鳥飼玖美子のレビュー一覧

  • 10代と語る英語教育

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    最初は読みにくかったが、読み進めるうちに引き込まれた。特に3人の若者の生育歴や考えが書かれているところ。終章の大学入試についての課題のまとめも良かった。

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    2020年10月28日
  • 10代と語る英語教育

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    NHKでは温厚に喋られる著者が熱く語られる教育書。
    今の学生達のなかにもしっかり問題意識を持って行動に移していることがはっきりと読み取れます。
    「教育にいってるのがああいう人たちですから」は衝撃的な一言です。

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    2020年09月07日
  • 10代と語る英語教育

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     2019年の大学入試改革/高大接続改革反対運動は、多くの静かなスピーカーとアクティヴィストを生みだした。本書は、中でもとくに注目され、重要な役割を果たした3人の大学生と高校生それぞれに著者が行ったインタビューをまとめたもの。インタビュイーの3人がとてもクレバーなのは当然として、著者の問いかけから、その人となりというか、魅力的な個性とバックグラウンドが伝わってくる。個人的には、音晴君が高校現代文でソシュールやバルトを読むことで、「言葉を紡ぎながら思考を考える」「言葉に運ばれている」という認識を実感をこめて語っているところが、まさに「我が意を得たり」という感じだった。

     ただ、これはむしろ編集側の問題と思うが、著者が個別に行ったインタビューにコメントを加えながらまとめていくというスタイルを取ったことで、3人のコメントを著者が「意味づけている」ように見えてしまうのは、とてももったいない。そうした印象を薄めるためにも、著者抜きの3人による鼎談を付ける、という行き方もあったように思う。
     
     しかし、本書で一番重要なのは、じつは最終章で紹介されている「大学入試のあり方検討会議」の記録ではないか。一年間限定ということで、当初からその意義に疑問符が付けられた会議体ではあったが、著者のまとめを読むかぎり、本質的な検証の必要性がしっかりと提起され、2020年高大接続改革の限界と不当性、政治的圧力による無理押しという線は、基本的な認識として共有されているように見える。改めて「検討会議」の議事録を確認しておかねば。

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    2020年08月29日
  • 英語コンプレックス粉砕宣言

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    日本人に根強い「ペラペラ」コンプレックス。入試制度、学習指導要領の改訂(改悪?)が進む中、日本人のとっての英語コミュニケーションのあり方を考える一冊。

    読書論関係の著作のヒットの多い齋藤孝氏。専門は教育学、コミュニケーション論。一方の鳥飼玖美子さんは通訳、翻訳の大御所。この二人による対談。中央公論に掲載されたものを膨らませた内容。

    日本人の英語教育の問題点の指摘だけでなくメリットも多く挙げているところが良い。近年は会話を重視する姿勢であるが、日本語で英文法を学ぶことや、英文解釈の英語学習に留まらない利点など。また英語を学ぶ前に日本語の骨格、日本に関する智識が必要であることなど示唆に富む内容である。

    英語コンプレックスを象徴する例。
    「私は運動も苦手ですが、12年間も体育の授業を受けたのに、テニスもゴルフもできないのはなぜだ、などと文句は言いません。ところが英語だけ、できない人ほど学校教育のせいにする。大学卒業まで10年間もやって、なぜできないんだと。」

    日本人の英語ペラペラ信仰とコンプレックス。小中高と段階別の学習方法やカラオケの活用など、具体的な提言も多い、充実した内容の一冊でした。

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    2020年08月15日
  • 話すための英語力

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    2017年。
    東京オリンピックを前に、前書「本物の英語力」の続編として書かれたもの。話すための方略に重点。箱根駅伝の解説から引用し「すぐまえの目標」を目指して少しずつ、と記す。

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    2020年07月23日
  • 本物の英語力

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    2016年講談社現代新書。
    2011年『国際共通語としての英語』の続編として「英語格差」を飛び越える英語学習の提案として書いたという。
    英語よりまず話す内容をとの出張も。

