南條範夫のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
祝!復刊!!
三代将軍徳川家光の実弟忠長が執り行った真剣勝負による「御前試合」の顛末だが、これが実に面白い。対戦者間にわだかまる情念、執念、怨嗟、等等を過不足なく綴り、刹那の勝負に全ての因果を収斂させる構成なのだが、これが十一篇続いても、まったく飽きさせることが無い。
相対する剣士をそれぞれに、ある意味追い詰めている武家の論理は前近代的なものであるが、その根底に流れるさまざまな感情は普遍の原初的なものであり、今日読んでもあまり古びた感じはしない。。。。。のは、やはり俺が時代劇が好きだからかも知れない。
むしろ今日的と言えるのは、その残酷描写であろう。腕が飛び、脚が飛び、体が両断される剣の破壊力は対峙する双方を無傷では終わらせない。『キル・ビル』や『シスの復讐』などが剣豪小説の映画化作品へのリスペクトとして残酷描写を描いており、そういうものと呼応している「愉しみ」であることは否定しない。が、今日的とはそうした表層的な意味合いのみを指すものではない。
駿河城南庭の白砂の上に繰り広げられる凄惨な殺し合いは、生き残った者の魂を更に深く傷つける。酸鼻を極める試合の描写は、達人ゆえの凄みと業を漂わせながら、「無情」の二文字を読む者の心にも刻み込むのだ。だがこれは、血で血を購う事の空しさを説教臭く語り、半端な悟りを錯覚させるものでは断じて無い。むしろ生の業苦とも言える、足掻いて足掻いて生き続ける様を、十一の試合は描いている。だが、十二編目では、いともあっさりと終焉を迎える生の空しさを突きつけるのだ。
「命は等しく無価値」というテーゼが今日的なのか?そうかもしれない。だが、その結論に至る醜いまでのバイタリティがあるから、ニヒリズムは「破滅の美学」に昇華するのである。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ下巻は、主に明治初期の政治、経済、振興財閥などについて成り立ちや事件について記述している。
弥太郎は明治新政府の保護のもと海運業界の覇者と成り、着々と個人の資産を増やしていった。
後藤象二郎から任された土佐商会をもとに自分の商売の基礎を築き、やがて土佐藩から独立し、三菱商会を立ち上げた。
三菱商会は完全に弥太郎個人の資産で成り立ち、そのワンマン経営により、外国資本との競争、官営事業との競争に勝ち、その資産力は明治政府も太刀打ちできない膨大なものとなった。
三菱はその強大な資産力によって、海運業において独占的な立場を利用し利益を貪っていた。同業他社がつぎつぎに潰れるなか、三井物産は三菱に対抗しようとして半官半民の郵便蒸汽船会社を設立したが太刀打ち出来なかった。
三菱は海運業の他にも、鉱山業、製造業などへ手を広げていった。
三菱の鉱山での描写に以下のような記述がある。
鉱山での鉱夫が足りなくなると騙して連れてきた。
少しでも休んでいるものは棍棒でぶん殴り、反抗すれば鉱夫を梁に吊るして棍棒で殴打した。
コレラが流行ったときは、発病して一日経った者は浜辺の焼場に送って、大鉄板に載せられ、生きたまま五十人まとめて焼かれた。
当時の三菱鉱山は、今では考えられない事が起こっていたようだ。
なりふり構わない、弥太郎のワンマン経営は、経営の危機を何度か乗り越え、強大なものに成っていった。
明治が生んだ経済界の怪物といえる人物の生涯と絡めて、その政局や周りの人物との係わりを含めて表した本著書は大変面白かった。