岩瀬成子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
岩瀬成子さん、好きなのだけど、子どもの心情を描くのが上手すぎて、辛くなってしまうことも度々ある。
これは『マルの背中』や『ぼくが弟にしたこと』みたいに、明らかに問題のある家庭の話ではないのだが、どこにでもある普通の家庭の息苦しさが伝わってくる。
第1子が中学生になる時期に、賃貸マンションから一戸建て(中古をリフォーム)に引っ越した家族。父は通勤時間が長くなり、母はパート、家事育児、近くに住む老父の世話と、ゆとりのない生活。中古ではあるが新居の手入れもある。中学生の息子と、小五の娘は思春期となり、親の言うことを聞かなくなる。こういう家庭は日本中どこにでもあり、戦争中の外国の家庭や貧困、DVに悩む家庭に比べれば、幸せと言えるくらいだが、じゃあそこにある問題はとるに足りないどうでも良いことかといったら、そんなことはない。本人達にとっては重大で、時には生命の危機にもつながりかねない危険を孕んでいる。
語り手は小五の女の子なので、彼女が感じ取れる範囲で描かれているので、表現はソフトだが、リアルだった。まざまざと思い出すなあ。全く同じシチュエーションじゃなくても。
特に、通勤仕事で疲弊している父親が、パート勤めの妻に子どもに関することを丸投げ。妻は子どものためにと家計の負担となっても塾に通わせたり、部活の道具を揃えてやったりしているのに、二人ともやめたいと言い出す。つい口うるさくなる。父親はたまにしか子どもと会わないから、子どもの味方をする。私が悪いの?という母親の怒りとイライラが分かりすぎる。
でも、岩瀬さんは子どもの心を描くのも上手いので、そんな時子どもはどういう気持ちでいるのかもちゃんと描かれている。
「学校ってね、そういうところなんだと思うよ。おれ、そういうことがわかったの。生徒は競争させられてんだなって。番号をつけられるの。テストの点数で、あなたは何番目の人だよっていわれるの。それは点数のことなのに、人間の番号みたいな感じがするよ。くやしかったら負けるな、勝て、勝ちつづけろっていわれてる、みたいな」(P79)
「そんな理由でやめるってお母さんにいったら、『だめ』って、きっと反対されると思うの。(中略)『そんなことだと将来困る』って、お母さんにまたしかられると思う。お母さんは、わたしが将来ちゃんと生きていけるようにって心配してるんだと、それはわかってる。ても、わたし、自分がしたいかどうかわからないことをがまんしてつづけたくないの。」(P180)
「こうしたほうが」というときのママは、心のなかでは「こうするべきだ」と、ほんとうはすっかり考えを固めているということが、小学生のお兄ちゃんにはわかっていたんだと思う。「うーん」とか、「そうだなあ」と、お兄ちゃんはぼんやりした返事をして、それから最後にはたいてい「わかったよ」と、ママの考えを受け入れていた。(P197)
「なんでも簡単にあきらめてほしくはないの。朋だけじゃないよ、晴太にしても」とママはいった。
「簡単じゃないあきらめ方って、どういうの?いまがそのときって、どうやったらわかるの?」(P200-201)
たいていのおとなは、子どもはいっしょうけんめい勉強するのが一番だと考えている。いっしょうけんめいしたくない、ってことを上手く説明することなんてできるだろうか。(P249)
よその子が同じようなことを苦もなく続けて結果を出していると、比べないでいるのは難しい。親は子どもの将来が少しでも良くなってほしいと思っているだけなのに、その気持ちは伝わらない。
私はつい母親の立場で読んでしまったが、子どもの心を考えたら、子ども達の選択は正しかったと思う。
自分は、子どもの、その時その時の真剣な気持ちにどれだけ向き合っていただろうか。
子どもだけでなく子育て中の親にも読んでほしい。父親にもね。 -
Posted by ブクログ
パートだけで子育てや家事に専念してきた主婦が、突然の離婚。特に資格もなく、いままでのような生活費を得ることかどんなに難しいか…。
仕事が決まらない不安と苛立ちからか、「死のうか」と娘に言ってしまう母。
その一言から、不安と小さな怒りと夏休みを過ごすことになる安澄。
でも、ナゾの店のおじさんに頼まれ、猫のマルの面倒を見ることになる。お店に来るお客たちから、マルの背中の丸い模様をさわると、願いが叶うと言われている。
安澄には、マルがいてくれた、あの夏休み。
離れ離れになってしまった弟、理央。理央には、ゾゾがいた。
母がコンビニのパートの後、帰ってこない日がある。
もしかしたら、自分だけ死んでしまったのか…マルの背中を撫でながら、不安に耐える安澄の姿に胸を締め付けられる。
周りの大人たち…
駄菓子をたくさんくれ、マルを預けてくれたおじさん、おじさんの店の常連の化粧の濃い女の人と、おばあさん。
教会の人たち。
それから安澄にちょっかいを出す自転車の中学生。
感動作とは思わない。
淡々とした、大人たちとのかかわりの中で、自分らしさをしっかりともっていく安澄。
母の仕事がどうなるのか、ゾゾは、とこに行ったのか…
それがこの、安澄とマルの夏のおはなし。
私には映画のようにありありと安澄の呼吸か聞こえてきた。 -
Posted by ブクログ
ビートルズが好きなので気になったのが読むきっかけでしたが、どんどん昭和の時代にタイムスリップしていきました。
小さな文房具屋と店番のおばあさん、和食主体の献立、こたつとテレビ、水商売の女性が放つ独特の雰囲気などなど、とにかく昭和が目の前に迫ってくるのです。年代は違うけれど、同じ昭和生まれとして懐かしくなりました。
ビートルズに関する喜久子の思いが行間からあふれ出てきます。体の中に何らかの変化が起きていて、その表現がなんともいえず良かったです。自分もビートルズを聞き出したころ、こんな反応があったなーとあらためて思い出しました。
作品全体に、少女のビートルズへの思いが詰まっていて、多感な少女期ならではのみずみずしさ、純粋さに切なくなりました。大人になった喜久子はビートルズを聴いてどう感じるのでしょうか? その時々でビートルズの曲が喜久子に寄り添っていることと思えます。自分もそうだから。