あらすじ
デビュー3年で、主に戦国武将が主人公の11作を刊行、歴史小説に新風を吹き込む赤神諒氏が、伊集院静氏の休載期間中に日経朝刊小説欄に急遽抜擢され連載した本作は、赤神氏初の現代小説だ。
5カ月後に幕を開ける第二次世界大戦での枢軸国対連合国の戦いの構図を先取りしたスペイン内戦(1936~39年)が舞台。成立したばかりの共和国政府に対する軍部の叛乱を阻止しようと立ち上がった市民兵とともに銃を取った元米国軍人リックを主人公に、圧倒的に劣勢に立ちながら、徒手空拳で立ち上がった市民ひとりひとりをクローズアップして描くことで、ファシズムとスターリニズムから自由と民主主義を守る戦いと言われるこの「戦争」が本当は何のための戦いだったのかを浮き彫りにする、格差や分断が社会を揺るがす現在の私たちをも照射する作品に仕上がっている。
この重厚な物語にエンタテインメント性を加えるのが、主人公リックの設定である。著者が映画史上不朽の名作である「カサブランカ」の前日譚として着想し、映画でハンフリー・ボガート扮するリック・ブレインが本作の主人公という趣向。映画ではイングリッド・バーグマン扮するイルザ・ランドやほかの登場人物の前日譚としても描き、名ゼリフぞろいの映画へのオマージュとして編み出された、戦渦で恋する男女の洒落た会話にも磨きがかかり、気障なセリフ、スパイスのきいた皮肉も読みどころである。
感情タグBEST3
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スペイン戦争の時代の話がメイン。アメリカ人義勇兵のリックが魅力的すぎる。
老若男女、いろいろな人物が彼の考え方や生き様、戦術の手腕に惚れるのだけど、戦争によってその関係が続かないものもあり、突然別れが訪れたりもする。その別れの描写が様々で読めば必ず泣くとわかっているのに定期的に読みたくなる。というかリックに会いたくなる。
好きなシーン
1.ゲルダが初めてブランカに会う時のリック
2.ラモンが馬に乗れないのに馬を使うリックの作戦に何も言わずに従ったミゲルの「初めての規律違反」
3.2.で離ればなれになったが、ブランカが特大のプレゼントがあると言ってミゲルが酒場に帰って来た時のリック
Posted by ブクログ
2020年 日経新聞連載小説。
伊集院静が「ミチクサ先生」を連載中に、くも膜下出血で倒れて、休載。
そのため、急遽、「太陽の門」が連載されることになった。
(伊集院は、その後復活して「ミチクサ先生」を完結させた)
「太陽の門」の主役は「リック」。
映画「カサブランカ」でハンフリー•ポガートの演じたニヒルな飲み屋の亭主「リック」の若い頃の物語だ。
その意味では、これは「カサブランカ」のスピンオフ•ドラマだと言える。
リックがカサブランカに飲み屋を開業するずっと以前、彼がスペインで内戦に参戦していた頃の話だ。
だが、このニックは映画に登場するニヒルで気障で、タバコばかりをふかして、酒を煽っている男ではない。
戦線の不利な共和軍側に立ち、ナチスと組むブランコ軍と死闘を演ずるレジスタントだ。
この若きリックの人物造形には、現実のモデルがいる。
アメリカ人と信じられてはいるが、実はハンガリー人のカメラマン、ロバート•キャパだ。
キャパは、実際には銃を手に取ることはなかったが、銃の代わりにカメラを手にして、共和国軍の兵士たちと連帯して「戦った」。
モデルがキャパだと分かるのは、小説の冒頭、マドリッドにある太陽の門で、リックがかつての恋人「ゲルダ•タロー」に邂逅するシーンがあるからだ。
岡本太郎からその名を頂戴したカメラマン、ゲルダ•タロー。
その恋人こそロバート•キャパとして名を轟かすエンドレ•フリードマンだった。
小説のゲルダは、リックと出会った直後、リックの目の前で、ナチスの戦闘機による機銃掃射によって、カメラを持ったまま呆気なく殺されてしまう。
これは、リックにとって悪夢だが、現実のキャパが何度も見た悪夢でもあるはずだ。
何故なら、実際のゲルダは、行動をを共にしていた共和国軍の暴走した戦車にはねられて戦場で死んでいるからだ。
