清水真砂子のレビュー一覧

  • こわれた腕環 ゲド戦記2

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    アルハにとって「大巫女」という役割は、自分を縛る鎖であると同時に、素の自分を守る鎧でもあった。だからこそ、自由を手にしたテナーは喜びより先に怖さを感じる。挑戦は楽しいけれど、素の自分を掛けるものだから否定されるのが怖い。その感覚は自分にもよくわかる。テナーにはゲドがいたように、自分には妻がいて、考えを書いて確かめる場所がある。鎧を脱ぐ怖さは消えなくても、支えがあれば踏み出せる。そんなことを考えさせてくれた一冊だった。

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    2026年09月28日
  • さいはての島へ ゲド戦記3

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    いよいよゲド戦記初期三部作の締めくくり。大賢人となったゲドとエンラッドの王子アレンが不吉な予兆の原因を突き止めるための旅に出る。
    どれほどの期待も裏切らないファンタジーの傑作。人生に疲れた大人にこそ読んでほしい。

    ゲド戦記は決して派手ではなく影の濃い物語だけど、世界の秘密が本当に隠されているような骨太なファンタジーだ。ゲドとアレンは果てを目指して旅を続けるが、死の影はますます濃くなっていく。魔法使いでもない少年のアレンから見れば、徒に彷徨っているだけで不安だけが募る。ほとんど魔法も使われないし、ただ重苦しい時間が過ぎていくのだけれど、読んでいて引き込まれる。
    自然や宇宙のような計り知れないもの相手にするということは、ただ忍耐強く待つしかないのだろう。ゲド戦記の魔法は便利だけど万能ではない。ル=グウィンの魔法に対する解釈の鋭さが圧倒的な存在感を生んでいると思う。
    『老人と海』も自然と人間の関係を描いているが、ゲド戦記は人間の心にもフォーカスしている。現代社会を生きる我々にも、自然との関係を考えるための優れたメタファーとなっているように思う。地に足の付いたファンタジー。

    現代では「心が生み出すもの」は嘘や空想と軽んじられるが、この物語は、生きることと死ぬこと、心の光と闇、言葉の持つ力を現実よりもまざまざと描き出している。
    ファンタジーは創作であるが嘘ではない。この世には実際に、心の奥深くにある人間の真実を汲み上げることができる魔法使いのような人がいるのだ。魔法使いではなく巨匠とか呼ばれるが。

    それぞれの場面に出てくるイメージも豊かで本当に素晴らしい。ロークの城や森、海に浮かぶ島々、様々な民族、虚無に包まれた冥界や、美しくも恐ろしい誇り高き竜の一族。それらが現実に根付いた強靭な哲学に、温かみや冷たさ、読者を遊ばせてくれる余白を生んでいる。読んだ後にもゲドが語ること以上に、語らないことが胸に迫ってくるのだ。

    宮崎駿が枕元に置いていることでも有名な本書だが、ジブリファンならいくつもの場面に重なるものを感じるだろう。『風の谷のナウシカ』や『もののけ姫』はもちろんのこと、最新作の『君たちはどう生きるか』まで、ファンタジー作品の一つの基準になっている。
    他にも多くの作品に影響を与えていると思うが、この本には他には超えられない、それこそ魔法のようなものがあると思う。古典は生まれたときから古典だそうだ。この本は古典として永く読み継がれていくのだろう。

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    2026年09月10日
  • 火明かり ゲド戦記別冊

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    ネタバレ

    〈ゲド戦記〉シリーズ別冊。寓話的な短編「オドレンの娘」、ゲドの晩年を描く短編「火明かり」、そして4つのエッセイや講演を収める。

    ゲド戦記を閉じる一冊であるから寂しさはあるけれど、ゲドがその晩年を、英雄としてではなくひとりの老人として、妻と穏やかに時を過ごす夫として、また、娘が既に巣立っていった親として、生きたことを知ることができて嬉しい。

    どの短編を読んでも、エッセイを読んでも、ル=グウィンの(いつもながら)一貫したファンタジーへの愛と信頼を感じる一冊だった。

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    2026年07月02日
  • 火明かり ゲド戦記別冊

