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ソ連では第二次世界大戦で100万人をこえる女性が従軍し、看護婦や軍医としてのみならず兵士として武器を手にして戦った。しかし戦後は世間から白い目で見られ、みずからの戦争体験をひた隠しにしなければならなかった――。500人以上の従軍女性から聞き取りをおこない戦争の真実を明らかにした、ノーベル文学賞作家の主著。(解説=澤地久枝)
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Posted by ブクログ
読むのに1年かかってしまった。アレクシエーヴィチがノーベル文学賞を受賞した時、諸事情により群像社から出ていたこの本は絶版だった。その後岩波書店が刊行してくれた時、NHKの「100分de名著」が取り上げた時、ロシアがウクライナに侵攻した時。読みたいという思いが次第に募り、やっと手にすることができた。...続きを読む一つ一つの証言は短いが体験そのものが重く、心に残る言葉がいくつもある。 「男たちは自分たちが独占してきた世界、そのテリトリーにしぶしぶ女を入れる。」(著者・アレクシエーヴィチ) 「これは女の仕事じゃない、憎んで、殺すなんて。」(マリヤ・イワーノヴナ・モローゾワ〈イワーヌシュキナ〉、兵長〈狙撃兵〉) 「女でなかったら戦争を生き抜けない。私は一度も男がうらやましいと思ったことないわ。」(エレーナ・ボリーソヴナ・ズヴャギンツェワ、二等兵) 「ねえ、あんた、一つは憎しみのための心、もう一つは愛情のための心ってことはありえないんだよ。人間には心が一つしかない、自分の心をどうやって救うかって、いつもそのことを考えてきたよ。」(タマーラ・ステパノヴナ・ウムニャギナ、赤軍伍長〈衛星指導員〉) 戦後、血を見すぎて赤いものを受けつけなくなってしまった人、過酷な戦場で生理が止まってしまった人、夫婦で出征した人。特にパルチザン、地下活動家だった人は拷問を受けたり虐殺の現場を見たりしていて、読むのにとても勇気が要った。一方で前線でも「女らしさ」を大事にして軍隊生活に潤いを与えようとするエピソードには人の温もりを感じた。 第二次世界大戦中、女性が最前線で戦うなど他の国では聞いたことがない。千差万別の貴重な証言が、多くの人に読まれることを願う。
オーディブルで少しずつ聴き進めていたのを、雪の積もった投開票日に聴き切った 印象に残ったところを引用したいところだけど引用に足らない箇所なんてなかった ほとんどが自ら志願して戦争に参加した10代の少女たち、その当時の記憶を生き生きと語る高齢の女性たち、その語りに耳を傾ける若き(30代ごろの)著者とい...続きを読むう三世代の女性の身体をめぐる物語でもある インタビューのみならず差し挟まる著者の語りもいい 「戦争体験というのはあまりに個人的で内的な体験であり、人間が生きていることの果てしなさと同じく限りがない。 わたしが書こうとしている本の文章がいたるところにころがっている。農家や街の家々、街や汽車の中で。いたるところでわたしは聴いている。ひとつの大きな耳になって人々の声を読み取っている。」p.9 「どこかの麦畑で隠れていた時のこと。お天気でした。ドイツ軍の自動小銃がタタタタタッと鳴って、そしてシーンと静まりかえります。あとは小麦がさわさわといっているだけ。またドイツの自動小銃がタタタタッと。それで思ったんです。いつか麦のさわさわいう音を聴く日がくるだろうか?この音を・・・・・・」p.97 「ある訓練の時。なぜかこれを思い出すとつい涙が出てしまうんです。春のことで射撃訓練が終わって、戻る時。スミレの花をたくさん摘んで小さな花束にして、銃剣につけて帰った。そうして歩いてたんです。キャンプに戻ると、指揮官は全員を軽列させて、私に列から出るように言います。列から出るのに、花束をライフルに結びつけたのを忘かたままでした。指種官は小言を言い始めました。「兵隊は兵隊らしく。花摘み娘ではないんだ!」こんな状況の中で花のことなんて考えられることが指揮官には理解できなかったんです。でもスミレは捨てませんでした。そっとそれをはずしてポケットに入れました。スミレのせいで三日間の罰当番を課せられました。 見張りに立っていた時。