の顔をしていないを読んだ時は、初めてアレクシエーヴィチの著作を読んだ時は、衝撃といろいろな感情がないまぜになって、これは今、ものすごく大変なものを読んでいるとわかって、恐れ多くて、畏ろしくて、感想が書けなかった。ただ心に刻みつけるしか。今回もそうだ。
著者は、「スターリンの強制収容所、オシフィエンチム(アウシュビッツ)…チェルノブイリ…そして、ニューヨークの九月」と人間の理解を越えた大惨事を述べる。そして解説で梨木香歩さんが「今ならきっと、3.11、そしてこの新型コロナウイルスによるパンデミックもあげることだろう。」と述べる。
さらに付け加えると、先月ロシアがウクライナに侵攻し戦争が始まり、よりによってロシアがチェルノブイリを軍事拠点としていることだろうか……
そしてその戦争にロシア側にベラルーシが加担していることだろうか…チェルノブイリ事故で多大な犠牲を出したベラルーシが…
本書で証言した様々な人たちがまだ生きていたら、このことについてどう思うだろう…そもそも正しい情報を知っているのだろうか…と読みながら考えてしまった。そしてソ連という今はなきはずの国は、その時代を生きた人の中にはまだまだ根ざしている…そう思わされる。
本書のタイトルにある「祈り」について、梨木さんは「今まで使ってきた言葉が、直面する現実に追いつかないーそういう事態を表す「記号」でもあったのだ」という。「この本は、「チェルノブイリの祈り」以外の何ものでもない」と。
祈り…記号以外の祈りを考えるならば、私は何を祈ればいいのだろう…人知を越えたものに捧げる…何を…祈ることが多すぎる…
本書には衝撃を受けっぱなしだったが、特に印象に残ったのは、チェルノブイリ人という単語。
事故後に生まれた子どもが「ぼくはチェルノブイリ人だ!」と叫ぶ。
子どもたちが死を身近に感じていて、自分もすぐに死ぬのだと悟る…
…本書ではいろいろな人が語る。事故処理に派遣された若い男たち、その妻たち、その子どもたち、避難してきた人たち、避難区域に住み続ける人たち、チェルノブイリにきたジャーナリストたち、戦争からチェルノブイリに逃げてきて原子よりも人間の方が怖いという人たち、避難区域の学校の教師たち、元書記官、核物理学者、心理学者……
本書は訳者あとがきや解説を含めて約410ページ。
全部読むのはなかなか抵抗がある、という人は、最初の、消防士、故ワシーリイ・イグナチェンコの妻・リュドミーラ・イグナチェンコの証言「孤独な人間の声」だけでも読んでほしい。
前知識なんてなくてもいいから…私もそうだったので…。
「チェルノブイリの祈り」の中でも本書を選んで読んだのは、完全版であることと、梨木さんの解説があることが大きいが、表紙の美しさに惹かれたのもあった。
読み終わってから改めて表紙を見ると、やはり美しい。小鳥たちが枝木に止まり、蝶が舞い、花は咲く。
美しくて涙がにじむ。チェルノブイリ周辺は放射線量を除けば、とても美しく、作物もよく採れたそうだ。食べられない作物が………美しいからにじむのだ。
ちゃんと感想になってるかわからない。書けた気がしない、でも私の心には残っている。 -
Posted by ブクログ
他人を見ると、寂しいそう、とか可哀想だとか、こっちが勝手に想像するけど、それをしてはいけない。その人の気持ち、わかるかい、わかるわけがない。
ソヴィエト社会主義共和国連邦。ソ連。
日本の僕から見れば、やはり共産主義や社会主義は理想、気持ちよく暮らしているのだろうと思っていた。北の方だから寒いだけがネックだろうと思ってた。実は違ってた。
今、それは中華民国、中国でのことだろう。
共産党員、金持ち、以外の中華民国の人々は、筆舌に尽くし難い苦渋があるのだろうと想像するが、それは想像でしかなく、悪いんだけど、対岸の話なのだ。
何度も思うけど、援助するには、僕は手が足りなずぎる。
で、自分が誠実に理性的行動で生きるしかない。