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    ネタバレ

    久々にル・グゥインを読んだ。やっぱり大好き。

    ・オドレンの娘 墓に毎日そなえものをして復讐を約束する娘、日本のホラーっぽい。中盤、息子は母を責め、娘は母の愛人を責めるところがル・グゥイン節と感じた。

    ・火明かり すごく久しぶりにゲドに会った感じがした。彼がのびのびと旅立って行ったので、見送れて良かったと思った。

    ・講演など 「夜の言葉」などに収録されていて既読だったが、何回読んでも面白い。全てに納得するわけでもなく全てに同意するわけでもないが、面白い視点だと思う。文化基盤を異にする日本では特に(洋風)ファンタジーの影の部分は見えづらいので、この視点は覚えておきたいと思う。

    ※確かに欧米のファンタジーにはどちらかと言うと日本のホラーに近い風味がある気がする

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    2026年06月07日
  • こわれた腕環 ゲド戦記2

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    ゲド戦記の第二巻。アチュアンの墓所を守る大巫女として育てられた少女アルハは、世界に調和をもたらすエレス・アクベの腕環の片割れを求めて墓所を訪れた青年ゲドに出会う。

    ファンタジーの名作だけにゆっくり読みたかったけど、面白すぎて後半は一気に読んでしまった。著者は親の影響もあって文化人類学に詳しいこともあり、世界観や舞台の設定が細かく具体的で物語の土台がとにかくしっかりしている。人生における光と闇をファンタジーに落とし込んでいるのだが、混ぜ合わせ方がとにかく巧みで説明しなくても何が起きているのか感覚的に伝わってくる。ル=グウィンこそ魔法使いではないだろうか。

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    2026年05月24日
  • 火明かり ゲド戦記別冊

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    とても良い本だった。
    ゲドと魔法の物語はもちろん、
    エッセイも読みごたえ抜群。

    ファンタジーは事実ではないが、
    真実を語っている。

    たしかにそこには、
    現代の困難について直接的な言及はない。
    課題は整理されておらず、
    明確な解決策の提示はなしだ。

    一方で、私たちが生きる上で
    何となく感じるモヤモヤに対しては
    モヤモヤとした形でヒントをくれる。

    それを結びつけるのは当人自身で、
    その気づきが靄を晴らす。
    人が心に抱える課題は、
    降ってきた答えををあてがっても
    恐らく解決できない。

    数学は素晴らしい学問だけど、
    一問一答では片付かないのが人生。
    そういえば数学自身も、学び進めると
    曖昧さや終わらない計算が出てくるよね。

    人生の問いもそれと似ていて、
    経験を重ねれば簡単に解けるかと思いきや
    選択肢や慮りが増えて、
    答えを出すのが一層難しくなるなんて。

    子どもには想像できまい。
    私もいつも迷っているし、
    今は物事を答えのないまま
    受け止める力を強化しているところ。

    選んだ答えが、
    その人の個性と呼ばれるのかもしれない。


    彼女自身がアースシーの探検家であるという
    制作秘話的な話や
    おとぎ話の記憶と絡めた
    影についての言及も興味深かった。

    影はやっつけるものでも、
    無視するものでも
    乗り越えるものですらなく、
    すぐそばに連れて行くんだね。

    影を否定される教育を受けながら、
    ここに至るのはなかなか難しい。

    仕事か恋愛か、はたまた小説か。
    行く道々の出逢いで
    自分の感受性と向き合いながら
    アウトプットをどうするか、
    何が欲しいか、真実は何か?