夜中の二時に交替が来たのに、交替しないでいいと言って断ったんです。『昼間やってね。今は私が』夜明けの小鳥の歌を聴いていられるなら、明け方まで立ち続けてもいいと思いました。夜中だけが以前の生活を思い起こさせてくれたんです。平和な頃の。私たちが前線に出て行くとき、女の人、老人、子供たちが沿道に人垣を作っていました。『女の子が戦争に行く』とみんな泣いていました。一個大隊分の女の子たち。」p.105 「ある者にとってそれは手術台と結びついている。『切断された手や足をどれだけ見たかしれないわ。どこかに手足がそろっている男の人がいるなんて言じられないくらい。誰もかれもが負傷しているか、死んでしまったんだって気がしたわ』(A・デムチエンコ、上級軍曹、看護婦)。野戦食堂の大釜を忘れない人もいる。『戦闘のあと誰も生き残っていないことがあったの。大釜一杯スープを作ったのに、誰も食べてくれる者がいないってことが』(デーニチ、兵卒、料理係)。」p.131 「男たちは何事であれ私たちより苦労しないで順応できた。ああいう禁欲的な不便な生活に……ああいう関係に……でも、私たちは寂しかった。とても家が恋しかった。おかあさんが恋しかったし、暖かい家庭が恋しかった。モスクワから来ていたナターシャ・ジーリナという子がいて、勇敢な行為に対して「剛毅記章」をもらい、数日、家に帰らせてもらったの。その子が戻って来たとき私たちはその匂いをくんくん嗅ぎました。文字通り、行列を作って順番に匂いを嗅がせてもらった。おうちの匂いがすると言って。そんなに家が恋しかったの……手紙の封筒を見ただけでもうとってもうれしかった……。おとうさんの筆跡......ちょっとでも休憩がもらえると、何か刺繍をしたり、ゲートルを肩掛けに作り変えたり、何かしら女らしい手仕事がしたかった。女らしいことに飢えていました。何か言い訳をつけて針を手にして、何でもいいから縫い物をしたり、ちょっとの間でいいから、本来の姿に戻りたかったのね。もちろん笑ったり、喜んだりはしたけれど、戦前のように心から喜んだり笑ったりではなかった。何か特別な状態だった。……」p.159 「ファシストの飛行機はとてもとても低く飛んで、一人一人を狙ってきたわ。いつも自分が狙われている気がする。私は逃げる・・・・・・そして私を狙ってくるのが見える、そういう音がするの・・・・・・操縦士が見える、その顔が。女の子だ、と気がつく・•••・衛生輜重で女の子ばかりだって・・・・・輪重を狙って銃弾を連射して、にやにや微笑みを浮かべているの。愉しんでいるのよ・・・・・恥知らずな恐ろしい笑い・・・・・・美男子だったわ・・・・・・私はもう我慢できないで・・・・・・悲鳴をあげる・・・・・・トウモロコシ畑に逃げ込むと、そこに追ってくる、森に逃げれば地面に押しつぶさんばかりに迫ってくる。もう灌木の茂みしかない・•・・・・森に飛び込んだ、何か枯れ葉の塊に。恐ろしさで鼻血が吹き出てくる。自分が生きているのかどうかも分からない。大丈夫、生きてる・・・・・それ以来飛行機を見るのが怖くなったの。どこかに飛行機が見えたらもう怖い。他のことは何も考えられなくなってしまう。飛行機が飛んでいると、どこに隠れたらいいだろうって、そればっかり。音を聞かないために、見ないためにどこに隠れようかしらって。今でも飛行機の音は耐えられない。飛行機に乗ることもできない・・・・」p.202 「ドイツのある村でお城に一泊した時のこと。部屋がたくさんあって、すばらしいものばかり! 洋服ダンスの中は美しい服で一杯。一人一人がドレスを選びました。私は黄色のドレスと長い上衣。言葉では伝えられないほどきれい、長くてふわっとして。綿毛のよう。もうる時間で、みな疲れ果てていた。それぞれ気に入ったドレスを着たままたちまち腹入ったわ。私はドレスを着てその上に長い上衣も平織って横になった。 ある時は無人になった帽子屋で帽子を選んだこともあるわ。ちょっとでもかぶっていたかったので、座ったままで寝たの。朝起きてから・・・・・・鏡をもう一度覗いたわ。それから、みんなは帽子を脱いで、また自分の詰め襟の軍服を着てズボンをはいたの。何もとろうとしなかった。移動には針一本だって重たいのよ。いつものとおりスプーンをブーツの脛のところに突っ込んで出発....」p.292 「私たち女性は二百人ぐらい、その後ろを男たちが二百人ぐらい。