清水真砂子のレビュー一覧
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第二部 アチュアンの墓所(日本タイトル: こわれた腕輪)での主人公はテナー(アルハ)という少女。
8歳で、アチュアンの墓所に連れてこられてここのの大巫女として、生涯名も無き者の生贄のようにここを守るものになっていた。15歳になるまでの辛く孤独な生活がかさ語られていく。
罪人が送られてくると、残忍な処刑をも行った。話も中盤、アチュアンの墓所に忍び込んだアルハより10歳ほど年上の盗賊が捕らえられた。
迷宮に隠されてあるエクス・アクベの腕輪の欠片を探しに来たのだった。処刑をしなければならない。だが、アルハには、ゲドが気になってしまった。長い日々、二人は忍び逢っていろんな話をし、若い男が魔法使いだと知った。
二人は信頼を共にすることになる。
アルハは大巫女として罪を犯してしまった。
アメリカのテレビドラマ【ゲド 戦いのはじまり】の原作にされて、第一部と第二部がごっちゃにされて放送されている。原作は、第一部から10年の月日が経過しているようだ。
無論、原作の方がドラマより面白い。
暗くじめじめしたアチュアンの墓所での情景はずっと夢見そうだ。
素晴らしい作品である。 -
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不評価だったジブリアニメと全く違い、面白かった。母親を知らず我儘に育ったダニーだが、女呪い師に教えられた魔法の呪文で、魔力を操れるアビリティを強く持った稀に見る少年だった。
ある日、侵略者ガルガドの兵士を魔法で追い返し、廃人のようになるが、オンギンに助けられて、真の名〈ゲド〉を授けられる。普段はハイホーク(ハイタカ)と名乗る。ある傲慢さから悪霊を呼び出し、その影から逃げる旅を続け、その途中でエクス・アクべの腕輪のかけらを託される。親友・エスカリオルの助けで、影と対決することになる。
寒さと暗い情景、孤独との戦い。
虜になってしまいました。 -
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いやぁ
いい本だった...
学ぶことが多すぎて、とてもまとめられませんが
誤魔化さなくていい
褒められようとしなくていい
分かったふりをしなくていい
馴れ合わなくていい
自分自身に正直に生きることの大切さを伝えようとする著者の態度はとても誠実で
数少ない〝本当のこと〟を言ってくれる大人だと思います。
大人の自分にもグサッと来る言葉が非常に多く
自分も「かわいい」という言葉で子どもを無意識に閉じ込めていたのかと反省しました。
大人が子どもにしてあげられることは
本当はそんなに多くないんでしょうね。
表題は、現代の大人達への問いかけのようにも感じました。
「大人になるっておもしろい?」と
子どもに聞かれたら、自分は何と答えるだろう...
でも、こうして自分をガツンと壊してくれるような本に何冊も出会えたこと。
これは自分にとって、子どもの頃ハマっていたゲームやマンガよりも遥かに大きな喜びであることは間違いなく
今後もそんな出会いが待っているかと思うと
「大人になるって、捨てたもんじゃないかもよ...」と
ポツリと言えかな...w
大人たちの生きる態度を
子どもたちは見ているんでしょうね。
その割に大人たちは
一方的に子ども達にあれこれ求め過ぎているかもしれません。
子どもたちに求める前に
大人たちこそ、ちゃんと自分の人生と向き合っているのか。
〝分かったふりをしない〟というのは
本当にグサッとくる言葉です。 -
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ネタバレことばは沈黙に
光は闇に
生は死の中にこそあるものなれ
飛翔するタカの
虚空にこそ輝ける如くに
『エアの創造』
この言葉の意味を、最初はオジオンから、そして学院での長たち、自己顕示欲とそれに伴う失敗からゲドと共に少しずつ感じ取っていった。そしてラストシーン。それを本当に自分のものにできたような気がして、これがあれば彼のように自分の生を生きていけるような気がして、涙がでた。
一読だけでは、あまりにもゲドの心の成長が早すぎて私の心の成長はまだ完全についていけてはいないのだと思う。しかしだからこそこの物語は私にとっての希望の光、さらには人生の師として心の中にあり続けるだろう。
オジオンが、ゲドが好きだ。 -
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ネタバレゲド戦記、アースシーを舞台にした短編集だが、これは4と6と同時進行で読むか、4、5、6と順番に読むのがいいかもしれない。
