スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ロシアによるウクライナ侵攻、当初はロシアの圧倒的な有利でウクライナが占領されてしまうと思われていたが、いざ蓋を開けてみると共産主義時代、それよりもっと前の大戦から変わらないのでは無いかと思われるような時代遅れとも言えるロシア側の戦術に驚かされた。この書籍はそのようなかつて(第二次世界大戦…ロシアでは違う呼び方をされるようだが…)のロシアが行って来た戦争を「結果として」勝利に導いた、その裏側で無理やり(或いは思想操作されて)戦場に駆り出された女性達の声を取材した原作の漫画化であるらしい…
漫画、という事で読みやすくあり、その内容は一気に伝わって来るのであるが、それ故にいつまでも心に残る、という感動、気づき、は乏しいようにも思う。とは言えこの様な事実を分かりやすく大勢の気持ちに訴えるのには漫画という手法は「きっかけとして」正しいのでは無いかとも思う。すなわち、原作、或いは関連する書物、事実、を知ろうとする、考えてみる入り口、になるのでは無いだろうか…
取材した(された)女性達は皆、既に高齢で、その言葉を後世に伝えていく事は本書に限らず、前の大戦を経験した国家(戦勝国であろうと敗戦国であろうと)の国民にとって必須の事項であろう。繰り返しになるがそう言う意味において、入り口となって出版された本作品を私はかつての映画「この世界の片隅に」と同じ序列で評価したい。戦争は誰ひとりとして幸せにはしない。けれどその中にあっても日常生活はある(あった)。そういった興味を持って知ろうとしない限りわからない様な具体的な事実、その裏にある悲劇、を経験した方々の声を丁寧に取材して、後世に伝えていく事が、今を生きる我々にとって本当に大切な事なのでは無いだろうか… -
Posted by ブクログ
ネタバレロシアのウクライナ侵攻が長引く現状の中で、テレビか何かで本書が紹介されてあり、とても読みたかった本です。
戦争の悲惨さ、愚かさ等を知れることはもちろんですが、女性からの視点、思い、苦しみ等を知ることができます。
戦争に参加する、それも戦場で実際に殺し合いするのは、ほとんどが男性であり、それを語るのも男性ばかりと思っていました。本書のように、戦争に実際に参戦した女性が語る、戦争についての本はあまりないのではないでしょうか。
描かれてる女性たちは、ドイツのソ連侵攻に対抗するため、戦争に参加したロシア、ウクライナ等の女性兵士たちです。ドイツ対してロシア、ウクライナの女性兵士たちが女を捨て、命を懸けて、協力して戦っている姿がなんとも皮肉です。
女性ならではの戦場での問題や、女性であるがゆえの死ぬことよりも恥に感じること、男性兵士からの侮蔑、社会からの疎外等、男性では知りえることができない考え、思い、体験等を知ることができました。
改めて戦争は起こしてはいけない。起こさないために何をすべきなのか、考える、行動することが必要だと感じました。 -
Posted by ブクログ
1979年-1989年のアフガン戦争に派遣され、心と身体に傷を負った帰還兵士(と言っても臨時に徴収された少年が多かったようだ)や、死亡した子どもたちの特に母親から聞き取った内容、見せてもらった日記や手紙などを元にまとめた本である。
傷の覚めやらない内でのものなので、その気持ちや行いに偽りはないだろう。
仲間内でのリンチ、命令に沿わなかった時の仲間への背後からの射撃、上官によるブーツや靴下を舐めさせる等のいじめ、新人工兵に対する地雷突破命令、罪もないアフガニスタン民間人の虐殺、強奪、強姦、これら凡そ人間的ではない日常を紛らわすために、麻薬を吸いウォッカをがぶ飲み、無ければ不凍液に手を出す。
そんな中でも、故郷の母親や恋人の想い出は、唯一人間らしさを取り戻す瞬間なのだろう。
著者のアレクシエーヴィチは戦争中から、実際に聞いた話を集めて本にした。ペレストロイカと共に言論の自由化が進み「亜鉛の少年たち」も新聞に一部掲載され、単行本も大部数で出版されている(日本語では1995年)。
しかし独立して間もないベラルーシで1993年に、証言してくれた人たちにより、6年も経過した後に名誉毀損等で提訴される。この事件の裏には原告ら個人の意思ではなく、明らかに彼らをけしかけた黒幕の存在があった。必要なのは国家と為政者の絶対的権威と権力なのだ。
この裁判の内容も記載されている。
現在進行中のロシアによるウクライナ侵略も同じ文脈だ。ロシア国内の多くは片寄った情報にしか接することが出来ず、プロパガンダを信じている。正義のためだと派遣された兵士も多いだろう。恐らくそこで目前にするのは、40年前の状況の再現だ。
彼らにも責任はあるだろうが、最も罪深い人は権威のトップに立つ人だ。
こうも歴史は繰り返されるのか、なぜこのような人間が出来上がるのかと、暗澹たる気持ちになってしまう。
ちなみに「亜鉛(メッキされた鋼板)」は、長時間を要する死体の保存と輸送性を考えて、棺の素材として使用されたようだ。完全に密閉され、故郷に帰っても家族すら開けることが許されなかった。
証言を見ると分かる。身体として見分けがつくようであればましな方で、肉片や崩れ、欠損した身体や頭部等を見ると、家族の反感はどれほどのものになるか、それを見越してのことだ。
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Posted by ブクログ
ソ連で第二次世界大戦を生きた子供達をインタビューした本。
戦争は誰が起こしたのか、と一言で言えるものではないが、少なくとも子供達は完全に巻き込まれた被害者であることは間違いない。
そんな子供達の視点だからこそ、戦争の悲惨さがわかる。
自分は良い大人だが、勇ましくもなんともないので、祖国のために戦った女達より、ただひたすら運命に流された子供達の方が共感し、戦争の恐怖を感じた。
ソ連で第二次世界大戦を生きた女達を書いた「戦争は女の顔をしていない」は、戦後の「戦争に参加した女性に対する社会の扱い」「大祖国戦争という祖国を守った誇らしい戦争であり悲惨さより栄光を伝える社会」など問題点にも焦点があたっていたが、こちらは戦争の悲劇が主な焦点だと思える。 -
Posted by ブクログ
3巻で印象に残ったエピソードは、第16話タマーラ・ステバノヴナ・ウムニャギナ赤軍伍長(衛生指導員)の話だ。
戦時下の過酷な環境で、なんとか生き残り、戦後を迎えるものの、戦地から帰ってきた女性軍人には冷たい仕打ちが待っていたことを知る。戦争は、戦地から日常に戻れば終わるようなものではないことを教えてくれる。長期間、全ての人に影響を与え続ける負の力がある。
現実の世界では、ロシアがウクライナへ軍事侵攻を始めて50日くらい経過している。なんとも複雑な心境になる。
我々は、歴史を学ぶことで、過去の事例を紐解き、未来に向けて歩んでいけるのだ。こんな現実だからこそ、学び続けることって大事なのだと思う。