    第1部 英語は基礎力-発音、語彙、コンテクスト、文法
     第1講 「なんで英語やるの?」
     第2講 「発音」は基本をおさえるー「国際共通語」はハチャメチャ英語ではない
     第3講 先立つものは「語彙」
     第4講 「コンテクスト」がすべてを決める
     第5講 話すためにこそ文法

    第2部 英語の学習法―訳す、スキル、試験、デジタル、そして映画
     第6講 訳すことの効用
     第7講 英語はスキルか内容か
     第8講 英語力試験にめげない、振り回されない
     第9講 デジタルと英語教育
     第10講 映画で英語
     第11講 長崎通詞の英会話習得法

    第3部 英語の実践ー語学研修、留学、仕事
     第12講 英語を書く
     第13講 語学研修と留学
     第14講 仕事に使える英語
     第15講 英語学習は未知との格闘

    いつもながら、鳥飼先生の文章は読みやすく明快。説得力がある。

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    2020年06月26日
  • 本物の英語力

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    日本人が悩んでいることが我が子とのように書いてありひきこまれてさっと読み進んでいけた。なかでも英文法をしっかり身に付けたいと感じたこと。英語を学ぶことは人生の挑戦くらいに考えるんだと目からうろこでした。

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    2020年06月24日
  • 英語教育の危機

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    ネタバレ

    臨教審第二次答申を受け1989年に告示された「学習指導要領」以来、英語教育の迷走が続く。この時、英語教育の目的が「コミュニケーション」にあると明記され、その能力の要素は「文法的能力・談話能力・社会言語能力・方略的能力」だったにも拘わらず、当時提示された選択科目「オーラル・コミュニケーション」という科目が注目を集め、コミュニケーション=「聞く・話す」という大きな誤解を生じてしまった。
    そもそも「コミュニケーションというのは、数値では表れない、いわば人間力が反映されるものである。多様な人間と接し、多様な事柄に挑戦し体験することで人間として成長し、語るべき内容を持って初めて、コミュニケーションの必要性が認識され、英語学習への意欲が生まれるはずである」(p.156)にも拘わらず。

    80年代に顕著になった新自由主義下の経済優先政策、グローバル化のうねりをうけて続く、教育界の「慢性改革病」と「迷走」、経済界や政府、マスコミからの教育界への「叱咤」が顕著になった。このような中で今の英語教育は文法訳語でなく会話重視となってしまった。読み書き能力が衰えた。読み書きができないから、聞く・話すもできない。経済界の圧力に押され、文科省も(誤った)「コミュニケーション重視」の方針に従い、従来とは違った英語教育を展開する。

    大学入学試験にしても、本当に「4技能」を個別に測定しなければならないのだろうか。英語力の基礎は「読解力」である。読めない英文は聞いても理解できない。聞いても理解できない英文を話すことはできない。読めない英文は書くこともできない。入学試験までに、(深くまたは早く)読む力を強化すれば、書く力、話す力は大学入学後に育成できるのではないか。
    小学校の英語教育のみならず、大学の英語教育においても、正規科目(コンテンツ科目)を英語で行うべきという意見は少なくない。しかし、次のような「問題」にも目を向けるべきだ。
    1.教師が「英語での指導」に専心し、英語で授業をすることが目的となる恐れがある。
    2.生徒は授業を十分に理解せず、自信を失う場合がある。
    3.英語だけの授業は浅薄になりがち。生徒の知的関心を喚起しない、など(p.94)。

    一方、世界では「Communicative Approach」や「複言語主義(plurilingualism)」(p.99, p.111)
    、「CLIL: Content and Language Integrated learning」、「TILT: Translation and Interpreting in Language Teaching」など、言語教育に通訳翻訳を取り込む指導法も注目されていることにも注目すべきだ(p.98)。

