佐藤正午のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
主人公とは、性別も年も職業だって何から何まで共通点はないはずなのに。
とことん感情移入してしまい、、、
わたし自身もモヤモヤした日々を送りました。
後半にさしかかり、
あれ?これって一番最初に書かれてなかったっけ?と読むと同時に過去の記憶をたどる私。
ああ、もう主人公じゃんわたし。
記憶と記録と、そして体感に残るもの、香り。
記されるもの、記されないもの。
存在するもの、しないもの、でもたしかにあるもの。
丁寧に、細やかに辿っていった先に待っていた結末に鳥肌ゾクゾク、ぞわぞわ。
自分がまさに殺されると思いながら、
どこか切なさを感じながら読み終えました。
佐藤正午さんにハマりそう!
次は何を読もうかな。 -
購入済み
身の回りやこの世のどこかでもこの様な事が
当たり前に起きているのだろうなと思わされました。
愛は命をも超え受け継がれる。
自分もそう思える素敵な人を大切にしていかなくてはと再確認させられました。 -
Posted by ブクログ
『つまりさ、5万円はどんな状況においても5万円の価値を発揮するんだよ。ところが愛情の価値は不安定だ。女が支払った5万円はパジャマを受け取った男にとっても5万円だけど、女が一針一針にこめた愛情は受けとる男によってはゼロの価値になる場合がある。ゆえに結論としては、愛情は5万円に劣るんだよ。まちがってる?』
『でもあたしは当時のあたしを笑うつもりなんかないわよ。あれから20年たって、うん、正確にいえば20年じゃ足りないけど、いいじゃないの税金の申告じゃないんだし。』
『お金というのはやっかいなものですね。足りなければ大切な人を失ってしまう。あり過ぎても失ってしまう。』
『あなたの一番幸福な時はいつでした?
思い出せないわ、不思議なことにいくら思い出そうとしても思い出せない。だから実際には、それはなかったのかもしれない。もしかしたらわたしの一番幸福だった時は昔をさがしても見つからないのかもしれない。でもあなたといるといつも、それを思い出すの。
それはつまり…
そう。
つまりわたしはあなたといるときが一番幸福なの。』
「どうしてそんなに毎晩…お金がもったいないじゃない」
「止めてくれる友だちがいないんだ」
「誰かが飲むなと言えば飲まないの?」
「友だちがね」
「止めてくれる友だちがいたら?」
「絶交する」
『雨音。苛々する。雨音雨音雨音。ベランダで油がはねる音。誰かが延々と野菜を炒め続けている。』
『規則正しい生活。規則正しく何もしない生活。飯も食わず、風呂にも入らず、外にも出ない。ただ規則正しくウイスキーを飲みウイスキーを飲み小説を読む。他には何もない。』
『死ぬ前にいちばんしたいことは何か、こんな質問に対して答が出せるというのはもともと死ぬつもりなどないのでしょう。したいことがある以上は生き続けるしかないからです。このさき生きていく上でいちばんしたいことは何か、いまいちばんしたいことは何か、そう訊ねるのと同じ意味の質問になるからです。』
「好きでもない人から5万円のパジャマを貰ってもその人を好きにならない、でも、好きな人からは何も貰わなくてもやっぱりその人のことが好きだ。だから5万円は人を好きだという気持にはかなわない。当ってるよね。あたしはこっちが正しいと思う。そうでしょ?」 -
Posted by ブクログ
直木賞を受賞された作家の文庫を何気なく手にとってみた。
初めて読む佐藤さんの本。新たな作家の発見に少しわくわく。
題名からどろどろした女と男の話を期待していたのだが、いい意味で裏切られた。
男の目線から見たときの恋愛の話は新鮮で、女ほどのねちねちとした感覚のない、さわやかな、いやあっさりとした男女関係が独特の口調で語られる。
短編で構成されており、読みやすく、どの話も切り口が違って楽しめた。
終わり方もあっさりとしていて逆に切ない。
あっさりとした考えだからこそ、それって好きってことなんじゃ…と思う場面もいくつかあったが、それは私が女だから思うことなのかもしれない。
とりあえず、他の佐藤さんの本も読んでみようと思った。 -
Posted by ブクログ
「時間は無駄には過ぎていかないと思うよ。人が時間を無為に過ごすことはあっても」
『僕には性欲と恋愛との区別がつけられない。性欲と恋愛と魔法の区別もうまくつけられない。』
『「嘘だけは聞きたくない」とそれから彼女はくり返した。「あたしたちのあいだで」
あたしたちのあいだで。初めて会ってから十日間に五回もホテルへ行き、その倍の数のSEXをしたふたりのあいだで、夫のいる三十代の女と二回離婚歴のある四十男とのあいだで。』
「憶えてるか? これも初めて会ったときのことだ。長谷まりは映画の話をしたな。確かバットマンのなかにあこがれのシーンがある。キム・ベイシンガーが壁ぎわに男を押しつけて、男のネクタイを片手につかんで、自分のほうに引き寄せてキスをする。あれがあたしだと言ったな。本来あるべきあたしの姿だと」
