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グローバル時代の現在、ビジネスでも教育の現場でも日本人の英語力が問われている。ビジネスパーソンが、学生が、「通じる」英語を目指すために必要な条件を提言する。著者は、確かに英語を話す機会は増えているが、相手が英語が母国語の話者とは限らない、「英語という共通語」をつかってコミュニケーションすることが目的であり、ネイティブ並みに話せなくてもいい、「自分らしい英語」の発信をして下さい、と強調する。
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Posted by ブクログ
学研の「書評で学ぶ小論文の必須テーマ」に取り上げられていたので読みました。自分の無知を痛感したのは、単なる到達度の指標程度にしか思っていなかったCEFRは、EUの「多言語主義」「複言語主義」に基づく言語政策から生まれたものであったということです。これまでまったく調べようともしなかったことを反省しまし...続きを読むた。
意欲の喚起 動機づけ 教師にとって最大の関心事。馬を水飲み場に連れて行くことはできるけれど、水を飲ませることはできない。 ネイティブの真似をするのではなく、ノンネイティブの人同士でも伝えられる英語を教えること。 とても共感した。
おお。 『英語と日本語のあいだ』から引き続き読んだのだけど、鳥飼玖美子さんは「会話か文法か」という二者択一ではなく、どちらも成り立たせる英語教育であるべきだと述べていて、少し見方が変わった。 コミュニケーションと基本である、伝え合う姿勢。 そもそも、伝えたいとか分かりたいという「意欲」を培うことは...続きを読む確かに理想である。 一方で、小学校の外国語教育にあるような、楽しさやゲーム性を表に出したやり方で、果たしてコミュニケーションの重要性に行き着くんだろうか?という厳しい述べ方もしている。 伝えるには、言語の他に、自身の考えや価値観、文化的背景が必要だと思う。 しかし、小学生や中学生にそこの部分を求めることは厳しくて、母語でさえ危ういというのはもっともである。 ただ、英語を敬遠する英語ビギナーをなくす上で、どのレベルの楽しみ方を見出してあげるかは重要なところだ。(まぁ方法より、コミュニケーションの大切さを知りましょうという狙いに問題があると言っているのかもしれないけれど) その延長上に、例えば英語式の名前の呼び方に疑問を持つといった面白さはあるのだろう。 ちなみに途中、水村美苗さんにも踏み込んでいて、一部バイリンガル化の話も、面白かった! 2017年現在、四技能が求められる中で、英語の力自身はどんどん外部テストのスコア化が採用されていっている。 受験英語からTOFELやTOEICのスコアを得るための英語にシフトすることで、鳥飼さんの言う両立は叶うのだろうか。 そもそも、その理想を具現化しようとすれば中高6年の教育で時間的に足りるのだろうか。 という所で、誰も具体的なチャートを描けずにいるのかもなぁ……なんて専門外の人間としては感じるのであった。 英語はツールでしかないと言う人なんて、、、とあるけれど、英語も日本語も私はツールだと思う。 けれど日本語は英語にはない言葉の豊かさがある面で、母語話者として誇りを感じる。
英米人などのように、英語を母語とする人たちは4億人程度なのに対し、インドやシンガポールなどのように英語が公用語の人たちと、英語を外国語として使う国の人たちを合わせると、十数億人になるという。なので、我々が英語を使う相手もそれら十数億人になる確率がはるかに多く、そのような時代では英語は英米人の基準に合...続きを読むわせる必要はない時代になっていると著者は主張する。つまり、英語はネイティブレベルを目指す必要はなく、言語としての最低限のルール(文法、発音、アクセント、イントネーション)が守られていれば十分で、それを前提とした英語教育をすべきである、というのが本書の主張である。 英語に限らず、語学学習にはネイティブ信仰がつきものだと思っていたが、本書を読んで考えを改めた。小学校から英語が必須になるとの事だが、文部科学省はぜひ、本書の低減を参考にし、「世界共通語としての英語」教育が生徒にできるような指導要領を確立させてほしいと強く希望する。 なお、著者の本として本書の後に書かれた「本物の英語力」という本があるが、まず本書を読んでから「本物の英語力」を読むと、本書が理論編、「本物の~」が実践編という形で利用でき、効率的であると思う。
「ニュースで英会話」を見始めて知った鳥飼さん。とても読みやすかった。日本人が何で英語を勉強してるのか、考えさせられる。
英語をしっかり学ぶけど、話すとき間違えるのは仕方ないとか激しく同意。言語は生き物で日本の前向きにとゆうのの直訳表現が定着した話しとか、ノンネイティブスピーカーの英語から英語のコアを特定し、そこから共通語としてのコアを探す研究の話とかも面白かった。