    大学教育の質の低下が問題となっているが、平均して英検準2級程度の学生を対象に、学術的な内容を教えるべき科目(コンテンツ科目)において大学教育にふさわしい高度な(興味を掻立てる)内容を伝えることが可能なのだろうか。「大学という学びの場では、学生の知的好奇心を刺激するような教育を行うことで眠っていた学生の意欲が覚醒する。教育内容が動機づけとなり関心を抱くと学生は意欲的になり、予想以上の力を発揮する。つまり、「内発的な意欲を喚起する動機づけが長い目で見て成果を上げる」(p.156)ということも忘れてはならないのではないか。

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    2020年11月25日
  • 子どもの英語にどう向き合うか

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     ALTに「面白いよ」と教えてもらって読んでみました。
     単に,現代の英語教育についてもの申す本ではなく,日本人と英語との出会いの話もあって,英語教育の歴史的な流れもわかりました。単純に,おもしろかったです。
     今の早期英語教育の問題は,100年前にもあったことがわかります。著者は,1894年に,すでにこのときから岡倉天心の弟であり英語学者の岡倉由三郎によって指摘されていた弊害を列挙した後で次のように述べています。

     条件整備が不十分なまま,問題山積であるにもかかわらず小学校英語の教科化が始まろうとしている現状を見ると,100年前にも同じようなことをしていたのに,なぜ歴史から学ぼうとしないのか不思議です。(本書91ぺ)

     教育界の進歩のなさは今に始まったことではありません。勉強させすぎだ!という世論に負けて「ゆとり教育」を取り入れる。すると「学力が下がった」といって「授業時間を増やす」「学力テストで子どもたちを追い立てる」すると,子どもたちはまた学びから逃走し,不登校なども増える。最近また「教え込むのではなくアクティブラーニングで」と言ってみたが,それも中途半端に終わりそう。そして,いじめがあるからと「道徳教育の教科化」。アジア諸国に負けまいと「英語教科化」へと踏み出す。
     いずれにしても,教育史を読むと,20年に一度ほど,変化をし,それが進歩しているとは思えない変化なんですよね。
     そもそもの土台がまちがっているのではないか…と考えることができないのかなあ。

     話はそれましたが,本書を読むと,日本の教育界の進歩のなさを再確認するばかりでした。こんな状態で英語学習を進めても失敗するのは目に見えています。英語嫌いを生まないことを祈るだけですが,たぶん無理でしょう(人ごとのように言って申し訳ありません。わたし退職するので…)。

     著者は,英語早期教育にガッパになるような幼児教育ではいけないといいます。そりゃそうですね。そんなんで文化を話せるようにはなりません。せいぜいが,買い物の会話を人よりも少し早く言えるようになるだけです。外国語を話すためには,母国語でもしっかり自分の考えを述べることができなければなりません。まずは,そのための母国語の概念を身につけることでしょう。

     英語から学べること,それは「褒め言葉」が多いことのような気がします。日本人はなにかと謙遜しますが,少しは英語文化圏の風習を見習った方がいいかもしれません。子どもの自己効力感がどうしても高くならないからです。

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    2020年02月09日
  • ことばの教育を問いなおす ──国語・英語の現在と未来

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    英語教育、国語教育、社会学のプロの方が、それぞれ異なる立場からことばの教育について論を交わしている本。議論の中心となるのが、大村はまさんという国語教師の方が実践した教育方法。半世紀の間、ひたすら、言葉を使うことの重要さを子供に感じてもらうような実習を自ら考えだしては実践したらしい。

    論点としては想像以上に幅広く、面白かった。国語教育・英語教育に共通する現在の問題点や重要な点は何か?ことばの力を育てるために有効な方法は何か?そもそも教育について考えるとき、「理論」とはどんなふうにつかうべきものか?

