村田沙耶香のレビュー一覧
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「人間はなぜ結婚し、働き、子どもを産み、社会を再生産するのか」という根源的な問いを読者に突きつける衝撃の一冊。偏狭的な登場人物、繰り返される奇行、『コンビニ人間』に見る村田沙耶香の独特な世界観は本作も健在ですが、扱うテーマがより高度な哲学になっているという点で芥川賞受賞作を遥かに越えていきます。
フランスの哲学者ミシェル・フーコーは、学校や家族、結婚制度といった社会の仕組みを、人々を「正常な存在」へと導く規律装置として分析しましたが、作中の奈月は、周囲から結婚、出産、社会適応を当然の義務として求められる一方、彼女はその規範に馴染めず、自らを「地球星人ではない」と位置づけます。これは単なる空想ではなく、「私は社会が求める正常な人間ではない」という抵抗の表明として読むことができるのではないでしょうか。
一方、「労働力の再生産」を唱えたマルクスの視点に立てば、家族や結婚は次世代の労働力を再生産する装置として機能します。奈月が作中で「工場」と呼ぶものは、人々が働き、結婚し、子どもを産み、その子どもが再び社会へ組み込まれていく循環そのものです。社会は商品だけでなく、人間そのものを生産し続ける巨大なシステムとして描かれています。
『地球星人』の衝撃は、猟奇的とも言える過激な展開にあるのではなく、読者自身が知らず知らずのうちに、その「工場」の一部として生きていることを突きつけられる点にあります。奈月の狂気は社会からの逸脱ではなく、社会の構造を極端なまでに可視化した結果なのかもしれません。村田沙耶香は、人間社会そのものを問い直すために、「地球星人」という異物の視点を用いたのだと感じました。 -
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ネタバレ本を読み終わった後、心が晴れない感覚とは裏腹にどこかスッキリする気持ちになったのは、私の空子と重なる感情が同化し儀式によって浄化されたからなのか?
儀式が決まったあとの空子の状態を、転職前の自分と重ねた。責務がなくなり、今まで感じたことのなかった心の軽さ。ここにいないがここにいるという感覚。
本に登場する誰かしらには自分や周囲の人との共通点が見つかってしまうのではないだろうか。それくらい人の醜さ・危うさの描写が卓越している。
最後の最後だけはもっとダークなバッドエンドを想像してしまったので、こんな感じかと思った部分はあるが、何十年後かにこんな世界が訪れているのかもしれないと思うと、今の感情を残しておこう。そんなことも感じた本だった。 -
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「静」と「動」の村田沙耶香が楽しめる初期の作品集。「ひかりのあしおと」と「ギンイロノウタ」という2作品が収められています。
2作品は発表時期も近く、どちらも少女・女性の生きづらさが基調にあります。異常な母親(愛菜ちゃんもアカオさんもタイプは異なりますが怖いですね。)や無関心な父親といった歪んだ家族像、顔や目といったモチーフ、現実と妄想の曖昧な境界など、共通する要素は少なくありません。しかし、読後に受ける印象が大きく異なる点が面白いです。
「ひかりのあしおと」は純文学的と言うか、芥川賞受賞作にありそうな内省的な文体。よく抑制されています。一方「ギンイロノウタ」にはもっと過剰で呪術的なイメージが溢れています。僕は「ギンイロ」の方が好みです。
この違いを生み出している要因としては、語り手の年齢差も大きいと思います。「ひかりのあしおと」の誉は大学生、「ギンイロノウタ」の有里は中高生であり、世界の受け止め方そのものが異なります。しかしそれ以上に、生きづらさの起点となる出来事の有無が重要なのではないかと思いました。
誉はピンク色の怪人によるトイレ閉じ込め事件をキッカケにトラウマを抱え、壊れてしまいます。しかし、起点となる決定的な事件のない有里の方がより深刻です。有里は生まれながらの資質や環境で、自然と内側から壊れていった感じがします。それだけに、逃げ場のない絶望感が際立ってました。
また、両作の結末における「解決」のあり方も対照的でした。ひかりを受け入れた誉と、ギンイロの世界に飛び込んでいく有里。テーマは似ているのに、正反対の結末でした。
最近の村田作品は「ギンイロ」の方に近いのかなと思います。村田沙耶香という作家の世界観はこの段階ですでに完成している感じがありますね。
面白かったです。 -
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村田沙耶香さんは感性が人間離れしてらっしゃるな、と。コンビニ人間もそうだけど、見てる世界を根本から揺るがせる。
「ここは巣の羅列であり、人間を作る工場でもある。私はこの街で、ニ種類の意味で道具だ。
一つは、お勉強を頑張って、働く道具になること。
一つは、女の子を頑張って、この街のための生殖器になること。」
「どうして私と誰かをセックスさせずにはいられないのか、私にはわからなかった。」
工場(現実世界のマジョリティも)の人間は(実際には無意識でも)生殖に向かわない人を異物として見るところがある。もちろん、生物としては正解の行動なのだろうけど、奈月らから見るとただの宗教。
にしても、最後は気持ち悪かった…地球星人の自分から決別したことを示しているんだろうけど、お腹いっぱいの状態で見たらゲロ出る。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ生や性の価値観が異なる社会を設定した、4つの短編集。不思議な設定だけど、リアルでもあり、面白い作品だった。あと、やっぱり表現が綺麗。
「殺人出産」
10人産むと1人殺せる“産み人”制度が定着したことで、人々の生と性に対する価値観は変容し、殺意が人を産み出す社会。
一見狂った世界に思うが、読んでいるうちに、今の自分にとって当たり前の社会が、100年、200年後、“今”を知らない人々にとって当たり前なのか奇妙なものになっているのか。足下がグラつく感じがした。
「トリプル」
3人での恋人“トリプル”が流行りつつある社会。
2人でのカップルが自然と考える人からは、3Pや乱交のイメージで「厭らしい」、「淫売」と扱われる。
逆に、ただ性器での繋がり、快楽を追求するカップルの性行為を、トリプルの主人公は「おぞましい」と感じてしまう。
“性趣向”ではなく、新しい“性行為”に出会った。その他特段の感想なし。
「清潔な結婚」
家庭に性行為を持ち込まず“仲の良い兄妹”のような関係を望む夫婦が、子どもを授かるために“医療行為としてのセックス”を受ける。
(“医療行為としてのセックス”とは、単に寸前まで看護師がオナホでしごいて、最後だけ挿入する力技だった。)
恋愛から結婚生活へ移行後、共に暮らす場に性を持ち込みたくないという考えに触れ、少し自分の妻の気持ちを理解できた気がした。
「余命」
医療が発達し、老衰も事故も含め、死を克服して人々が自分で死ぬ時期・方法を自由に考えられる社会
こんな社会でも、結局周囲の評価を気にして死に方を選ぶ主人公に共感。選べるって自由だけど不自由なんだな。