赤神諒のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
★3にしてるけど、3.5くらい、微妙に4はためらわれるが面白くはあった
仇討ち物で暗い話だとしたら、読むのに気力が要るなと思って1年積ん読となっていた
読んでみたら特別暗くはなかったし楽しめた
カバーのイラストがちょっと…暗い話かなと思わせた原因かも
ただ、はぐれ鴉はぐれ鴉とはぐれ鴉が多用されすぎていて、そこがちょいちょいひっかかった
特に、仮にも城代家老に対して、百姓が本人に面と向かって「はぐれ鴉(敬称なし)」と言っちゃうところ
言わんだろ!
気安い仲での軽口ならともかく、真面目な場面だと特に気になって話に入り込めなかった
ナツイチ2025 -
Posted by ブクログ
2020年 日経新聞連載小説。
伊集院静が「ミチクサ先生」を連載中に、くも膜下出血で倒れて、休載。
そのため、急遽、「太陽の門」が連載されることになった。
(伊集院は、その後復活して「ミチクサ先生」を完結させた)
「太陽の門」の主役は「リック」。
映画「カサブランカ」でハンフリー•ポガートの演じたニヒルな飲み屋の亭主「リック」の若い頃の物語だ。
その意味では、これは「カサブランカ」のスピンオフ•ドラマだと言える。
リックがカサブランカに飲み屋を開業するずっと以前、彼がスペインで内戦に参戦していた頃の話だ。
だが、このニックは映画に登場するニヒルで気障で、タバコばかりをふかして、酒を煽っている男ではない。
戦線の不利な共和軍側に立ち、ナチスと組むブランコ軍と死闘を演ずるレジスタントだ。
この若きリックの人物造形には、現実のモデルがいる。
アメリカ人と信じられてはいるが、実はハンガリー人のカメラマン、ロバート•キャパだ。
キャパは、実際には銃を手に取ることはなかったが、銃の代わりにカメラを手にして、共和国軍の兵士たちと連帯して「戦った」。
モデルがキャパだと分かるのは、小説の冒頭、マドリッドにある太陽の門で、リックがかつての恋人「ゲルダ•タロー」に邂逅するシーンがあるからだ。
岡本太郎からその名を頂戴したカメラマン、ゲルダ•タロー。
その恋人こそロバート•キャパとして名を轟かすエンドレ•フリードマンだった。
小説のゲルダは、リックと出会った直後、リックの目の前で、ナチスの戦闘機による機銃掃射によって、カメラを持ったまま呆気なく殺されてしまう。
これは、リックにとって悪夢だが、現実のキャパが何度も見た悪夢でもあるはずだ。
何故なら、実際のゲルダは、行動をを共にしていた共和国軍の暴走した戦車にはねられて戦場で死んでいるからだ。
この小説は、映画「カサブランカ」に触発され、現実のキャパ(エンドレ)とゲルダの青春を反映させて作られている。
時代から言うと「太陽の門」の方が先だ。
「太陽の門」が描くのは、1936年のスペイン内戦時代のアンダルシア地方。
丁度、エンデレとゲルダが「ロバート•キャパ」として内戦を取材していた時代と場所に合致する。
小説で、ゲルダの死後、戦うリックが同志として知り合い、そして恋人になるのが、「ブランカ」だ。
これは、後にリックがモロッコのカサ•「ブランカ」に行くことを暗示するために命名されたのだろう。
「カサブランカ」のリックは、ドイツに占領されたモロッコのカサブランカでバーを営んでいる。
その中で、リックはスペイン内戦時代にレジスタンスに協力した過去のあることが語られる。
「太陽の門」は、そのリックの過去に遡り、レジスタンス時代の若きリックを描いたものだ。
この小説を「カサブランカ」のスピンオフ作品と呼んだのはそのためだ。
そして、その時代を生き生きと描くために投影されたのが、キャパ(エンドレ)とゲルダの青春だ。
だから、この小説のリックのキャラクターには、キャパ(エンドレ)の色彩が濃厚だ。
キャパ(エンドレ)は映画のリックと異なり、もっと多弁で、明るく、ギャンブルに興ずる男だ。
だが、そこにはペシミスティックな男の哀愁が深く刻み込まれている。
