布施祐仁のレビュー一覧
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従属とは日本(ないし自衛隊を通じて直接的に)アメリカ(ないし米軍)に従属する(安保条約を通じ)ことで、歴史的に実態として反共の前線として役割を果たしてきたこと(非核三原則を建前にしながら)から更に台湾有事をきっかけとする日中戦争の最前線かつ実行部隊に組み込まれていく最近の状況を公開資料やデータを基に平易に解き明かしていく。
政府発表の裏にある真実(本音)を一般国民が解き明かすことは難しいが、本書のような最新の情報に触れながら選挙で政権を選択することはできる。
米軍の核の傘に残る自民党の政治と非核化をどれだけ真剣に推進し,自立的な安全保障(外交)を薦めるか(択一的ではないが)問われている。 -
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この本が出版されて2年たったが、リスクはますます高まったように思われる。
いざという時にはアメリカが助けてくれるという神話から抜け出せない国民が、政府の、アメリカの言うがままの防衛力増大にノーと言えてないのだ。北朝鮮や中国の脅威を煽られるまま防衛にもっと力を入れなければと思わせられている人が多すぎる。本当のことを勉強してほしい。
どうしてアメリカのために日本の税金や、いざ戦争となった時は日本人の命まで捧げなければいけないのか。
布施さんのご著書、Xで教えられることが非常に多い。フリーの立場で、現場に赴き、資料の公開請求等で事実を掘り起こし、考察し、それを公開しておられる人の話をよく聞くべきだ。 -
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自衛隊の海外派遣について、とてもわかりやすく書かれていた。地道な資料請求、取材に一国民として感謝したい。肝心な資料を隠蔽したり、破棄したり、改竄したり、開示されても真っ黒だったり、そんなことは本当にやめて欲しい。
日報の保存期間が延長され(破棄できなくなった)公文書館に移管されることになったのは、著者の功績だろう。
今後の日本(自衛隊)ができるPKO活動の著者の提言もなるほどと思い、国としても考えてくれていると信じたいが、何も考えていないかも。アメリカの要請に従うことしかできないのかも。なんだか悲しいが、隠蔽や現地の戦況の過小説明で、肝心のPKO活動に参加された自衛隊の人への国民の評価が抑えられてしまうことも、酷いことだと思う。 -
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日報隠蔽問題が発覚し、当時の防衛大臣や、自衛隊幹部が辞任する事態にまで至った南スーダンPKO活動。その時に明らかになったのは、どう見ても戦場となっている地域に自衛隊を派遣しながら「停戦合意がある」、銃撃戦があっても「散発的な発砲がある」等の事実を捻じ曲げた政治家のロジックでした。自衛隊のPKO参加は、1991年の湾岸戦争後に掃海艇の派遣から始まって南スーダンに至るまで約25年間続きました。本書で明らかにされているのは、そのほとんどの現場で、自衛隊が現地の戦闘に巻き込まれていてもおかしくない状況に幾度となく遭遇していた事実です。
「武器の使用は正当防衛と緊急避難の時だけ認める(他者を守る目的のみでは武器使用が認められない以上、昨今のPKOで多く見られる文民警護任務では、自衛隊自身が相手の攻撃に身をさらし、あえて攻撃を受けてから武器を使用するしかない)」、「自衛隊は多国籍軍に入るが、同司令部の指揮下には入らず、戦闘に巻き込まれる可能性があれば撤退可能(実際には、現地司令部と一体化して活動するしかなく、現地で命令を受けながら武力行使を拒むのは事実上不可能)」などなど、PKO活動の実情と憲法9条の制限下で”出来ること”には非常に大きな矛盾を抱えながらの派遣であったことが明らかにされています。
本書後半で筆者も指摘していますが、建前は「国際貢献」でありながら、その実情は「自衛隊の海外活動の既成事実化」という構図では現場に派遣された自衛隊員にしわ寄せが及びます。「本来なら激しい戦闘の中でも、一人の犠牲者も出さずに任務を完遂したことは誇れることのはずなのに、(政府が戦闘を否定したことで)いてはならない所から帰ってきたようで、話す事が憚れるような空気がありました。これでは厳しい状況で任務を完遂した隊員に失礼です」との発言をされている派遣された自衛隊幹部の言葉は重く受け止めなければならいと思います。結局、自衛隊の派遣を決めるのは政治家ですし、その政治家を選ぶのは有権者の国民です。本書の結びでも上記の自衛隊幹部の言葉が引用されていますが「国民がどこまで自衛隊の負うリスクを許容できるのか、一人一人が考える必要がある」との発言には、非常に共感できました。 -