ニュースで英会話でお馴染みの鳥飼玖美子。テレビと同様にやさしい雰囲気で語っている。英語教育の問題点と英語を勉強しようという気にさせてくれる。
英語を学ぶ人は多いがその目的は曖昧な場合が多い。私がいつになっても英語をマスターできないのは、実はその目的がはっきりしていないからではないかと思う。 本書は英語を世界共通語と位置づけ、文化的な背景を一部犠牲にしてもコミュニケーションの道具として割り切って学ぶべきだと解く。
授業で薦められ、2011年5月13日(金)に阪大生協書籍部豊中店にて10%オフで購入。同日読み始め、翌14日(土)に読み終えた。 鳥飼さんは英語を聴いたり話したりできるようになるためには文法をしっかり習得しておくことが肝要であると以前から主張しており、私が彼女のことを支持していたのはそういう理...続きを読む由からであったと本書を読むことで思い出した。もちろん彼女は会話よりも文法が大事であるなどと安易なことを言っているのではなく、会話か文法か、あるいは実用か教養かといった二項対立で英語を捉える考え方をそもそも戒めている。誤解のないように書いておくと、本書の題名が『国際共通語としての英語』とあるように、本書の内容は文法がいかに大事であるかということではなく、私たちが英語を国際共通語として考えたときに、それをどのようなものとして考え、どのように習得していけばよいのかを中心に書かれている。この問題について考える切り口の一つがコミュニケーションであり、このコミュニケーションが本書のもう一つの主題である。 基本的には著者の意見に同意できるが、ところどころ疑問に感じるところもあった。 それから余談になるが、英語の授業で名前を姓名の順番に呼ぶのか、それとも姓と名を逆にして呼ぶのかというエピソード(140-6頁)は、立教大学に移ったあとの新鮮なエピソードとして紹介したかったのかもしれない(し、実際どういう意図があってのことなのかは分からない)が、最近になって初めて「名前を英語式に呼ぶことは本人のアイデンティティに関わることなのを、学生が教えてくれ」、それまで「ほとんど無意識に、学生の氏名を英語式に直し、ファーストネームを先にして呼ん」でいたというのは、いくらなんでもやりすぎだと思う。本当に最近になって初めて知ったというのであれば、それはそれでこの分野の研究者として問題だと思うし、以前から知っていたけど最近の出来事として英語式で名前を呼んだ学生から抗議されたことがあったためその授業を通じて学んだエピソードとして書いたというのであれば、それも誠実さを欠く行為であり問題だと思う。
これからの英語、英語教育のあり方を考える1冊。ネイティブ信仰を捨て、「コミュニケーション」の本当の意味を考え、国際共通語としての英語を学びましょう、という本。 EUの複言語主義の考え方や、カチュルーのWorld Englishesの考え方を紹介しながら、英米人の使う英語、ではなく、国際共通語とし...続きを読むての英語について解説している。そして、従来からの学習指導要領でも重視されている「コミュニケーション」の意味を考察し、その上で英語教育のあり方や学習の動機づけについて述べている。 言いたいことは分かるし、単純に道具として英語を身につけるのではない、「文法はいいから会話ができれば」のような考えは甘い、学習指導要領では、あまりにも「コミュニケーション」という言葉が何も考えずに使われている、のあたりは本当におれも賛成できるし、当然のことだと思う。 けれども、著者自身も指摘するように、「国際共通語」に対する志向性、動機づけ、というのは、探すのが難しい。著者を含めた多くの学習者がそうであるように、英語を身につけたいという動機は、意識的にも無意識的にも、英語圏の文化が知りたいとか、英語圏の人と交わりたいというのがまずあるのではないだろうか。まず英語の母語話者がいるからこそ、英語に対する動機づけが高まるというものではないだろうか。もちろん、自分の使う英語として「国際共通語としての英語」を選ぶ自由は当然、認められてしかるべきだけれども、勉強するときは、母語話者の英語を規範として選ぶのが妥当だと思う。そもそも、「国際共通語としての英語」は、おそらく母語話者の真似をしようとしたけれども、学習者自身の母語による干渉を受けたり、それらの「規範から外れた」英語が交わり合ったりすることによって、その最大公約数として、結果として出てくるものだと思う。なので、使ってみなければ何が「国際共通語」かは分からない、という側面があるのではないのだろうか。要するに、国際共通語としての英語は教える、というよりは勝手に生まれるものだと、おれは思った。(11/12/28)
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