佐藤正午のレビュー一覧
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「時間は無駄には過ぎていかないと思うよ。人が時間を無為に過ごすことはあっても」
『僕には性欲と恋愛との区別がつけられない。性欲と恋愛と魔法の区別もうまくつけられない。』
『「嘘だけは聞きたくない」とそれから彼女はくり返した。「あたしたちのあいだで」
あたしたちのあいだで。初めて会ってから十日間に五回もホテルへ行き、その倍の数のSEXをしたふたりのあいだで、夫のいる三十代の女と二回離婚歴のある四十男とのあいだで。』
「憶えてるか? これも初めて会ったときのことだ。長谷まりは映画の話をしたな。確かバットマンのなかにあこがれのシーンがある。キム・ベイシンガーが壁ぎわに男を押しつけて、男のネクタ -
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佐藤正午の『ジャンプ』という小説は、コンビニにリンゴを買いにゆくといって消えたガールフレンドと取り残された僕の5年間の物語である。
ミステリーとして絶賛されたそうだが、これはミステリではなく、紛れもなく優柔不断でやさしくって冷たくって少しシニカルな佐藤正午のいつもの話なのだ、と思った。
主人公に対して、ああ俺ってこんな優柔不断できたねえ野郎だなと、フムフムとうなづくことはできても共感はできない。だから書評とか読むと、怒ってる女の人たちもいたりするのだろう。でもそれが佐藤正午のいいところなのだ。
その頃、1991年に書かれた『放蕩記』を、自宅の本棚の奥から引っ張り出してきて読むことにした。自伝風 -
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★SFの設定を生かした男の切なさ★佐藤正午の小説のテーマは「去りゆく女と後悔する男」なのではないか。そして僕は、こういう離れていく女の話が好きなのだろう。解説でも触れているように、同じ時間を何度も繰り返して生きるアイデアそのものはオリジナルではなくても、別の人生では前の人生での知り合いを失ってしまう切なさの描き方が著者ならでは。それも語り手である主人公を別の人間とすることで、より距離の遠さが浮かび上がる。別の人生でも同じ人々が身近にいるというのがご都合主義だなと読みながら思っていたが、「縁」という表現で最後にまとめられるとなんだか納得してしまった。
★2019/8再読
うっすらと以前に読んだ -
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とにかく読みやすくて、気づけばどんどんページをめくっていた。
派手な展開ではないのに、登場人物たちの人生を長い時間をかけて描くことで、積み重なっていくもの、変わっていくもの、それでも変わらないもの、がじわじわ浮かび上がってくる。
かおりの息子への執着は、愛情だけでは片づけられない危うさや歪みがあって、加えて思慮が浅く、主体性がないところが最初は苦手だったのに、いつの間にか応援していた。
長い時間をかけて物事が熟していく。
最後に熟柿という言葉に秘められたもう一つの意味が明かされ、一気に収束する展開が気持ちいい。
そして何より咲ちゃんが最高!負の雰囲気を持つ登場人物達ばかりの中で際立って -
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長い物語です。ページ数ではなく、事件が起こってから物語が終えるまでの年数がかなり長かったです。そして、主人公・かおりにとって、なかなかに辛い展開が続きましたが、二人のイケメン(一人は女性だけど)に救われました。
久住呂咲ちゃん
10年越しの約束を守る久住呂咲ちゃんはイケメンすぎ。お母さんの久住呂百合さん以上に有言実行のひとでした。久住呂ってなかなか耳にしない名字ですが、親子の名前が登場するだけで、不思議な呪文のように場が落ち着きました。
土井さん
かおりの心が開くのをじっと待ってくれる土井さんは態度もセリフもイケメンすぎます。昔から、チャンスの後ろ頭は禿げてるっていうけど、焦る必要はないん -
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佐藤正午最新エッセイ集
前作「正午派2025」の興奮冷めやらぬのに。
あれはエッセィではなかったか? まあいい
小説家の四季というサブタイトル通り、季節ごとに発表されるエッセィだが季節には全く関係のないテーマで、ちょっと退屈だなと飛ばし飛ばし読んでいると、次のエッセイで前回のテーマがまだ続いている、下手すると一年を通してそのテーマが語られている。
訳が分からなくて、前回に戻りまた読み返す・・・
「真剣に読めよ」という作者の意図?
今回のハイライトはやはり編集者にまつわる話。
デビュー作からの編集者についてのエピソードは本当に感動的で、泣かせる話なのに、正午さんはなんでかなぁ・・・
素直じゃない -
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起こってしまったことをなくすことはできない。だけど、その事に対する思いは変化し続ける。それは単に時が流れるからではなく、日々を積み重ねていくから。さまざまな人と関わり、さまざまな経験を重ねていくから。
今の私もさまざな経験をして今日まで生きている。嬉しかったことも辛かったことも、今はどれも経験値と思える。当時はそうは思えなかった。傷ついた時は、できるならなかったことにしたいと強く願った。でも、経験だけが自分を強くしてくれること、支えてくれるものになるということを今の私はちゃんと知っている。
「弱さ」と向き合っていく中で、それがどんなに辛かったとしても、どこかに自分に寄り添ってくれる人がいて、 -
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普通に生きてきた人に突然降りかかる不幸。
さっきまで笑っていたのに。
「何であの時車から降りて確認しなかったのか」
そもそも運転中にかかってきた電話に出なければよかったのに。
今更後悔しても取り返しがつかない。
人の命を奪ってしまったから。
それからの長く苦しい年月が、とても辛かった。
自分で産んだ子供に会えない辛さ。
仕事をしても過去の事がいつか知られてしまうのではないか。
結果、慣れない土地での仕事を転々とする。
長い年月が過ぎ、心を少しでも許せる人ができた。
高校生になった我が子にやっと会う事ができた。
最後は自分の人生に向き合う事ができ、少しホッとした。
熟柿
気長に時機が来るの -
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始めは運の悪い可哀そうな普通の女性と思っていた。途中からイライラしてきた。何だか自分に責任はあまりないみたいなことをウダウダ述べ続けるのだ。考えてみたら友達は非常識な鶴子しかいない。その鶴子もそんなに好きじゃない。学生時代、あぶれ者の鶴子にしか相手にされない変人だったんだろう。
素晴らしい考えが湧いてきて、その考えに支配され衝動的に行動する。ADHD注意欠陥多動性障害である。彼女の両親も事故死しているが注意欠陥した運転をしていたのかもしれない。
だから因果応報だ、とは言わない。知能は低くないが考えが足りない かおりさんは一生懸命生きている。それを書ききった作者は素晴らしいと思う。
かおりさん -
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ネタバレ出口の見えないトンネルをずっと走り続けていて、ようやく出口が見えたような、そんな感覚を覚えた。
書き出してみて気づいたのだけれど、この物語そのものが「熟柿」を表しているということなのか。「熟した柿の実が自然に落ちるのを待つように、気長に時機が来るのを待つこと」。まさにそのものだと思う。かおりは、息子との再会、土居さんのような人や、福岡という新たな故郷との出会いを、ずっと待っていたのか。
最初はこの先どうなってしまうのだろうと続きが気になって仕方がなかった。中盤は少し間延びしているように感じたけれど、これはたぶん、読める期間が限られていて焦っていた読者自身の都合も大きいと思う。最後の元夫からの