鳥飼玖美子のレビュー一覧
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二人の対談が興味深かった。大学入試への民間試験導入については、採点基準、採点者の確保、受験生の試験費用負担など、平等の観点から疑問であると主張する。そして、何より、スピーキング能力を試験で測れるのかと疑問を呈し、4技能礼賛の間違いを丁寧に説明している。特に、母国語と外国語の習得過程の違いから、スピーキング重視の英語教育の間違いを指摘しているところは、納得のいくものだった。改めて、文法や読解の大切さを認識し、今までの英語の学習に自信を持つことができた。また、学習塾で英語を教えているが、4技能万能の空気に怯まず、文法、読解の重要性を継続して指導していこうと思った。学校、塾の先生だけでなく、英語に興味ある人におすすめです。
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大学入試に関する英語民間試験導入の1番の被害者であった高校生の視点を中心に、民間試験導入延期までの過程が鮮明に描かれていた。この本から学んだことは、大学入試改革についてはもちろん、おかしいと感じたものには声を上げて行動することだ。高校生の発言にあった「もやもやしたものを明瞭にしないでいると『あきらめてうまくつき合う』ようになり(中略)」という指摘は、自分の教員としての意識を強くさせてくれたものだった。
上から差し出される仕事やタスクを流れ作業のように大人がこなしていては、生徒が勉強を受け身のものだと感じてしまうの仕方がない。「何のためにやるのか」「何故やるのか」という目的意識を持って生きることが何においても重要で、大学入試という数値評価のものがゴールに待ち構えていたとしても、批判的思考や自律性を育むのが学校教育ですべきことだと痛感した。
また、3人の学生が各々の学校で孤軍奮闘していた事実も見逃せない。多くの高校生もきっと、この政策の被害者だと分かっていつつも、政治に声を上げることができないのだろう。それが政治への無関心から来るものなのか、もしくは無謀なことだと諦めているのかは分からないが、マイノリティをくすくす笑って見過ごす風潮はなんとしても変えていくべきものである。英語の発音が良すぎると教室でかえって笑われるという事実も同じように言える。
大人になって社会で生きていると、昔大切にしたいと思ったことや、こうなりたいという理想が風化してしまいそうになることがある。そんな自分を立ち止まらせて、振り替えらせてくれるのはいつだって生徒の素直な意見である。自分の生徒でなくても、こうやって本を通してでもハッと気付かせてくれる生徒のパワーは本当に強い。教員はそんな生徒の近くで生きることができる素晴らしい仕事なんだと改めて感じた。
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ネタバレ外国語習得の基盤は母語(国語)。「第二言語としての英語」(ESL)≠「外国語としての英語」(EFL)。後者を意識的に勉強した学生の読み書き能力が高いことは珍しくない。異言語習得の基盤は「母語」だから。
BICS(日常会話力)CALPS(認知的学習言語能力)。CALPSにはまず、母語の獲得が大切。だから母語を獲得してから海外に行った方が学習言語を習得するのが早い。
にも拘わらず、(日本語が覚束ない)幼少期から英語漬けにしようとする。母語をしっかり獲得しないから、日常会話レベルの発音だけは流暢になっても学習言語の修得がおぼつかない。にも拘らず、もてはやされるのは日常会話レベルの流暢さ。
考えてみれば、英語教育もまた言葉(人間)を育てる教育。言葉であるからには、生き生きと興味深い豊かな世界に直結しているはず。しかし単語を暗記したり、学術的な文法書を読んだり、単なる入試対策であったり、TOEICの点数を上げるためであったりと、英語は無機的は要素の集積のように感じてしまう。言葉として当然持っているはずの豊かさや人間らしさ、社会や文化ということを忘れ、スキルの集合体としての英語ばかりを見るようになっている。
原点に戻って、言葉(人間)を育てる英語教育を目指すべき。
協同学習は「自律性」の涵養に有効とはいっても、学習者中心の能動的な学習を誤解して、生徒や学生をグループに分けて話し合いをさせる(自由放任)だけでは学びにならない。共同学習の原点は、「周囲との相互行為を通して一人では到達できない領域に達する」ところにある。教師による適切な介入と丁寧な指導があってこそ「共同学習」は「自律性」の育成に大きな役割を果たす(p198)。これが、コミュニケーションとしての英語の学習の原点なのだろう。