Posted by ブクログ
国際平和協力法、PKO法による自衛隊の海外派遣が始まって30年が過ぎていた。自衛隊が派遣された場所は、それまで紛争地でまだ敵対する勢力が停戦に合意しているだけの戦地であったことを、情報公開された「活動」日報によって明らかにする地道な取材で明らかにしてくれる労作。今ウクライナで戦争が起こっている時に自衛隊に防衛以外の任務を付与する余裕はないようにも考えるものの、本書にいくつかの提案は考えていいのかと思えた。軍事監視要員派遣、重機などの操作訓練を行う派遣など、「一人も殺さないアクター」として国際平和に貢献する道を模索してほしいとの著者の願いは印象的だ。それにつけても自分の行った判断を記録して胸を張って世の検証を受ける公務員、政治家が多数派となってほしいものだ。
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ネタバレ他書の引用で紹介されていたので、自分には珍しくドキュメンタリーを手に取りました。政府の隠蔽体質を暴く丹念な取材は、稲田大臣とは好対象なファクトを積み重ねた結果だったと言えるだろう。著書のようなジャーナリストが居なければ、政府の現実無視(南スーダンの戦闘状態)、実績作りありきで政策をを操る政府の危うい運営の結果、自衛隊から犠牲者が出ていたかもしれない。こんなご都合主義の政権が軍隊を操れる危うさを恐ろしく思う。ただ、著書の考える憲法9条を遵守すれば良いという考えには同意できない。平和は尊いけれども隣国中国と共存していくには、各国と協調しながら自国の責務を果たせるだけの武力は必要だろう。だからこそ、シビリアンコントロールも同時に機能させなければならないと思う。
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ネタバレ世の中のことにとても疎いので読んでよかった。
印象に残ったワード「全体主義」「差別」「ファシズム」「水道法改正」「種苗法改定」「カジノ」「歴史修正主義」
コロナ禍だからこそ伝えたい「自由」と「権利」と「多様性」
p19「自由や多様性を守る」ということは、(コロナ禍で)マスクをしない人も、バーベキューをする人も、同じ社会で暮らす仲間として尊重するということ…せめて糾弾したり排除したりしないということ…自分たちの安全のためにどうしても行動を変えてもらう必要があるならば、その人の人権や生活が損なわれないよう、民主的な手続きを守りながら、理性的にお願いするということ
p17〜18 社会を民主的に保ちたいのであれば、…個人の自由や権利に制約を課すことには、極めて抑制的でなければならない。同時に、私たちは制約を課したり課されたりすることに、常に抵抗感と違和感を保たなければならないのであって、絶対に慣れてしまってはいけない。…多くの権利者にとって、市民の人権を容易に制限できる状況は、とても都合がよいものだから
p21 民主社会の強みの一つは、多様な背景を持つ多様な人々が存在するがゆえに、大きな社会問題が生じた際にも多方面から無数の解決法が自由に試みられることにある。そうした解決法には、優れたものも、ダメなものもあるだろうが、ダメなものは次第に淘汰され、優れたものが採用されていく。それがイノベーションの基本的な力学だ。
映画作家 想田和弘
集団行動が生み出す独特の高揚感は、集団を統率する権威と結びついたとき、ファシズムへと変貌する
p267 権威に従属することによって人は行動に伴う責任から解放され、社会的な制約から「自由」に行動できるようになる…こうした治外法権的な状況がいったん成立すると、これを維持・強化しようとする動きが服従者の側から自発的に出てくる。それは人びとが自分の行動の責任を指導者にゆだね、その命令を遂行することにのみ責任を感じはじめるという、状況的義務への拘束が生じるためである。
甲南大学教授 田野大輔
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身内に自衛隊員がいながら、今頃このようなもの読んでいる自分のアンテナを先ずは猛省。
フリージャーナリストの布施祐仁氏が防衛省・自衛隊の日報隠蔽を調査報道して稲田大臣達を辞任に追い込んだ事件は記憶に新しいが、隠蔽ばかりがフォーカスされた結果、肝心の南スーダン情勢そのものは然程クローズアップされずに森友・加計問題に突入してしまったから、三浦英之氏パートは貴重。
「自衛隊大事」ならぬ「自衛隊派遣大事」の日本政府には今更驚かないけれど、南スーダンでの状況を「武力紛争」と認めるかどうかの競り合いの側面に、国際法的な問題点のあることが指摘されている。
軍法会議が存在しない自衛隊。市街戦になって非戦闘員を誤射した場合、刑法に国外犯規定がないのに「業務上過失致死罪」で処理するのか?って…かなり無理がありませんか?