    最後にまとめられていた通り、ことばの教育=考える力の教育という点が印象的だったし納得した。
    (現状は国語・英語教育ともに必ずしもそうなっておらず、表層的な部分で特に話すスキルを重視する風潮にあるが、書くことで思考能力を高める段階を経ないと、深い思考を言葉にして話すことはできないとのこと)

    同時に、だからこそことばの教育は難しい。
    また、本書でもふれられていた通り、教育の理論は、実践を振り返る際のよりどころとしてには参考になり重要ではあるが、誰にでも効果的な教育方法というのは成り立たない。

    そんな中でも、ことばの力・考える力を育てるのに重要なこととしては、次のような点が挙がっていた。

    ・帰納的思考(抽象化)と演繹的な思考(具体化)を往復する。

    ・メタ認知の視点(自分の使っている言葉が自分のいいたいことにあっているのか?を反省的にみる視点)を持っておく。

    ・話す力を鍛える前に、書く力を鍛える。書くためには、まず読むことで、筆者の思考のプロセスを学び取る。

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    2020年01月25日
  • 本物の英語力

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    文字通り、英語圏で通用する本物の英語力を身に着けるためにはどうしたら良いかを説いた一冊。

    英語教育の第一人者だけあって、その言説には説得力があった。

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    2021年01月04日
  • 英語教育の危機

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    英語教育のあり方を,ヨーロッパで生まれてきた複言語主義をベースに議論している好著だ.英語を学ぶことで異文化コミュニケーション能力を育成するという壮大な目標を,文科省は掲げているが,少し異常だと感じている.そんなに簡単に英語がマスターできるものではなく,できる人はそれなりに努力している.すべての生徒が英語が必要だとも思わないし,日本の企業では英語が必要な部署はせいぜい5%だろう.日本語をもっと勉強するべきだ.

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    2018年09月20日
  • 話すための英語力

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     本書の主題を一言でいうと、英語で会話するにあたっての「暗黙のルール」と、それについて気づくことの重要性、ということになるかと思います。
     私は、ふだん英語で会話する機会は多くありませんが、時折「セカンドライフ」というウェブ上のゲームで外国人の人とチャットをします。その際気づくことには、相手の言っていることがさっぱりわからないときというのは、難しい単語が出てきた時ではなく、むしろ、やさしいけど多義的な単語が出てきた時です。ネイティブであれば、「その文脈ではこの意味で決まりだろう」というのは常識なのでしょう。しかし、日本人をはじめとするノンネイティブは、その単語が使われるコンテクストをネイティブほど多く知っているわけではありません。
     本書は、こういった語義レベルに限らず、話題、声のトーンや身体所作といったさまざまなレベルに及び、会話におけるコンテクストの重要性を説いています。日本人が英語を「ネイティブのように」うまく話せないのは、こうした会話という行為を方向づける暗黙の慣習や規範を知らないことによる部分が大きいようです。当然、こうしたことを義務教育の課程での限られた時間で教えることは不可能であり、実践によって学ぶしかありません。それにおそらく、この種の知識というのは頭で理解するというよりは体で感じて覚える類のものでもあり、講義形式では限界があるでしょう。
     著者は自身の通訳・研究者・教育者としての経験を交え、こうした英会話の世界に飛び込んでゆく際のヒントとノウハウ、勇気を与えてくれます。
     私はこんど出張でヨーロッパに行かなければならなくなり、言葉のことで途方に暮れていましたが、本書を読んだおかげで、ある意味吹っ切れたところがあります。まず、上記の能力が一朝一夕に身につくわけはないので、場数を踏んで学ぶ必要があります。また、会話は相手のあるコミュニケーションであり、一方的な努力が常に実を結ぶとも限りません。日本人という「分かってないガイジン」への親切心というか、寛容さを相手が多少とも持ってくれなければ、会話は成立しません。初めから上手くやろうと気負う必要はないし、それはできないのです。
     なお、会話がままならないという不安は、日本に来る外国人にとっても当てはまることでしょう。知らないということからくる不安に向き合おうとすることが、もしかすると異文化理解への出発点なのかもしれません。楽なことではないが、やってみる価値はある。そのように感じました。

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    2018年07月06日
  • 英語教育の危機

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    鳥飼先生のNHKのニュースで英会話いつも見ていて、日本の英語教育(グローバル人材育成)が根本的にずれている政策に警鐘を、鳴らし続けている。日本の英語教育の早期化への問題や英語での授業推進による英語学習のさらなる低下や生徒のみならず英語教師への負荷やそのために学習ご深くならず浅くなっていまう危惧、民間の英語検定を受験対策に、するなど、単なる受験対策では英語教育向上には繋がらないことなど、説明してくれている。鳥飼先生は、真のグローバル人材とは、単に英語が話せると言うだけでなく、その国の背景や文化なども、理解することをいつも一貫して話してくれている。これからの日本の英語教育、流されずに考えたいテーマ。

