丸山俊一のレビュー一覧
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経現代の済学を、ケインズやアダム・スミスと言った偉人たちの視点で分析する。
そもそも、資本主義は正義か悪なのか。資本主義自体には、それを持ち得ない。それを扱う人間によるものかなと。ただ、資本主義自体も、システムの上で仕事をしているだけとしたら、悪も正義もないなではと思う。
本書の中で登場した感情労働は、SNSやネットワークを通じて、働く人の気持ちをすり減らす。
昭和の頃の労働はノルマもあったかもしれないけど、人の繋がりがあったし、24時間監視されるものでもない。
それでも、過労死やパワハラが横行していたので、ネットワークにより、進んだり改善された世界観もあるのだろうけど、最適な資本主義の世界というのは、難しいものだと思います。長い地球の歴史で、人類が文明を持って、ほんの僅かと考えれば、長い目でみないとですかね。 -
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NHKの『欲望の民主主義』がとても面白いので、こちらも読んでみましたが、現代の課題を考えるにはとても良い本だと思います。
民主主義も資本主義も、現代においては主流の政治経済理念ではありますが、これらはあくまでも歴史の流れの中で求められた思想であって、至高のものではありません。そして、現代においては、日本に限ってみても、どちらも行き詰まり、閉塞感を感じている国民が多いと思います。この閉塞感がどこから来ているのかを明らかにしているのが本書です。
どちらも当初は必要であり、むしろ大事な思想でした。ですが、どちらもそれぞれに課題を抱えているのは当然であり、長く延命した分、行き詰まりから抜け出られなくなっています。
特に資本主義はその性質上、もはや人類は太刀打ちできないところまできています。なので、もう一方の民主主義をアップデートし、本来の民主政治を取り戻し、維持しながら、資本主義に立ち向かっていくしかありません。
時代は、ちょうど分岐点にあります。我々の選択が、子どもたちの将来を作るのであれば、正解も誤りも含めながら一人一人が真剣に考えなくてはいけない、そういう時代です。 -
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経済学や貨幣について独学していくなかで、「これからの正義の話をしよう」「ビットコインスタンダード」を読んだ後にこの本を読んだ。
貨幣や経済を学ぶに連れ、学問は隔たりなく体系的に学ぶことの重要性と楽しさを覚えている。
また著者の思考をまずは読み取り、その上で対岸の思想を学ぶことも自分の思考を枠の中に留めないためにも柔軟体操として必要である。
前置きが長くなったが、アリストテレスのいうポリスを維持するための貨幣の必要性と、貨幣によるポリスの崩壊リスクというパラドックスについて共感したと同時に、そこに「欲望の貨幣論」の本質があることを理解した。
経済や貨幣を勉強する中で、自分自身これからの未来を生き抜くための手段を見つけたいという「未来の可能性に対する根拠」を欲求していたと感じたが、これは際限のない無限ループだと気づいた。
世の中に完全なものはなく、存在しているものが形を変え、時間軸とともに流転していくだけなのである。
なので我々は歴史から学び、その時にその瞬間に自分のエネルギーを注げる何かを考え続けることでしかないと私は思う。 -
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何だか流行っているっぽい哲学者、マルクス・ガブリエル。
実は一度同氏の著書にトライしてみたのですが、哲学の基礎的教養がある前提での文章だったのと、抽象度が高すぎて「並んでいる単語の意味はわかるのに文章としてはわからない」という2つの壁にぶちあたって、読むのを断念しております。。
本著はそんな人にも優しく、対談形式でマルクス・ガブリエルの思想を嚙み砕きながら引き出してくれるので、やっと彼の思想の一端に触れることができた…という気持ちです。
また、本著ではマルクス・ガブリエルの生い立ちにも触れており、幼少期から哲学書と親しみ、高校には「通う必要がなくなり」、大学で取った学位が(学士でも修士でもなく)博士号、28歳で教授…というなんじゃそりゃレベルのハイスペックぶりがわかるので、同氏を理解する意味でも有用な1冊でした。
さて、同氏曰く「哲学は最高レベルの学問」だと。
そりゃみんな自分がやってるコトは凄いって言いたいよね…なんて思いながら読み進めたのですが、そのうち言わんとするコトを何となく理解し始めました。
要は、今のコロナ禍にしても、各学問分野によってデータが取り揃えられていく。これを踏まえて、医療を優先するのか、経済を優先するのか等々を判断するためには、哲学が必要だということ。
哲学が今の時代に果たす役割として、「わからないことをわからないなりに判断するには、哲学が必要」で、「合理的に自分を理解して、合理的に危機を乗り越えるためのツールを与えてくれる」というのは非常に納得感がありました。
その意味では、「○○とは何か」について延々と議論するだけの哲学ではなく、判断ツールとしての社会の中で活きる哲学という位置づけで、確かにそれなら「最高レベル」の意味が肚に落ちてきます。
そして、哲学的観点で今起きていることを本当に理解することの重要性も肯けます。そもそも人間とはどういう存在で、社会はどうあるべきで…から敷衍していくと、「コロナ禍でも国境を閉ざすべきではない」といった具体的政策にまで落とし込まれていく。
この「最高レベル」での判断、という考え方、日常でも生きてくるんじゃないかと思いました。
日々の仕事でも、進むべき道が自明だなんてコトはむしろ少なくて、○もあれば△もある微妙なモノを白黒つけていかないと話が進まない訳で。
マルクス・ガブリエルの哲学は、そのための補助線たりうる存在になるかもしれません。
ちなみに、本著でも読者には一定の哲学の基礎的教養が求められてまして、プラトンの「洞窟の寓話」を取り上げ、「この有名な寓話では…」と語っていたのですが、あぁ…そんなに有名な寓話ってのがあったんですね。。
教養を身に付けるって、果てしないなぁ。。 -