夏の暑さ。毎日三十キロ進む。私たちが通った後には赤いしみが砂に残った。女性のあれです。隠しようもありません。兵士たちは後ろを歩きながら、気づかない振りをする......足下を見ないように・・・・・・・私たちがはいているズボンは乾ききって、ガラスのようになる。それで切れるんです。そこが擦れて傷になる、いつも血の匂いがしてました。何もくれなかったんですから。兵士たちが茂みにシャツを干すのを見張っていて、いくつか盗むんです。まもなく、兵士たちも合点がいって、笑ってました。『伝長、下着をください。女の子たちに盗まれてしまったんで』脱脂綿や包帯だって負傷者の分さえ足りなかったんです。私たちの分なんかとんでもない・・・・・女性用の下着なんか戦後二年でやっと出てきたんです。みんな男物のパンツでランニングを着てたのよ。それで進んだ・・・・・・渡河点に着いたとき爆撃が始まった。すさまじい爆撃で男たちは必死で物陰に隠れようとした。私たちにも逃げろと叫んでる。でも、私たちは爆撃の音なんかかまわず、一刻も早く河に着きたい、水に入って、すっかり洗い落とすまで水につかっていた・・・・・破片が飛び散る下で···・そうなの・・・・・・恥ずかしいって気持ちは死ぬことより強かった。数人の女の子はそのまま水の中で死んでしまった・・・・・・ もしかすると、その時初めて男でありたいって思った・・・・・初めて。」p.303 「赤い布で上着を縫ったら手に何か斑点が出来てきたんです。水疱が。赤い更紗でも、バラやカーネーションの赤でも私の身体は受け付けなかったんです。赤いものは何でも、血の色のものは・・・・・・今でも家には赤いものは何もありません。見つけられっこありません。人の血というのはすごく鮮やかな赤です。自然界だって、画家の絵にだってあんなに鮮やかな赤はありません。ザクロのジュースが少し似ているけど、全く同じではありません••·・」p.464 「あたしはいつも自分たちのお祝いの日を待っている。戦勝記念日を…・・・・・楽しみなんだけど怖くもある。その日の何日も前から洗濯物をためておいて、一日中洗濯をする。何か他のことをやって気をまぎらせていなければ耐えられない。戦友が集まるとハンカチが足りないのさ。戦友会ってそんなふうだよ。涙の海になってしまう。兵器のおもちゃは嫌だよ、飛行機とか戦車とか、誰がこんなものを思いついたんだろ?胸を引き裂かれる思いがする。兵器のおもちゃなんか買ったことないし、あげたこともないよ。自分の子供にも他人の子供にも。ある時、軍用機やプラスチックの自動小銃のおもちゃを誰かが家に持って来た。すぐにゴミ捨て場に捨てたよ。すぐに!だって、人間の命って、天の恵みなんだよ。偉大な恵みさ。人間がどうにかできるようなものじゃないんだから……」p.480 「スターリングラードでのこと…・・··一番恐ろしい戦いだった。ねえ、あんた、一つは僧しみのための心、もう一つは愛情のための心ってことはありえないんだよ。人間には心が一つしかない、自分の心をどうやって救うかって、いつもそのことを考えてきたよ。 戦後何年もたって空を見るのが怖かった。耕した土を見るのもだめ。でもその上をミヤマガラスたちは平気で歩いていたっけ。小鳥たちはさっさと戦争を忘れたんだね…」p.482
ロシアによるウクライナへの侵略戦争が長期化している今だからこそ読んでおきたいと思った。 タイトルは有名ながら、手に取ったことがなかった。 内容としては非常に生々しい、従軍女性たちから聞き取った証言集。 もっと書き手の主張が入ったルポライティングのようなものを想像していたが、インタビューに応じた女性の...続きを読む肉声が聞こえてくるような書きぶりによって戦争のむごさがより際立つ。 「女たち」の視点ではあるが、前線に出される兵士たちの様子も証言から浮かび上がる。