    それを沢山考えることが
    尊厳ある葦になるということなのだろう。

    1巻を読んだのは数十年前。
    忘れかけている物語を、
    言葉を大事にしている彼女が書いた原文で
    もう一度読んでみたいと思った。

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    2026年03月28日
  • 火明かり ゲド戦記別冊

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    2018年に亡くなったアーシュラ・K・ル・グィンの没後に発表されたゲド戦記に連なる最後の作品である『火明かり』、未邦訳作品である『オドレンの娘』の2本の短編と、岩波現代文庫から出ている『夜の言葉』にも収録されている3本のエッセイや1992年にオックスフォード大学での講演の内容を収めた日本オリジナル編集のゲド戦記シリーズの最後を飾る7巻。

    『オドレンの娘』はアースシーのオー島を治める領主一家の物語。
    復讐物語ではあるのだが、神話的な悲劇性を感じる。領主夫妻の関係だったり、復讐をする姉弟のどちらを選ぶのかという部分や、その後も含めて神話っぽい感じがした。
    この作品はあくまで未邦訳作品なので、最後に相応しいという感じではない。だがこうやってアースシー世界に連なる作品がまた読めるというのが嬉しい。

    『火明かり』はゲド戦記の最後を飾る作品。
    日本でこそ”ゲド戦記”とシリーズ名が付けられているが、本来はEarthsea UniverseもしくはEarthsea Cycleである。
    そんなシリーズの最後をアーシュラ・K・ル・グィンはやはりゲドで物語を綴じた。
    僅かなページ数で語られるゲドの人生の振り返りと、ゲドの最期が描かれている。
    シリーズを一気に読んできた自分としては、ゲドが人生を振り返るように物語を振り返って、感慨深くなった。
    ゲドの最期とは書いたが、逝ってしまったという感じはなくて、何か新しい始まりを迎えるような語りがされているのも印象的だった。
    とても美しい短編で、素晴らしいシリーズだったな、と改めて感じられる作品だった。

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    2026年03月09日
  • アースシーの風 ゲド戦記6

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    ゲド戦記シリーズの6巻。
    4巻の『帰還』と5巻の1作『ドラゴンフライ』と接続する物語。
    7巻の『火明かり』がアーシュラ・K・ル・グィンが没後に出版されたが、実質この『アースシーの風』がゲド戦記シリーズの最終巻を飾る作品であると言える。

    ゴント島で暮らすゲドの元に一人の魔法使いが訪ねてくる。
    彼はハンノキと名乗り、ローク島の様式の長からゲドの元を訪ねることを勧められて来たのだと言う。
    ハンノキはある夢に悩まされていた。それは死者の世界の夢で、寝る度に死者の世界の夢を見て、そこで亡くした妻が何かを訴えてきているのだと言う。
    ゲドはかつて死者の世界に行き、戻ってきた。ハンノキの夢がアースシー世界全土に関わるものかもしれない、と感じたゲドは共に死者の世界に行き戻ってきたレバンネン王の元に行くようにとハンノキをハブナーへと送り出す。
    時を同じくしてハブナーでは、カルガド帝国との緊張が高まっていた。戦争にも発展するかもしれないという状況で、カルガド帝国からレバンネン王の王妃にとセセラクが送り込まれる。カルガド帝国の思惑がわからないレバンネンは、話も通じないセセラクとの通訳にとテナーを呼び寄せる。
    更に、アースシー全土で竜が暴れ、人間たちへの攻撃が始まろうとしていた。レバンネン王は竜の子であるテハヌーとドラゴンフライの力を借りようとする。
    図らずもハブナーに集まった人々は、アースシー世界の異変を救うために世界の中心であるまぼろしの森へと向かう。

    5巻の『ドラゴンフライ』で感じた世界の複雑さが、やはりこの巻でも現れてるなあ、と感じた。
    ゲド戦記シリーズは1巻から3巻までは1968年、1971年、1972年と短いスパンで出版されている。だが4巻は1990年、5巻と6巻は2001年と10年以上の時間が空いている。
    6巻が発売されたのは同時多発テロの2日後らしく、同時多発テロが作品に反映されてるとは思わない。だが冷戦の終結から湾岸戦争なんかは、ゲド戦記世界への影響も僅かながらにもあるのかもしれない、と読んでいて感じる。
    そういったものも反映されてか、いろんな地域から、言語が違い肌の色も違い、何なら人間と竜のハーフだったりする人々が、世界を救うために同じ船で旅立つという展開が良い。
    中にはコミュニケーションが取れないことが原因して諍いや衝突が発生するキャラクターもいるのだが、ちゃんと向き合い歩み寄れば理解が出来るということが描かれている。
    わからない、怖いのは頭のなかで仮想敵を作って、それと戦っているからで、その人とちゃんと向き合って接してみたら、相手がどんな人間なのか理解できる。レバンネンとセセラクのやり取りなんかはまさにそうだった。
    レバンネンも久々に会ったらこんなダメな奴に……なんて思っていたが、内省して行動に移してるんだからやっぱ信じられる王なんだよな、なんて思ったりした。
    ちゃんと反省出来る人間がトップなのは羨ましいね笑