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    2018年07月10日
  • 英語教育の危機

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    英語検定は1964年の東京五輪に先駆けてスタート。因果関係はわからないが、五輪や国際イベントが近づくと「国際化」熱が高まるらしい。英語教育は改善策に決め手を欠くまま、結局小学校からに前倒し。大学入試は4技能のバランス重視に引っ張られ、民間試験を導入されることになった。これまでも問題提起を続け、一時は「諦め」の境地に達していたという鳥飼玖美子先生が、今一度力を振り絞り、現状の英語教育政策を批判する。個人的には首肯する点多し。

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    2018年02月19日
  • 本物の英語力

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    英語学習は異文化理解である。というフレーズが印象に残った。多様な文化が混在するグローバル社会では、自分とは違う性質のものに対して心を開き、受入れようとする寛容さが求められるのかもしれない。
    宇宙飛行の岩田光一の言葉に、「守りに入るな」というものがあったが、現状に定常化せず常に新しい目標を持って仕事にも私生活にも取り組みたいと思った。

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    2018年02月06日
  • 本物の英語力

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    「あとがき」で著者は、「どのように学ぶかは学習者が個々に考えて選択すべきことだと考えてきた私が、あえて学習方法に踏み込んだ」と述べており、本文中ではとくに、「英語を覚えようとするのではなく、知りたい内容、興味のある内容を英語で学ぶ」というアプローチが取り上げられています。

    ただしそれも、自分なりの英語学習の目的を設定し、自分にとって適切な学習法を自分自身で考える「メタ認知ストラテジー」の重要性から導かれる学習方法であり、著者の基本的なスタンスは少しも変わってはいないと言ってよいと思います。とくに、音読やシャドーイング「だけやっていればいい」といったような、目標もない盲目的な英語学習を反省して、自分と英語との関係について振り返って考えてみるには、よいきっかけになる本だと思います。

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    2017年06月21日
  • 話すための英語力

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    ネタバレ

    同著者による『国際共通語としての英語』(2014年),『本物の英語力』(2015) (いずれも講談社現代新書)に続く続編です。

     英語を使うには単語やフレーズ,そして単語の適切な並べ方(いわゆる文法)を学ぶ必要がありますが,英語でやり取りする場合には日本語で行う場合と多少異なるコミュニケーション上の約束事があります。本書はそのようなコミュニケーション・ストラテジーを紹介したもので,特に鳥飼氏の前著『本物の英語力』(2015)と対を成すものと解釈できます。

     鳥飼氏の言う「コミュニケーション・ストラテジー」とはどのようなものかというと,うなずきやあいづちに関する日本語と英語の差や,エレベーターの中やバス停でバスを待っている人どうしで行われるちょっとしたスモール・トーク(頻度が日本語での場合よりも多いという話)や,褒め言葉,意見の仕方,反論の仕方(英語は意外に丁寧である)等々がそれに当たります。英語でコミュニケーションを取る場合には,単に単語やフレーズの意味を覚えて使うだけでは不十分で,文化的バックグラウンドの異なる人と意志疎通をするという前提に基づいた,コミュニケーション・ストラテジーを理解することが大事だということです。

     このような考え方のもとに本書は展開されているわけですが,鳥飼氏による講談社新書のシリーズで,本書が他書と異なる点は,使えるフレーズが多く載っているということです。『国際共通語としての英語』(2014年)や『本物の英語力』(2015) は,読んでも英語力そのものの足しにはなりませんが,本書は,こういう時にはこのようなフレーズを使ってこのように言えます,というアドバイスがちりばめられているので,この意味では本書は英語力の伸長にも多少寄与すると思います。