この小説は、映画「カサブランカ」に触発され、現実のキャパ(エンドレ)とゲルダの青春を反映させて作られている。
時代から言うと「太陽の門」の方が先だ。
「太陽の門」が描くのは、1936年のスペイン内戦時代のアンダルシア地方。
丁度、エンデレとゲルダが「ロバート•キャパ」として内戦を取材していた時代と場所に合致する。
小説で、ゲルダの死後、戦うリックが同志として知り合い、そして恋人になるのが、「ブランカ」だ。
これは、後にリックがモロッコのカサ•「ブランカ」に行くことを暗示するために命名されたのだろう。
「カサブランカ」のリックは、ドイツに占領されたモロッコのカサブランカでバーを営んでいる。
その中で、リックはスペイン内戦時代にレジスタンスに協力した過去のあることが語られる。
「太陽の門」は、そのリックの過去に遡り、レジスタンス時代の若きリックを描いたものだ。
この小説を「カサブランカ」のスピンオフ作品と呼んだのはそのためだ。
そして、その時代を生き生きと描くために投影されたのが、キャパ(エンドレ)とゲルダの青春だ。
だから、この小説のリックのキャラクターには、キャパ(エンドレ)の色彩が濃厚だ。
キャパ(エンドレ)は映画のリックと異なり、もっと多弁で、明るく、ギャンブルに興ずる男だ。
だが、そこにはペシミスティックな男の哀愁が深く刻み込まれている。
その意味では、キャパ(エンドレ)=若きリックと後年のリックは本質においては変わってはいない。
スペイン内戦には世界中から義勇軍が集まり、共和国サイドを支援する。
しかし、共和国軍はヒトラーの支援を受けたフランコ軍に敗れ、フランコは(長期)政権を樹立する。
ゲルダは内戦の最中に死に、キャパ(エンドレ)=リックは傷心を抱えてスペインを去る、ことになる。
*「キャパ(エンドレ)」と書くのは、「キャパ」こそ、エンドレとゲルダ二人の生み出した架空のカメラマンであり、ゲルダの死後、その名前を一人背負ったのがエンドレだと考えるからだ。
1941年、エンドレは「キャパ」として北アフリカを取材し、リックは北アフリカのモロッコはカサブランカで酒場を営む。
その酒場で邂逅するのが、リックのかつての恋人イルザだ。
リックはパリでイルザと恋に落ちるが、彼女は黙って彼から去っていった、という過去がある。
エンドレがゲルダと出会ったのもパリだ。
そして、ゲルダが死んだ後、第二次世界大戦が終結し後に、パリでキャパ(エンドレ)が恋に落ちるのが、イルザを演じたイングリッド•バーグマンだったのだ。
キャパ(エンドレ)の実人生と、映画「カサブランカ」は奇妙に交錯している。
スペイン内戦はフランコの勝利によって終結し、共和国軍を支援していた義勇軍はスペインから去っていく。
内戦が終結すると、ヒトラーの率いるドイツはポーランドへの侵攻を開始し、世界は第二次世界大戦に突き進んでいく。
リックはスペイン内戦でレジスタンスに参加した後、その敗北の傷心を抱えながら、パリに移り、そこでイルザと出会う。
だが、そのフランスはあっという間にナチスに敗れ、パリは陥落寸前。
リックはイルザと結婚式を挙げるためにマルセイユへ行こうとする。
しかし、マルセイユ行きの汽車にイルザは現れない。
代わりに届けられるのは、別れの手紙だ。
傷心のリックはナチスが支配するモロッコのカサブランカで酒場を開き、そこではイルザと図らずも再会するのだ。
そのイルザを演じたのがイングリッド•バーグマン。
そのイングリッド•バーグマンは「ロバート•キャパ」と恋に落ち、結婚を望むがキャパに拒絶される。
こうした流れから、「太陽の門」は、リックとエンドレ、イルザとゲルダ/ブランカという相互反射によって生み出されたと言えるだろう。
Posted by ブクログ
カサブランカの前日譚としてのスペイン内戦を描いた日経新聞の連載小説の加筆修正版。元が新聞小説なだけあって文体は読みやすい。キザだけで形作られた登場人物たちが小気味良く話を進めてくれる。エンタメ小説とはいえ、歴史的事実に基づいており、このご時世、歴史は繰り返しがちであることや、歴史から学ぶことの重要性を感じさせる。