渋沢栄一のレビュー一覧
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・「子が考をするのではなく、親が子に考をさせるのである」―家業に従事させるために息子をとどめようとすると、その決意の固さから息子は父の元から飛び出さざるをえず、親不孝な子にしてしまうという事です。逆に言えば、親孝行な息子にするには、親が折れるしかないということです。ここから子どもの人格を尊重し、独立を認める親の「子離れ」のあり方を学ぶことができます。
・蚊のたかってくるように、用のたかってくる人にならなければいかんよ。役に立つ者は用に追いかけられるが、役に立たん者は用のほうで逃げてゆく。―「頼まれごと」が多くなる働き方をする。
・変化に翻弄されないための「孔子の九か条」①見る、②聞く、③顔色(温和にする)、④態度(恭しく、慎み深く)、⑤言葉(忠実に言行一致)、⑥仕事(慎重に軽はずみがないように)、⑦疑問(素直に聞き、解決する)、⑧怒り、⑨利益(道義にかなうものかどうか)
・資本は万能ではない、もっと大切なのは人である。資本の価値も、これを活用する人によって定まるのである。「岩崎は資本を解いた。渋沢は人材を解いた。」①活用―資本をどう活用するかに価値がある。②人材―資本を活用できる人材となるために、能力と道徳心の向上が大切である。
・志を固めるのに、環境や年齢に左右されることはない。①環境の制約のなかで長所を生かす。②「四十歳にして惑わず」。志はじっくり固めていけば良い。いったん固まったらそれを貫く。でないとものになりません。
・「自分さえ・・・」の発送が人を不幸にする。①「お先にどうぞ」と相手に譲ることを学ぶ。利他。②「規則正しく」という道理。
・一時的に終わる成功、一生涯続く成功。実力もないのに成功の果実だけ得ようとすることーこれを無理と呼びます。成功するには、急がば回れで、実力を養うことです。つねに実力を鍛えている人は、いったん世に出れば、一時的な成功に終わることがありません。
・磁石力。仕事と地位を引きつける磁石力。それは①能力と②人柄。
・読んで心に残らぬようなことなら、万巻の書を読破した者でも、なおよく一冊を記憶する者に及ばぬわけである。ゆえに読書の要は「心記」にあるに相違ない。
・寝る前にする三省。①他人の相談にのったとき、相手のためを考えて十分に誠意をつくしたか。②友人との交際のときに、言葉と行動が違っていなかったか。③まだ理解が浅い事を他人に教えなかったか。
・教える側に求められる「四つの力」。江戸末期、儒教の漢籍などを通じて自分を修養し世を治めるという学問を学びました。しかし、維新後、「知識を学ぶ」という側面が肥大化します。その結果、同じ学ぶならおもしろく、という方向に流れるのは当然の成り行きでしょう。-人物づくりをおろそかにしたツケが、社会のモラル低下を招いてはいないでしょうか。「教師の徳望、才能、学問、人格がもう一層進まなければ、その子弟をして敬虔の念を起こさしむることはできぬ」。社会のモラルを高めるためにも、ますます教師の感化力が求められます。
・人間には如何に知恵があっても、人情に惇朴なところがないと、とかく悪い事をするようになりがちなものである。人物を採用するにあたって、「惇朴」であること、飾り気や策略のない真心があるかどうかが大切。
・三傑に共通する「君子は器ならず」。大久保利通、西郷隆盛、木戸孝允―器として何らかの役にたつ人は小人です。これに対して君子は徳を修めた人で「器ならず」といのは、容器を使う人だということです。君子は、奥底の知れないスケールがある人物だということです。
・議論は私事のためではなく、公のために交わすもの。
・維新の元勲らに、自らを富まさんとする念なく、国家を思うの念が先に立ったについては、私の考えうるところでは、孔子教の感化に与って力があったように思われる。
・用いられぬために駄目になってしまうような人は、用いられてもやはり駄目な人である。腐らずに勉強を続ければ、いつか必ずいい仕事に出会える。
・小事を粗末にするような粗大な人では、所詮大事を成功させることはできない。与えられた仕事に、どれだけ一所懸命になれるかが成功のカギ
・金に対する覚悟。お金を重んじすぎないこと、お金を軽んじ過ぎないこと。
・子孫に相当の学問を授け、その知能を啓発しておきさえすれば、充分自ら養うて出るだけの力があるはずである。必ずしも遺産をその子孫に与うることを悪いとは言わぬが、己の使命に閑却してまでも、遺産をつくるべき必要はなかろうと思う。子孫に遺すべきは、財産ではなく「自分で生きる力」である。つまり自助の能力である。そのために必要なのは①学問、②精神、③健康であり、これら三つがそろっていれば、人は自分で自分を養っていくことができます。 -