それにしても80年代から、教育行政に(教育素人の)経済界が(自社の利益を念頭に置きながら)割り込みすぎ。英語は人間育成でなく、産業育成に成り下がっている。こういった現状が教育をダメにしていることを考えれば、必読の価値がある一冊だ。 -
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齋藤孝・鳥飼玖美子氏の対談本である。
英語に関連する本は、数多く出ているが、どうしても
①英語教育・政策批判
②英語指導の具体
どちらかに偏りが多かった気がする。
この本は、①②のバランスが実に良い。
鳥飼氏が否定的な意見を述べようとすると、齋藤氏が違う角度から提案をし、逆に齋藤が奇抜過ぎるアイデアを出すと「お願い、それはやめて」(p.94)と
遠慮なく制する。
鳥飼氏と齋藤氏。専門領域は異なるが、二人の関係性が非常に良い。
対談本としての長所が随所に表れている。
とりわけ「三章 小学校編」は必読だ。
小学校で重視すべきことは「ペラペラ感」だと指摘する。
では中学校は。同じでよいわけがない。
中学校では文法。ただし「文法と音読をセットにすべし」と言う。
このあたりの提言が齋藤氏の真骨頂だ。
小・中・高の英語教育の重点と系統性はどうあるべきか。
二人の私家版「学習指導要領」(P.105~107)の提言の箇所は短いながらも一読の価値あり。
英語教育界に何が起きているのか。どう進むべきか。
大局的な視点から、YouTubeを活用した
「英語カラオケ」などの具体案まで述べられている。
英語が教科された2020年4月に読んでおきたい一冊。 -
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小学生の英語はあくまで素地を作るのみで、仕事で使える英語にはならない。仕事て使えるようにするには、そもそも必要かどうか見極めたうえで、必要なら、さらなる努力が必要。
少なくとも、英語嫌いにならないような教育にしなくてはならない。
著者の小学生への英語教育は、こんな感じかと理解した。
うちの子ども達は、妻と祖母の強い意向で英語塾というものに通っていたりしますが、個人的には大して役に立たないからお金の無駄だよなーと常々思っています。素地なるものが出来ているのかどうかは甚だ不明ですが、少なくとも英語嫌いにはなってないなら、まあ害はないからいいか、、、(深いため息)と思う次第です。
国語をちゃんとやらないと、二言語追いかけるもの、一言語も得ずということで中途半端になってしまうし、やめた方がいいでしょうね。
この本は、英語教育に限らず、教育全般についても良いことがたくさん書いてあるので、子を持つ親は読んでみると良いと思います。 -
通訳者と戦後日米外交
- カート
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試し読み
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[黒衣、前へ]異なる言語間のコミュニケーションでは欠かせない役割を果たしながらも、通常はまるで見えない存在として言語を訳していく通訳者。「黒衣」、「透明」という形容が用いられる人々のオーラル・ヒストリー(注:(定義は多様ですが)歴史を関係者からの口頭記述によって記録すること)を通して、顧みられることのなかった通訳者、そして通訳者から見た歴史を紡いだ一冊です。著者は、自らも通訳者として活躍された経験をお持ちの鳥飼玖美子。
著者が2006年に提出した博士論文が基になっていることもあり、通訳についての理論的知識や情報がない方(私もそうだったんですが...)には難しく思える部分もあります。他方で、オーラル・ヒストリーの取材対象となった五名の話がとにかく面白い。戦前から戦後間もない頃という、英語学習にとっては難しい時期に、好奇心と情熱で英語に向き合った記録は感動的ですらあります。特に國弘正雄氏が捕虜に対して初めて英語を使用した瞬間の記述には、背筋に震えが走りました。
「通訳者の役割は何か?」というある種、この職業にとっての根源的なところに鳥飼氏は潜っていくのですが、その回答が五名それぞれ少しずつ異なり、しかもその異なり方が個性やそのときの状況、対話者との関係など、多様な影響から構成されているところが興味深かったです。また、通訳の歴史や特に欧米で盛んな理論教育などについての情報も盛り込まれており、通訳者を志す方にとっては、その言語が何語だとしても読んで損はさせない作品ではないかと思います。