ウガンダ北部の難民キャンプ内にある「元少年兵」施設もすごい。そもそも、キャンプの6、7割が子ども、戦災孤児。
巻末対談で気になったのが、国連PKOの変質。それと、非軍事的な国際貢献。 -
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ジャーナリストの矜恃ここにあり!
大まかな推移は、「はじめに」で三浦英之さんが3pでまとめている。
それを更にまとめると、
2012年南スーダンに自衛隊が平和維持活動(PKO)で派遣される
2016年7月、大統領派と副大統領派の、首都ジュバでの大規模な戦闘が発生する。
当時、日本政府は「政府軍と反政府軍との間に散発的な発砲事案が生じている」と発表。
憲法9条は、海外での武力行使を厳しく禁じている。よってPKO派遣の原則は「現地で戦闘が起きていないこと」であった。政府は奇策を打った。南スーダンの事実を加工して「戦闘」を「衝突」と言い換えた。
「戦闘」か「衝突」か、国会やマスコミが不毛な議論を繰り返している時に、朝日記者の三浦さんは南スーダンに飛び込む。
一方、日本ではフリージャーナリストの布施さんが、情報公開制度を駆使して、政府の内部資料によって政府の嘘を次々と暴いていった。
そして、やがて追い詰められて、翌年7月現職の防衛大臣稲田朋美、事務次官、陸上幕僚長という国防トップ3の辞任に発展し、PKOは5月に撤収した。
2人のジャーナリストの共闘は、SNSという新しい時代のツールによって成し遂げられた。
事実とは何か。権力とは何か。(13-15p)
この書で、石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞受賞。
これら簡単な経緯は、連日報道されていたので多くの方が今だに覚えていることだろう。本書を読む意義は、それを再確認することではない。
真実は細部に宿る。
「結論ありき」の為に、防衛省全体で事実を隠微した経緯。自衛隊への「駆けつけ警護任務付与の実績つくり」のために、国会で言葉遊びをすればやり抜けると思っていた稲田防衛大臣以下官僚、もしかしたら官邸も。南スーダンの現実に「臭いものに蓋をする」仕組み。国内では通用しても、自衛隊をあのまま南スーダンにおけば決定的な戦闘が起きて、隊員の命を脅かしていた。PKO現場では通用しない「平和ボケ」した対応。公文書に対する態度。不都合な真実を隠微する体質。‥‥は布施さんが詳細に描いた。
その間をぬって、三浦さんの、下手をすれば兵士に連行されるような取材や、悲惨な耳を覆いたくなるような戦争被害者の声が綴られる。そして現場の写真を見る。百聞は一見にしかず。
「戦争の最初の犠牲者は真実である」(アイスキュロス)
これらの細部を読み終わった私に去来するのは、これは3年前の出来事じゃない。今現在、官邸で起きていることだ。ということだ。しかも、この「失敗」を正しく学んで、この伏魔殿は、さらに分かりにくく強力な「隠微」を完成させたようだ。新型コロナの相談目安が厳しくて何人も人が亡くなっているのに、それは「誤解だった」と言って責任逃れをする大臣も出てきた。もはや、滅多なことでは新しい議事録などは出てこない。(←書評なので、日々変化する時事問題を評するのは反則かもしれないが、本書から連想される事柄を言わないのは又違う気もしている。それに、ここで書いたことは一年後に読んでも当てはまることだと確信している)
私たちは、私たちのアンテナを鍛えなくてはならない。
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少し前の国会答弁で立憲民主の議員が「経済的に厳しい子供たちが自衛隊に行く。豊かな子供たちは自衛隊にならない」との発言した事で、小泉防衛大臣が「配慮が欠ける発言だ」と抗議した件。最終的に発言した議員側が謝罪し、撤回するに至ったが、これをニュースで見た時は正直に驚いた。こうした発言が報道されて正に国の防衛の任に就く自衛官に伝わらない訳が無いし、聴く側がそれに対してどの様な感情を覚えるかなど容易に想像がつく。だからこそ敢えて自衛官たちに聴かせることによって何かメリットがあったのか、観ていて混乱する。まあ、防衛大臣でなくとも、身内からでも失礼だと叱責するぐらいがちょうど良かった様にも思える。一体何を伝えたかったのか、議員の狙いは国民に問題提起をする為に自らを犠牲にしたのでは無いかとさえ考えてしまう。
