カート・ヴォネガットのレビュー一覧
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エッセイ?小説?よく分からない作品。
本の中心になるストーリーは、時間が突然10年前に逆戻りし、人々はまったく同じ10年間をデジャブの中でリプレイする。それが突然終わった時の混乱で、おなじみのキルゴア・トラウトが活躍する、というものなのだが……。
冒頭で作者は、「老人と海」を引き合いに出してこう説明する。「老人と海」で釣り上げたカジキはヘミングウェイが書いた長編小説のことで、それが鮫に喰われてしまうのは、批評家たちにボロクソにけなされたことの象徴なのだと。
釣り上げた魚は食われる前にバラしてしまえばよかったのだ。
今回、作者は自分の作品が気に入らないので、自分でバラバラにして、いろい -
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ネタバレ
●死圏
○あらすじ
成層圏の外側に霊界があって死者がたむろしているとしたら、の世界。
アメリカが核をソ連に命中させるため、命中したことを確認するために成層圏の外側にUFOを飛ばしたことで、その霊界は発見される。
○キャラは何を欲しているか。
UFOに載った人は、死んだ妻を欲している。打ち上げ計画の最高責任者は、核をソ連に打ち込むことを欲している。計画に参加した科学者は、計画に対して自分が完璧な技術力を発揮したという事実を欲していて(つまり計画の成功)、途中からは霊界の存在の解明を欲している。
○感想
霊界の存在をどうやって博士たちに信じさせるか、のところが面白かった。傍にいる死者が誰 -
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カート・ヴォネガットの元教え子で作家のスザンヌ・マッコーネルさんがまとめた、ヴォネガットが考える作家論、創作論。
とても良くまとめてられていて、あらゆる角度からヴォネガットの発言を読み解いている。
時代に合わない部分や、マッコーネルさんの考えに合わないところは、はっきりと著者の考えを述べているし、カートのダメな部分も敬意を持って正直に書かれていると感じた。
また、カートに近い人なだけに偏りがないよう少し離れた目線でまとめられている。方法論についても教科書的な部分も多いので、カート・ヴォネガットのあの語り口を期待してしまうと、少し物足りないかもしれない。
しかしカートはジョークが上手いので、本 -
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8月上旬に読んだ。
原爆の父であるとされるハニカー博士の投下当日の様子、こども達からの証言や関係者をめぐる旅から始まる前半
“本書に真実はいっさいない”と目次の前に明言されていることを忘れて、この時期に「たまたまー”定められたとおり”とボコノンならいうだろう」手元にやってきたこの本を読み、
原爆開発側の国の視点にも触れるつもりになりページをめくっていった。
「もしあなたの人生が、それほど筋のとおった理由もないのに、どこかの誰かの人生とからみあってきたら、その人はおそらくあなたの〈カラース〉の一因だろう」などと、最もらしい教義を散りばめてボコノン教の世界、謎の島サン・ロレンゾに読みながら連れ去 -
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「猫のゆりかご」ってなんだろう。
マザー・グースの詩に
「風が吹くと、ゆりかご揺れる、ゆりかご揺れて赤ちゃん落ちる、落ちると...」(思い出したまま)
という恐いのがある。
読み始めてすぐに謎はとける、がその後の展開に怖ろしい予感。
世界が終末をむかえるのか。
短い文章の章立て。勿論シニカル。さびが効いている。
たたみかけて大団円に。まるでSFXの画面を観ているよう。
「専制」「大統領」「とりまき」「兵士」「科学者」「金持」「多くの貧困者」「カルト宗教」「カリスマ教主」「アメリカ」「ジャーナリズム」
と、キーワードを上げるだけで現代と酷似している。1960年代に書かれたSFだのに。
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たくさんの買い物袋を提げているホームレスを見かけることがあるが、女性の場合はshopping bag lady と呼ぶ。20年前字辞書を引き引き読んだこの作品で知った単語だが、なるほどと思ったのを思い出した。
ショッピングバッグ・レディーとして登場するメアリー・キャスリーン・オルーニーの存在は、わたしにとっては「タイタンの妖女」の主人公マラカイ・コンスタントと同じぐらい衝撃的。よくこんなキャラクターを作り出せるもんだ。
ヴォネガットらしい何とも言えないエンディングで、ある意味ハッピーエンドといっていいのだろう。読者はなぜか不思議な満足感を得られるのだが、これは最高度の離れ業ではないだろうか -
Posted by ブクログ
アメリカの文化なりキリスト教についての知識なりがないため、ニュアンスがわからないところもありつつ、糸井重里氏の「目と心にしみる」と解説の円城塔氏の「声」の概念は読んで腑に落ちる感じがした。
読む人によって心に残るところは違うだろうが、自分は「私も生まれたばかりだ」という考え方、「これで駄目なら、どうしろって」と物事がうまくいっている時に声に出してみること、の2つ。
後者は英語のニュアンスを完全には理解できてないが、日本語でこれはこういうことだと書くのも違う気がする。
ヴォネガットの「声」によってなんとなくわかる気がしていればいいのだと思う。