〜通訳者は、「透明な機械」ではなく、異文化接触を橋渡しするコミュニケーションの専門家である。「黒衣」としての役割を果たす中で、共感と情熱、そして強い意志と洞察に支えられ、自身の判断で自立的に創造性に富む決定を下している。その意味で通訳者は、透明性や匿名性を超えた存在だといえる。〜
本当に先人の方々には頭が下がるばかりです☆5つ
本作が今年最後のレビューとなりました。また、諸事情により、来月中旬までレビューをお休みさせていただきます。どうぞ良いお年を。 -
通訳者と戦後日米外交
- カート
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試し読み
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もともと著者のイギリスでの博士論文なので、
内容はとてもしっかりとしている。
同時に西山千、相馬雪香、村松増美、國弘正雄、小松達也の五人の通訳者のオーラルヒストリーをもとに研究、考察されているので、
読み物としてもとても面白い。
戦後日本以降の日米外交をになってきた通訳者たちの、
通訳者になるまでの道と、その後の経験、そして自らの通訳哲学などが
口語体で記されていて、それはもう読んでいてわくわくすること請け合い。
言語はちがえど「通訳」をかじっていて、実際の現場を垣間みたので、
自分のどこがいけなかったのかとか、やっぱりあの時の私は正しかったんだ、というのが語学能力以外のところで見えてきた。
それでどうなるという今の私でもないのだけれど。
5人の通訳という仕事に対しての思い。
通訳者の立場などについての考え方が、それぞれに詳しく考察されていて、
面白い話を聞いた後にしっかりまとめてくれていて、読んでいる時間がとても楽しい時間だった。
あと5年、早くこの本を開いていたら、ともおもうけれど、
歴史と人生に「もしも」はない。
通訳とは関係なくても今後に新たにつなげていきたい。 -
Posted by ブクログ
楽天・ユニクロの社内英語公用語宣言、武田薬品の新卒採用基準TOEIC採用など、昨今のビジネスシーンでは英語に関する話題に事欠かない。
大学生に近い場で仕事をしていると『TOEICを"やらなきゃ"』という空気をひしひしと感じる。
会社の方針がそうなったということであれば、社員やその企業への就職希望者はそれに従わざるをえないが、
ただ、今日本の社会に蔓延する、日本人が持つ、そういった『英語を妄信的に信じる』風潮・意識に対して一石を投じる一冊。
本当に日本のビジネスマンが英語を話せる必要があるのか?
その信仰が進んだ先にある世界について、言語学・社会学の視点から話す。EUが掲げる多様言語性を例として持ってきたのはなるほどと感じた。
また多くの企業が評価基準として掲げるTOEIC700〜730点とは一体どのようなものなのか。その実態と信憑性についても記されている。
後半では通訳者・教育者の視点から、そうは言っても必要となる英語学習の具体的な考え方や教育現場の実態についても語られている。知的欲求を駆り立てない英語学習の現実についてはなるほどと思ったし、『リーダーの英語』として紹介された歴代首相の悪しき実例については、笑えない現実だが笑わせてもらった。
著者はただ一方的に「英語公用語化はダメだ!」とも「ビジネスマンい英語は必要ない!」とも言ってるわけではない。ただその必要性や弊害、日本の教育システムも含めて再考の必要があると提唱している。
日本人の「英語は話せたほうがいい」という漠然とした意識を改めて見つめ直すための良い一冊だと思う。 -
通訳者と戦後日米外交
- カート
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試し読み
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Posted by ブクログ
【why】
英検3級合格に向けて頑張っているわたし
目的って何かな?と思って手にとった本
なぜ勉強をするのか不安に感じた時にどうはどうしたらよいのか?
【what】
1.フワッと浮き上がるような感じを味わうまで英語学習を続けてみる
2.It take time and effort.
