開沼博のレビュー一覧
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教員問題を知るために、教員免許を取った現場主義の乙武洋匡さんが、より社会問題を知るために各分野の現場で活動している専門家の方々と対談する『R25』での対談連載「乙武洋匡の自問多答」をまとめた本です。
テレビで報道させる社会問題は、一般人からするとあまり身近に感じられないかもしれない。
だけど、この本で社会問題を解決するために活動している方々をみると、小さなキッカケから始まったり、自身の不満が社会問題に結びついてたなど案外、一般人の自分なんかでもできちゃうかもなんて考えたりできて面白かったです。
社会に対して不満や課題があることに嘆くよりも、解決する側に立って考え行動する方が得るものがあるんじゃないかと思いました。
特別収録の「東浩紀×津田大介×乙武洋匡」ホントに面白い
次の都知事選が楽しみになります笑 -
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ネタバレ○NHK(Eテレ)の番組『新世代が解く!ニッポンのジレンマ』の中から、2013年3月に放送された「僕らの復興論」と「僕らの地域活性化作戦」の2本を、放送の未公開部分を含めて再構成・書籍化されたもの。
○開沼博氏や古市憲寿氏など、1970年以降に生まれた論客(?)により、第1部は東日本大震災からの復興について、第2部は地方の活性化について、それぞれの見解を元に議論。
○第1部については、論客それぞれの立場から「復興」についての考え方、実情、今後について、建設的な議論がなされている。特に、「当事者」としての考え方については、大変興味深かった。この当事者意識については、第2部でも登場するため、本書のキーワードとしても見逃せない。
○第2部については、地域活性化のあり方や方法論について、具体的な検討案の提示を元に、各立場から議論。国と地方の対立や地方分権の推進と行った政治的なものから、地域産業の育成、地域コミュニティの確立といったボトムアップ的なものまで、様々な観点から「地域の活性化」についてのアイデアが出された。特に、「都市部の衰退」の方が「地方の衰退」に比べて根が深いという発想は、今まで無かったため、大変興味深い。
○学生はもとより、NPOや公務員などの公的な仕事をしている方、ビジネスマンなど、地方の活性化に関心がある人は、必読。 -
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ネタバレ○社会学者である開沼博氏の著作。
○現代日本社会の“裏側”を「漂白される(された)もの」とし、12の具体的な事例・ケースをもとに、様々な場所、時間で見られる、普通の日常生活に溶け込んだ「見えないもの」を明らかにしていくことで、日本社会の実像に迫るもの。社会学者の学術書というよりも、ルポライターによる実話本という印象。
○結局のところ、終章にあるとおり、「漂白される社会」とは、「見て見ぬふりをしてきたもの」があふれる社会であり、異端なものをそこに押し込むことによって、表面上は“キレイ”な社会であることを装っているものとのこと。
○私も、本書の12のケースが自分の身近で実際に起こっていることに全く気がつかず、存在自体が無意識に受け入れていた(排除していた?)ということに気がついた。
○世の中の“キレイゴト”の本質をつかむための貴重な一冊。 -
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ホームレスがいても、そこに誰もいなかったように通り過ぎる人々、あってはならぬものを許容しない社会は、本来存在しているものを表向きなかったように見せる。 射幸性の高いパチスロ台が規制され、違法なバカラ店が摘発されても、人の射幸性をあおるビジネスは昨今コンプガチャという形で、子どものケータイゲームという表の世界で表面化して、問題となった。
豊かで自由な先進国であるという日本という建前とは別に直視してこなかった日本の貧困が今あきらかになってきている。ホームレスギャルなど今までそれを表現する言葉がなかった人々が生まれてくる背景には、それはあってはならぬものだったから。言語化されない・表面化しないことにスポットライトをあて、ジャーナリストとして、社会学者として単に好奇心やかわいそうという視点で貧困を描くのではなく、日本の貧困の裏にある社会の現実が明らかにされる良書。 -
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「何か」がおかしいのは分かっている。でも、その「何か」がよく分からないからもどかしい。売春島、偽装結婚、ホームレスギャル、シェアハウスに貧困ビジネス。自由で平和な現代日本の周縁に位置する「あってはならぬもの」たち。それらは今、かつて周縁が保持していた猥雑さを「漂白」され、その色を失いつつあるのだという。