本書は物語ではなく、第二次世界大戦で従軍した100万のソ連女性の内、500人以上の生の声を集めたインタビュー集。 膨大な量で、Audibleでひたすら辛い内容を聴き続けたので楽しいものではないけど、語り継ぐべき素晴らしい資料だった。 特にソ連には世界でも珍しい女性兵がいたので女性ならではの視点や境遇...続きを読むから語られる戦争の話はとても貴重。 女性の従軍と言っても兵士や狙撃兵の他に、パイロット、通信兵、看護師、調理係、洗濯係など色々。だけど一番驚いたことは多くの女性が自ら前線を強く希望していたこと。 『同士少女よ、敵を撃て』では孤児が選択の余地がなく狙撃兵になっていたけど、実態は少し異なる印象。 中には幼い子どもを預けて夫婦で志願に行くことを選んだり、祖国のために身を尽くしたいソ連国民の熱を感じて自分には理解できなかった。 女性兵たちの覚悟や苦労がわからない女性国民が、旦那たちと行動を共にする女性兵たちに抱く軽蔑する気持ちのほうがむしろわかってしまう。 事実、前線とはいえ男女がいれば恋愛が生まれて、むしろそれが救いとなっていたようす。 包帯でドレスを作って結婚式をしたり、出産をしたり、戦争中だけの関係をもったり。生き延びるための人間の本能なのか、吊り橋効果なのか、、、。でも戦争が終わって男性が妻子の元に帰っても、気持ちを引きずるのは女性の方なのは切ない。 インタビューで度々、もっと早く聞いてほしかったと言う声があって、戦後男性と同じようには讃えられず、壮絶な体験を抱えたまま沈黙してきた女性たちの終わらない戦争を知って重たい気持ちになった。 とはいえ、男性だってもちろん戦争の苦しみを抱えたまま生きているんだと思う。 この本はロシア女性の声を残した貴重な資料だけど、男性も、ロシア以外の世界中の戦争を体験した人々も、戦争がどんなものなのか、生きているうちに残して欲しいと思う。
▼(本文より)これは残るようにしなけりゃいけないよ。いけない。伝えなければ。世界のどこかであたしたちの悲鳴が残されなければ。あたしたちの泣き叫ぶ声が。 ▼1948年、第2次世界大戦が終わって3年後に、当時ソビエトの西部、ベラルーシで、この本の作者アレクシエーヴィチさんが生まれたそうです。親世代は第...続きを読む2次世界大戦に従軍して、親戚も多く亡くなったそう。 アレクシエーヴィチさんは、20代終盤くらいから、つまり1970年代、冷戦下のソビエトで雑誌記者をされていたそうで、30歳くらいから、 <第2次世界大戦に従軍した女性たちの経験談を聞き取り集める> という作業を始められたそうです。 この本は、その証言たちを集めたもの。 ▼1941年、ヒットラーさんのドイツがソ連に攻め込みます。バルバロッサ作戦。いわゆる独ソ戦。第二次世界大戦の一部です。当時既に、スターリン独裁下だったソ連は、体制が色んな意味で整ってなかったようで、メタメタにやられます。大まか1941-1942あたりは、冬将軍があったとはいえ、一気にモスクワ近くまで攻め込まれ、ソ連の領土の西の方は、要するにナチスの領土になってしまう。 ▼この戦争で、ソ連軍は、 <18歳以上なら男女両方、兵隊にするぞ> という制度を実行したらしく。 多くの少女・女性たちが従軍。 ▼独ソ戦自体は、1943年くらいからはドイツ劣勢となり、1945年にベルリン陥落に先駆けたのはソ連軍だったらしいですね。 ただ、死者の数は断然ソ連が多かったらしく、民間人を含めると、どういう統計か知りませんが、 ソ連=2000~3000万人くらい ドイツ=600~1000万人くらい なんだそうです。茫然とする数です。ちなみに第二次世界大戦の一部である、 日本の場合は、300万人くらいだったそう。 ▼この本の中身は、無数の人々、全部女性の証言です。言ってみれば羅列です。ただ、それはアレクシエーヴィチさんが、コンタクトして、聞きだして、ともに泣いて、録音して、書き起こし、文章を整え、削除訂正編集して、テーマごとに並べています。 文庫本で言うと、半ページもないような短い証言から、10ページ以上になるものもあります。 愉快な話、笑い話、恋の話、性の話、誇り、後悔、困窮、飢え、不潔、病気、レイプ、地下活動、拷問、そしてなにより死の話。 どれもこれもが、総体としてこの本が、異様な迫力で迫ってきます。 オモシロイ、というコトバがもはや、恐れ多い。何時間も読み続けると疲れてしまって。でも辞めたくなくて。多分1か月かもっとか、細々と読み続けました。 ▼これからの世代は、なんらか自分なりの「疑似戦争体験」をしなくてはなりません。未来に本当の「戦争体験」を強いられることを、避けるためには。それにはすぐれた映画やアニメや漫画や小説などがとても有効だと思います。 