英語学習には時間と努力を要します
3英語学習にはMIYAVIさんの”読んで聞いて書いて話す”を繰り返す
【how】
聞き流すだけでは覚えられない
短時間で覚えられるものなどない
集中すて読んで聞いて話すを毎日5分から継続する
【word】
フワッと浮き上がるような感じを味わうまで諦めずに英語学習を続ける
【feelings 】
塾長と最初に立てた目標「五分間英語で話す」これを達成できるように努力する
塾長と英語でお話できるのが楽しみだ -
Posted by ブクログ
ネタバレ●ネイティブ・スピーカーを目指すのではなく、自分が主体的に使える英語 ー 「私の英語」を目指す。
●英語を覚えようとするのではなく、知りたい内容、興味のある内容を英語で学ぶ。
→英語が日常的に必要とされないにも関わらず英語コンプレックスを抱えた日本人学習者が英語を学んでいくためには、基本的な発音や文法、語彙を習得した上で(する過程で)、自分の興味関心に応じた学びをしていくことが必要不可欠。完璧な英語を目指そうと思ってもつまらないし、続かない。目的、目標、モチベーション。
●発音は、ハチャメチャと完璧の間を狙う
→中学生に対してもっと音声学的指導を!
●語彙を増やすためには、たくさん読むこと
→多読、精読、辞書学習、コンテクスト…とにかく大量にインプットして英文に触れる時間を多くする。
●文法が間違っていると「教養がない」と思われる
→「伝わればいい」は恥をかく。センテンスが組み立てられないと、高度でまともな話ができなくなってしまう。
●好きなこと、関心があることで英語を学ぶ
→授業における「内容」や多様な教材によるアプローチの重要性。
●デジタル英語学習では「感性」を養う
→「記憶」という面ではアナログ学習の方が優れている?多様な媒体から得た情報を「理解」し、「吟味」する感性を養うために、デジタルも必要。
●動機づけとしての外国映画
→映像で異文化に触れながら、日英、英日の言語間を行ったり来たりしながら学習することができる。
●「仕事で必要な英語」も千差万別
→いずれの職にしても、やらないと仕方ない状況に身を置き、「慣れるまで習う」努力を怠らないことが重要。
英語に限らず、語学は生涯学び続けるものである。辛く、苦しい面も多々あるが、学び続けた先に必ず新しい世界が待っているはずである。真の英語プロフェッショナルである鳥飼先生でさえ「言語は生涯かけ学ぶもの」「自律した学習者として常に新たな出会いを求め、自らの道を切り拓くことが、英語学習」と断言されるのだから、楽して身につくなどとは考えてはいけない。 -
Posted by ブクログ
誤訳の定義が難しいということに触れつつ、有名なポツダム宣言時の首相の「黙殺」という発言の英訳からはじまり、さまざまな日本語と外国語の通訳・翻訳時に起きた問題を取り上げて解説されている。
ある言葉を直訳するか相手国の文化などを考慮して伝わるように変更して訳すかどうかで受け取り側の行動が変わるが、そのまま伝えても取引を失敗したから誤訳なのか、結果がよくても違う言葉で伝えたから誤訳なのか。
もちろん訳者に外国語の知識がない、外国の文化を理解していないなどの問題がある場合もあるがどうしても訳を担当した者に非難が集まってしまうことが多い。
また、本書ではわざわざ訳が難しい比喩表現などを使う原発言者に問題があるケースもあると指摘していてまさにその通りだと思う。外国が注視する発言をする場合に日本人でも理解しにくい微妙なニュアンスの違いを求めて言葉を選ばれても、訳者が意図通りに受け取れるかもわからないし、さらに訳語を受け取った人間が意図を理解することはかなり難解になってしまう。
それゆえ、首相など国外とのやりとりが必須になる立場である人はより伝えるということを意識して発言をしていかなければならないのだろう。
面白かったのは、英語力に定評のあった中曽根首相・宮沢首相の二者がこぞって英語で問題を起こしたということ。
日本人の平均より英語が話せるからといって知ったかぶりをしたり、しっかり伝えるということへの意識が低くなってしまったりした結果なのだろう。
こうした失敗の経験からも専門家としての通訳・翻訳の重要性が理解できる。
以前より国外とやりとりする人も増え、AIも発達していることで訳者の重要性を軽視する人が多くなってしまう予感がするが、認識の改善や教育面の充実が行われることを祈る。