清水真砂子のレビュー一覧
-
-
-
Posted by ブクログ
1は自分の内なる影との戦いだったけど、2は影や死の世界と繋がる真っ暗な地下の迷宮で、他者を闇から救う物語。今回の舞台である、名を持たぬ者(?)の墓がとにかく暗い!描写で暗闇がありありと表現されている!恐ろしい姿のモンスターは全く現れないのだけれど、こわい。
人間の慣れとは恐ろしいもので、ひどい環境や扱いを受けていたとしても、それが当たり前になってしまうことがある。気付かなくなってしまうのだ。違和感って実はすごく大事なのかもしれない。主人公の彼女も自分の小さな違和感を見逃さなかった。それが彼女の運命を大きく変えていく。テナー、よかったね。自由は辛く厳しいこともあるけれど、自分で選択する、という -
-
-
Posted by ブクログ
第二部 アチュアンの墓所(日本タイトル: こわれた腕輪)での主人公はテナー(アルハ)という少女。
8歳で、アチュアンの墓所に連れてこられてここのの大巫女として、生涯名も無き者の生贄のようにここを守るものになっていた。15歳になるまでの辛く孤独な生活がかさ語られていく。
罪人が送られてくると、残忍な処刑をも行った。話も中盤、アチュアンの墓所に忍び込んだアルハより10歳ほど年上の盗賊が捕らえられた。
迷宮に隠されてあるエクス・アクベの腕輪の欠片を探しに来たのだった。処刑をしなければならない。だが、アルハには、ゲドが気になってしまった。長い日々、二人は忍び逢っていろんな話をし、若い男が魔法使いだと知 -
Posted by ブクログ
不評価だったジブリアニメと全く違い、面白かった。母親を知らず我儘に育ったダニーだが、女呪い師に教えられた魔法の呪文で、魔力を操れるアビリティを強く持った稀に見る少年だった。
ある日、侵略者ガルガドの兵士を魔法で追い返し、廃人のようになるが、オンギンに助けられて、真の名〈ゲド〉を授けられる。普段はハイホーク(ハイタカ)と名乗る。ある傲慢さから悪霊を呼び出し、その影から逃げる旅を続け、その途中でエクス・アクべの腕輪のかけらを託される。親友・エスカリオルの助けで、影と対決することになる。
寒さと暗い情景、孤独との戦い。
虜になってしまいました。 -
Posted by ブクログ
いやぁ
いい本だった...
学ぶことが多すぎて、とてもまとめられませんが
誤魔化さなくていい
褒められようとしなくていい
分かったふりをしなくていい
馴れ合わなくていい
自分自身に正直に生きることの大切さを伝えようとする著者の態度はとても誠実で
数少ない〝本当のこと〟を言ってくれる大人だと思います。
大人の自分にもグサッと来る言葉が非常に多く
自分も「かわいい」という言葉で子どもを無意識に閉じ込めていたのかと反省しました。
大人が子どもにしてあげられることは
本当はそんなに多くないんでしょうね。
表題は、現代の大人達への問いかけのようにも感じました。
「大人になるっておもしろ -
-
-
-
-
Posted by ブクログ
中学校以来の再読。30年以上経っても、やはり素晴らしい。メインは、本人が傲慢さから呼び出してしまった影との戦いなのだが、その道程の中で、龍との戦いにかったり、古代の精霊の誘惑に打ち勝ったりと、後世の伝説に残る英雄的な行いをしているが、どちらも影から逃げていく中でのやむを得ない選択で、本人にとっては必ずしも英雄的な行動ではなかった。
そして、最後の影との戦い。ある意味あっけない幕切れ(その証拠にこの戦いについては後世には残らなかった模様)だが、ものすごく考えさせられる。中学時代の自分はこのエンディングにえらく感銘を受けた。
ファンタジーの超名作なので、このジャンルが好きな人は必読の名作だと思う。 -
-
Posted by ブクログ
ネタバレことばは沈黙に
光は闇に
生は死の中にこそあるものなれ
飛翔するタカの
虚空にこそ輝ける如くに
『エアの創造』
この言葉の意味を、最初はオジオンから、そして学院での長たち、自己顕示欲とそれに伴う失敗からゲドと共に少しずつ感じ取っていった。そしてラストシーン。それを本当に自分のものにできたような気がして、これがあれば彼のように自分の生を生きていけるような気がして、涙がでた。
一読だけでは、あまりにもゲドの心の成長が早すぎて私の心の成長はまだ完全についていけてはいないのだと思う。しかしだからこそこの物語は私にとっての希望の光、さらには人生の師として心の中にあり続けるだろう。
オジオンが、ゲドが -
Posted by ブクログ
ネタバレゲド戦記、アースシーを舞台にした短編集だが、これは4と6と同時進行で読むか、4、5、6と順番に読むのがいいかもしれない。
作者がどうしてフェミニスト作家と呼ばれるのか、よくわかった。フェミニストといっても、エコロジカルフェミニストという範疇にはいるのではないだろうか。
女をどう描くかというのは常に挑戦のようなものではないかと思う。女の描き方は画一化されていたり、変に理想的だったり、添え物のようだったり、ヒロイン、登場人物として魅力的、オリジナリティがある人物像を描くのは難しいと思う。
しかし、ル・グウィンの描く女たちはどうだ。ファンタジーなのにリアル。等身大なのに奥底に何かとても価値があるもの