例えば個人的には以下の諸作品が、自分の戦争体験だ、と言えます。やっぱりこういうものとは、10代の頃に出会う方が良い気がします。 小説「戦争と人間」五味川純平 小説「火垂るの墓」野坂昭如、※アニメ映画も 漫画「はだしのゲン」中沢啓二 映画「最前線物語」サミュエル・フラー監督 ・・・この本は、この系列に、割って入る作品でした。素晴らしかったです。 ▼当然ながら、ペレストロイカ以前のソ連では、一部しか発表できず。ペレストロイカ後ですら、全部は発表できず。1985年に世に出て、ロシアでベストセラーになったそうです。ただその版も、「載せてはいけない内容が多々あった」そうで、2004年くらいに「完全版」がやっと出たそう。 ただ、ロシア、ベラルーシでも、「こんなのでたらめで、祖国を悪く言うけしからんヤツだ」というバッシングも激しく、今でもあるそうで、ベラルーシでは発禁だそう。 作者のアレクシエーヴィチさんは、その後もチェルノブイリやアフガン侵攻後遺症などを題材に署名な作品を発表していますが、祖国ベラルーシはほぼ「追われた身」のままだそうです。2015年にノーベル文学賞受賞。 ▼日本では2008年に群像社から翻訳が出て、2016年に岩波文庫になったそう。日本語版を世に出した方々に敬意を表したいです。未読ですが日本では2019年から漫画版も出てるそう。漫画版でもアニメ版でも、普及すると良いなあと思います。 わくわくもしないし、ストレスも解消されないけれど(笑)、自分より若い人、世界中の人に「読んで欲しいなあ」と思う一冊。読書の快楽も色々です。
「でもこれは残るようにしなけりゃいけないよ、いけない。伝えなければ。世界のどこかにあたしたちの悲鳴が残されなければ。あたしたちの泣き叫ぶ声が。」 帰ってきた彼女たちを苦しめたのは、戦地で優しかった男たちだけじゃない。家族や他の女たちも同じだった。心が痛い。
第二次世界大戦中に看護師や軍医としてではなく(そういう人もいたが)、実際に武器を取って敵を殺した女性達の体験を聴き取ったもの。最初の数ページを読んだだけで心が痛み、なかなか読み進められなかった。女性達のほとんどが自ら熱烈に志願して戦場に行ったこと、スターリンを信奉していたことはショック!戦争中は英雄...続きを読むとして崇められたのに、戦後は男達の軽蔑の目に遭い、結婚にも差し支えがあったことにやりきれない思いがする。
圧倒的。インタビューした一人ひとりの戦争経験で編み上げられた壮大な曼荼羅の織物のような読み物。1000人いれば一千通りの話がある。聞き書きゆえの話のとっ散らかりぶりも、かえって生々しい。 ソ連が物量的に不足していたことや生きて虜囚の辱めを受けず魂など、日本とも共通する要素はあったこと、しかし特攻隊(...続きを読む海も陸も)ほどの人命の軽視はなかったことを知る。 愛国心の熱狂は、人をこんなふうに戦場に駆り立てるのだということを体験談の多様さ(あるいは共通する血のにおい)と量でいやというほど知らされる。熱狂の先にある地獄と、生還後の肉体と精神の傷みのすさまじさ、理不尽な扱い。経験した人はとにかくもう二度と戻りたくはないだろうという気持ちは、読み手には充分過ぎるほど伝わってくる。そして私は、絶対こんな戦いはしたくないし、人にもさせたくない。ヘタレ上等。 ソ連、こんな大変な思いをしてドイツと戦ったのに、なんで自ら侵略戦争するかな。イスラエルもそうだが、自国の利益優先の戦争は、今も続いている。遠くで見ていられる立場の自分は、心が痛むけど日常生活に全く支障がない。そんな現実に気づいて時折後ろめたさを感じつつ、生活は続く。
『嘘は言うまい、この道を進んでいけるという自信はなかった。しまいまで行くことができるのか。やめてしまいたい、脇道にはずれてしまいたい、というような迷いや不安の時があったがもうやめられなかった。悪というものにとりつかれてしまっていた。何か理解できるのではと覗き込んでしまったら、それは底なしの淵だったの...続きを読むだ』―『思い出したくない』 世の中がこれまでになくきな臭くなっている中、読んでおかなければならない一冊と思って手に取る。スヴェトラーナ・アレクシェーヴィナはウクライナ人の母とベラルーシ人の父の下に生まれた作家。