清水真砂子のレビュー一覧
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相変わらず渋い展開というか、何をしたいんだか分からないままに旅を続ける、自分探しをするヒッピーみたいな生き様が良くも悪くも全く盛り上がらん。わけで。
とはいえ片やもう死んでる爺さんと、イメージ的には50歳を過ぎたくらいのオッサンという誰向けやねんという年齢設定の中にお姉様も満足的な美少年を付け加えてなんとか彩りを添えてて。だって美少女とかいなくてあるいみ泥臭くて実に昭和な展開なんだもの。女性作者というわけで、そうきたか、と。
そんなこんなで面白いってわけでもないんだけど、爺さんになってもはや金も要らんとなれば名誉にしがみつくのも分かるわけで、いややっぱり誰向けやねんという年齢設定なお話。 -
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ネタバレ自分の可能性に目を閉じ、ひたすら与えられた役割を全うすることを求められた少女の生きる道。息が詰まりそうな慣習とそれに付随する彼女に課せられた大巫女としての責務。それが当たり前だと生きてきた少女が目の当たりにしたのは、先人たちが作り上げた信仰という名の悪意と、自分の中に潜む己とは何者なのかに対する純粋な探究心と好奇心。その二つが垣間見えた時、少女は大海を知る魔法使いハイタカに出会う。戸惑いつつも、ハイタカとの信頼を築き己たちを解き放った彼女の目の前に広がったのは、自由というなの新しい世界。1人の少女が成長し、自分の生きる道を切り拓いていく姿を神秘性を帯びさせながら描き切った物語。
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とても難しい。難しいからこそ、ゲドの元へ来た王子アレンを通して、読者は問答をしながら答えを探しているような気がする。
物語全体としては、1巻と同じく目に見えない漠然とした恐怖、いつ魔法がなくなるかわからない不安というものがあって、本当に少しずつ糸口は見えてくるのだけれど、掴めるようで掴めない闇だからこそ、もがいてもがいて、どうなってしまうのかとハラハラしどうしてある。なぜ魔法がなくなろうとしているのか?魔法が使えないということ、そしてドラゴンまでもが言葉を失うという恐ろしい事態が起こっている、しかしその原因はどうにも雲をつかむよう…けれど足の進む先、船の向かう先にあると信じて進む旅は、はやく終わって欲しい、どうか解決して欲しいとやきもきしながらも、この文量があるからにして深淵の深さをとてもよく現すことができているのだと思う。
それはさておき、やはりゲドの人柄が好きだ。仙人みたいに達観したことを言ってみれば、本来の姿は1巻の頃と何も変わらない、少し意地っ張りなところもある孤独が好きな船乗りだ。それがいい。そんな大人になりたいと思う。 -
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1巻の影との戦いから数年。舞台はアチュラン、アルハ(テナー)が登場。
『自由とは何か』を問われたような作品だった。
5歳から大巫女として働き続け、外界とは遮断された村。付き合う人は巫女か付き人ぐらい。彼女の仕事も暗闇の冒険。
そこにケドが侵入者として現れる。
アルハはゲドを殺さず話をする。そして出るか残るかの選択を迫られる。
出たときはテナーとして、不安と挑戦を。
残るときはアルハとして、安定と苦悩を。
選択できることが自由だと思うが、ゲドが現れなかったとしてもその村の中ではアルハも自由ではあった。(大巫女という立場も利用できた)
しかし、それ以上の惹かれる世界を知ったのならば、飛び出さずにはいられない。 -
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ネタバレル・グウィンが16年もたっているのに続編を出す決心をした理由を、映画ゲド戦記の宣伝用冊子「ゲドを読む」の中で文化人類学者の中沢新一さんは、こんなふうに語っています。
『当時のフェミニズムは、男性が持っている力の領域に女性が参与して、その力を自分たちに取り入れていくという考えが広がっていました。そこで大学教授になろう、経営者になろう、アーティストとして自活しようという女性たちが出てきました。家庭でも男性に従属しない人間になって、しかも母親としても伝統的なあり方を否定していこうという風潮も強かった。そういうフェミニズム思想がアメリカで盛り上がってきたときに、ル・グウィンは、それに対して違和感を持ったのだと思います。前の三部作では、ベトナム戦争以前の男性中心的な白人社会の価値観をよしとせずに、黒人たちの古代の価値観による大転換をはかりました。そして今度は、フェミニズムに対して「それもちがう」と思いはじめたのだろうと思います。』
これには異論もあるでしょうが、私は、この中沢さんのコメントを「ゲド戦記」を読む前に読んでしまったので、そうゆう考え方から離れられませんが、「帰還」は少なくともファンタジーではないと思います。「帰還」は中学生の時に三巻まで読んだ人が16年後の30歳で読む大人の本ではないでしょうか?