    2025年に読んでも古臭さは一切感じないどころか、今の時代にこそという部分もあった。
    4巻以降は20年以上経っているのに、未だここに描かれている世界と現実は大して変わらなかったりして、うんざりすることもあるのだが……。

    また、この巻は訳者である清水真砂子さんの解説も素晴らしかった。
    アーシュラ・K・ル・グィン夫妻を訪れてのやり取りは読んでいるこちらが涙ぐんでしまうようだった。

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    2026年03月09日
  • ドラゴンフライ ゲド戦記5 アースシーの五つの物語

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    ゲド戦記シリーズの5巻だが、外伝という立ち位置にある作品集。
    収められている作品は5作品。
    作品は短編くらいの短さのものから中編、なかには長編レベルと言ってもいい長さの作品もある。それもあって600ページ近い分厚さ。
    また、描かれている作品世界は、アースシーの歴史のなかでも年代はバラバラ。ほぼその世界の神話や伝説のような扱いとされるものもあるし、4巻の『帰還』と6巻の『アースシーの風』とをブリッジする作品世界内でも新しい位置付けにあるものもある。

    『カワウソ』
    ゲド戦記世界で魔法使いを育成する要所として存在するローク学院。そのローク学院誕生について語られる長編。
    ゲドが活躍していた時代ほど魔法が世界に受け入れられてない時代、魔法の才能を持って生まれてきてしまった人たちは魔法を使えることを隠して生きていた。見つかれば、村を追い出されるか、奴隷として捕まり力を利用されるかだった。
    そんな時代に才能ある一人の魔法使いの少年カワウソが、奴隷として捕まってしまう。カワウソはその才能から、辰砂探しの奴隷として使われるようになる。そこで同じく奴隷として捕まっている少女と出会うが、カワウソは少女に助けてもらい、逃走することが出来た。
    逃げ延びたカワウソは、魔法使いだけが訪れることが出来る場所を作ることに協力し、手の者と呼ばれる地下組織を巡っていく。

    『ダークローズとダイヤモンド』
    ダイヤモンドと呼ばれる有力商人の息子が、魔法の力を持って生まれてきた。その才能から魔法使いの弟子となり、魔法の勉強を始める。
    魔法使いもダイヤモンドの才能を認め、ローク学院へ入ることを勧める。
    しかし、魔法使いの道を選ぶならダイヤモンドはこの先、愛する相手を作ることなく一人で生きていかなければならない。彼には愛する相手がいた。子どもの頃から一緒に育ち、ずっと近くにいてくれた村の女性ローズだ。ローズとの人生を選ぶか、魔法使いとしての人生を取るかダイヤモンドは悩む。

    『地の骨』
    ゲド戦記第1巻『影との戦い』でゲドが仕えるゴントの魔法使いオジオン。彼はゴントで起きようとしていた大地震を沈めた逸話がある。
    オジオンがまだダンマリと呼ばれていた頃、彼と、彼の師匠ダルスがゴントで起きる大地震を沈めるまでを描く。

    『湿原で』
    セメルと呼ばれる島では家畜の病気が流行っていた。
    ある日、家畜の病気を治すために魔法使いのオタクがやって来る。オタクは治療のあいだ、メグミと呼ばれる村外れの女性のところに厄介になる。彼は変わったところがあったため村人に疎まれるが、実力は本物だったため、治療している間は渋々ながら村人たちも彼の滞在を許していた。
    そんなオタクの前に、それまで村のお抱えまじない師だったアイエスが来る。アイエスはオタクに突っかかり諍いになるのだが、それがきっかけとなってか魔法の力が発動してオタクはアイエスに強力な魔法をかけてしまう。
    そんなセメルに大賢人になったばかりのゲドがやって来る。