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一言で言ってしまえば、自分には難しすぎてその言葉の意味をしっかりと理解することができなかった。まだまだ青いということか。確かに、今のご年配の方がこの本を熱心に薦めてくる気持ちもわからなくはない。というよりも、ここには人としての理想とされる在り方が余すところなく書かれていることだろう。自分も、5年後、10年後、いやもっと年をとったときに、その内容が少しずつでもわかるようになっており、それが自分の中にすっーと入ってくるようになることを、今はただただ期待して待つしかない。それまではがむしゃらに泥臭く、世の中の何たるかを知るにつとめたいと思う次第である。
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現在大河ドラマ『竜馬伝』が人気です。幕末の混乱期に颯爽と登場し、疾風怒濤のようにその生涯を駆けた竜馬の姿が、この混迷する時代に重なるのかもしれません。また、福山雅治のかっこよさも人気の秘密なのでしょう。
この『竜馬伝』で、ストーリーテラーとして登場するのが三菱財閥の創始者である岩崎弥太郎。演ずるは香川照之。香川照之の演技があまりにも印象的なため、そちらにばかり目が向きがちになます。
岩崎弥太郎と同じ時代に活躍した“日本資本主義の父”とも称されるのが、渋沢栄一。渋沢栄一はもともと徳川慶喜に仕える幕臣でありましたが、様々な紆余曲折を経て大蔵省に入り、その後は大蔵省も退官して実業界へと転進していった方です。実業界に転進してからは、第一国立銀行(現・みずほ銀行)の設立をはじめ、東京ガス、帝国ホテル、王子製紙など多種多様な企業の設立をしていき、その数は500以上にものぼるといいます。また、実業界だけではなく、日本赤十字社の設立や、関東大震災の復興に全力を尽くすなど、社会活動家としての面も強い方です。
実業と社会貢献という二つのバランスをうまく取りながら生きた渋沢栄一の名著が、
『論語と算盤』です。実業という世界は、とかく利益優先になりがちなところがあり、その行為は他者を追いやることにもなりかねません。そこで渋沢栄一は、実業の世界を生きていくうえで、自らに課した倫理的よりどころを『論語』に求め、その経済方針は、「道徳経済合一説」とも言われます。
『論語』と言いますと、とかく融通が利かない時代遅れな思想と思われがちで、最近でもあまり省みられることが少なくなってきたように思います。しかし、『論語』が経済を批判する思想だという指摘は、決して妥当ではありません。『論語』の思想をうまく活用することで経済を活かすことができる、それを実際に渋沢栄一が体現しています。
経済が加速しながらグローバル化し、人々の生活を脅かす存在になりました。巨大な経済、つまり無軌道になってしまった巨大なお金の力が、普通の生活を破壊している時代です。そこに歯止めをかけるには、経済界にも“思想”が必要なのではないでしょうか。
人間の心と経済の豊かさをバランスよく求め、そしてそれを実現した渋沢栄一のエッセンスがつまった本書は、現代を生きる指針として今に通じるものが多々あります。
本書の中からの抜粋です。
事柄に対していかにせば道理にかなうかをまず考え、しかしてその道理にかなったやり方をすれば国家社会の利益となるかを考え、さらにかくすれば自己のためにもなるかと考える、そう考えてみたとき、もしそれが自己のためにはならぬが、道理にもかない、国家社会をも利益するということなら、世は断然自己を捨て、道理のあるところに従うつもりである。
自己よりも他者を考える・・・道理、道に従う・・・実業も生きるヒントも、ここにあるのかもしれません。 -
購入済み
実際のところ
恥ずべき戦争をやらかして、国内外に多大な迷惑をかけた。
これに懲りて学習した。これは、まあ、やってしまったことは仕方がない。
このシステムを構築したのは山縣有朋、長州人です。伊藤博文と同郷で仲良し。
勝った方は、朝鮮でドロー、ベトナムでタコ負け、アフガニスタンで恨みを買って911招く。
イランやイスラエルでまた同じことしてる。
過去に頭のいい人達がきちんと指針を示しても、今日の国の頭がその指針を受け入れないものだから、
学習能力が皆無というべきか、ガソリンは高いままだし、世の中ままならないものです。お好みで。 -
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ネタバレ渋沢栄一は大河ドラマで見て知っていたので、なんとなく人生を想像しながら読めた。
論語と経済思想をいかに両立させるか、いかに稼ぐかみたいな話を聞きたいなと思っていたが、どちらかというと近代日本を作った渋沢翁が若者に送る言葉、今後の日本社会への懸念みたいな印象を受けた。
最後に渋沢栄一がどんな人生を送り、どんなに働いたかみたいな章があるのだが、そんな章でも「渋沢栄一は女遊びたくさんしてました」と書かれてて笑った。家族からもいじられてたらしく、そこまでだったのか…と再認識した。
論語を実践する立派な財界人というのと女をたくさん持つというのは両立できるのだなという気づきを得た
論語と算盤というより論語と女って感じだが……