著者は、『「フクシマ」論』でおなじみの社会学者・開沼博。私たちがふだん見て見ぬふりをしている闇の中で目を凝らし、現代社会の実像を描き出す。本書のベースとなったのは、ダイヤモンドオンラインでの連載でも好評を博した「闇の中の社会学」シリーズである。
◆明治以前から売春を生業とする島
その孤島では、島の宿に宿泊するか、あるいは置屋に直接赴くかすれば「女の子」を紹介される。「ショート」の場合は一時間で2万円、「ロング」がいわゆる”お泊り”を指し4万円。女の子の割合は日本人と外国人が半々か、やや外国人が多いかといった様相だ。その島の実態は、遊女の置屋で成り立つ「売春島」なのである。
中部・関西の一部の人々を中心に知られるこの島は、古代からの「風待ち港」であった歴史を持つ。風が吹かず舟を進められない日が続くと、海の男たちは海上では口にできない料理に舌鼓を打ち、航海中に調達できない水上遊女に、安息を求めたのである。明治以降、島自体が「風待ち港」としての役割を終えてからも、「伝統産業」は大きな役割して島を支え続け、現在に至るという
◆池袋、深夜のマクドナルド
終電を逃した大学生やビジネスパーソンの中に混じって、若い女性が二人。顔立ちはまだ10代後半のようだが、肌は荒れ、ボサボサの茶髪は痛み放題。一見分かりづらいが、グレーな貧困に包まれた若年ホームレスなのである。そんな彼女たちの仕事は「移動キャバクラ」。
駅の喫煙所などでライターを借り、いけると踏んだら、名刺を渡して普通の居酒屋へ行く。キャバ嬢のようにガンガン接待をしてから料金交渉に勤しむ。だいたい一回の相場は、5000円から1万円であるという。カネが入れば二人でインターネットカフェやカラオケ店に宿泊する。ないときはマクドナルド
これら二つの風景は、現代の田舎と都会の対比でありながら、その根底で通じ合う。2003年にオープンした「パールビーチ」を代表に、「表」の顔を作ろうと躍起になっている「売春島」。浄化作戦が進む中、情報化・デフレ化の波を活用することで生み出された「移動キャバクラ」。
グレーゾーンの中の白と、白の中のグレーゾーン。一方は隔離・固定化され、一方は代替的なシステムによって補完される。結果的に空間は均質化され、「あってはならぬもの」が不可視化されていく。出会うはずのなかった両端は、同じ方向を向いているのだ。
◆激安シェアハウスに集う人々
若者の新しいライフスタイルの潮流ともなっているシェアハウス。この時代が生んだ「新しい共同体」にも、忍び寄る魔の手がある。ある日シェアハウスの住人が「やばい人と会った!」などと興奮気味に話しかけてきたら要注意。いつの間にやら、物件にネズミ講のブランド名が書かれた大きなダンボールが定期的に届くようになったりする。
さらに「オフ会ビジネス」なるものも存在する。ネット上で「集まろう」という動きを意図的に作り、人を集めてチェーン系居酒屋で飲み食いして利益を出すというものだ。「選択的・流動的・短期的」な「新しい共同体」の誕生と、「貧困」や「夢」や「孤独」。そこには周囲でうごめく商才鋭い人々が控えているのだ
◆生活保護受給マニュアル
ヤミ金にハマった人物が、生活保護を受給するための研修があるという。仲介しているのはヤミ金の運営者自身。「ご案内」に書かれているマニュアルは以下のような記述が… 「部屋をゴミ屋敷にしておく」、「金目の物がある場合、正直に申告し、こちらで預かることにする」、「家賃を最低二ヶ月滞納する」。数週間の準備を経て申請を果たした人物には、後日、生活保護支給決定の通知が届くことになる。
「あってはならぬもの」を「あってはならぬもの」が取り込み、社会の見えぬ部分で、「インフォーマルなセーフティネット」として機能し始める。「純粋な弱者」ではない「グレーな弱者」はやがて、不可視な存在となり、社会の中で潜在化されていく
こちらの二つで提示されているテーマは「住居」と「社会保障」だ。かつて、多くの人々の安定的な生活を支えるために形作られてきた住居やセーフティネット、確固たる価値観がもはや現代において無効となる一方で、その代替物となるものが自主的に構築され始めている。ここに戦後社会が守ってきたものの時間軸における帰結を、見てとることができるのだ。
本書ではこの他にも、「性・ギャンブル・ドラッグの深淵」、「暴力の残余」、「グローバル化の真実」といったテーマが登場する。これら数々の事例に対し、著者は空間的、歴史的、立体的に考察を交えながら、巧みに補助線を引いていく。
規制が強化されることによって、悪が不可視化されていく。この主張自体は、それほど目新しいものでもないだろう。だが、この不可視な世界を「無縁」というキーワードで紐解いていくところが興味深い。最近ではネガティブな論調で語られることの多い「無縁」という言葉も、歴史を遡っていくと両義性があり、それは「自由」という概念にも極めて近いものを持っていたのだという。
「周縁的な存在」が現代に残る「無縁」の一つの形態だとするならば、それが本来見せていた「人の魂をゆるがす文化」や「生命力」も衰えつつあるのではないかと著者は指摘する。それは、ひいては「弱者の弱者化」ということへも密接につながっていくのだ。