    『ドラゴンフライ』
    4巻の『帰還』と、6巻の『アースシーの風』を繋ぐ位置にある作品らしい。
    ウェイ島の領主の娘ドラゴンフライは、自分の存在に疑問を抱いている。親しい魔女のバラからもドラゴンフライには力がある、と言われるが、その力とは何なのかはっきりしないでいた。
    そんなときに領主のお抱え魔法使いとして雇われてゾウゲと呼ばれる青年が来る。ゾウゲはローク学院で学んだ魔法使いの見習いなのだと言う。
    ドラゴンフライは、そんなゾウゲに女人禁制とされるローク学院に姿変えの術を使って入り込もうと唆される。ドラゴンフライも乗り気になり、ローク学院へと船を向かい、そしてローク島伝統の魔法の風を抜けることに成功する。
    そしてついにローク学院の扉を叩き、招かれることになる。
    そこでドラゴンフライは自らの出自の真実を知ることになる。


    これまでゲド戦記シリーズを順番に読んできて、3巻までは物語はシンプルだがある種の昔話や伝説、神話などにも比肩できるような強度のある物語世界を作ってきているように感じていた。それが4巻の『帰還』からはそのシンプルさやビルドゥングス的ストーリーを脇に置いたことで、アースシー世界が我々の現実世界の混迷さを映し出すような複雑さと豊かさを併せ持ったように感じた。
    だからこそ『帰還』以降は、ゲド戦記の世界に広がりが、ぐっと増した印象を受けた。所詮はファンタジーと切り捨てることのできないリアリティがある。
    本作はその広がりを更に拡大するような作品集で、アースシーの成り立ちに、その時間、歴史に思いを馳せてしまうようでかなり好きな巻だった。

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    2026年03月09日
  • 帰還 ゲド戦記4

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    本作は3巻の『さいはての島へ』から18年という期間を空けて出された4作目であり、物語は『さいはての島へ』の直後から始まる。

    ゲドと共に墓所を抜け出した少女テナーは、ゴント島で魔法使いでゲドの師オジオンに預けられていた。
    しかし、魔法使いになることを望まなかったテナーはオジオンの元を離れる。テナーは新たに『ゴハ』と自らを名乗り、人並みの生活を送ることを決める。
    それから十数年の歳月が流れ、ゴハのパートナーであったヒウチイシは亡くなり、ゴハは未亡人となっていた。娘と息子は家を出ており、ゴハは一人で農場を切り盛りしていた。
    そんなゴハの元に友人のヒバリが駆け込んでくる。性加害を受け、その場で生きたまま焼き殺される寸前だった少女がいる、と。
    ゴハは名前もわからないその少女を預かり、『テルー』と名付ける。
    ゴハはヒバリや、女まじない師コケの助けを借りながらテルーの居場所を作ってあげる。
    そんな折にオジオンが亡くなってしまう。時を同じくして竜に乗ったゲドがゴントに戻ってきた。
    しかし、ゲドは魔法の力を失っており、かつてのような気力もなく意気消沈としていた。ゴハはそんなゲドも自宅に連れていき看病することに。
    そして都ハブナーからは王アレンが戴冠の儀に友人であるゲドを招きたいとやってくるのだが……。

