カート・ヴォネガットのレビュー一覧
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1991年に出版され、93年に邦訳・上製判として出版された幻の一冊がこのたび初の文庫化となった。カバーは原著の写真を和田誠氏の手でイラスト化されたもので、とても軽やかで好感度がアップしていると思う。また、上製版では割愛されていた「付録の扉のイラスト」が収録されているなど、細かな点でチューンナップが図られていて楽しい。
肝心の本編はヴォネガット節全開で、ところどころにジョークや軽口も見られ、とても読みやすい。本文中では、15,16章あたりが特に力が入っていると感じた。しかし、全体の内容が重いので、読みはじめればページを繰る手は軽快でも、一度本を閉じると次に開くのに少々のためらいを感じる。
た -
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ヴォネガット 1990年の作品。
90年代に入ったヴォネガットは、もうおとぎ話を書けないほど、
母国に対する怒りと悲しみが深くなってしまったようだ。
これまでのヴォネガットには、どんな内容のものであれファンタジーがあった。
偶然の産物があった。涙を誘うペーソスあふれる愛の対象があった。
ところが、「ホーカス・ポーカス」にはそれがあまりない。
登場人物はすべて架空だし、設定も奇想天外なのに、シリアスで、絵空事になっていない。
どちらかといえば、その翌年書かれたエッセイ「死よりも悪い運命」や「国のない男」のテイストに近い。
ヴォネガットのエッセイを読むと思い出すのがマイケル・ムーアの映画だ。
確 -
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2000年に上製本として発売されていた、ヴォネガットの短編集がこのほどようやく文庫化された。
書かれたのは1950〜60年代で、半世紀も前のもの。
ヴォネガットが短編を生活の糧として量産していた時期があり、
その大半はスリック雑誌に掲載された。
かつて、短編集「モンキー・ハウスへようこそ」が編まれたが、
そこから漏れてしまった23篇がここに収録され、短編の大方が網羅されたことになる。めでたい。
ここに収録されているのは短編で、しかもアーリー・ヴォネガットと言うべき作品群。
彼一流の文明批判や、どうしようもない人への「諦めと愛情いっぱいのまなざし」はすでに健在、
さすがというべき。ただ、長編に -
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1980年代当時のヴォネガットが、いかに人類に
絶望していたかがわかります。
どうしたってなくならない大量殺戮兵器。
どうしたってなくならない戦争。
どうしたってなくならない貧困や格差。
それらすべては巨大脳のせいだ、これは自然淘汰なんだ。
そう結論付けて笑い飛ばすしかない。
だってそれ以外に思いつく理由がどう考えたって見つからないもの。
広島や長崎も、ベトナムも、すべては百万年後の
新人類への進化のための布石だったのだと思うしかない。
そうにちがいない。(ヒロシマは「にこ毛」のための布石なのだ!)
……痛烈です。
しかし、ユーモアもたっぷりあります。そこがいいところ。
ヴォネガットの読者 -
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「こうした偶然の一致をいちいち真剣にとっていたら、
だれでも気が狂ってしまう。この宇宙には、
自分にかいもく理解のできないことがわんさと進行中らしい、
と疑いを抱くようになる」(本文より)
1987年のヴォネガットの長編です。
戦争体験をベースに、しっちゃかめっちゃかになった
人生の回顧録である点においては、いつものヴォネガット。
「青ひげ」にはラストにオチが用意されているので、
いつもよりもちょっとわかりやすいヴォネガットかなと思います。
わたしがヴォネガットを好きな理由は、
奇跡的な出来事が、それが幸運であれ、その真逆であれ
いつ起きても、「ひとつの事実」として受け止める姿勢が
貫か -
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本を読むのなら、とりわけ「小説」を読むのなら、あなたは自分自身がひっくり返っても書けないと思える本を読むべきだ。結末の予想や著者の思想・背景を探るような余裕さえ無い程、自分を振り回してくれるような本を読むべきだ。
そういった本を見つけるために本屋に行くべきだ。その際は出版社別ではなく、著者別にあらゆる出版社の文庫が雑然と並ぶ本屋を選ぶのが好ましい。あ行からわ行までくまなく検分するうちに、きっと心に引っかかったまま忘れかけていた作家の名前が見つかるからそれを手に取ってみるのが良い。そんな名前が見つからないなら、題名の良い本を引っ張り出して背表紙のあらすじを読むと良い。そんな題名が見つからないなら -
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中々、クセのある小説である。
冷戦期の核戦争をメタファーとした物語であるはずだから、コミカルに語られているのであれば嫌悪感しかないのではと思いながら読み始める。だが、いきなりそのクセに絡めとられてしまう。
語り手は、原爆を開発した科学者についての本『世界が終末をむかえた日』を書こうと考えた。世界が終末をむかえた日というのは、広島に原子爆弾が落とされた日のこと。その日、世界はどのようであったのか。
調査の中で、科学者が「氷よりも高温でも溶けない新物質(アイスナイン)」を開発していたことを知る。地球上のすべての水を凍らせかねない、究極の兵器。語り手はその調査の過程で、カリブ海の小国にたどり着 -
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ネタバレ「キャット・クレイドル」の名は、宇宙船の名として知った。『宇宙英雄物語』の最終話にぽっと出てきたキャラの愛機だ。ぽっと出のキャラだが紅龍を逮捕するなどの活躍をしており、もっと活躍する予定のキャラだったらしいことがおまけページに書かれている。
別の機会に同名の小説作品が存在することを知った。
本を手に取るまで『タイタンの妖女』の著者の作品であることを知らなかった。知ってしまえば期待は爆上がり。クールに虚無を積み重ねていく語り口調はパラニュークや『パルプ・フィクション』を思わせるもので、発表順からすれば影響を与えたかもしれない側となる。
短いエピソードの連なりで物語は構成されている。外堀が少し -
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カートヴォネガットのタイタンの妖女が好きで、彼が学生にどんな言葉を語ったのか知りたくて読みました。彼らしい、皮肉のこもった例えやジョーク。でも、愛と親しみと知性が彼にはある。
いくつかの演説で繰り返し投げかけるのは、自分の世界を広げて、未来の可能性を感じ、生きる指針を与えてくれた先生はいるか(個人的意訳です)?ということ。手を上げさせて、その先生の名前と、何を教わったかを伝えるように話す。それがいかに貴重な体験なのかを教えてくれる。
それから叔父さんの話で、何でもない日に木陰でレモネードを飲みながら、これでダメならどうしろと?と言う。それは、何気ない幸せを感じ取ることの大切さを表している。普 -
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坦々と読み進める。
感想はとくになし。
ヴォガットがなくなったのは2007年で、それから6年たって、自分のブログにこんなことを書いたことがある。
「カート・ヴォネガットが亡くなってもう六年経つ。
かれの作品は好きだが、困るのは、読んだ後、元気がなくなるという点だ。
ヴォネガットといえば、「心優しきニヒリスト」という肩書が有名で、かなり早い時期からそう言われていた。作品はたしかにそんなふうだ。
かれの主人公は、巨大な歯車の中でモルモットのように扱われ、無慈悲な運命に翻弄される。誰が悪いというわけでもない。巨大な歯車、巨大なシステム、宇宙的な構造そのものの結果としてそうなるのであって、仕組