丸山俊一のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
この本はNHKテレビで放送されたものの書籍化らしいですが、見ていなかったので読んで見ました。読んだ後にテレビで観たかったなぁと思ったのは、Tesla P85Dが『IN-SANE MODE』で走る姿くらいで、後はむしろ書籍でじっくり『欲望』の加速感を味わうことができたのではないかと思っている。
安田洋祐氏(経済学者)が現在の経済の歩んでいる方向をインタビューを通じて、読者(視聴者)に伝えていく手法で進んでいく。最初にノーベル賞学者スティグリッツ、そして異端の奇才エコノミスト・セドラチェクと続いていくのだけれど、
私はセドラチェクが引用した古代ギリシャの話がこの番組を見事にイメージさせてくれたと思っている。
(以下)
〜〜ストア派《ヘレニズム哲学の学派。始祖はゼノン。徳を重んじ、欲望を抑制し人格の完成と心の平穏を追求した》とエピクロス派《欲しい物がこんなにあるのに、これしか持っていないと、需要に対して供給が足りないと主張します。》が論争する中で、ストア派が『供給に合わせて需要を減らせば幸せになる』
という場面が、後にインタビューするスコット・スタンフォード(シリコンバレーの投資家)をエピクロス派に、そしてセドラチェク自身をストア派として例えてイメージした構成したのではないかと感じたのだ。〜〜
というのは、セドラチェクの見つめている視点は訪れるかどうかわからない、“希求する人類の幸福”という未来からのものであるのに対して、スタンフォードの視点は、人間の“欲望”を見事に捉える感性を身につけた、時代を疾走するハンターの見る未来にある。
この対照性をテレビを観た人、本を読んだ人はどの様に捉えただろうか?
スタンフォードとのインタビューのあとで安田氏は『「禁断の果実」の味を知ってしまった人類はこれからも「進歩」の海を進み続けるのだろう。未来は空恐ろしくもあるが、やっぱりこの目で見てみたい。それが僕の欲望だ。』と語っているが、このような時代の流れのなかからの感想めいたインタビューで幕を閉じるわけにはいかない。
【セドラチェクと小林喜光との対談】は「現代の経済は安定を犠牲にすることで成長するシステム」と引き継いだあとに、
丸山俊一(NHKエンタープライズエグゼクティブ・プロデューサー)は、ルネ・ジラールの「欲望の三角形」(人の欲望というものは主体的なものではなく、往々にして他者の模倣であり、人が欲しいものを欲してしまうものだ。)という説、
メラニー・クラインの『人間は本能が壊れた生物』(本能の欠落を擬似的に埋めるのが文化というわけだが、その文化も規範を徐々に失い、記号が氾濫する中、いよいよ自分で自分がわからなくなった哀れな、アダムとイブの物語は流転し続く。)という説を紹介し最後に、
クラインの「羨望」の根源的・破壊的な性格である本質は「良いものほど壊そうとする」こと。人間が最も深いところに抱え込んでいるのが「羨望」という「欲望」の奥に潜む、恐ろしくなる洞察を紹介している。
でも、私にも微かにそういった幻影が見え始めてきている。
……この本で少し目が霞んでしまったのだろうか?
次は『知性の転覆』(橋本 治)を読んでみる。 -
Posted by ブクログ
経済学者の安田洋祐と世界経済のトップランナーたちとの対談でNHKで放送されたものが元になっている。ノーベル経済学賞受賞のスティグリッツ、24歳でチェコ大統領の経済アドバイザーになったセドラチェック、ベンチャー投資家のフォードの3人が本書の主人公である。
スティグリッツは、不平等の拡大・拡散を懸念しており、政府の政策転換、具体的には「テクノロジー、インフラ、教育への投資を増やし、経済構造の転換を促し、不平等の是正に取り組む」ことが大切だと断じる。セドラチェックは、経済学と他の分野の英知を統合することが大切だと説く。そして、現在の経済学は成長に取り憑かれていると警告する。成長は大切だが最優先事項ではないという言葉は今後の社会を考える上で大切だろう。フォードはイノベーションの大切さを語っている。「ぼくたちが考えるのは、大きな市場を獲得し、大きな収益を生み出し、客をハッピーにすることだけなんです」という言葉は楽観的とも受け取れるし、短絡的だとも感じられる。いずれにせよ、これからの社会を考える上でこれら3人の考えは間違いなく参考になる。 -
Posted by ブクログ
最先端の意見は必ずしも一致しないが、おぼろげな方向性を指し示しているか。
◯余った資産を活用するための政策転換
→地球温暖化対策、インフラ、きょういく、テクノロジーなどに対する膨大な投資ニーズと過剰貯蓄過剰貯蓄
◯投資の調整機能は金利ではなく需要の拡大
◯イノベーションは本当に社会に貢献しているのか
→既存市場の奪い合い、既存法の目をかいくぐった短期的優位の可能性は?