かつて「色物」や「色事」に十分な色が残っていた時代、その支配的な眼差しは「色眼鏡」という形で表現されていた。それは、「周縁的な存在」が社会の表面にせり出さなくなった今、「見て見ぬふり」という行為に取って代わられつつある。
「もっともらしいこと」を語り、何も問題が解決しないどころか、むしろ問題の根底を見失わせる。これもある意味において「見て見ぬふり」と同義であるだろう。このような「漂白」時代の新しい「色眼鏡」が、負の連鎖を生み出す一端を担っていることに無自覚であってはならないのだと思う。
本書は学術論文的な考察と、ルポルタージュとしてのリアリティ、その双方を兼ね備えた「論文ルポルタージュ」とでも言うべき新感覚の一冊である。その中では、「あってはならぬもの」同士が相互に接続しながら、もう一つ別のレイヤーを作り出している構図が、鮮明に浮かび上がっている。久々に「ぐうの音も出ない」という言葉を思い出した。 -
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東京大学の上野千鶴子さんのゼミに在先した卒業生が、ゼミで何を学び社会にどんな貢献をしてきたか(していくのか)をのびのびと語った一冊。情報の消費者ではなく、生産者になりなさいとの指導を受けてきた6名のゼミでの経験談やアカデミックな学び、気づきなど知ることができる。
『情報生産者になる』という書籍を上野千鶴子さんが出版しており、その姉妹本という位置付け。これを読んだだけでは情報生産者になれるわけではない。本書で語られる体験に近いものを、自ら経験することが近道なのだろう。問いを立て、その問いへの仮説を構築し、検証していくようなのだが、上野千鶴子さんのように厳しく論理の展開を推し進めてくれるような仕組みはなかなか見つけられない。独学では限界がありそうだが、それに近づくことはできるかもしれないと思わせてくれたかな? -
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事故当時その中枢にいた細野氏が、事故から10年たった今、改めてその現場の中心にいた人たちに問うと同時に、痛烈な問題意識のもと自己検証した一冊。
この本の素晴らしいところは、細野氏が極めて客観的に、当時の行いと本質を語っているところだ。
私たちはあの時何があって、何が行われ、何が行われなかったのかを知るべきであるし、風評被害という人災がいかにして生み出されたかを知るべきである。
そしてその上できちんと見つめ直し、考えるべきである。
まだまだ課題の多い原発事故の処理、それには政治の力がもちろん必要。細野氏のこれからの行動に期待しつつ、私たちもまた、忘れることなく真実を見る目を養わななくてはならない。 -
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東日本の震災、そして原発事故後の福島のことを、
そのままのかたちで伝えてくれる本でした。
そのままのかたちの福島を知らないひとは、
きっと本書を手に取っていない福島県外のひとの
ほぼすべてでしょう。
ぼくは原発事故の問題は福島だけの問題じゃなくて、
日本の問題なのではないか、と大きく捉えてきたふしがあって、
いろいろと放射線や原発関連の本を手に取ってきました。
つまり、自分の問題としても福島の問題をとらえていた。
けれども、やはりそこに住まう人々とはかなり温度差があります。
こっちで勝手に想像している日常や気持ちなどが、
事実とはまったくの正反対を向いていたりもする。
データを用いながら、そういうことを教えてくれる本です。
結局、いまの福島は、日本全体にあるような
少子高齢化や過疎などの問題が福島にも当然あり、
それらが原発事故によって加速されて現実化しているのが
一番大きい問題のようです。
そういう、いわゆるふつうの問題に、
放射線関係の問題が薄い膜のように
覆いかぶさっているとでもいえばいいのか。
最後の章では、
福島を応援したいのならば、「迷惑をかけない」ことだとして、
福島への「ありがた迷惑12カ条」が掲げられていますが、
これがなかなか厳しい物言いで、
ふつうの心理に密着している憐憫などいろいろな心理を
ひっぺがえさなければならないような、
ちょっと痛みをともなう行為をしましょうとなっている。
開沼さん、これは手厳しいのはしょうがないけれど、
これじゃちょっと福島人の孤高を奨励するかのようですよ。
ほうっておいてくれというような、
ひとを遠ざけちゃいそうな感じです。
学者らしい率直な物言いではあるのですが。
憐憫の情などいらぬ、そんなのは野暮である、とされるみたいです。
実際、震災直後なんて、
かわいそうだって非被災地のひとは思ったでしょう。
その延長の気持ちで、いまもちょっと憐憫の情を
持ってしまうひともいるだろうけれど、
迷惑だってやられると、傷つきますよね。
まあ、言わんとしていることはわかるんです。
ぼくの福島の友人にも、
(ぼくは)福島人じゃないのに、
なんでそんなに福島の事を考えるの?