     本書に語られていることでちょっと引っかかったのは,「国際共通語としての英語」を標榜しながらも,この本に書かれていることはイギリスやアメリカなどの英語圏のネイティブスピーカー(広く見積もっても欧州圏の人々)との英語でのコミュニケーションを前提にしたものであるということです。英語が国際共通語として機能することを前提にするのなら,アジア圏の人々など,我々と文化的背景の近い人々とのコミュニケーションも視野に入れてほしかったなと思います。

     私がアメリカに留学していた時に感じたこととして,韓国人や中国人とは相対的にコミュニケーションが取りやすかった(もちろん英語で,です)ということがあります。しかしながら,はやり微妙にコミュニケーション・ストラテジーは異なるので,そのあたりのことも視野に入れて本書が書かれているともっと良かったなと感じます。

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    2017年05月23日
  • 国際共通語としての英語

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    おお。
    『英語と日本語のあいだ』から引き続き読んだのだけど、鳥飼玖美子さんは「会話か文法か」という二者択一ではなく、どちらも成り立たせる英語教育であるべきだと述べていて、少し見方が変わった。

    コミュニケーションと基本である、伝え合う姿勢。
    そもそも、伝えたいとか分かりたいという「意欲」を培うことは確かに理想である。
    一方で、小学校の外国語教育にあるような、楽しさやゲーム性を表に出したやり方で、果たしてコミュニケーションの重要性に行き着くんだろうか?という厳しい述べ方もしている。

    伝えるには、言語の他に、自身の考えや価値観、文化的背景が必要だと思う。
    しかし、小学生や中学生にそこの部分を求めることは厳しくて、母語でさえ危ういというのはもっともである。
    ただ、英語を敬遠する英語ビギナーをなくす上で、どのレベルの楽しみ方を見出してあげるかは重要なところだ。(まぁ方法より、コミュニケーションの大切さを知りましょうという狙いに問題があると言っているのかもしれないけれど)

    その延長上に、例えば英語式の名前の呼び方に疑問を持つといった面白さはあるのだろう。
    ちなみに途中、水村美苗さんにも踏み込んでいて、一部バイリンガル化の話も、面白かった!

    2017年現在、四技能が求められる中で、英語の力自身はどんどん外部テストのスコア化が採用されていっている。
    受験英語からTOFELやTOEICのスコアを得るための英語にシフトすることで、鳥飼さんの言う両立は叶うのだろうか。

    そもそも、その理想を具現化しようとすれば中高6年の教育で時間的に足りるのだろうか。
    という所で、誰も具体的なチャートを描けずにいるのかもなぁ……なんて専門外の人間としては感じるのであった。

    英語はツールでしかないと言う人なんて、、、とあるけれど、英語も日本語も私はツールだと思う。
    けれど日本語は英語にはない言葉の豊かさがある面で、母語話者として誇りを感じる。

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    2017年04月15日
  • 国際共通語としての英語

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    英米人などのように、英語を母語とする人たちは4億人程度なのに対し、インドやシンガポールなどのように英語が公用語の人たちと、英語を外国語として使う国の人たちを合わせると、十数億人になるという。なので、我々が英語を使う相手もそれら十数億人になる確率がはるかに多く、そのような時代では英語は英米人の基準に合わせる必要はない時代になっていると著者は主張する。つまり、英語はネイティブレベルを目指す必要はなく、言語としての最低限のルール(文法、発音、アクセント、イントネーション)が守られていれば十分で、それを前提とした英語教育をすべきである、というのが本書の主張である。
    英語に限らず、語学学習にはネイティブ信仰がつきものだと思っていたが、本書を読んで考えを改めた。小学校から英語が必須になるとの事だが、文部科学省はぜひ、本書の低減を参考にし、「世界共通語としての英語」教育が生徒にできるような指導要領を確立させてほしいと強く希望する。
    なお、著者の本として本書の後に書かれた「本物の英語力」という本があるが、まず本書を読んでから「本物の英語力」を読むと、本書が理論編、「本物の~」が実践編という形で利用でき、効率的であると思う。

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    2016年08月14日