松村涼哉のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
「JANE DOEを聴きながら読むと…」というシチュエーションでのおすすめに音楽好きとして興味を惹かれ、読んでみました。
"Jane Doe"
英語圏で「身元不明の女性」や「匿名の女性」を指す際に使われる仮名(ダミーネーム)
表紙に添えられた英語のサブタイトルは
"Nobody knows the children in this world"
そして、たえさんの描かれた表紙絵の、白を基調とした配色の中、深い諦観に覆われたようにも静かな怒りを湛えたようにも見える青年の真っ直ぐな視線。
胸が締め付けられるような、悲痛な物語を想像させるコンテクストが入口からとても印象的に作られていて好き。
「死ぬくらいなら、僕の分身にならないか?」
生きることに絶望し自殺しようとしていた立井潤貴の前にそう言って現れた高木健介。
それ以来、立井は高木として生き始める。
というところから始まる物語。
正直、あまりにあまりにもな不幸の連鎖を描くような物語にはそこまで共感できない、話に入り切れない人間だと思っています。
が、今回は違った。
圧倒的な、「JANE DOE」の引力。
あまりにも悲惨な彼らの過去、世界のやるせなさを濃縮したかのような物語に通奏低音としてこの曲が流れることで、文章がアニメーション映画のようにカラフルに流れ出す。
とても青い心で、めちゃくちゃ感情移入して苦しくなりながら読み進めました。出会えて良かった。
あと、なんていうか、こんな風に音楽とシンクロする物語を想像(創造)したいという意味で、「小説書きたいなぁ」って少し思えました。
『蜜蜂と遠雷』とは全然違うベクトルの、"小説×音楽"の初めての体験。考えた人天才。 -
Posted by ブクログ
1日で一冊読んだのは初めてである
のめり込んでいた、読み終わった直後のこの感覚。どう表現したらいいのかわからないが忘れたくない
世界がまるで違って見える。電車を降りようとした途端、知った顔が並ぶ。普段の私なら話しかけるか迷って辞めるただそれだけだ。だけど今は違う、もう少し考えが深まる。この人たちもそれぞれ違った思いを持っている。今話しかけたらどうなる、それよりも今の心の温度を保ちたい。
それと、この文章を書くとなった時、今日にもうひとつ書き残したいことがあったのを思い出した。だけどそれが何かわからない。忘れてしまった。あとで書こうと思ってたら忘れた。なんだったんだろう、それも何か大切なことだったのに。。
それを探すより今は作品の余韻に浸りたい。
こんなこと書いてあとで読み返しても、もう一度同じ書籍を読み返しても二度と同じ温度感に熱させることはできないんだろう。結局、私という同じ外見を生きていても瞬時に変貌していく。それなのに個々が同じになるはずがない、分かり合えるわけがない、。それでいいんだろうな。
何を学んだんだろう。言葉にはできない締め付けも苦しみも行を進めるごとに変化し続け決して同様なものができることはなかった。
そうだ、初めてこの著者の作品を読んだ時も似た感覚を得た。あれから5年以上経ったのか。それでも全く同じとは言わずとも変わらないものもあるのだ。
現実感がまるでない、今もこの文章を思い立ったままに形に残しつつ帰路を進んでいる。周囲の人も車も何もかも忘れていたことに気づく。
学びを表現するならば、社会のあらゆる厳しさの中から逃げるを選択するという選択もあるということを教えてくれた。逃げていいと。そして、それは誰にでもあって誰かにとっては悪に思えることかもしれないが、とある人からすると守る術。そのまた逆もある。
それでいい。そうやって世界は回っているのだ。
そして、どこかで誰かはわかってくれる人がいる。それに救われることがある。その人はまた何かで苦しんでいて、それに気づけるような人になりたい。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ排除型社会をテーマに書かれた作品。
まさに現代社会だと思った。
目に見えて物価が上がり人口が減り少子高齢化になり昔に比べて廃れていく日本、そんな現状を見てると未来に希望が持てない社会的排除へと歩み出してるからこそ深く刺さった。同時に排除型社会についてもっと知りたいと思った。
この作品に出てくる主要人物は最終的に皆それぞれ自分自身や社会の問題に対して様々な選択をするけれどどれも間違っていないと感じた。
戦ったり逃げたり助けを求めたり色々な戦略の中で自分にとってどれが最適か、あるいは苦しまずにいれる方法はどれかを自由に選択できてそれを他人が咎められる事のない世の中になればいいのにと思った。難しいだろうけど。