◯経済の好況不況は躁鬱病
→ともに危険
◯成長資本主義ではなく、資本主義
◯利子はお酒
→節度を超えると二日酔い、ツケはいつか支払う
◯供給側を減らせばいい
◯オンデマンド需要の拡大
◯羨望、嫉妬、貪欲
◯「ほしいものが、ほしいわ」の捉え方 -
Posted by ブクログ
ネタバレセドラチェックの理論には結構?マークもあるものの、経済学者のスティグリッツとベンチャーキャピタリストのスタンフォード氏の視点にとても興味を持ちました。スティグリッツの場合、需要があるのは富裕層ではなく、中間層や貧困層の消費にあるので、中間層や貧困層にお金が行き渡るようにしないと「金」という経済の血流は滞り、経済は廻らなくなるというのは全く同感だ。倫理的に貧困層を救うとか、格差を是正すべきだとかそういうことではなくて、需要を喚起し、経済を活性化するための手法として、富裕層から中間層・貧困層に金を投入すべきということです。一方でスタンフォード氏は、未来の姿を我々に提示してくれている点で実に新鮮。いつかどこかに地点で全てがテクノロジーに取って代わられたら一体どんあ社会が生まれるのだろう。想像力をかき立てられる彼の説は実に興味深い。
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Posted by ブクログ
丸山俊一『すべての仕事は「肯定」から始まる』大和書房
「ニッポンのジレンマ」や「ニッポン戦後サブカルチャー史」を生み出したNHKプロデューサー丸山氏の仕事の流儀を記した著書。
タイトルは、巷に溢れるどれも似たり寄ったりのビジネス書あるいはハウツー本の類のような臭気を発するが、中身はとっても面倒くさくて素敵。笑
先日、八重洲ブックセンターで催されたトークライブで、古市さんと話す丸山さんの内容やその考え方に親近感を覚え、まだ読んでもいない本にサインまで頂いた挙句、「入社3年目?なんか、今日の話や本の内容が悪い事教えてないかなぁ笑」なんて言われました。
ともすれば飄々としたおじさんの呑気な美談になりかねない本著は、絶妙な匙加減で丸山さんの面倒くさいオルタナティブを放り込んできて、すぐには役立たないけれど、古市さんの言葉を借りるなら「結果的にすごく仕事に役立つ本」な気がします。
いつも心にオルタナティブを。 -
Posted by ブクログ
章立ては多いものの、一つ一つがしっかりとしているため読みやすい。また、筆者は自分の軸をしっかりと持った人物だが、うんと変な一割であることが本書を読み進めていくうちに分かってくる。
NHKの教養番組のそのほとんどが、この一人によって作り出されたと言っても過言ではない。それでいて、謙虚な姿勢を持ち、常に自分が楽しめる発想、ワクワクする方向へ向かっている筆者の人となりが、本書からは溢れ出している。
目の前にある人もモノも事も、すべては自分の見方、考え方次第である。そう考えたら、必然的に心のベクトルは面白い方、楽しい方に向くだろうし、仕事ももちろん、自分の人生さえも肯定的に捉えられるのではなかろうか。 -
Posted by ブクログ
『最も危険なアメリカ映画』と違って、ディズニーなどアニメーション映画は登場しない。
自分の記憶が正しい限りオール実写映画で、各年代で話題になった作品を歴史と共に紹介。間に専門家のコメントも挟んでいるので、よりその映画について知見を深めることができる…と言ったところか。
話題になったもの、または、その時代を反映する作品であれば『タイタニック』や『アルマゲドン』『アバター』等も入ると思っていたが、本書では見受けられず。何を基準に作品を選んだのかは、未だに不明である。
初耳のタイトルも多かったけど、あらすじや解説がザッと分かりやすくまとめられていたので、観たい分がちょこちょこ輩出された。
『裏窓』(1954)は、『サイコ』(1960)で有名なヒッチコックの監督作品。こちらも御多分に洩れずサスペンスだ。
骨折のため療養中のカメラマンが望遠レンズでアパートの住人の生活を覗き見していく…という、もうこの時点で背筋が凍る設定。そこから彼は奇妙な変化を感じ取っていくのだが、誰もそれを信じてくれない。
邪悪で恐ろしいものが覆い隠されている、不穏な冷戦時代。思い返してみれば、その頃の空気感について自分は何も知らない。『裏窓』ではそれが巧妙に分析されているようなので、これは要チェックだな。
『ゴッドファーザー』(1972)も、実はアメリカそのものを表しているという。
グループの利益を第一と捉えているところが、アメリカという資本主義社会に通じるのだと…。単なるマフィアの抗争話と思い込んでいただけに、再鑑賞の余地がありそうだ。(馬のシーンはごめんだけど泣)
面白いと思ったのが、時代ごとの「カウボーイ」の描かれ方。
カウボーイといえば、日本人から見ても正義のヒーローのような存在。『赤い河』(1948)のジョン・ウェインは、寡黙でありながら拳で全てを解決していく。その勇姿(?)は、(昔ながらな)男らしさだけでなく、「偉大なるアメリカ」をも体現している。
しかし『真昼の決闘』(1952)では、ゲイリー・クーパーが演じる窮地に陥った保安官を誰も助けようとしない。これは共産主義者を摘発する「赤狩り」で、仲間を売って口をつぐんだ人々を表しているんだとか。たった4年で真の正義が揺らいじゃってる…!
『ブロークバック・マウンテン』(2005)主人公の男性2名は、カウボーイ風の衣装に身を包み牧場で働く同性愛者。「男らしさ」の象徴であるカウボーイ・ファッションを敢えて導入するとは、なかなかにチャレンジングな試みである…。
「誰もが交じり合おうとしているけれども、じつは誰もが孤立している」(P 261)
スマホやSNSの普及によって「皆が同じものを見て同じことを考える時代は終わった」と、本文にある。それは映画の感想にも言えることだろう。
しかし、『アメリカン・スナイパー』(2013)では、保守・リベラル共々その内容を絶賛したという。
人種や思想と日々分断を生む中で、一つの映画が人々を結びつけた…。戦争映画だけに、これの良し悪しを判断するのは難しい。
だが、一つのストーリーに皆でじっくりと向き合う…というのは、真の”United”への一歩にならないのだろうか。