作者がどうしてフェミニスト作家と呼ばれるのか、よくわかった。フェミニストといっても、エコロジカルフェミニストという範疇にはいるのではないだろうか。
女をどう描くかというのは常に挑戦のようなものではないかと思う。女の描き方は画一化されていたり、変に理想的だったり、添え物のようだったり、ヒロイン、登場人物として魅力的、オリジナリティがある人物像を描くのは難しいと思う。
しかし、ル・グウィンの描く女たちはどうだ。ファンタジーなのにリアル。等身大なのに奥底に何かとても価値があるものが秘められているような感じがする。どの女もそうだ。
「ドラゴンフライ」のアエリアンもそうだが、女は待ち、受け入れ、導き、そして自分だけで完結することもできれば、仲間とつながることもできる。根のように大地に広がり、揺るがない。支配ではなく連帯、男とでさえもそういうことができる。男は有史以来、女の支配しか頭になかったのに。
そういう不条理とそこからの脱出、解放を書いたのが、女の側から見たゲド戦記かなと思う。ゲドという英雄の物語ではあるものの、その英雄さえ魔法の力を失ってただのおじさんになり、力があると思われていた知の拠り所ローク学院が、実は女によって作られて女によって救われるっていうのが、象徴的である。現実の世界でままならないことをファンタジーの世界でやってのけ、かつそれが実現することを夢として描き出すというのは、まさに文学的だと思った。 -
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ネタバレ3冊目のゲド戦記から16年後に発表されたゲド戦記4番目のお話。訳者の清水さんが書いているように、竜の親分カレシンに乗ってゴント島に帰ってきたゲドを迎えたのは、2巻目でゲドとともにハブナーに伝説の腕輪を持ち帰ったテナーだった。
この巻は、そのテナーが再び主人公になり、養子に迎えたテルー、そして一切の魔法を失って普通の中年男になったゲドが脇役となる。
3冊目までの冒険小説ぶりとは全く違う内容なのだが、まず驚くべきことは、この話の主人公が40過ぎの中年の未亡人だということだ。どこが少年少女向けの小説なのか。私は中年女だから、このテナーのぼやきやら疑問やらが手に取るようにわかるが、若い人にはたぶん全然ピンとこないと思う。
相変わらずの対比、物事の相対化がすごい。この巻では、対比は男と女、そして知とそれ以外のもの、いわば生活のようなもの、が相対化して現れている。明らかにフェミニズム的な観点から描かれた小説である。
女が手仕事やら様々の家事仕事、女まじない師たちが司ってきた出産や葬式などの儀式が、ここでは肯定的に、なくてはならない生活の一部として描かれている。またそれを動かしてきた女そのものへの愛も感じられる。
知の象徴であることばは、つまりことばを操るアースシーでの魔術は誰のものであるか。男が元来占有してきたことばの世界とは、また別の世界、同じように大切で尊い世界を担っているのは誰か、というのがはっきり浮き出てきた感じだ。
こういう対比を全体としてドラマ仕立てにして提示できるというのは、相当の力量だと思う。書くという技術もすごいし、またストーリー展開もテルーという謎の子供を登場させることで俄然面白くなる。
テルーは、どうやら男女やら知と生活やらの対比の世界とは違うところにいるらしい、というのは最期のほうでわかるわけだが、それから5巻目に続く展開が楽しみでしょうがないという気分になって終わるところもすごい。
それにしても、3巻までのゲドの活躍ぶりとは打って変わった、ゲドの普通の男ぶり・・・。大賢人の見る影なく、しょんぼりと生きてるところをテナーの愛に救われるというのがまたいい。これで二人は同等の人間として愛し合うことができるようになったわけだから。 -
Posted by ブクログ
今までの子育て関連の本で、一番じっくり読んだ。勉強になった◎
心に響いたことをざっと書く。
・怒りの感情を大切に…
怒りの底には、自分自身を大切にし、人間としての尊厳を手放すまいとする意志とともに、相手に対する期待なり信頼感がある。
・子供の素直さとは…
大人の言うことに逆らわず、疑問を持つ持たずにいること=素直さ、ならそれは危ない
・家族とは…
「結婚して家庭を持ったら、毎日帰りたくなるような家庭を作るべき」なのか?人間、子供はそんなひ弱ではない。何かしら問題を抱えながらも共に生きていくのが家族
・尊敬する人は…
「尊敬する人は?」と聞かれて「親だ」と答えるのではなく、今すぐ親など飛び越して、物理的であれ、精神的であれ、こんな親をこえる存在に出会ってほしい
・動かずにいることはダメなこと?
活発に動くこと、他者に働きかけることが良いことと言われがちだが、黙ってじっとしている人の存在に救われる場面もある。空気が読めることが評価されるが、それにより場に緊張を生じさせ、周囲を疲れさせる。