    自分はゲド戦記は3巻まで読んだことがあったものの、それ以降のゲド戦記のシリーズ作品はまったく知らないでいた。
    4巻目は初めて読むのだが、これはちょっとスゴくて圧倒された。これまでのゲド戦記のシリーズの世界が180度転換するような作品でもあり、より深みを増すような作品だった。
    そこには男性の物語であるゲド戦記で、いかに女性たちが虐げられているか、そしてこの世界で女性たちがどのように暮らしているのかが描かれている。
    想像の世界の、架空の世界の出来事じゃないか、と思われるかもしれないが、現実世界の写し鏡としても描かれている。なので、アースシー世界ってのは酷いな、なんてことにはならない。今、我々が住んでる世界と大して変わらないと思いながらこの物語を見ていくことになる。
    アースシー世界では魔法は男性のものである。村のまじない師(産婆や占いなどを扱う)レベルの魔法は女性たちが扱うが、より高度な学院などで学び、各町に配属されるような魔法は男性の魔法使いだけのものである。
    そしてこの世界でも家のことは女の仕事として扱われている。魔法使いはなぜか女性と深い関係になることはなく、独身のまま生涯を終えることが多いらしい。それもあってゲドがゴハの元で一緒に住むことになってからが面白い。
    ゲドやオジオンは魔法使いとしてのルールを守って生きているので、自分の身の回りのものは自分でどうにかする。ゴハはこれまで一般人のヒウチイシと暮らしていて家事は女性がやる仕事として生きてきたので、ゲドが自分の皿を洗ったり身の回りのことをすることで衝撃を受ける。
    だが一方で、ゲドも内面化している男性的な自分本意な考えなども描かれる。そういう描写には男性である自分もギクッとしたりした。

    確かに4巻がフェミニズム的と言われるのも納得ではあるのだが、それは別段ラディカルな描写でもなくてこれくらいは当たり前にやっていいでしょ、そう思う。
    また女性が生きていくことで向けられる視線や、抱く恐怖なんかも現実とリンクするようなカタチで描かれているのも印象的だった。
    またこれまで以上に内面描写が多い。主人公であるゴハがとても繊細かつ複雑な内面を持っているのが描かれる。その描写がキレキレなのもあってゴハが、これまでのゲド戦記に登場したキャラクターで最も好きになったかも。
    一方のゲドは、これまでアースシーの世界で多くの逸話を残した伝説の大賢者的立ち位置で、これまではどこか孤高の人的な存在だった。だが、魔法を失ってしまってからはとても小さくて人間らしく見える。人生のほとんどを共に生きてきた魔法という存在を失ってしまうので、それもしょうがないのだが、やっと人間になれたという感じもあって良かった。
    ゲド戦記の世界により深みが出て、更に今後の展開にも期待したくなる作品だった。

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    2026年03月09日
  • こわれた腕環 ゲド戦記2

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    前作、『影との戦い』は魔法の才能溢れる少年ゲドが、自らの傲慢さから引き起こされた災厄と向き合い成長する物語だった。
    続編である『こわれた腕環』は主人公がゲドから運命の少女テナーへと引き継がれる。

    名もなき者と呼ばれている墓所に潜む影を信奉する異教徒の大巫女が死んだ。
    その大巫女が死んだ直後に生まれたことで次の大巫女の生まれ変わりとして育てられることになった少女テナー。
    テナーは自分の名前を捨てられて、新たに大巫女が代々継承しているアルハという名前を受け継ぐことになった。
    そして大巫女の代々の役目である、迷宮のように広がる墓所の管理を任せられる。
    墓所は男子禁制であり、一部の宦官や巫女しか入ることはできない。そこでテナーは外部から送られてくる罪人たちを処刑する役目を引き受ける。
    だが、その墓所にこわれた腕環の片割れを探しに魔法使いのゲドが入り込んでいた。

    今作は選ばれた環境にある少女が、新たな環境へ出ていくことを決意する物語であり、同時にその選択、つまり自由を享受することの怖さが描かれている。
    だから前作以上に自分事としても読めたし、その怖さを知っている人には広く刺さる物語だと思う。それもあって普遍的な力強さがある物語だと感じた。
    テナーが新たな環境に出る決意をしたことで、その身に降りかかる不安や恐怖は誰にでもわかるものだろう。それがそれまでの環境に身を置くことの安寧さを理解していれば特にそうだ。
    ある集団で信奉される大巫女なんて立場ではなくとも、家族や、学校、会社だったりと、人生にはこれまでの環境から別の環境へと旅立ったり、移動するものはよくあるものだ。
    テナーも始めこそ新しい人生が開かれることに喚起と興奮を覚える。だが次第に、新たな人生が始まることへの恐れと不安に苛まれていく。墓所から抜け出したテナーはゲドと帰る際には、無人島に自分一人だけ放り出して行ってくれないか、と泣いて取り乱したりもする。
    ゲドはそんなテナーを叱咤するわけでもなく優しく見守るだけである。その恐怖を乗り越えることは自分だけにしか出来ないからだ。