みたいなニュアンスを感じたことがある。
だけれど、きっと難しいところなんですよね。
ぼくの住む街も有名な破たんした街ですが、
憐れみもちょっとはもってくれて構わないんだぜって
このごろ思うんですよ。
前面に憐れみを出されても困りますし、いやですが、
苦境にいることは忘れてほしくないものなんですよね。
まあ、ぼくは多少あまったれなんで、
たまにそういう気持ちになるだけかもしれないですが。
閑話休題。
多少乱文(ひとのことは言えないけれどね)ではありましたが、
論理がしっかりとしていて、読んでいてわかりやすいです。
ただ、それでも、ボリュームがあるし、
ちょっと疲れる部分もありますが、
興味を持って「もっと知りたい!」と思って読めば、
理解できるレベルの論説です。
もう発行から一年がたってしまいましたが、
今読んでもまだ間に合うでしょう。
きっと続編というか、アップデート版が数年後に出版されると思います。
そのときにはまた読みたいですね。 -
Posted by ブクログ
まさに知られざる実体
売春島は関西に夜になるとひっそり現れる
昼は観光、夜も花火に力を入れているが、昔を捨てきれない
移動キャバクラと称して女性二人組でフリーで行っている貧困層もいる
シェアハウスの実態はインテリでもクリエィティブでも無く、主に貧困層が住んでいる
生活保護を受けるべき人が実際に受給出来ている割合は日本はたった18%
デリヘルの次は援デリ(援交デリバリー)が主流
闇バカラ、闇スロット、野球賭博は今でも絶えない
脱法ドラッグ、脱法ハーブ、合法ドラッグ、合法ハーブ、どちらも安心安全なものでは無い
新左翼「過激派」は今もクリーンなNPOなどを傘に存在している
偽装結婚はフィリピン中心
スポーツ留学生はブラジル中心
中国式エステの色々 -
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この人めっちゃ怒ってます。
実地で動く研究者としてすごく真っ当な苛立ちだとは思うんだけども、もう最後の「ありがた迷惑12ヶ条」とか直球すぎて正直戸惑ってしまうがな。
まぁ、それはさておいても、必要な、というか状況を大きくつかむために押さえておくべき内容を具体的な数字とともに追っていて、その正確性についての保障にページを割くよりも、どこでどう間違ってしまいがちだったか、に力点をおいて俗説という物の怪を折伏しようとしてくれております。
印象的だったのは「不幸中の幸いを生み出すために」という項目は、特にこの段階にあって要求されるべき視点だろうと思います。 -
Posted by ブクログ
大地震、原発事故から時間が経過し、人々の意識がどのような変化をしてきたのか、また、現在はどうなのか。
マスコミ・ジャーナリズムの捉え方、そして、情報消費者へ与える影響。
要は、情報を提供する方も、受ける方も、あまりにもステレオタイプ化されてしまっているということを筆者は述べようとしている。
復興、人口、農業、漁業・林業、二次・三次産業、雇用・労働、家族・子どもというカテゴリーに分け、データに基づき、きちんと福島を分析している。
災害により生じた数値なのか、日本経済社会の長期的傾向により生じたものなのか、についても述べている。
「はじめての福島学」丁寧な語り口でした。