また、中沢さんの話の中には、ゲドにはモデルがいて,それはフランスのグロタンディークという天才的な数学者だというのもありました。 -
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ネタバレ68歳の老人が読んだ所感
冒険活劇としてはおもしろかったが、「生と死」の問題としての深読みはできなかった。
「日本人が、結局死んでも生きても同じこと、いつ死んでもかまわないとか、金をもうけようが勉強しようが何しようが意味がないから死にたいというような、本当に無におそわれて死にたいと言っているような人間の話は、なかなか西洋人には分かりにくい」と河合隼雄さんが言っていた。
つまり、死の概念が、キリスト教圏と仏教圏とは違うという話で、わらわれは欧米人より死というものを身近に感じているような気がする。深さが違うのかもしれない。われわれはファンタジーを元来もっている国に生まれたともいえないだろうか。
アメリカでは、ファンタジー本は現実逃避の手段で堕落していると映ると、そこが問題なんだとル・グインは他の著作で言っている。しかし、ル・グインにはファンタジー作家というバイアスがかかっているとおもう。
世の中はファンタジーを楽しむ「心に余裕のある層」と「心に余裕の無い層」とが同時にパラレルに同居している思う。それは時間的なズレと空間的ズレで平衡を保たれているのだ。
なんか私の言い回しが「ゲド戦記」になってきた! -
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ネタバレ68歳の老人が読んだ所感
昨日の1巻に続けて、この2巻目も1日で読んでしまった!想像して映像化していくのが楽しい。
地下の迷宮を脱出するシーンはインディージョーンズの最後の聖戦の聖杯のシーン(ペトラ遺跡)がダブってしまったし、エレス・アクべの腕輪の話は天空の城ラピュタのシータのペンダントの話とダブってしまった。テナーがシータに見えてきた。
ゲドは107ページから登場にびっくり、それもある男とかいってなかなかゲドとはわからない。
生まれ変わるという表現が数カ所あったが、欧米人は輪廻の思想がなかったはず?再度調査したら、やはり、キリスト教にはないらしいことがわかった。私達は「生まれ変わったらとか」、「前世はウグイスだったかもとか言うけど」、欧米人には野蛮な未開人の会話に聞こえるのかもしれない。 -
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ネタバレ68歳の老人が読んだ所感
現実を忘れて、ファンタンジーの世界に感情移入するのはなかなか大変です。むずかしいのは事前に自分が作者の世界に同調する必要があることです。たとえて言えば、おもしろいであろうと期待して映画館に見に行く感じ、途中で期待外れとわかっても、お金を払ってまで見に来たからには最後まで見る覚悟をもつ、みたいな。
1.魔法使いは、日本で言えば高僧。偉人のようにあがめられる慣習がある世界。
2.魔法使いは、魔法の専門学校を卒業して地方に派遣されている。東大寺で修行した僧が国分寺に派遣されるような感じ。魔法の専門学校も東大とか早稲田とか慶応とかみたいに、いろいろ流派があるらしい。
3.情景描写が多く自分で、文字から映像を想像しなくてはいけない。それを楽しむ必要がある。これはマンガと逆ですね。
4.アースシーという世界の海図を、読みながらたどっていくのも旅行気分で楽しい。ジクソーパズルのようでもある。
5.上陸する島ごとに、「ヤマタノオロチ」のような伝説がある。(各所に東洋的な世界観がある)
6.ノコギリソウとか人の名前に違和感あり(ねじまき鳥クロニクルみたい)。覚えきれないので、相関図を作成したほうが良い。
7.時々、展開が唐突で、シーンとシーンの経過時間の説明がない。映画のシナリオを読んでると思えばいいのか?
8.風の谷のナウシカのテト、オーム。もののけ姫のおっことぬしみたいのが出てくる。(宮崎駿さんはゲド戦記を何度も読んだと言っていた、原点はこれか?)
9.100マイルは160km、100kmは62マイル
10.最初に「昔々あるところに」がないのに、最後に「だったとさ」という語り部のことばがあり、違和感を感じた。(最初に説明はあるが、「じゃ、お話をはじめようか」がないのだ。幕があがり急に役者がしゃべりだす感じ、幕が開く前に語り部が登場してほしかった)
などが雑感です。
大人が読んでもタメになるかは、ちょっと疑問。68歳でタメになる人は、よほど順調で挫折のない人生だったのでは・・・。 -
Posted by ブクログ
これまでの冒険活劇とはまた打って変わって、2人の途方もない旅のように見せかけて生と死・それに立ち向かう人の内面的なお話。
一巻では傲慢でどこか勢いのあったゲドが、大賢人となり若い頃自分が疑問に思っていた筈のことを説く立場になっていたのは、歳を取り様々なことを知ることは臆病になる訳ではないんだなと言う説得力が凄くあった。
アレンの自己との闘い、自分自身の影の部分とのせめぎ合いの描写が本当に良い……。
この作者は本当に人間の内面を描くのがものすごく丁寧で登場人物の心情が手に取るようにわかる。
映画は3・4巻を基にしたとどこかで聞いたけど(鑑賞したのがかなり前で記憶が朧げとは言え)なぜこの原作であの映画になったんだ…?本質的な部分が真逆じゃないか…?
散々映画の批評で言われてたことに納得してしまった。
ゲド達と自分も共に冒険するような勢いで読めなくなってきた。が、それがいいですね。