その意味では、キャパ(エンドレ)=若きリックと後年のリックは本質においては変わってはいない。
スペイン内戦には世界中から義勇軍が集まり、共和国サイドを支援する。
しかし、共和国軍はヒトラーの支援を受けたフランコ軍に敗れ、フランコは(長期)政権を樹立する。
ゲルダは内戦の最中に死に、キャパ(エンドレ)=リックは傷心を抱えてスペインを去る、ことになる。
*「キャパ(エンドレ)」と書くのは、「キャパ」こそ、エンドレとゲルダ二人の生み出した架空のカメラマンであり、ゲルダの死後、その名前を一人背負ったのがエンドレだと考えるからだ。
1941年、エンドレは「キャパ」として北アフリカを取材し、リックは北アフリカのモロッコはカサブランカで酒場を営む。
その酒場で邂逅するのが、リックのかつての恋人イルザだ。
リックはパリでイルザと恋に落ちるが、彼女は黙って彼から去っていった、という過去がある。
エンドレがゲルダと出会ったのもパリだ。
そして、ゲルダが死んだ後、第二次世界大戦が終結し後に、パリでキャパ(エンドレ)が恋に落ちるのが、イルザを演じたイングリッド•バーグマンだったのだ。
キャパ(エンドレ)の実人生と、映画「カサブランカ」は奇妙に交錯している。
スペイン内戦はフランコの勝利によって終結し、共和国軍を支援していた義勇軍はスペインから去っていく。
内戦が終結すると、ヒトラーの率いるドイツはポーランドへの侵攻を開始し、世界は第二次世界大戦に突き進んでいく。
リックはスペイン内戦でレジスタンスに参加した後、その敗北の傷心を抱えながら、パリに移り、そこでイルザと出会う。
だが、そのフランスはあっという間にナチスに敗れ、パリは陥落寸前。
リックはイルザと結婚式を挙げるためにマルセイユへ行こうとする。
しかし、マルセイユ行きの汽車にイルザは現れない。
代わりに届けられるのは、別れの手紙だ。
傷心のリックはナチスが支配するモロッコのカサブランカで酒場を開き、そこではイルザと図らずも再会するのだ。
そのイルザを演じたのがイングリッド•バーグマン。
そのイングリッド•バーグマンは「ロバート•キャパ」と恋に落ち、結婚を望むがキャパに拒絶される。
こうした流れから、「太陽の門」は、リックとエンドレ、イルザとゲルダ/ブランカという相互反射によって生み出されたと言えるだろう。 -
Posted by ブクログ
うーん、そうねー
戦国時代、西国無双と唄われた立花宗茂とその妻で鬼道雪こと戸次道雪の娘立花誾千代夫婦の物語です
男勝りで武勇に長けた逸話がかなり残っていて、また宗茂との間に子を成さなかったことからなんでしょうが、この誾千代を今で言うトランスジェンダーとして描いています
かなーりセンシティブな取り組みと言えばそうだし、実際の史実や正偽の不確かな逸話なども交えながらうまく組み立ててるなーとは思うんですが、なんかちょっとやり過ぎというか、エンタメの材料にしちゃうのに自分はちょっと違和感感じちゃった
うーん、立花誾千代を体は女性、心は男性だと捉えると確かにいろいろ納得できるよね!とはならんかったのよね、わいとしては
うん、そんな感じ -
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大河ドラマと合わせて読みました。
歴史は勝者が作るとはよく聞く話ですが、正史はそうなのだろうなとつくづく思います。そして、それだけではなく、歴史とは解釈なのだなと深く思います。特に歴史小説を読んだ後には。そして、このようなアンソロジーを読むと、一編ごとに少しずつ変わっていく(あるいは観点を変えていく、ずれていく)解釈が実に面白いものです。
一冊の長編を読み通すのも面白いのですが、これはある観点からの物語を深くしていくことだと思います。アンソロジーには多観点から読み解いていく、そして、一編ずつを積み重ねて一冊の流れを読み解いていく楽しみがあります。
私は背表紙に「高田崇文ほか」とあったので購入しました。さすがに高田崇文、掉尾を飾るにふさわしい面白さです。しかし、そこに至るまでの一編一編が良い味を出していました。