確かに本書を読むと、日本だけでなくアメリカをはじめとした世界各国で相対的に所得が低い若年層がそうした組織に身を投じるということはあると思う。経済的に志望する学業に進めない人や、経済的に困窮した人、一昔前ならバブル崩壊後で希望の職業につけなかった人が、そうした道を選ぶこともあっただろう。今ロシアがウクライナ侵攻から数年経過し、余りの軍人の死傷数から、戦争継続のために借金を帳消しにして若者をスカウトしているのも似た様な状況だろう。自衛隊出身の人気芸人が経済的な理由を入隊のきっかけ、と発言したことからも、そうした一面は垣間見れる。だが、必ずしも誰もがそれだけの理由では無いだろうし、自衛隊以外でも自分の希望通りの道を歩めず別の道を行くというのはあり得る話だ。本書はそうした経済的な境遇にある人を採用する自衛隊の実情について、「経済的徴兵」という言葉で問題提起する内容となっている。予め言っておくが、そうした言葉を使いながらも、それだけを理由にするわけでは無いし、様々な数値データを用いて、どの様な状況にあるかを冷静に分析していく内容である。
とは言え、やはり数値が示す様に経済的に充分な環境とは言い難い若者へのスカウトは事実としてあるし、スカウトの成功数を見てもそうした傾向がある事は否めない。そこには自衛官を目指す人数が経済の状況に大きく左右されることもわかる。経済が低迷し就職難となれば応募数は増加するし、逆に経済が好調なら減少するのは当たり前と言えば当たり前の話である。また、自衛隊の海外派遣という出来事は、自衛官に死の覚悟も強いなければならないから、そうした情勢も応募数には影響を及ぼす。今は経済が上向きで人手不足であるから、自衛隊もそれと同じ状況にある。部隊の定員割れは、思い描いた作戦遂行に支障を来たすのは目に見えているし、その時に本当に自衛隊の主任務である国を守る事が現実的かという問題にも直面している。戦争ができる国になる前に、自国を守れるかの事態に陥りかねないという事である。
日本国憲法18条、人身の自由とは「誰であっても、奴隷のように扱われたり、自分の意思に反して無理やり働かされたりすることはない」と定めている。流石にこの憲法下では、徴兵制の実現はないだろうが、ドイツの様に、有事にあっては国防のためには兵士にならざるを得ない時代が来るかもしれない。ウクライナではロシアの侵攻を受けて、一定年齢の男性の国外への移動が禁じられた。今、日本はそうした有事に直面していないが、高市総理の台湾有事の発言に見られる様に、国際情勢はいつそうした危険水域に達するかは判らない。だからこそ日常的に戦闘を生業とする人々がいるといないでは、自衛の力も段違いである。
ここでは答えは書かない。それは日本人なら、日本という国を存続させるためには、一人一人が自衛隊に頼るばかりではなく自らが何をすべきかを考える必要があると感じる。本書を読み、何を感じどうアクションするかは個人の自由であるが、事が起きてからでは遅い。今平和だからこそ、次の世代の平和のために何が必要か。改めて考える時期がきているのではないだろうか。 -
Posted by ブクログ
在野のジャーナリストによる情報公開請求が端緒となり、稲田朋美氏を防衛大臣辞任に追い込んだのか。そして、現地取材記者との見事なタッグでその顛末を届けてくれた。こうして記録で振り返れば、派遣隊員によるかけ替えのない報告を即座に処分したなんて偽りとしか考えられないが、「日報」の存在に着目した布施氏はエライ。正直、隠蔽なんて官民あらゆる組織で茶飯事だろうが、コトがコトだけに晒された意義は絶大だ。それにしても、南スーダンの腐敗ぶりの凄まじさを知る。レイブ、略奪、殺戮。彼らが手にしている武器を製造し、武器商人とつながっているのは国連安保理常任理事国なんだよなぁ。マッチポンプだわ。