    テナーは恐れを抱え不安を抱いたまま物語の幕は閉じる。
    テナーのその後はゲド戦記シリーズを読み進めることで明らかにはなるのだが、『こわれた腕環』の段階では明らかにはならない。
    しかし、この終わりだからこそ良かった。
    アーシュラ・K・ル・グィンはテナーにその恐怖を乗り越えさせるエピソードを『こわれた腕環』内に用意しなかった。だが隷属状態から脱したテナーならば大丈夫だ、と確信めいたものを読者に抱かせて終わる。
    そこに読者は共感と勇気を受け取るのだろう。

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    2026年03月09日
  • こわれた腕環 ゲド戦記2

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    内容 「名なき者たち」の地下迷宮に仕える巫女の少女アルハのもとに、迷宮の宝物である「エレス・アクベの腕環」の片割れを求めて、青年になったゲドが現れる。
    感想 暗く、冷たく、変化のない陰鬱な闇の世界が、中盤、ゲドが登場するまで続き、読者は忍耐を強いられる。それでも、読み切るに値する一冊である。自由は決して安逸なものではないと改めて思わされる。

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    2026年01月08日
  • 影との戦い ゲド戦記1

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    海外SFは苦手だよ、と思いながら手に取ったら、純文学の質感でするすると読めた。

    感情が動いたり、読み進めたくないなと思ったり、おもしれえ〜と思ったりしたところのページを折りながら、読み進めた。
    いま読むから、学院時代のところばかり折り目がつくのだろう。学生時代に読んでいたとしても、たぶん似たところに折り目がついたと思う。
    ただ決定的に学生時代と違うことがある。
    影を、ダメだと思っていないことである。
    ゲドがさいはてで影を中に入れたとき、ワシもこうしたい、と思えた。消したいとか負けたくないとかでもなくて、ちゃんと追いかけ迎えに行くほうがよいな。
    影を自分のものとして抱え直すことに、美しさが宿るのかもしれませんね。わたしの影の名前はなんだろうか。

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    2026年01月07日
  • こわれた腕環 ゲド戦記2

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    ネタバレ

    「彼女が今知り始めていたのは、自由の重さだった。自由は、それを担おうとする者にとって、実に重い荷物である。…それは、決して気楽なものではない。自由は与えられるものではなくて、選択すべきものであり、しかもその選択は、かならずしも容易なものではないのだ。坂道をのぼった先に光があることはわかっていても、重い荷を負った旅人は、ついにその坂道をのぼりきれずに終わるかもしれない。」(P.241)

    そして、翻訳された清水さんによる解説。
    「奴隷でいることの何と安気なことか。たとえ滅びにつながろうとも、闇に身を置き、狂気に身をゆだね、一時の安逸をむさぼり食らっているほうがどんなに楽か。私たちの人生は何とその誘惑に満ち、そして、それに抗うことの何とたいへんなことか。」(P.256)

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    2025年12月25日
  • 大人になるっておもしろい?

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    感動した、大人こそ読む本。ホントに実践できてる大人こそ、本物かと。また、実践できてる人は少ないんじゃないかな

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    2025年12月19日
  • 影との戦い ゲド戦記1

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    内容 アースシーという架空の世界の物語。たぐいまれな魔法の力を持って生まれたゲドだったが、若さゆえの過ちから、恐ろしい影に追われる身となる。
    感想 ファンタジー大作というイメージから想像するような冒険活劇ではない。暗く寒々しく果てしない海を、いつどこから現れるか知れない影に追われていく、自分を知り、世界を知ろうとする物語。淡々として地味ではある。そのため若い頃は読めなかったが、40代にして夢中になって読んだ。声に出して読むと沁みる無駄のない名文(名訳)にも感心する。どなたにも、ご自分に合うタイミングで、いつか読んでいただきたい。