「サンフランシスコの信号の話。あたしが住んでた町の歩行者用の信号はね、青のときは日本と変わらないんだけど、赤のときはちょっと違うの。それが印象に残ってる。立ち止まってきをつけをしてる人の絵じゃなくて、人間のてのひらのマークになってる。てのひらと言っても、やあ、って挨拶して近づいて来るときのてのひらとは違うのよ。信号が赤のときは、止まれ、そこで止まりなさいって、片手を突きつけられる。そんなてのひら。先生といるとときどきその信号のことを思い出す。てのひらを突きつけて、そこまで、そこから動くな、それ以上近づいてくれるな、そんな感じのイメージ。』
「会うのはこれが最後っていう人間なら、ここから電車で行ける距離にだっているよ。遠くにいたって近くにいたって会えない人間には会えないんだ」
「携帯電話を持つか持たないかは免許制にするべきだと思う。筆記試験と実地試験をやって、電話がかかったら必ず出る、届いたメールには返信をする、そのチェック項目がクリアできた人だけに免許を交付すればいい。違反したら罰則を科せばいい。そうしたら恋愛の苦労はほんとに消えるかもしれない。消えなくても多少は減ると思う。携帯電話を免許制にしたら」
「恋愛を免許制にしたほうが早くないか?」
「それはよくないだろう。いくら相手が石橋でも、2名のあいだにまちがいが起こるかもしれない。帯状疱疹がこれ以上変なとこに出たりしても困る」
「まちがいって? 夏目漱石なら『不徳義』とか『不始末』とか書くような意味のこと? 狭義では、婚約者や夫のいるひとを愛してしまうこと?」
「あたしが言ってるのは暖かい室内で昼間でも見れる星のこと」
「ラブホテルのことか」
「プラネタリウムに決まってるでしょう」
「中さんの好きにすればいいの。話したいことを話して、それで気がすめば甲府に帰ればいい。安心して。あたしは何もしない。勧誘も、要求も、矯正もしない」
「あたりまえなの。スープが冷めるのは、自然なことなのよ」
「どこの誰であろうと、どんな状況であろうと、どんな時代であろうとどんな時代が訪れようと、他にいっさい信念などなくともこの一文だけは、これまで僕が生きてきた証しとしてそう言い切るだろう。かならず冷めるもののことをスープと呼び愛と呼ぶのだ。」 -
Posted by ブクログ
佐藤正午の『ジャンプ』という小説は、コンビニにリンゴを買いにゆくといって消えたガールフレンドと取り残された僕の5年間の物語である。
ミステリーとして絶賛されたそうだが、これはミステリではなく、紛れもなく優柔不断でやさしくって冷たくって少しシニカルな佐藤正午のいつもの話なのだ、と思った。
主人公に対して、ああ俺ってこんな優柔不断できたねえ野郎だなと、フムフムとうなづくことはできても共感はできない。だから書評とか読むと、怒ってる女の人たちもいたりするのだろう。でもそれが佐藤正午のいいところなのだ。
その頃、1991年に書かれた『放蕩記』を、自宅の本棚の奥から引っ張り出してきて読むことにした。自伝風に作った、これまた佐藤正午という他人との微妙なディスタンスをともってしか生きてゆけない男の物語で、この人の作風というものは変わっていないな、と、再認識した。
で、そう考えると、僕も佐藤正午とつかず離れず共に生きてきた人間なのかもしれない。
君が好きだといいながら平気で二股をかけるような男。お酒に酔ったときだけ笑う男。いつもは怒っているくせにここぞとばかりに下ネタをいう男。誰も信じられず自分のことも信用してないくせに、人に嫌われたり悪口を言われることを人一倍気にかけている男。
決していい読者とはいえないけれど。
『永遠の1/2』『リボルバー』『スペインの雨』『ビコーズ』・・うーん、僕は彼のどこが好きなんだろうか?
彼の書く男たちはつきまとって離れない影のように僕の中にいるのだろう。僕自身と相似形でないにせよ。
『タマネギ刻むと涙が出るじゃない。泣きたいときはタマネギ刻みなさい、泣けない訳があるときはね、それが人生の知恵、悲しい知恵。』
『三百六十日、日日(にちにち)酔うて泥の如し』(放蕩記より)
それから何年たっただろう。
1991年に読んで2002年に読んだ「放蕩記」を、2012年の年末にまた読んだ。
かつてぼくも、きっと、混沌の中にいて、最後には生きようと思ったんだと思う。
さて、現在は52歳の自分、今ではラッキーなのか残念なのか「死のう」とは思っていないけど、なぜか「よりよく生きたい」という意思だけは若い頃より強靭になってきた。
それはきっといいことか、偏屈さが増しただけのことか、あとがないからなのかわからないけど。
この作品の主人公「海藤正男」氏が還ってきたように、ぼくもあと何度か沈みかけたら、その時はまたこの本を手にするのかもしれない。
まあいい、とりあえず今宵もバーボンを飲んで眠りに落ちるとしよう。