そんな出自は旧ソビエト連邦時代であれば恐らく「京都生まれの母親と大阪生まれの父の下に生まれた」くらいの意味合いであっただろうけれど、今や、かつての「会津生まれの母と長州生まれの父」あるいはロミオとジュリエット的な関係性をそこに感じ取らずにはいられない。もっとも、直近の例で擬えれば「エルサレム育ちのユダヤ人の父と同じくエルサレム育ちのパレスチナ人の母の下に生まれた」位の強い対立関係を意識せずにはいられないというのが適当かも知れない。 そんな作家が、対独戦に参戦した年端も行かない少女たちの記憶を四半世紀以上も過ぎてから採集し、テープレコーダーから流れてくるような、ありのままの肉声に近い形でその声を文字に起こしたものが、この「戦争は女の顔をしていない」。この様式は、例えば岸政彦の「生活」シリーズに似ている、と言えばピンと来る人もいるだろうか(ただ、それは、お父さんは君に似ているね、というような喩えになってしまうが)。作家自身の言葉によれば、その試みは一九七八年に始まり、第一次の出版後は、到底すべてを網羅し切れない程、多くの女性からの新たな声が寄せられ続けているという。それはとりもなおさず、如何に生身の人間の声が封印され続けてきたのかということを示すものであり、正に、堰を切ったように、押し込められていたものが迸り出てきたものなのであることを示してもいるだろう。もちろん、そこには政治的イデオロギーや戦争の持つ男尊的な構図があり、女性たちの声は「抑圧」されていたのだとも言えるけれど、より恐ろしく感じるのは、こっそり孫娘に語るように作家に聞かせた話を、後から否定するような行動に出る女性が少なからず居るという事実。如何にペレストロイカ以降、旧ソビエト連邦時代の管理監視社会が緩んだとは言え、個人の記憶を主義主張の色に染め直し凹凸を均してしまう歴史観が依然人々の間では支配的だという事実をそのことは示している。そして言わずもがなではあるけれど、本書が出版されて以降、時代を逆行するようにその縛りは再び厳しくなっているということも同時に意識させられてしまう。 「女の顔をしていない」とは、あどけない少女たちが戦場では男物の下着、女性が着ることを微塵も想定していない軍服、軍靴などを身に付け、化粧はおろか髪まで短く切り揃えて戦ったという外面的な事実を表象する言葉であると同時に、戦時下では性別を、つまりは人間性さえも喪失してしまうという内面的な事実も表象する言葉であると推察するが、そのことは女性たちの声を繰り返しくりかえし聞く内に身に染みて判ってくる。スヴェトラーナは、インタビューにおける背景などを端的に書き記す他、ほとんど自らの考えをここに表すことはない(感情を打ち明けるような言葉は記している)けれど、それ故、生の言葉の持つ強さが引き出され、読む者に強い印象を残すことに成功している。事実、多くの女性が述べていることが、まるで同じ現場で同じものを観ていたかのように一致するように感じるという印象が残る程、その声の持つ力は強い。もちろん、数百人の経験したことは戦場も、その持ち場も役割も異なっている筈なのに、一貫してこちらに響いてくるのは、戦争という行為の強要する悲惨さ、いやむしろ自分の中に見出してしまったどす黒いものへの戸惑いのようなものである。それは「勝利」というイデオロギーの支配する物語へは容易に回収され得ず、ただ黙して自らの奈落に蓋をするしかないもののように語られるのである。「戦争」がそれを惹起したのではあるけれど、決して戦争が生み出した非道ではないと、皆気付いているのだ。それは元々人が持って生まれた業、カルマのようなものなのだと作家もまた、採録の旅の途中で気付く。それは読む者にも同じように起こる気付きだ。それ故、その旅の結果生まれたこの本は単純な「反戦」の書ではなく、むしろ何故「戦争」をしてはならないのかを考えさせる本であると、思うのだった。
伝えたかったことが沢山あったと思う。伝えられなかったことも沢山あったと思う。 それでも女たちの声を聞くことができて良かった。
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スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ
三浦みどり
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