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本当の問題はマイナス金利ではなく、中小企業が資金を調達できないことにある。
日本経済低迷の要因は、人口減少
高齢化が進む日本は、医療機器の分野で世界をリードできるかもしれない
豊作の年は、収穫したものを全て消費するのではなく、貯めておくことです
民主資本主義の本質的な意義は、「自由」にある
日本の資本主義は終着点に到達している。もう全て手に入れた。誰も欲しがらないものを作っても意味がないから、そんなに働かなくてもいい。一度きりの人生なのに、誰も欲しがらない物を作るラットレースを走り続けるのは馬鹿げたことです
経済ではなく、他の分野で成長すれば良いのです。芸術、友情、精神面など
本来、仕事は人生に意味を与えるものです
欲望は充たされない、欲望が望むのは増殖である。
消費者もハッピーになり、企業も稼ぐことができる。それがテクノロジーの利点です。
投資銀行は助言、銀行は貸付、ベンチャーキャピタルは投資です
シリコンバレーにいる人達は、
イノベーションをスローダウンさせそうな政府の規制に対しては、力を結集させます
もっと面白いのは、シリコンバレーにいる人達は、できることはすぐやるという精神に溢れていることです
自分のためだけに仕事をしている人なんてほとんどいないと思います。それに気づくのが大事だと思います。
変化のスピードを緩めることはできませんし、緩めるべきでもない。認めて受け入れて、その上で行動しなければなりません
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「資本主義」を考える月間2冊目。NHKスペシャル「欲望の資本主義」のインタビューを書籍化したもので、世界の知性と呼ばれる人たちの主張がじっくり読める。第1巻では、ノーベル経済学賞受賞のスティグリッツ、チェコのエコノミストであるセドラチェク、Uberを見出した投資家であるスタンフォードの3氏。スティグリッツは「総貯蓄が市場最高になってるのに、長期的投資が行われない。必要なのは温暖化対策など、結果に時間がかかる長期的な投資であり、それがあたらしい需要を産む」と説く。セドラチェクは「需要をお増やすのではなく、供給をコントロールすべき。成長に取り憑かれるのは誤りだ。金利3%で借金をして1%しか成長しない政策はおかしいと気づくべき」。スタンフォードは「投資家として、テクノロジーは社会を底上げすると信じている」と無邪気に語る。このシリーズ、大事なこと(切り口や方向性は多様)をとてもよくまとめてくれていてとても勉強になる。
ハッとさせられた一文。天動説の時代に、ロジカルに説明できないことがあっても、それは例外だとして無理矢理誤差の範囲に収め、改善と称してつぎはぎで対応してきた。古びた理論を手放せないあまり、世代交代・新時代に移行できなくなる罠。 -
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「貨幣は、本来人間を匿名にするんです。これが貨幣のもっとも重要なところなんですね。匿名ということは、人間が、ほかの人に評価されない領域を自分でちゃんともっているということ。これが重要なんですよ。」
例えば、住まいを間借りしているとする。するとその家のルールに従わないとダメだし、突然出て行けと言われても抗うことができない。
でも、家賃を払っていれば借家の中は自分の私的空間になる。借家よりも持ち家の方がより私的空間になる。つながりの希求は貨幣化の次のステップであり、村などの地域共同体への後退ではない。
ジェイン・ジェイコブスは市場での商習慣の中で「契約」という概念が生まれ、それが法に組み入れられたと述べていた。このような商習慣の先行は、本書に書かれていた、カネの下の平等が法の下の平等を生み出したのと共通している。個人(法人)という人格単位による社会の形成は商習慣やカネによって作りだされたものである。
人権は法によってではなく経済によって維持されている事実を左翼はどう受け止めるんだろうか。
自由を獲得するための手段としてのカネだったはずなのに、いつからかカネ自体が目的化してしまったことは、人間は自由に耐えられないし求めてもいないということでもある。自由は最終目的にはならない。自由があったところで目的や役割がないと幸福を感じられないというのは、福田恒存の言う「劇的な人間」そのもので滑稽である。 -
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1)「貨幣とは何か」という問いに対する考察。金銀など「貨幣は価値が高いものだから貨幣である」とする「貨幣商品説」は、かならず[カネの価値]>[カネのモノとしての価値]となるところから棄却される。究極のところ「貨幣は他の人が貨幣として受け取ってくれるから貨幣である」ということになる。
2)ビットコインは投機商品となって[貨幣としての価値]よりも[投機対象の商品としての価値]のほうが上回ってしまったので、貨幣に対する基本定理に沿わなくなってしまった。カネの価値がモノの価値より低くなってしまっては誰も手放さない、交換しない、つまり流通しないから、カネとしては機能しない。
3)しかしさらに突き詰めて言えば、カネが価値を失わないことを信じて使いつづけるということがすなわち「投機」に他ならない。投機はバブルと恐慌を生む。そのコントロールのために中央銀行がいる。貨幣は「自由」を与えてくれるが、貨幣を基礎とする資本主義社会は本質的に不安定だ。自由を守るためには、自由放任主義思想とは決別しなくてはならない。
4)貨幣は人々を共同体的なきずなから解き放ち、「個人」を「市民」にし、人々に自由を与えた。しかしグローバル資本主義=自由放任主義的な資本主義が、不安定・不平等を顕在化させつつある。この逆説に立ち向かうには、アリストテレスが言う「他者との関係における善」にもう一度立ち返って考えてみる必要がある。それにはカントの道徳律が手がかりになる。
1)2)のところは、考え方の整理としても気持ちいい。3)のところもこの人の経済観がよく表れていると思う。4)はかなり駆け足。こういう展開もあるぞというか、もっと根っこのところの考え方なのかもしれない。