「実朝の猫」(砂原浩太朗)が異色な感じでお気に入りになりそうです。
結構、はやく読み進めます。すいすい読みました。その中で、「実朝の猫」と「修善寺の鬼」はじっくりと読みました。
アンソロジーは誰が編んだのかが気になります。
雑誌に載ったものを文庫化したようなので、アンソロジーという見方をしないのかもしれません。しかし、編者の視点を意識しながら、この1冊を読みました。
今年が旬の本でしょう。 -
Posted by ブクログ
先々月、山形の天童に行った際に将棋記念館で将棋の歴史を知り、中将棋に出てくる酔象を知った直後、本作に出会ったので非常に興奮した状況で物語に入った。『麒麟がくる』でも少ししか出てこないが魅力的だった山崎吉家が主人公とあって非常に期待は高かった。
感想は小説としての完成度が高いのは分かるがあまり楽しめなかった、没頭できなかった。原因は2つ。
1つは小説の全体の軸がブレブレに感じられたところ。初めの方、ページが進まなかった理由は戦国時代を舞台としていながらも日常の場面が多く、静かに物語が進んでいったからだった。これは『大友二階崩れ』でも同じ作者の小説の特徴であり、そこにあまり文句はない。ただ後半、景鏡の陰謀や最後の決戦シーンなど「動」のシーンに移っていく。また、語り手も前波や堀江、魚住といった脇役視点で描かれていたものが義景、景鏡、最後には吉家まで描かれていく。この流れに感情が追いつけなかったこと、せめて吉家の視点は省いてほしかった。
もう1つは陰湿で胸糞悪い場面のオンパレードだった点だと思う。ここまで人間のリアルを出せるのはある意味の才能だが、もう一度読み返したくはない。前波吉継というキャラは非常に人間らしく、感情移入しやすいため、却って共感性嫌悪が増殖する。
山崎吉家という人物は非常に小説向きな人物だと思う。能力が高く、負けの経験もない。忠誠心が強く、皆から好かれている。一つ歴史のピースが違えば天下に名が轟いていたかもしれない。次は吉家目線での「悔しさ」を全面に出した小説を読みたい。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ「義」と「愛」で乱世を乗り越えることはできるのか?
大友二階崩れという九州の雄・大友家の内紛を題材に本テーマを描く。最後の吉弘家の改易沙汰にクライマックスを迎えるものの、物語自体に起伏はなく、鑑理と鑑広の人となりの描写がほとんどを占める。義を重んじる武士は大好きだが、鑑理の義は少しずれており、泣き虫で後悔ばかりのこの優男をどうしても好きになれなかった。「義」と「愛」は長い目で見れば「信用」や「同情」を生むものとして必要なものなのだろうが、やはり極論過ぎる感じがして、少しモヤモヤした結末だった。
ただ、赤神諒氏の書く文章、特に本作の動物や植物の情景描写はとても好きになった。P133「いく枚かの欅の葉が風に散り、音もなく長岩屋川の流れに消えていった」やP171「八面山の緩やかな斜面に咲く薊の棘のような言葉が、鑑理の胸を無遠慮に刺した」など挙げれば限りない。鑑広と楓を表現する「百舌の番」という表現こそが本作の最大の読みどころだろう。 -
Posted by ブクログ
決戦シリーズ第7弾。今回の舞台は「長篠の戦い」。
主戦場が設楽原だったということでタイトルになってます。鉄砲三段撃ちで有名なあの戦いです。
武田側は信玄ありきだったのだなぁ、と改めて感じました。偉大な先代の影響から、勝頼も宿老たちも逃げられなかったのだなぁ、と。信玄の遺産で勝ち続け、この戦いで使いつくしてしまったわけか。
そこから前を向く「ならば決戦を」。
少しでも残そうとする「くれないの言」。
敗北から這い上がろうとする話は、涙を憶えます。その後の武田の顛末を知っているだけに。
「表裏比興の者」は、伊東潤の「天地雷動」との相似として面白いです。真田昌輝と釣閑齋の作戦は似たものだけど、導き出した根底が全く違う。
「決戦!設楽原」の中で同時に読んでみたかった、と思いましたね。
いやー、こういう風にいろんな角度があるから歴史小説はおもしろいや。