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    2025年12月14日
  • 影との戦い ゲド戦記1

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    言わずとしれたアーシュラ・K・ル・グィンの代表作の一つ。
    ル・グィンが没後に発表した『火明かり』を読むために、かなり久々に1作目から読み直してるのだけど、今回が一番面白く読めたかもしれない。

    アースシーと呼ばれる多島海世界で、魔法の才能を持って生まれた少年ゲド。しかし、才能故の傲慢な性格が災いして、死の影を呼び出し、放ってしまう。影はゲドを執拗に狙い、ゲドはその影から逃げ続けるが、ついに対峙することを決意する、という成長譚。

    表面的には児童向けのファンタジー作品という様相を呈しているが、読む時期によって全然印象が変わる作品。
    自分は小学生の頃に読んだときに後半になるにつれてよくわからなくなっていった記憶がある。特に、影との対決は、何でこんなにグルグルしてるんだ、と思ったような……笑
    今読んでみると、この作品の様々な要素を象徴的に見ることが出来る。そういった視点を持たない、持ってたとしても少ない子どものときに読むとそりゃよくわからなくても当然なのかも。展開するイベントを、純粋にイベントとして消化していくと、どうしても味気なさ過ぎる感はあるので。
    だが、自らが招いてしまった影や、それによって負った傷、そして逃げ続けるしかない相手に立ち向かうなど、それ自体に別の意味を見いだせるなら物語はもっと、深く、楽しめると感じた。

    この後に続く作品も今読んでどう感じるのか、楽しみになってきた。

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    2025年11月21日
  • 火明かり ゲド戦記別冊

    Posted by ブクログ

    もう終わってしまった。残念だけどゲドのその後と作者の想い、講談が読めてよかった。
    長い年月が経っても色褪せることないワクワク感が押し寄せてくる。
    再読しなくては。。。

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    2025年10月03日
  • 影との戦い ゲド戦記1

    Posted by ブクログ

    面白い!
    中高生の頃から少し気になっていたけど、大人になってようやく読み始めることが出来た。
    序盤4分の1程やきもきするかもしれないが、どうか読み進めて欲しい。そこからはハラハラドキドキ、どうなってしまうのか息を飲みながらグングン読み進められた。
    ファンタジーとしての面白さはもちろん、物語の根っこに誰かと関わることの温かさ、大事にすべきものが静かに広がっている感覚があった。
    大人になって読んでとても面白かったけど、今の小中高生にもぜひ勧めたいなぁと思う1冊だった。

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    2025年10月01日
  • 火明かり ゲド戦記別冊

    Posted by ブクログ

    魔法の風を帆にはらみ、海を超える“はてみ丸”。
    たったそれだけの言葉だけで、僕の心はアースシーへと舞い戻る。胸の昂ぶりが抑えられない。
    たとえそれが、炉辺の明かりに照らされて床に伏せるゲドの脳裏に浮かぶ、夢うつつの思い出だとしても。
    アーシュラ・K.ル=グインが最後にゲドの物語を遺してくれたことへの感謝を噛み締める。

    序文にてル=グインは、こう宣言する。
    “自分の思い描くアースシーを出版社のジャンル分けや批評家の決めつけにあわせることはやめました。ファンタジーは未熟な者が読むものだという考えは、成熟と想像力というものについての凝り固まった誤解から生まれたものです。主人公たちは成長しますし、若い読者たちは、彼らについていくかどうか自分で決めるでしょう。”

    ゲド戦記三部作を小学生で読んで、「帰還」は大学生の頃だっただろうか。
    家庭を持ったのちにアースシーの風、外伝と読み継ぎ、年を重ねたいま、こうして「火明かり」を読んでいる。
    ゲドやテナーのように成長してこれたかは分からない。それでも、物語の主題が変化していくことに、自分自身の変化を重ねて感慨に耽ることができるとは、なんと贅沢な読書だっただろうか。
    こればかりは7冊セットで読み始める若い読者にはできないことだ。

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    2025年07月03日